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帰りたい(70回目)  エロアル


 凱旋祭から一週間後、アタシ達アデク隊のメンバーは、訓練施設の一角にある会議室を借りて、集合していた。

 会議室と言っても、アタシ達は今から会議するわけじゃない、するのは祝勝会だった。


「えー、ではいまから僭越ながらアタシ、クレア・パトリスが音頭をとらせていただきます!!」

「いえーい」


 イマイチ盛り上がりに欠ける面々。

 まぁ、だからアタシがガラでもなくこの行事を主催したのだが。


「では、かんぱーい!!」

「いえーい」


 盛り上がる気ないのかあんたらは。



   ※   ※   ※   ※   ※



 この祝勝会の目的は、ずばり「先日の凱旋祭での勝利を祝って」だった。


 先日の凱旋祭は国王の暗殺が企てられたり、幹部が一人満身創痍だったりと、国的にはとても甚大な被害を受けたけど、最悪の結果には至らなかった。

 なんでもアタシ達アデク隊の活躍が大きいようで、よく知らないけれどセルマやエリアルの方はとても活躍したんだとか。


 そんなことならアタシもそっちに行きたかったが、それは気にしても仕方ない。

 それより、事件での功績から、アタシ達3人が昇進したことが問題だった。


「おいおい! セルマ!! エリアル!!

 アタシ達3人とも昇進だぞ!! ついにf級からe級になったぞ!!」


 それは、アタシ達軍見習いとしてはとても大きい。

 e級に上がれば、アタシ達はd級に昇級するための「昇級試験」を受けることが出来る。


 e級とd級というのは見習いとそうでない軍人の境目みたいなもので、与えられる任務もd級の方が難易度が高いものになってくるし、今までのように授業をダラダラと受ける必要がないから、任務や訓練に没頭できる。

 いつか軍の最高司令官を目差すアタシの第一歩になるんだ。


「なぁなぁ、昇級だぞ昇級!!」

「そーですね、よかったです……」

「そうね、よかったわね……」

「んん???」


 どうにも2人が嬉しそうじゃない。

 不思議に思ってずっと観察していたら、どうやらセルマとエリアルの関係性がぎこちなくなっているのが原因みたいだ。


 エリアルに確かめてみた。


「いや、普通そういうのって本人にいいます?」

「いいから聞かせろよ」

「うーん、そうですねぇ」


 エリアルは物憂げにため息をつく。

 何か思うところがあるらしい。


「まぁクレアの言う通りなんですけどねぇ」

「けど?」

「原因はこないだのことなんですけど、もうお互いに話し合って解決もしてしまったので、時間が解決するしかないというか……」


 そしてまたため息をつく。


「あー、もう焦れったいな!! そんなの、本人にがつんと言やいいだろう!!」

「それが出来たら、全人類クレアですよ」

「お、みんなアタシになるのか?」

「バカにしてるんです」


 どうやらバカにされたらしい。

 それも普通、本人に言うか?


