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帰りたい(63回目)  リスキー


それは、賭けだった────


「分かった、ならこの私を代わりに人質にするといいわ」


 こうするしかない──エリーちゃんなら、こうする。

 そして今の状況を打破できる、最適解を────


「ダメだセルマ!! それじゃなにも変わらない!!」

「────っ、ごめんなさいリアレさんっ!!」


 リアレさんの叫ぶ声が聞こえるが、自分は敵の眼光だけに集中をする。


 おそらく敵の鋭いあの眼光は────観察と、疑心と、いたぶりの眼差し。

 敵はこちらの発言の意図をくみ取り、こちらをどう料理しようかと──どう自分に生かそうかと考えているはずだ。


「やめろ!! セルマ、君は────」

「貴方は黙ってるのですわ!!」

「がっ!!」

「リアレさんっ!!」


 リスキーは再びリアレさんの頭を踏みつける、しかしさに程よりもその一撃一撃は力任せに感じた。

 威力はあるけど、感情に揺さぶられて、力任せになっている────


「も、もう一度言うわ、代わりに自分を、人質にしてちょうだい……」

「あら、それでお嬢ちゃんはいいのかしらん?」


 おちょくるような眼差し、に見えるが実際は違う。

 仲間もやられて、向こうにもかなり余裕がなくなっている。


 リスキーがゴクリと生唾を飲むのは、消して見逃さなかった。


「いいわ、でも約束して。その子だけは無事に親元に帰したいもの」

「いいですわ、いらっしゃい……」


 分かった、両手を挙げ少しずつリスキーに近付くと、そのまま手の届く位置まで接近した。


「まず、その杖を捨てるのですわ」


 指示に従い、杖を届かないところへ放り投げる。

 本来なら武器を雑に扱うのは御法度だけど、今はそれも仕方がない。


「さぁ、武器は離したわ。早くその子を離して────」

「それは──嫌ですわ!!」


 そう叫ぶと、リスキーはドレスの下から、小型の拳銃を取り出しこちらに向けてきた。

 ご丁寧に安全装置セイフティも既に外されている。


「アハハ!! バカですわねバカですわね大バカですわね!!

 バーカバーカ! わざわざ人質を手放すわけないのですわ!!」

「や、約束が違うじゃない!!」

「約束なんかしてませんわ!! 認めたのは貴方が人質になることだけ!!

 ほら、これで人質は2人、いえ3人! 民間人も部下も幹部も取られて、果たしてエクレアはどうするのか見物ですわ!」

「クソッ!! セルマ、だから止めろと────」

「り、リアレさん……」


 その瞬間、リアレさんと眼が合った。

 右手にはナイフを持って少女の首に手をかけ、左手には拳銃を持ってこちらに向け、足の下にはリアレさんを踏みつけたリスキー、三方向に気を配るのは容易ではないだろう────


 だから、やるならやれ、と────

 油断している、今がチャンスだと────!!


「“上位ハイバリア"っ!!」

「ぬむっ!?」


 自分は一瞬の隙に、ナイフと女の子の間にバリアを張る。


「しまった!」


 リスキーの刃は、これでもう女の子に通らない!


「くっ────」


 リスキーは、すぐに左手の銃の照準をこちらに合わせ、銃を撃とうとする。

 拳銃のトリガーが引かれるのが、まるでスローモーションのように見える────間に合え!!


「“スタッブシャイン”!!」

「っ!!」


 目を眩ませる光を口から発射し、敵の視覚を奪う。

 そして瞬間的に右へ避けると、銃口は僅かに逸れ、こちらに当たることなく地面へと直撃した。


「うぅっ!! 目が見えないですわっ!」

「リアレさん!!」


 間に合え────!!


