なんとか【バロン】の面々を捌いた私たちは、やっとこさ就業時間少し手前まで、意識を保って働くことが出来た。
「お、終わったわね……」
「帰りたい……」
「もう今後暫くはお皿持ちたくないな……」
ついに客のピークが過ぎ、今は一息つける時間。
店内には今現在客は誰もいない、いつも通りのカフェだ。
「終わったッスね……」
「しばらくパフェは作りたくないよ……」
厨房ではティナちゃんとリタさんが、椅子に腰掛けぐったりしていた。
「今回も何とか乗り切ったわね……」
しかし、それもこれもルーナちゃんの犠牲があってこそ。
彼女がいたから、私達は何とかこの戦いを乗り切ることが出来たのだ。
「ルーナちゃん、そろそろ帰ってくる頃かな?」
「あ、そうですね、帰ってきたら何か暖かい物でも────」
「きっと食欲ないッスよ」
力なく答える面々、その顔にはもう生気という物が宿っていなかった。
「おねーちゃん、私お風呂入れてこようか?」
「今帰ってきてもお風呂で沈んじゃうだけよ、今日はベッドで静かに寝かせてあげましょ?」
立ち上がりかけたティナちゃんは、店長からそう言われると、また椅子に崩れ落ちた。
大げさなように見えるが、今ならあの子の気持ちが痛いほど分かる。
そして、全員がそのままテーブルに突っ伏したままうつらうつらしかけたとき、店のドアが開き、ドアチャイムが高い音を立て、ルーナちゃんが帰ってきた。
「た、だ────い────」
「ルーナちゃん!!」
倒れかける彼女を、あわててティナちゃんが支える。
「お疲れ様! もうリーエルさんに苦しむ必要はないんだよ!」
「り、リーエル係……終わったの……カ……」
全員が、彼女の帰還にホッと胸を撫で下ろす。
今回ルーナちゃんが任されたリーエル係、それはリーエルさんを止める係である。
言っては何だが、この店には「上客」と「
例えば、【バロン】の人たちは量こそ注文をするが、味を楽しみながら食べてくれるし、楽しそうだし、上品だし、宣伝にもなるうえ予約もしてくれるため客の回転にも影響は少ない。
紛れもない「上客」である。
それに比べてリーエルさんは、最低最悪の「
味なんか量の二の次で、【バロン】のメンバーが食べる量1人分を、簡単に短時間で平らげる。
ふらっと来ては予約もなく食い潰していく上に、隙あらばツケで払おうとしてくるうえに、悪目立ちするので他の客が惹いてゆく。
しかもなぜかタイミング悪く、【バロン】が来る日同じ時間に来ようとするので、もうそれにかけては狙っているとしか思えない。
あんな
接客業としてどうか、とも思うが、そうでもしないとままならない。
「こっちもオープンしてからリーエルにこんなに苦しめられるとは思ってなかったわよ!!
こんなことなら出禁にしとけば良かった、今さら追い出しにくいじゃない!!」
というのは、店長談。
ルーナちゃんの様子を見れば分かるだろうが、活発なリーエルさんを店から一日遠ざけるというのは、永遠とテーブル間の往復をし続けるより何倍も大変である。
だからこそ私達はこの役目を毎回くじで決めるので、この役目は「リーエル係」と呼ばれるようになった。
誰もやりたがらないから。
私はまだ体験したことはないけれど、前回のミリアがボロボロになって帰ってきたくらいだから、やはりその威力は凄まじい。
「よく全うしたわねルーナ。今日のMVPは、間違いなく貴女よ」
店長がねぎらいの言葉をかける。
自身も相当なハードワークでボロボロのはずなのに、ちゃんと他にも目を配れる、理想の上司象だ。
「そ、それが……ごめん、みんな────止められなかった……ゾ……」
それだけ言い残すと、バタリとルーナちゃんはついにその場に力尽きた。
「え?」
彼女の言葉に、全員の背筋に悪寒が走る。
本能的な恐怖、あらがえない絶望、ゾッとするような冷たい血が、全身に駆け巡って行く。
「ルーナ、それってどういう────」
「おっ邪魔しますデース!!
アレアレ?? 皆さんお揃いなんテ珍しいデスネ!!」
声にならない悲鳴が、全員の心の中から聞こえてくるようだった。
ルーナちゃんは、【バロン】が来ている間リーエルさんを遠ざけるのに成功したが、それ以上は限界だったのだ、彼女が店に来てしまった。
「こ、こんな時間に来るなんて珍しいですねリーエルさん……」
「そうデスか?」
ルーナちゃんはどんなに無念だっただろう。
気絶した彼女から、一筋の涙がこぼれ落ちて行く。
「り、リーエルいらっしゃい……」
「アラアラ、みんな辛気くさい顔してますネ、そんなに景気が悪いんですカ?
なら今日はイッパイ食べちゃいましょうかネ~!」
意気揚々とメニューを掴むリーエルさん。
それは、私達にとっては死刑宣告だった。
あんなレベルの量の注文をされたら、ここにいる全員が過労死しても、まだおつりが来るだろう。
「リーエル……」
「oh! カレン! 注文決まりましタ!!
このステーキとムニエルとビフテキとシチューと────」
「帰って」
「エ?」
「帰って、今日は閉店よ」
店長の英断に、その場にいる店員の誰もが拍手を贈った。
※ ※ ※ ※ ※
「大変だったね、久しぶりに」
「もう、こんな所今すぐにでも辞めたいです……」
閉店後、ブーブー言うリーエルさんを置いて、私とミリアはそそくさと退勤してきてしまった。
もうあれ以上元気いっぱいリーエルパワーに触れたら、それだけで身体が焼けただれてしまいそうだ。
「辞めたい、ねぇ。
でも、そう言いつつ、いつまでもこのお店でバイト続けるのは、どうして?」
「え、私毎回こんなこと言ってました?」
「言ってる言ってる、面倒くさがりのエリーがいつまでも続けるなんて珍しいなーって思ってるもん」
それを言うならa級になって任務や活動が忙しいミリアもそうじゃないか、と思うが、今はそういう話ではない。
そうか、あまり考えたこともなかったな。
どうして、あそこでの仕事を続けるのか、か。
「私、この街に来て最初に出来た居場所が、あそこだった気がするんです。
いや、もっと言うと入隊したての時の、あの5人の小隊が最初でしたけど、今はもうありませんし……」
「────それで?」
「だから、出来るだけあそこでの勤務は続けていきたいと思ってるんです。
そりゃ面倒くさいこともありますけど、他にもっといい場所を見つけられるとも思えませんし、やっぱり誰かが待っていてくれる居場所って、例え職場でも私は必要だと思うんです」
「そっか」
エリーにとって、居場所って大切なものだもんね。
そうミリアは呟く、その声はきっと、私の能力がなければ誰にも届かないほど、深く小さく、そしてか細いものだった。
「エリー、あのさ……」
「どうしました?」
「────っと……いや、なんでもない。夕食どうしようかと思って」
ミリアは何か言いかけたようだが、口を閉ざしてしまった。
そうだなぁ、夕食か────
「どっか適当に食べていきません?
今日は何も作る体力ないです」
「いいね、賛成。いいとこ知ってるよ」
こうして、私たちの忙しい一日は終わりを迎えてゆく。
忙しくも達成感のある、いい一日。
珍しく、こんな日もいいかもと、私はガラにもないことを思ってしまう。
清々しい夜風が吹き抜け、桃色の花びらが一枚、私たちの間を揺られながら舞い去っていった。
この6日後、ミリアは軍の幹部達によって