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帰りたい(66回目)  最悪の対面


 対面した敵は、数ヶ月前別れたはずの、私の親友だった。

 捕まったはずの彼女との、こんな所での再会────


 想定外の出来事に、私の頭は混乱していた。


「ミリア……!」


 ミリアの被るマントが、不可自然にバサバサと揺れる。


「────っ……」


 ミリアには契約した精霊がいる。

 “インビジブル・バット”と言う名前のコウモリの精霊、「バッつん」だ。


 元々姿を消す能力を持っていたその精霊は、あの日ミリアが捕縛された後、姿を見かけることはなかった。

 ミリアの精霊であるバッつんに会えば、行方不明の彼女の動向が分かるかも知れないと、バッつんもあの日から探していたのだが────


 先ほどミリアが姿を消していたということは、今の彼女はバッつんと一緒にいる────いや。


「“精霊天衣”、ですよね、その姿……」

「────……」


 ミリアからの返答はなかった。

 でも“精霊天衣”、リアレさんやロイドと同じ、精霊契約の到達点────それに至る程の力を、ミリアはあの日から会得したのだろう。


 その証拠に、彼女が着ている黒いボロボロの透明化マントからは、どことなくバッつんの気配も感じる。

 いま目の前にいるミリアは十中八九、バッつんと一体化した姿だ。


「そういえばさっき、隠し通路の向こうで『声』が聞こえました。

 あの通路から、貴女はこの屋敷に来たんですよね?」

「────」


 私が先ほどセルマと別れる前に聞こえた超音波のような「声」は、ミリアとバッつんの声が混じった物だった。

 それが聞こえた私は、ミリアがいるかも知れないと思いここまで彼女を追ってきた。

 でも、確信したくなかったのに────


「なんとか答えてくださいよ……」

「………………」


 コウモリは普段、「エコーロケーション」と言って、洞窟や暗闇の中を飛び回るとき周りの障害物にぶつからないように超高音の「声」を出して周りとの距離を取っている。

 それは“インビジブル・バット”といえど例外ではなく、コウモリ型の精霊にとってもそれは不可欠な物だった。


 私の【コネクト・ハート】がなければ、人間では聞こえないほどの超高音のその声────

 精霊と人間の合体した姿である“精霊天衣”でも、そのエコーロケーションを利用して移動するのには、何か訳があるはずだ。


「そのフード、深く被らなきゃ姿を消せないんですか?

 だから、前が見えずにエコーロケーションを使うしかなかった、とか?」

「────────」


 やはり、返答はなかった────


 だめだ、こんな話では埒があかない。

 というかどうでもいい、こんなことは今さら、どうでもいい。


 今この瞬間、彼女に伝えなければいけないことを伝えなければ。


「み、ミリア、私貴女に聞かなきゃいけないことがありました」


 ミリアに伝えなければいけないこと、会って確かめるべき事が確か────


「ミリア、貴女はもしかして……」


 もしかして?


「もしかして……」


 もしかして、何だ??


