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帰りたい(65回目)  ベスト王ミューズ別荘


 セルマと別れた後、私は先ほど聞こえた「声」を追って、ゴミ箱の奥に隠し階段を見つけた。

 恐る恐る中をのぞいてみると、暗いトンネルが延々と広がっていた。


「何なんですか、ここ」


 変なガスが吹き出したり、何か魔物のようなものがいる気配はしないが、それでも進もうか迷う。


“止めるも行くも自由だと思うけど、どうする?”


 きーさんに促され、私は立ち止まる。

 先程聞いた「声」、本当に僅かだったので聞き間違いかも知れないが、その先にこんなトンネルが広がっていたことが、私には果たしてただの偶然とはとても思えなかった。


「進みます……」


 地下のトンネルは、分かれ道も段差もなく、ただただ真っ直ぐ続いていた。

 途中周りを警戒しながら、気配を消しながら、だけど早足で移動する。


 敵がどこから出てくるか分からない以上、ライトで照らすのも危険だ。

 五感と六感のアンテナをフルに立たせながら、私はきーさんと進んだ。


 そして────どれくらい進んだだろうか。


「あれは……」


 前方にうっすらと光が頭上から差しているのが見えた。

 多分間違いない、出口だ────私は地下トンネルを抜けると、恐る恐る顔を出し、その明るさに眼を細める。


『ここは……』


 見回すと、ビンに入った高級そうな色とりどりのワインがその部屋の壁に並べられていることに気付く。

 どうやら私はどこかのワインを保管するためのワインセラーの部屋に顔を出たらしい。


 いや、もっと正確に言うとここは────


“ここ、国王の別荘の中だよね”


 辺りを警戒しながら、きーさんが私と同じ考えを口にした。


「えぇ、あの通路の距離と方向から、多分間違いないです」


 あんな路地裏のゴミ箱がこんなところに繋がっていたのか────


“非常口かな……”

「ですね、別荘で何かあったときのために、国王が外へ逃げるための秘密の通路……じゃないでしょうか?」


 5年に一度、凱旋祭の間だけ王はこの別荘に留まる。

 それはもちろん、今回のように敵に襲われる可能性もあるわけだ。


 いざという時のことも考えて、抜け道も用意されていたらしい。


“ここ入っていいの?”

「いや、ダメでしょう。そもそも見張りの人に見つかったらただじゃ済まな────ん?」

“どうしたの?”


 部屋の出入り口に、不可解なものがある。

 顔を出した穴から出て、駆け寄ると、穴からは僅かしか見えなかったが、これは────


「護衛の騎士の人たちですよね、この人……」


 先程国王と共に別荘内に入っていった護衛の一人が、そこに倒れていた。

 息はあり目立った外傷もないけど、完全に伸びきっている。


“じゃあやっぱり、エリーの言うとおり────”

「はい、この屋敷に誰か侵入してきてます」


 そもそも、外からの敵の侵入は多くの護衛が防いでいるはずだし、別荘の周りには入口以外に結界が張ってあり、“システム・クロウ”のような相手でも容易に侵入できないようになっている。


 だからこそ、安全な別荘内は僅かな護衛で事足りるはず、なのだが、王が脱出するためのこの道を敵に知られていたのは誤算だったのだろう。


 いや、それも想定した上でこの護衛の人をここに配置していたのか。

 しかし護衛をも倒してしまえるほど敵が強かったのなら、まさしく「暗殺」にはうってつけの状況が今作られてしまっている。


「もしかして、あの3人組やカラスの群れは囮だったのかも……」

“どういうこと?”

「もし暗殺をしたいのなら、本当なら王がここへの移動する中に大群をけしかければいいんです。

 それをしなかったのは、あえて外で“システム・クロウ”を使った派手な騒ぎを起こして、侵入者に気付かれにくくするため……

 もしかしたら、あの3人組も主力を多少なりとも屋敷から遠ざけるための罠だったのかも……」

“なるほどね、じゃあ今から戻ってあの麒麟の男を呼びに行く? それともこの屋敷の外にいるアデク?”


 決めあぐねていたその時、屋敷の中に音が響いた。


「どっちも時間がなさそうです、私だけでも行きます」



   ※   ※   ※   ※   ※



 ワインセラーの部屋を出た私たちは、辺りを確認する。

 どうやら音は上の階から聞こえてきたらしい。


“階段はあっちみたいだよ!”