「分かった、アタシが何とかしてやんよ!!」

「んー、まぁ自分達で何とかするしかないんですよねぇ」

「アタシが何とかしてやんよ!!」

「まぁ自分で何とか────」

「聞けよコラ」


 ついつい声にドスのきいたものになってしまう。


「えー、クレアってそういう人間関係の微調節、向いてない気がするんですけど」

「向いてないって何だよ! 任せろよ、アタシの船は大船だぞ!」

「大きくても、泥舟って簡単に沈むんですよ?」



   ※   ※   ※   ※   ※



 と言うことで、アタシは「先日の凱旋祭での勝利を祝って」と言う名目で祝勝会を開くことで、裏向きでは「お互いの絆を取り戻す会」を企画したわけだ。

 我ながら冴えてると思う。


「あの、クレア────」

「おおっと、アタシはちょっとアデク教官に用事があるんだったぁ2人はちょっとそっちで話しててくれぇ」

「え、オレ?」


 アデク教官を隅に追いやり、無理矢理2人にする。

 これで2人は仲直りすること間違いなしだ。


「話って何だ?」

「あー、考えてなかった」

「何だお前」

「それより教官! d級試験受けたいんだ!! な!!」

「いや、知らんわ」


 アデク教官は話がないと分かるとアタシに興味をなくしたようで、飲み物をちびちび飲みながらセルマとエリアルの方をボーッと見ていた。


「あ、あのーエリーちゃん……ご趣味は?」

「ええええ、えーっと寝ることとレモンジュース巡りです」

「へ、へぇーそうなの! お、同じね!!」

「セルマもそうなんですか?」

「────ご、ごめんちがうわ……」


 おい、政略結婚させられた新婚夫婦でももうちょっとマシな会話するぞ。

 ホントにあんなんで大丈夫なのだろうか、何か心配になってきた。


「はぁー、あいつらにはホントうんざりだ」

「あはは、オレはお前さんにもうんざりさせられてるよ」

「教官、そういえばさっきから何見てんだ?」

「あー、エリアルが気になってちょっと、な」


 エリアルか────そういえばアイツは、教官とは僅かだが一番長い付き合いらしい。

 この街に戻ってくるきっかけとなったのも、エリアルの助力があったとか何とか。


 その辺は教官なりに、何かアイツに、思うところがあるのだろう。


「教官、案外生徒をちゃんと見てたんだな」

「いや、エロいなーと思って」

「ぶっ!!」


 飲んでたお茶を全て吹き出した。

 おいおいおいおいおい、今何つった!?


「うわ、キタね。ちゃんと拭いとけよ」

「いや、それより! それよりそれよりそれよりっ!!」

「何だようるさいな」

「今の不適切発言は何なんだよ!! 部下をそんな眼で見てたのか!?」


 驚きと震えが止まらない。

 もしかしてこの男、実はとんでもない淫行教師だったのか!?


「あ、アタシはうまくないぞ」

「何勘違いしてんだ幼児体型。お前さんもよくエリアル見てみろ」

「はぁ?」


 指摘されて、エリアルをマジマジと見つめる。

 いや、普段通りのエリアルだ。


 アイツはいつもと変わらず、口をボーッと開けてて、死んだ魚の眼だ。

 いつも通り、喜捨でスッと通った体が魅力的で、胸は結構大くて張りがあって、髪をかき上げる仕草がなんかエロくて、それで見える首筋の白い肌に目が吸い寄せられて────


「はああぁぁぁーーー!!?!?」

「どうしたんですかっ?」

「クレアちゃん大丈夫!?」


 アタシは平静を取り繕って、大丈夫大丈夫と腕を振ってみせる。

 しかし、体は正直。あまりのショックに、声が出てしまった。


「ほらな」

「『ほらな』じゃねぇよ! 何だあれ何だあれ何だあれ!!?!?」


 心臓がバクバクする────なんだあれ!?

 エリアルの「何か」に吸い込まれたように、身体が引っ張られるような感覚!!?


「あれは、“催淫”だ」

「さ、さいいん……???


 「さいいん」て、“女夢魔サキュバス”とか“男夢魔インキュバス”が、相手を魅了するために発する、あの「さいいん」か?

 確か性フェロモンと同じ効果を持つ特殊な魔力波を発することで、人間を魅了して骨抜きにしてしまう、魔物の一種だ。


 人間はフェロモンも感じることは出来ないだとか、実際には未知の成分なのだとか、その辺はよく分からないけど、少なくとも魔力波なら人間にも影響を与えるとかなんとか。

 敵にするととても厄介な魔物の一種なのだ。


「バカのクセに詳しいじゃないか」

「バカってなんだよ! まぁ、うちの村にもたまに出てたからな」

「どんな村だよ」

「それより、なんでアイツが“催淫”してるんだよ! しかもアタシは同性だぞ!!」

「あー、それはコイツのせいだ」


 教官は、足元にいた寝転んでいた黒猫を抱きかかえた。

 エリアルと契約している精霊の“キメラ・キャット”のきーさんだ。


 よくアタシ達の足元でゴロゴロしたり、緊急時には武器になったりして便利に役立っているけど、飼い主に似ていつも気合いのない感じで、正直アタシ自体あんまり関わったことさえない。


「コイツが“催淫”と、どういう関係があるんだよ」

「“キメラ・キャット”が性別はないのは知ってたか?」

「え、そうなのか!?」


 ずっと気にしたことがなかった、何となく「オスかなぁ~」ぐらいに思ってたが、そうではなかったらしい。


「“キメラ・キャット”は元来、繁殖能力が低くてな、それを補うために、同じ種で出会ったとき、いつでも交尾が出来るように性別の区切りがない。

 出会ったらその場でどちらかがオスかメスの役割になって、そのままゴールインだ」


 かなり近くにいたはずなのに、そんなビックリ生態豆知識を今まで知らなかった。

 へ、へぇ、そうなのかぁ~と、引くくらい驚いてしまう。


「え、でもなんで“催淫”なんだ?」

「なにも、“催淫”は夢魔だけの特権じゃない。

 “キメラ・キャット”も生殖能力が低くて個体数が少ない代わりに、仲間を魅了する魔力波────つまりそれが“催淫”だな────それを自ら発して、お互いの遭遇率を上げてるんだ。頭良いだろう」