「えっ、なんで……」


 伝えなければいけないこと、大切なことが、彼女が消えてからあったはずなのに、それ・・が出てこない。


 まるで、先程まで見ていた夢が、目が覚めた瞬間、ホロホロと剥がれて思い出せなくなるような────

 すくった水が、指の間からこぼれて、最後には一滴の水もなくなってしまうような────


「み、り────」


 しかし口から言葉を絞りだそうとした刹那、彼女はフードを再び被りつつ踵を返して玄関へと走り出した。


「あっ、待ってっ」


 このまま逃げられるわけにはいかない。

 聞こうとした「何か」は思い出せなくても、まだ彼女に聞かなければいけないことは山ほどあるのだ。


「ミリアっ」


 彼女は階段から一気に玄関先まで駆け抜けると、扉を突き破ろうとした。

 しかし、その瞬間触れる前の扉が勝手に開く。


「─────!?」

「ふん? お前さん、見ねぇ顔だな……」


 そこには、アデク教官が立ちはだかっていた。


「悪いないかにも、な怪しい人。ここは通行止めだ」


 奥には軍や国王の護衛を勤める精鋭達の姿も見える。

 いくらミリアといえど、そこを突破することは不可能だろう。


「カラスどもが地面に落ち始めたからリアレがやったのかと思ったら、建物の中で炎が上がりやがって。

 まさかこんな刺客が潜んでいたとは、な──って、エリアル!! 何でお前さんがここに!?」

「みり────この侵入者を追ってここまで」


 名前を言いかけて、寸での所で踏みとどまる。

 今ならまだ、フードを被ってみられなかった正体だ、周りにはバレないはず。


「アデク幹部、奥にいるあの死んだ魚の眼をした彼女はだれですか?」

「あ、あーまー。オレの部下だよ、うーん。そ、それよりお前さんたち! 早くあの侵入者を!!」

「あっ、はい!!」


 指示を受け、ゾロゾロと軍の面々が屋敷に押し入りミリアを囲む。


「逃がすなよ……」


 ジリジリと距離を詰めるアデクさんや軍の精鋭たち。

 しかし一瞬の隙を突いて、前後を挟まれたミリアは防御の薄いところを見極め、攻撃をしかけてきた。


「そちらにいくぞっ」

「ちがうフェイントだ!!」


 アデクさんの声が響いたのも束の間、ミリアが姿を消し、皆が完全に彼女を見失う。


「くっ、姿を消すローブか……」

「どこだ────うわ!!」


 ミリアを囲んだ隊員の一人が、急に何かにぶつかったように大きくのけぞった。


「くそっ、そっちだ!! 輪から逃げられた!!」


 すると、アデク教官の後から、他の軍人の野太い声の軍人の叫び声が聞こえた。


「どうせ結界でこの屋敷からは出られねぇんだ、まずうちの隊は国王の安全確保!!

 残りは二手に分かれて屋敷の門の封鎖と侵入者の追跡を!!」

「────あっ」


 その言葉を聞いて私は弾かれるように走り出す。


「おい、エリアルどこへ行く!」


 慌てて私を追いかけてきたアデク教官と共に、私は先程のワイン部屋に戻る。


「や、やられた……」


 そこには先程抜け穴から出て来たときは閉めたはずの板が、ずらされていた。


「抜け穴? こんな物が……」


 アデク教官が穴の中を覗き込む。


「私がここから来たときにはちゃんと閉めました」

「はぁ────じゃあ逃げられた、な」

「すみません、私がもっと早く捕まえていれば……」


 おそらくこの穴の先にいるリアレさんも、敵を倒したならとっくにこちらに帰還中だろう。

 それに街に出られてしまったら、あの姿を消す能力があるわけで、見つけ出すのはおそらく不可能だ。


「はぁあ、まぁいいさ。それより国王は無事なんだな?」

「お怪我は無いようです」


 そうか、と呟いたアデク教官は、既に通信機を使って全体への連絡を始めようとしていた。


「あ、待ってください教官」

「あん? 何だ」

「さっきの侵入者、ミリアでした。私の親友の、ミリア・ノリス」


 その言葉に、アデク教官の表情が急に固まる。


「あの、どうして彼女がここにいるんですか?

 あの子はアデク教官とリーエルさんが捕まえたはず。

 それなのに収容先も分からず、居場所も分からず、教官も教えてくれない。

 彼女はなぜ、今ここにいたんですか?」

「────────はぁ、分かったよ」


 逃げようとそらす目線と、逃がさないと言う追求の目線。

 数秒間の沈黙の間にお互いが何度か交わったあと、アデク教官は、少しため息をつくと、観念したように呟いた。


「前に、『なぜか任務が失敗した』とオレが言ったのは覚えているか?」

「え? うーん────あぁ、はい」


 たしか精霊保護区に行く前に、アデク教官がそんなことを言っていた気がする。

 相当アデク教官がやつれてたときだ。


「あの日お前さんと別れて暫くしたところで、オレとリーエルの記憶が、なくなっているんだ」

「記憶が……?」


 記憶がなくなる、こぼれ落ちるようなその感覚は────


「あぁ、気がついたら2人とも路地に突っ立っていて、ミリア・ノリスのヤツには逃げられていた」

「そ、そんな事って……」


 しかも、それが軍の幹部2人相手にである。

 きっと、隙を突くだけでも難しいはずなのに、そんな魔術を使って逃走したなんて、普通に考えられない。


「ミリアが、やったんですか?」

「分かんねぇな、アイツがやったのかも知れないし、他からの介入があったのかも知れない。もしかしたら────」

「もしかしたら?」


 アデク教官は、そこまで言って言葉を言いよどむ。


「いや、とにかくそんなことがあったから、ことの運びにはなおさら慎重にならざる得なかった。

 お前さんに説明できなかったのも当然だ」


 ミリアが何故裏切らなければならなかったのか。

 それが知りたいだけなのに、私の調査は思わぬ方向に向いてしまったようだ。


「とりあえず今回の任務は終わりだ、お前さんがここにいる理由も死ぬほどきっちり聞かせろ」


 そう言うと、アデク教官はワイン部屋を出て行った。


 ミリアの出て行った抜け穴が、ぽっかりとそこの見えない。

 トンネルの先はミューズの市街地に続いてるはずなのに、その闇はどこまでも深く続くようで────


 それはまるで、今の私の心を写しているようだった。

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