「分かりましたっ」


 きーさんの案内で、玄関前に出た私は、そのまま玄関前の階段を駆け上がり、二階へと昇る。

 すると、先ほど路地裏で聞こえてきた『声』が、また耳に響いてきた。


『あの部屋だ』


 駆け寄って、勢いよく扉を開く。今は躊躇なんかしていられない。


「大丈夫ですか国王ッ」

「て、テイラー君!!? 何故ここに!?」

「ダメよ、来てはダメ!」


 部屋には、王妃とそれを護るように国王が部屋の隅に固まっていた。


「だ、大丈夫ですかっ」


 部屋からは、様々な方向から壁の叩く音やぶつかる音、砕ける音が響いて様々な場所が荒れていた。

 しかしただ音が聞こえるだけで、その他には何も見えない、まるでポルターガイストのようだ。


「これは────」

「侵入者は姿を消しているんだ!! それで護衛の人間もやられた!!」


 みると、床には何人もの屈強な男たちが倒れている。

 これが全てをこの侵入者の仕業なのか。


 そういえば以前国王本人が、自身も闘いの技術は身につけていたと語っていたことを思い出す。

 しかしその国王も、今は王妃を護るのに精一杯で、手も足をも出ない様子だ。


「今助けますっ」

「君は来るんじゃない────くそっ、姿さえ見えれば!!」


 国王も、何者かの気配は感じているらしい。

 しかしその存在は目に見えないため王は攻撃を躊躇しているのだ。


 もし床にいる部下を巻き込むようなことがあれば、それこそ取り返しがつかない。


「任せてくださいっ」

「何を!?」

「“ウィステリアミスト”!!」


 魔力で生成した雪状の氷を風の魔力で飛ばし、部屋中に分散させる。

 雪が部屋全体に飛んで行き、その結晶のほとんどが空中に留まった。


「────!!」


 しかしある場所を舞う氷だけは、何かに傷害されている。

 その形は、くっきりと人の姿を描いていた。


 つまりそこには────侵入者がいる!


「みつけたっ」

「そこかっ! 王宮式ロイヤル大炎火バーニング!」


 すかさず国王が手に持った杖を床に打ち付ける。

 すると炎の波が空中に広がり、そこにいる侵入者の気配が壁に叩きつけられた。


「────!」


 壁に激突した侵入者は、体を透明にすることが出来なくなってしまったのか、その姿が露わになる。

 極黒とも言える不気味でボロボロのフードを被った姿は、子供のように小柄ながらも禍々しさを感じた。


 このフードが、あの「声」の主か────


「よかった……」


 何とか危機は脱したらしい、私は国王に駆け寄る。


「テイラー君、あのフードを────ぐっ!!」

「あなた!!」


 国王が膝をつく。慌てて近寄る女王に大丈夫だと手を振る国王だったが、その顔は随分と青ざめていた。


「国王、ご無事ですかっ?」

「いや、私のことはいい! 君は早く彼女・・を追いかけるんだ!」


 言われて振り返ると侵入者はちょうど、部屋の扉から逃げ出すところだった。


「いや、でも今は────」

「いいから早くっ!! 君は後悔するぞっ!」

「えっ……!」


 後悔────その言葉に、私は弾かれるように立ち上がる。


「すみません、事情は分かりませんがご命令とあらば」

「速く行きなさい!」


 引っかかる言葉、どうしてもぬぐえない確信────私は少しずつ、真実に近付いていると確信した。

 国王は今、侵入者のことを彼女・・と言った。

 彼は、もうその真実に見当がついているのだろう。


 路地裏で聞いた声、警備に集められたかつての隊のメンバー、そして、今の敵の感覚。

 ちりばめられたピースが、少しずつ全体像を露わにして行く。


 それでも信じたくない、だから確かめたい、確かめてそれが間違いであったことを証明したい。


 私は国王から背を向けると、今部屋を出た侵入者を追いかけ部屋から出た。


「どこに────あっ」


 扉を出ると、フードの侵入者は屋敷の出口に向かっていた。

 先ほどの国王の一撃が効いたのか、ふらふらと危なげな足取りで進んでいる。


「待ってくださいっ」

「────!?」


 私の静止の声に気付いた侵入者は、最後の力を振り絞り走り出した。


「待ってって────うわっ」


 追いついて手を伸ばすと、その手を引っ張られ、床にたたきつけられる。


「がっ」


 背中に走る衝撃、そのすきに逃げ出すフードの敵。


「逃がさない────亜麻庭園エクルガーデン!」


 生成した氷が床を凍らせ、敵の足元まで追いつく。


「────!?」


 氷は敵の足元まで広がると、そのまま敵の動きを縛って行く。


「逃がしません」


 私はそこに追いつき馬乗りになり、フードにその手を伸ばした。


「その顔を────なっ」

「────!」


 相手は伸ばした私の腕を掴み反対方向に引っ張り上げる。

 慌てて逆の手で敵の肩を掴んだが、バランスを崩して私は敵諸共横に倒れ込む。


「あっ」

「──!?」


 しかし倒れ込んだ先、目の前に床がないことに気付く。

 その先は、玄関先の階段だった。


「ぐっ────」

「────っ!!」


 視界が回り、景色が回り、風景が回り、フードの侵入者と私はもみ合うように階段から転げ落ちる。

 そして10段20段────長い階段から2人して落ち、一番下でやっと止まった。


「うぅ、イっタ────あっ」

「─────っ!!」


 そして私は全身をぶつけ、痛みにもだえながらも、侵入者の顔を、その時確かに見た。


「やっぱり───どうしてっ!」


 間違いない────フードの奥の青い瞳。

 年齢より幼く見えるが、しっかりと整った顔。


 絹のようになびく銀髪から、僅かに香る懐かしいにおい────


「やっぱり貴女だったんですね、どうしてここにいるんですか……」


 こんなところにいたのか。

 この数ヶ月探し続け、ついに見つけることの出来なかった────見間違えるはずもない、私の親友。



「ミリア────!!」

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