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帰りたい(64回目)  3人組の撤退


 まぁ、何はともあれ、リアレさんが、敵の一人を倒したんだ。

 よくよく考えてみたら、憧れのリアレさんと自分初めての競闘──っていっていいものだったけど、その実感は傷だらけのリアレさんを前にしてはまだ沸いてこない。


「リアレさん、この後どうすればいいかしら?」


 リスキーを急いで回復させながら、リアレさんに聞いた。


「そうだね、彼女の傷が塞がったら、とりあえずアデク先輩に連絡しようか。

 その後のことは、その後考えよう」


 そうはいいつつ、リアレさんもぐったりとしている。

 彼も今日はずっと闘い通しだったのだ、かなり疲れたんだと思う。


「リアレさん、あの姿────“精霊天衣”でしたっけ?」

「あぁ、精霊契約の到達点、僕はあの姿になると消耗が激しいんだ。

 【百万戦姫】────ロイドだって、長くは持たないだろう」


 それ以上は何も話したくないというように、リアレさんは目を閉じてしまった。

 この後アデク教官に連絡しようとは言われたけれど、せめて少しだけ回復させてあげたい。


「あ、そうだテイラー君は!?」

「なんか気になることがあるみたいで一人で行っちゃったの。

 そういえばダストって言う子、さっき闘ったんですけど取り逃がしちゃって────」

「勝手に闘ったのか!? それに今一人!?

 それならなおさら危険じゃないか!! すぐにでも────あいたっ」


 無理に動こうとしたリアレさんは、その痛みに顔を歪ませる。


「待って! まだ無理しないで!! あと少しでこちらが終るから、そしたら────」

「うぎゃあぁぁぁぁーーー!!」

「なにごとっ!?」


 突然の叫び────声の方に振り向くと、先ほど自分たちが倒したダスト君が、路地の向こうから物凄い形相で逃げてきた。


「ほんとに、なにごとなの!?」


 しかもさっき会ったとは違って、足を複数の触手に変化させて、その全てを必死に動かしている。

 おかげで、キモチワルイけどかなりのスピードだ。


「あっ、あんた!! まだそんなに動けたの!?」

「あ、おねーさんさっきぶり──って程でもないのですね。

 さっきは逃げてすみませんなのでした! そろそろタイトがヤバそうだと思ったので!!」


 見ると、先ほどロイドさんと闘っていたはずのタイトという男を、ダスト君は軽々と引きずっていた。

 どおりで痛がる仕草が演技っぽいと思った────と言ってたのはエリーちゃんか。

 さっきのあの子の見立ては間違っていなかったみたいだ。


 でも、それでもあの時胸をザックリとエリーちゃんに切りつけられたはずなのに、ダスト君はピンピンしている。


「ど、どうして……」

「あー、傷なのですか? あれなら、ほら」


 ダスト君がシャツをめくると、エリーちゃんが切りつけたところにはべったりと粘液がついていた。

 その粘液は傷を塞ぎ、あれだけ深くついたはずの剣の傷が早くも治癒の兆候を見せていた。


「僕は傷を塞いで痛みを止める粘液も出せるのです。

 まぁあの死んだ眼のおねぇさんの攻撃は、結構イタかったのですけど、これぐらいならすぐに治るのですよフフンっ!」


 この子、得体が知れない────それが彼に対する自分の素直な思いだった。

 確かにダスト君は自分達と遭遇したときも、急に話しかけてきてはキモチワルイことを言い時間稼ぎ、私を触手で捉えても攻撃するわけでもなく、最初から本気は出していなかったし──それに。


「ねぇ、ロイドさんは、どうしたの……?」

「あー、あのおねぇさんなら、ほら────」

「見つけたっ! 今度こそ逃がさねぇぞ!!」


 路地裏からの怒号に振り返ると、“精霊天衣”を使っているロイドさんが今まさに家の壁を突き破って追いかけてきた。

 つまりまだ可憐な女性の姿である。よかった、彼はまだ無事だったようだ。


そいつタイトオレわたしの獲物だ!!

 ヌルヌルのガキ! テメぇもろとも刑務所行きにしてやるわ!!」

「うわぁ出た! 怖いおねぇさん追いかけてこないで!!」


 どうやらロイドさんに倒されたタイトを、ダスト君が奪い去ったみたいだ。

 あのタイトの攻撃を受け止めたロイドさんから、いったいどうやって────


「こわいよーー!!」

「待ちや────がっ─────わぷっ!!」


 追いつき手を伸ばしたロイドさんだったけど、寸での所で足を取られ顔から地面にずっこける。


「いだぁ!!」

「おっ、やったラッキーなのです」

「くそったれっ!! うっわ、何だこれ!?」


 ロイドさんの足元には、粘液がこびりついていた。

 どうやらあれに足を滑らせたみたいだ。


「ロイドさん! その子の粘液です!! 触手から出てるんですそれ!!」

「うわ、キモチワル!!」

「え、ヒドい」


 またもショックを受けたダスト君だったが、今度は流石に膝はつかなかった。

 どうやら粘液をまき散らすことで、重いタイトと地面の摩擦を減らしていたのが思わぬ副産物を生んだらしい。


「今のうちに逃げちゃお────あ、リスキー様!!

