それは、賭けだった────
「分かった、ならこの私を代わりに人質にするといいわ」
こうするしかない──エリーちゃんなら、こうする。
そして今の状況を打破できる、最適解を────
「ダメだセルマ!! それじゃなにも変わらない!!」
「────っ、ごめんなさいリアレさんっ!!」
リアレさんの叫ぶ声が聞こえるが、自分は敵の眼光だけに集中をする。
おそらく敵の鋭いあの眼光は────観察と、疑心と、いたぶりの眼差し。
敵はこちらの発言の意図をくみ取り、こちらをどう料理しようかと──どう自分に生かそうかと考えているはずだ。
「やめろ!! セルマ、君は────」
「貴方は黙ってるのですわ!!」
「がっ!!」
「リアレさんっ!!」
リスキーは再びリアレさんの頭を踏みつける、しかしさに程よりもその一撃一撃は力任せに感じた。
威力はあるけど、感情に揺さぶられて、力任せになっている────
「も、もう一度言うわ、代わりに自分を、人質にしてちょうだい……」
「あら、それでお嬢ちゃんはいいのかしらん?」
おちょくるような眼差し、に見えるが実際は違う。
仲間もやられて、向こうにもかなり余裕がなくなっている。
リスキーがゴクリと生唾を飲むのは、消して見逃さなかった。
「いいわ、でも約束して。その子だけは無事に親元に帰したいもの」
「いいですわ、いらっしゃい……」
分かった、両手を挙げ少しずつリスキーに近付くと、そのまま手の届く位置まで接近した。
「まず、その杖を捨てるのですわ」
指示に従い、杖を届かないところへ放り投げる。
本来なら武器を雑に扱うのは御法度だけど、今はそれも仕方がない。
「さぁ、武器は離したわ。早くその子を離して────」
「それは──嫌ですわ!!」
そう叫ぶと、リスキーはドレスの下から、小型の拳銃を取り出しこちらに向けてきた。
ご丁寧に
「アハハ!! バカですわねバカですわね大バカですわね!!
バーカバーカ! わざわざ人質を手放すわけないのですわ!!」
「や、約束が違うじゃない!!」
「約束なんかしてませんわ!! 認めたのは貴方が人質になることだけ!!
ほら、これで人質は2人、いえ3人! 民間人も部下も幹部も取られて、果たしてエクレアはどうするのか見物ですわ!」
「クソッ!! セルマ、だから止めろと────」
「り、リアレさん……」
その瞬間、リアレさんと眼が合った。
右手にはナイフを持って少女の首に手をかけ、左手には拳銃を持ってこちらに向け、足の下にはリアレさんを踏みつけたリスキー、三方向に気を配るのは容易ではないだろう────
だから、やるならやれ、と────
油断している、今がチャンスだと────!!
「“
「ぬむっ!?」
自分は一瞬の隙に、ナイフと女の子の間にバリアを張る。
「しまった!」
リスキーの刃は、これでもう女の子に通らない!
「くっ────」
リスキーは、すぐに左手の銃の照準をこちらに合わせ、銃を撃とうとする。
拳銃のトリガーが引かれるのが、まるでスローモーションのように見える────間に合え!!
「“スタッブシャイン”!!」
「っ!!」
目を眩ませる光を口から発射し、敵の視覚を奪う。
そして瞬間的に右へ避けると、銃口は僅かに逸れ、こちらに当たることなく地面へと直撃した。
「うぅっ!! 目が見えないですわっ!」
「リアレさん!!」
間に合え────!!