 アデク教官は、そう言いながら猫のほっぺたをムニムニと引っ張った。

 何でだろう、凄く嫌そうな顔してる。


「あ、でもそれじゃあエリアルが“催淫”する理由にはならないだろ」

「いや、精霊と契約すると、感情や魔力を共有する、お互いの絆が深ければ深いほど、な。

 だから、同族に効果がある・・・・・・・・“催淫”の波が、エリアルときーさんの共鳴で、エリアルからでるようになっちまったわけだ。

 そもそも雄雌関係ないのが特徴のフェロモン波だから、同性のお前さんでも効いちまったんだ」

「う、うっわあぁー……」


 “キメラ・キャット”との契約に────いや精霊との契約自体にそんなデメリットがあるとは思わなかった。

 もしこんな状態で巻き込まれ続けたら、アタシはどうなってしまうのか。


「だ、大丈夫なのか……それ?」

「大丈夫だろ、今のとこは」

「今のところ?」

「きーさんの“催淫”が高まる発情期は一年に二回あるがもう少し先だし、あいつらも契約して間もないから、今のところそれほど周りに影響してるわけじゃねぇよ。

 さっきのお前さんみたいに意識して見たり、急に広い肌面積を晒されなきゃ、まぁ問題ないだろ」

「────っ!」


 そういえば、凱旋祭の前エリアルとシャワールームを使ったとき、さっきと同じ気分になったのを思い出した。

 もうアタシはエリアルの催淫ハニートラップに引っかかっていたのか。


「本人にもこの事は伝えてある。

 ま、あの“催淫”が周りにとって危険になる前に、制御できるようになるだろ。

 どちらにせよ今すぐどうにかすることが出来ることじゃねぇから、エリアルに任せるしかねぇんだよ」

「はぁ……」


 なんだかとても不安になるような話だ。


「まぁ、“催淫”に晒されたくなきゃあいつのこと邪魔しないことだな。

 なぁ、きーさん────痛っ!!」


 さっきから無理矢理なで続けた結果、猫が怒って教官を引っかいた。


「あいっかわらずお前さんオレには懐かねぇなっ!?

 森にいるときから思ってたけどもう少し素直になったらどうだ」


 しかし猫はプイとそっぽを向いて、今の飼い主の方に戻っていってしまった。


「ちょっとアデク教官、きーさんに嫌がらせしたら私にも伝わってくるんですからね?」


 エリアルが猫の異常に気付き、教官の方を軽く睨みつける。


「ちっ────」


 教官はまぁまぁバツが悪そうに舌打ちした。

 なんだ、邪魔してるのはアンタじゃないか。


「もう、おいできーさん」

「エリーちゃん、自分も撫でてみていい?」

「どうぞ」


 気付けば、エリアルとセルマも、以前の2人のように自然に会話が出来るようになっていた。

 アタシの作戦は大成功だったようだ、流石だなと自分で自分を褒めたくなる!!


「なんだお前さん、そんなこと気にしてたのか」

「ひっひーんだっ!」


 これで、アタシ達の昇級試験も円滑にいくはずだ。


「おい、2人とも! 昇級試験受けようぜ!!」

「あ、そうだったわね!! 出来れば次の機会にでも受けてみましょうよ!」

「あ、私も受けたいです」


 よっしゃ!アタシのテンションも最高潮だ。


「教官も、いいよな!? 許可くれるよな!?」

「まぁ、受ければいいだろ────」

「アデクっ!!」


 その時突然、会議室のドアが勢いよく開かれた。

 そこには、ウェイトレス姿の女性────たしかエリアルのバイト先の店長が、肩で息をしながら立っていた。


「か、カレン……? な、なんだよいきなり。

 ここは軍の関係者以外立ち入り禁止で────」


 アデク教官が焦った様子でどもり始める。

 しかし、エリアルのところの店長は構わずに続けた。


「アデクっ────おじいちゃんがっ────危篤だって!!」

「なっ……」


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