「っつっぅ────うぅ…………ん?」


 しかし、叫ぶか否かの瞬間、目を開くと、もう勝負はついていた。


「ぐ──ガハッ……」


 リアレさんは既に“精霊天衣"でリスキーの後に回り込み、爪の鋭い腕を彼女の背中から突き刺していた。

 そのスピードは、まさに神速────


「なんて危ない賭けをするんだ……」


 完全に疲れ切った様子のリアレさんが、意識を朦朧とさせながらも囁いた。


「ご、ごめんなさいリアレさん」


 敵の目は明らかに、仲間を倒されたと聞いたときから動揺していた。

 攻撃も力任せ、人質になろうという自分の案に対し、どう利用しようかと考えていたのが見え見えだったのだ。


 もしこのまま敵が自分を人質にしなかったら、この状況の打破は難しかっただろう。


 しかし今は、リアレさんも敵の足から逃れ、人質の少女も自力でリスキーの腕から抜け出し、安全は保証されたようだ。

 よかった────


「がはっ……なぜ杖もないのに……バリアを展開できたんですのん……?」


 腹に大きな穴を開けたリスキーが、口から血反吐を吐きながら問いかけてくる。


「これよ」


 自分は手の指先をリスキーに突き出した。

 手には、指で挟めるほどの大きさの杖が収まっている。


「し、仕込み杖……」

「普段は髪に隠して持ち歩いているの。

 手を挙げさせたのが運の尽きだったわね」


 これは、教訓だった。

 以前はいざという時に杖を持っておらず、みんなに遅れを取ってしまったことがあった。


 それを糧に、クレアちゃんを見習ってどんな時でも使える杖を、持ち歩いていたんだ。

 エリーちゃんの発想とクレアちゃんの周到さ、そのどちらもなければ、今回勝つことは出来なかっただろう。


「や、やられましたわね……」


 リアレさんの鋭い爪を持った腕が、ゆっくりと抜けてゆく。


「ワタクシは、賭けに……負けたというわけですわね────」


 ゆっくりと、リスキーが膝を付き、前のめりに倒れる。

 少しずつジワジワと、貫かれた傷口から血が噴き出し、血だまりを作っていた。


「セルマ、悪い……」


 リアレさんもその場に膝をつき倒れる。

 結局リアレさんの特攻にあの場では頼ってしまったけど、その体は既に限界だったみたいだ。


「り、リアレさん!! すぐに応急処置を!!」

「僕はいい、それよりそっちの手当を。女の子は怪我がないみたいだから、リスキーの方を助けてやってくれ。

 今彼女に死なれると困るんだ」

「わ、分かりました」


 まず人質の女の子の方へ行くと、そっと抱きかかえる。

 少し震えているが、パニックになっている様子はない。


 目の前で目をしばしばさせている人質の女の子を抱きかかえ、リスキーからなるべく遠ざける。


「もう大丈夫だからね」


 “スタッブシャイン”はただの目眩ましなので無害とはいえ、目の前での発動は流石にまずかったらしい。

 威力は調節したつもりだけど、まだ女の子の目はあまり見えていないみたいだ。


 まぁ、こんな光景見えないだけよかった気もするけど。


「ちょっとここで大人しく待ってられる?」


 女の子は無言でコクコクと頷く。

 あんなことが起こったのに泣くのを我慢している、強い子だ。


「はぁ、仕方ないから貴女の傷を治すわ」

「不覚ですわぁー……不覚、ですわぁー……」


 ブツブツ言うリスキーを無視して、言われたとおりに治癒の魔力を分け与え、治療を始める。

 自分は癒師いやしの資格を持っているけど、それは戦場において傷ついた仲間の応急処置を担う事が認められた資格だ。


 元はと言えばリアレさんと闘うことになったとき、いつでも自分が傷を癒したいと思って志したことを思い出す。

 それが、今傷ついた彼の目の前で、敵の治療をし始めるのもちょっと皮肉な話かも。


「ふふっ、ワタクシ、敵に倒されて、さらに治療を受けて、とっても惨めですわね」

「それだ、アンタ、何故人質なんて取ったんだ?」


 リアレさんは、リスキーに訪ねる。


「どういうことですのん?」

「元々アンタ人質を取るなんて初めてだろう、あの子に手を出す気がないことは見え見えだった。

 それでも責めに転じれなかったのは、僕の甘いところだけど……」


 その言葉を聞いて衝撃を覚える。

 敵から踏みつけられている最中でも、リアレさんは私以上に敵を観察をしていたのだ。


「あのまま僕と一騎打ちを続けていれば、勝率は5分だったことも、人質に手を出すつもりがないのが僕にバレていたことも、アンタなら分かってたんじゃないか? なのに、どうして」

「そうですわね、貴方の言う通り、分かっていましたわ」


 リスキーが、苦しそうに答える。

 本当ならこの傷で意識を保っている方が不思議なのに、大したものだ。


「それでも、確実に勝ちたかった、焦ってしまった。

 この銃は、こんな時のために使うつもりじゃなかったですのに──何年も待ったはずなのに────うぅ……」

「何年も?」


 しかし、リアレさんが聞き返したときには、既に彼女の意識はなかった。


「せ、セルマ!! 大丈夫なのか!?」

「大丈夫、傷口はふさがり始めてるわ。痛みで失神しただけみたいです」


 そうか、と呟くとリアレさんもそれ以上は何も言わなかった。


「セルマ、せめてちゃんと治してやってくれ。

 腹を貫かなければいけないほどに、彼女は強かったから」


 敵に向ける敬意だろうか、未熟な自分にはまだ分からないが、リアレさんとリスキーが全力で闘っていたことだけは、何となく分かった。


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