 おねぇさん回復しててくれたのですね。

 後は僕がやっとくんで任せて欲しいのです!!」

「別にアンタのためじゃないから!!」

「その前にテメェも病院送りだ死ねぇっ!!」


 なんだか矛盾するセリフを叫びながら、ロイドさんは粘液に足を捉えられながらも再び立ち上がろうとする。


「あんまり無理しない方が良いのですよん!」

「まだだっ、逃がす────がっ!!」


 立ち上がろうとするロイドさんは、しかし再びその場に倒れ込んでしまった。


「ロイドさんっ!?」


 すると突然彼女の身体からまばゆい光が放たれ始める。


「えっ、なに!? ロイドさん爆発するの!?」

「しねぇよクソがっ! チクショウ!! 時間切れかっ!!」


 光が収まると、そこには一人の男性────以前ドマンシーで出会った、正真正銘私の知っている男性のロイドさんがそこにいた。


「えぇ……? 美人さんが、筋肉だるまになったのです……」

「誰が筋肉だるまだ!!」

「な、何にしてもラッキーなのです!」


 ダスト君は再び逃げ出す、そして彼が次に向かう先はこちらの方向だった。


「おねぇさんそこを通して欲しいのです!!」

「こっち来ないで!!」


 しかし、ロイドさんとリアレさんは今動けない、ここで彼を止めなければ。


「あぁ、もう!! 全方位の鎖封じオールディレクション・チェイン!!」

「うわ、またあの鎖なのですか!?」

「捉えたっ! “締めるファースン”!」


 しかし、捉えたはずのダスト君は消え去り、代わりにドロドロと触手がこぼれ落ちた。


「へっ!? なんで!?」

「“触手分身”なのです! へへ、こっちなのですよ!!」


 スルリと隣を抜けたダスト君は、動けないリアレさんの隣を縫って、その隣のリスキーの襟元を掴む。


「ぐっ、くそ!!」


 あんな技を隠し持っていたなんて、自分たちとの闘いは彼にとって遊び半分であったことをつくづく思い知らされる。


「リスキー様回収!!」

「あ、待って!!」


 そのまま彼は足の触手を使い大きく跳躍すると、屋根の上に飛び乗った。

 どうやら目的は逃走一辺倒らしい。


「逃がさないわ!!」

「それは僕の自由なのですよ。“サウスシス”────姫の時代・・・・は、いつか取り戻すのです……」

「姫の時代……?」

「アンタらにはかんけーねーのです。あ、民間人の警護もごくろーさんでした」


 そう呟くと、ダスト君は、パチンと指を鳴らした。

 すると、先ほど人質にとられていた女の子が、ドロドロと溶けて触手に変わってゆく。


「えええぇぇぇぇ!?!?!? あなたあの子になにしたのっ!?」

「この“触手分身”に力使い過ぎちゃっておねぇさん達の時は本気出せなかったのですよねぇ。

 次会ったときはお互い全力ベストを尽くしましょうね!」


 あれだけ必死に護った女の子が、実は能力で作られたただの触手だった。

 それを知って心が折れそうだ。


「ま、まって────」

「全く、ここまで裏でやっても叶わないなんて、僕らにはまだ早すぎたのですかね、ダスト、リスキーさん」

「え、あなた一体何を……」

「なんでもねーのです。バイビ~」


 最後にそう言い残すと、彼は屋根を走り抜け姿を消した。


「ちょ、ちょっと!! リアレさん! 自分追いかけて────」

「いや、もういい。あの状態じゃ奴らの作戦は失敗だろうし、どうせ追いつけないよ。

 ちょっと屋根の上に登ってカラスたちがいた方見てご覧」


 言われたとおりに国王別荘の方をのぞくと、そこからは騒ぎの様子は感じ取れなかった。


「どうやらあのリーダー格の女がカラスを操ってたらしい。

 アデク先輩に言われた指示自体は完遂したわけだ」

「クソッ、あと5秒“精霊天衣”がもてば……」


 それでも先ほどすんでの所でダスト君を取り逃がしたロイドさんは、納得がいかないようだった。


「すまなかった【百万戦姫】、僕にも体力が残っていれば彼を────」

「ふんっ、どうせあれだけアイツが動けりゃ結果は同じだったろ。それより」


 ロイドさんはリアレさんに詰め寄る。


「な、なに?」

「お前、オレを差し置いて幹部になったんだろ?

 なら甘さは捨てろ、でなきゃ強くなれクソが」


 そう一言だけ言い残すと、ロイドさんはフラフラと去って行った。



「い、行っちゃった……何あれ、リアレさんへのひがみ……かしら……?」

「違うよ」

「じゃあどうし────わぶっ!!」


 突然リアレさんが腕を伸ばし、私の頭を強く撫で始めた。

 正直憧れのリアレさんに撫でられて、パニックになる。


「りりり、リアレさん!?」

「彼の言うこと、正しいよ」


 そう言い残すと、リアレさんも何とか立ち上がる。


「テイラー君、探しに行こうか」

「え? えぇ? あっ、リアレさんもう大丈夫なのっ!?」


 彼の行動、その言葉、その意図に、声を掛けられない自分がいた。



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