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店内デスマッチ(第2ラウンド)  【バロン】

 ルーナちゃんが店を出てから数時間後、ついに決戦の時が迫る。

 自然とウェイターエプロンの紐を縛り直すときも、力が入る。


「いらっしゃーいませー、あっ────」


 来た、奴らだ────


 服がはち切れそうなほど太っている男性。


 逆に背が異常に高い猫背の男性。


 押せば折れてしまいそうな喜捨な女性。


 若い眼鏡をかけた利発そうな青年。


 顔に絵の具の付いたパーマ頭の男性。


 胸に全て栄養が行っているのではないかと思わせるような、豊満な体型のおねーさん。


 私達と同じくらいの年の女の子。


 片眼鏡モノクルの老紳士。


 10歳くらいの小さな男の子────と、その母親。



 計10人。年齢、性別、体格、雰囲気、表情、そして恐らくは出身地や職業まで全てバラバラ。

 しかし彼らに全て共通すること──それは真っ黒なスーツをそれぞれが身につけていること、そしてそれぞれがそれぞれの形で料理を愛していること。


 彼らは店長の案内で予約席に移動すると、お互い邪魔にならない距離を保ちつつ、椅子を引いて注文を始めた。

 水をミリアが配り、私は注文を聞いて回る。


 一見別々に行動しているようだが、同じテーブルに同じタイミングで私達が行動しないよう、最低限の連携が必要だ。

 そして全員の注文を取り終えると、私は厨房のリタさんに注文を手渡す。


「リタさん、これ」

「はいよ、ん、これは……」

「どうかしました?」

「いや、全部得意料理なのに驚いたんス。

 事前にチェックでもしてたんスかね──腕が鳴るッス」



   ※   ※   ※   ※   ※



 料理が出来上がった、私たちは各々のテーブルに皿を届ける。



 まずはミリアが太った男性の料理を運ぶ。

 油が飛ぶのにも構わず、彼女は最短ルートで料理を運び太った男の元へ料理を届けた。


「お待たせしました!!」

「ぶふぉーーーー!

 このハンバーグステーキ、肉汁のしみこみがたまらなくいい!!

 もしや牛肉のミンチをこねる際に特殊な方法を使い、空気を少し混ぜるのかあぁぁ!!?

 なるほどこの製法を使用することでふわっとした食感とジューシーな肉汁を同時に楽しめる!!

 しかも両面をわざと焦げる直前まで焼くことで確実にうまみが閉じ込められ、普通に焼いては味わえないような絶品な一品になっている!!

 すんばらしいぞぉ!」



 次は喜捨な女性。この料理は麺料理といえどもスープに浸っている。

 一滴でもこぼさないよう慎重に、しかし迅速な行動が必要とされるのだ。


「おまちどうさまです」

「あんら、これは……このボンゴレスパゲッティ?

 うん、わざと薄味のダシと新鮮な貝を合わせることで、よりボンゴレの濃厚なエキスを感じやすくなっとるんどすなぁ~。

 それにこの料理、少量ですがガーリック使用してはりますのん?

 最初はあっさり味が消えてしまうかと思いましたが、この量はむしろ魚介の柔らかいうまみを引き立てるアクセントになりますなぁ~。美味やわ~」



 その次に店長が運ぶのはパーマの男性の料理だ。

 店長が言うには、彼は今人気の画家らしい。

 頼む料理も、そんな彼のイメージに堅くない、色とりどりの料理だった。


「画家さん、どうぞ」

「ん~、いいねぇ、いいねぇ~、このミーックスピッツァ最高だんヨッ!!

 な~んと言ってもワッターシの大好物のチィ~~ンズがたまらな~イッ!

 ンッ!! これはバージルが効き目になってるのかか~っ!!?

 ン創作意欲がっ!! ン創作意欲が湧いてきた~んっヨ!!」



 猫背の男性はどうやらあっさりした物が好みらしい。

 しかし盛り付けるだけの料理とは言え、色彩やバランスに気の配った一品は、やはりリタさんでなければ作れない料理だろう。

 付け合わせのドレッシングとともに運ぶため、バランス感覚に優れたミリアが担当になった。


「お~待たせしました~!」

「おぉ、早いナリね! これだけこだわったサラダであるからホントはもっと時間がかかってもおかしくないナリよ!

 おぉ、これはこれは新鮮な野菜をふんだんに使ってるナリ!

 え、今日の朝とれた奴? しかも“ベジタ村”のキャベツなんて滅多にお目にかかれないナリよ!!?

 んっ、このドレッシングもここの手作りナリか!!?

 サラダにもこだわる店────さ、さすがナリ……」



 おねーさんからは魚介類の注文があった。

 もしかしたらあの胸には海の旨みやエキスがふんだんに詰まっているのかも知れない。


「はいどうぞ!」

「待ってたよ!!

 うん、やっぱりこのエビチリはたまらないね!!

 辛さと甘味の調和、私も沢山食べてきたけどここが一番だよ!!

 こんなに大量のエビ一つ一つに作った人の思いが込められているね!!

 ショウガやニンニクのアクセントもたまらないよ!!」



 同年代の女の子からはテーブルを埋め尽くすほどの、と注文があった。

 かなりジャンキーでボリューミーな量だけど────え、ホントに食べれるのか?