「っつっぅ────うぅ…………ん?」
しかし、叫ぶか否かの瞬間、目を開くと、もう勝負はついていた。
「ぐ──ガハッ……」
リアレさんは既に“精霊天衣"でリスキーの後に回り込み、爪の鋭い腕を彼女の背中から突き刺していた。
そのスピードは、まさに神速────
「なんて危ない賭けをするんだ……」
完全に疲れ切った様子のリアレさんが、意識を朦朧とさせながらも囁いた。
「ご、ごめんなさいリアレさん」
敵の目は明らかに、仲間を倒されたと聞いたときから動揺していた。
攻撃も力任せ、人質になろうという自分の案に対し、どう利用しようかと考えていたのが見え見えだったのだ。
もしこのまま敵が自分を人質にしなかったら、この状況の打破は難しかっただろう。
しかし今は、リアレさんも敵の足から逃れ、人質の少女も自力でリスキーの腕から抜け出し、安全は保証されたようだ。
よかった────
「がはっ……なぜ杖もないのに……バリアを展開できたんですのん……?」
腹に大きな穴を開けたリスキーが、口から血反吐を吐きながら問いかけてくる。
「これよ」
自分は手の指先をリスキーに突き出した。
手には、指で挟めるほどの大きさの杖が収まっている。
「し、仕込み杖……」
「普段は髪に隠して持ち歩いているの。
手を挙げさせたのが運の尽きだったわね」
これは、教訓だった。
以前はいざという時に杖を持っておらず、みんなに遅れを取ってしまったことがあった。
それを糧に、クレアちゃんを見習ってどんな時でも使える杖を、持ち歩いていたんだ。
エリーちゃんの発想とクレアちゃんの周到さ、そのどちらもなければ、今回勝つことは出来なかっただろう。
「や、やられましたわね……」
リアレさんの鋭い爪を持った腕が、ゆっくりと抜けてゆく。
「ワタクシは、賭けに……負けたというわけですわね────」
ゆっくりと、リスキーが膝を付き、前のめりに倒れる。
少しずつジワジワと、貫かれた傷口から血が噴き出し、血だまりを作っていた。
「セルマ、悪い……」
リアレさんもその場に膝をつき倒れる。
結局リアレさんの特攻にあの場では頼ってしまったけど、その体は既に限界だったみたいだ。
「り、リアレさん!! すぐに応急処置を!!」
「僕はいい、それよりそっちの手当を。女の子は怪我がないみたいだから、リスキーの方を助けてやってくれ。
今彼女に死なれると困るんだ」
「わ、分かりました」
まず人質の女の子の方へ行くと、そっと抱きかかえる。
少し震えているが、パニックになっている様子はない。
目の前で目をしばしばさせている人質の女の子を抱きかかえ、リスキーからなるべく遠ざける。
「もう大丈夫だからね」
“スタッブシャイン”はただの目眩ましなので無害とはいえ、目の前での発動は流石にまずかったらしい。
威力は調節したつもりだけど、まだ女の子の目はあまり見えていないみたいだ。
まぁ、こんな光景見えないだけよかった気もするけど。
「ちょっとここで大人しく待ってられる?」
女の子は無言でコクコクと頷く。
あんなことが起こったのに泣くのを我慢している、強い子だ。
「はぁ、仕方ないから貴女の傷を治すわ」
「不覚ですわぁー……不覚、ですわぁー……」
ブツブツ言うリスキーを無視して、言われたとおりに治癒の魔力を分け与え、治療を始める。
自分は
元はと言えばリアレさんと闘うことになったとき、いつでも自分が傷を癒したいと思って志したことを思い出す。
それが、今傷ついた彼の目の前で、敵の治療をし始めるのもちょっと皮肉な話かも。
「ふふっ、ワタクシ、敵に倒されて、さらに治療を受けて、とっても惨めですわね」
「それだ、アンタ、何故人質なんて取ったんだ?」
リアレさんは、リスキーに訪ねる。
「どういうことですのん?」
「元々アンタ人質を取るなんて初めてだろう、あの子に手を出す気がないことは見え見えだった。
それでも責めに転じれなかったのは、僕の甘いところだけど……」
その言葉を聞いて衝撃を覚える。
敵から踏みつけられている最中でも、リアレさんは私以上に敵を観察をしていたのだ。
「あのまま僕と一騎打ちを続けていれば、勝率は5分だったことも、人質に手を出すつもりがないのが僕にバレていたことも、アンタなら分かってたんじゃないか? なのに、どうして」
「そうですわね、貴方の言う通り、分かっていましたわ」
リスキーが、苦しそうに答える。
本当ならこの傷で意識を保っている方が不思議なのに、大したものだ。
「それでも、確実に勝ちたかった、焦ってしまった。
この銃は、こんな時のために使うつもりじゃなかったですのに──何年も待ったはずなのに────うぅ……」
「何年も?」
しかし、リアレさんが聞き返したときには、既に彼女の意識はなかった。
「せ、セルマ!! 大丈夫なのか!?」
「大丈夫、傷口はふさがり始めてるわ。痛みで失神しただけみたいです」
そうか、と呟くとリアレさんもそれ以上は何も言わなかった。
「セルマ、せめてちゃんと治してやってくれ。
腹を貫かなければいけないほどに、彼女は強かったから」
敵に向ける敬意だろうか、未熟な自分にはまだ分からないが、リアレさんとリスキーが全力で闘っていたことだけは、何となく分かった。