「はい、おまたせぇ~!」

「ありがとう、おっちゃんとオイラの注文通り超大盛りだねぇ~。

 そうそう、ここのフィッシュアンドチップスは最高なんだよ、いくら食べても食べ飽きないって言うかぁ。

 ほら、オイラこんな見た目だし食べることに抵抗があった時期もあるけどここの揚げ物食べてたらどうでもよくなっちゃって。

 コロモサクサク、中はジューシー、んーたまらない、今日もたまらないよ!」



 青年からは結構意外な注文だった。

 その体格からガッツリした物を所望するのかと思いきや、朝から出している定食だった。

 ヒョイと二往復をして、私は彼に料理を運んだ。


「おまたせしました────はいこちらもどうぞ」

「ありがとうでありマス!! いやぁここの定食は最高でありマスからな!!

 ライスとスープと焼き魚とピクルス────中々このレベルの代物にありつけるときはありマセン!!

 んんっ、やはりこの焼き魚“マグロ村”の港からとったものでありマシタか!!

 いやぁ、ありふれているとはいえこの店で改めて食べるとその価値観が一変しそうで困りマスぞ!!

 いやぁ他の付け合わせとも親和性があり見事な一品になっておりマスな!!」



 方眼鏡モノクルの老紳士はそれに思い出があるらしく、毎回頼む料理を今回も御所望だった。

 店長は少しだけ厳かな雰囲気で料理を運んでゆく。


「はい、ディーゼラさん。最近いかがですか?」

「あぁ、変わらず僕は元気だよ……ここの料理はこんな老いぼれでも、まだ生きる楽しみを与えてくれるね。

 いつもこのボルシチを頼むけど、実は思い出の味にそっくりなんだ……

 はぁ、食べると妻とよく来た店のことを思い出すよ。

 あぁ、このトマトの酸味、コクを感じる味わい……たまらないね……」



 そうか、彼の奥さんはもう────



「ところで奥さんはいかがですか?」

「あぁ、カレン元気だとも。相変わらずうるさいよ、全く!」


 あ、生きてたんだ。



 ふわりと飛びそうなパンは、それを手で押さえるわけにも行かないので、私は今まで以上に慎重に運ぶ。

 滑らせる皿に子どもの目線が追いつき、輝かせる瞳がまぶしい。


「特製サンドイッチですよ」

「わっ、このサンドイッチおいしー!

 学校の学食よりも全然美味しいよ!

 もしかしてこの食パン、ここの釜土かまどで焼いてるの!?

 焼きたてなの!?

 やっぱり!!

 だからおいしいんだ!!

 卵も野菜も新鮮な物を使ってるね!!

 ハムも丁度いい厚さ!

 友達にもここの事教えてあげなきゃ!!」



 サンドイッチと共に持ってきた料理は母親の元へ。

 小さな子ならば、本来母親が先に食べ終わるように料理は母親に先に配るのだが、彼女の息子はもう充分一人で食べられる年齢であり、尚且なおかつ「食」を愛している。


 親子で一緒に食べるという時間に意味があると考えるし、何よりそこまで気を配っている時間がない。


 ごめん!!


「はい、お待たせしましたっ」

「あ、おいしい!

 このパンケーキ子どもに作りたいです!!

 え? レシピ教えてくれる!?

 ホントに!? 嬉しい!!

 いいんですか、企業秘密とか!?

 他に教えないならいい??

 もちろんですもちろんです!!

 ありがとうございます!!」



 働く働く働く働く────戦場だった。

 もはや、語彙力とイメージ力をそれぞれが最大限に爆発させ、己が感じた旨みをそれぞれの個性で言葉にする。

 言わば、シェフリタさん彼ら【バロン】の、泥臭いガチンコ試合だった。


 そして戦場であることはホールの私達も変わらない。

 注文を聞き、それを伝え、品を届け、水を届け、皿を下げ、テーブルを拭き、新たな客を出迎える───その無限ループを自身の最高の速度と最高の効率を瞬時に計算し、頭の体をフル回転させながら仕事をした。

 店長はレジも兼任しているので、尚更大変だろう。


 こうして私達は半年に一度の一大イベントをこなし、何とか最後の注文を受けた。



「特製パフェおまちどうさまです!!」


 最後は厨房を担当していたティナちゃんと共にそれぞれにパフェを届ける。

 彼ら【バロン】は、最後には必ず人数分の特製パフェを頼むのが決まりとなっている。

 このパフェは、ティナちゃんが丹精たんせい込めて一つ一つ作った物だ。


 私もいただいたことがあるが、砂糖控えめなアイスクリームと糖度の高いイチゴが丁度いい甘さで落ち合い、どちらかを食べるとどちらかの甘さが損なわれてしまうような事がなく、最後まで飽きが来ることがない。


 歓声と共に、それぞれの口に冷やされたアイスやコーンフレーク、上に乗ったベリーなどが運ばれてゆく。

 口に運ぶ食材は違えど、全てがティナちゃんの本気。

 品にこだわり盛り付けにこだわりタイミングにこだわった、最高の逸品いっぴん


 さぁ、彼らからはどんな反応が聞けるのか────


「「「「「「「「「「美味しい!!」」」」」」」」」」

「それだけっ!?」


 まぁ、だろうと思った。毎回このやりとりをしているので、周りからも笑いが巻き起こる。

 レポートの必要もないほどおいしい、それが彼らの本心からの気持ちなのだ。


「エリー、こっちの料理もお願い!」

「は、はぃ……」


 就業時間終了までもう数時間、気合いを入れて闘わなければ。


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