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帰りたい(61回目)  駆け上がる!!


 セルマが袖から鎖を放つ。

 鎖は壁で跳ね返り、地面で跳ね返り、空中で跳ね返り・・・・・・・ダストの四方八方を封鎖した。


「“全方位の鎖封じオールディレクション・チェイン”!」

「なっ、これはっ? 何なのですかぁ!?」

「貴方にはこれ以上暴れさせないわ!!」


 今まで実戦の中でセルマと本格的に共同する事は少なかったけれど、訓練の中で彼女の技は熟知している。

 だから、鎖はセルマの持ち味を最大限に生かせる武器だと言うことも、それを利用した戦い方を彼女が得意としていることも私は知っていた。


 罠師、癒師、と多彩な方面に才能を発揮する彼女だけれど、戦闘員として闘う時の彼女は、術師である。

 その術士にも多くの形態が存在するのだが、セルマの場合得意技は「バリアを張ること」だ。


 そのバリアはもちろん防御面ではかなり心強い味方だけれど、役目はそれだけに留まらない。

 空中に小さなバリアを張り、鎖の転換点とすることで、障害物がない場所でも周りに鎖を張り巡らせられる。

 自身のラウンドを作り、相手の動きを封じ、動けなくなったところに攻撃をたたき込む事が出来る、いわば「鎖」はセルマの特技をより生かせる武器だ。


「“締めるファースン”!!」

「ぐぐぐ!!」


 ダストの身体を捉えた鎖が、徐々に彼を締め上げてゆく。


「ぐぎぎぎぎ!!」

「“締めあげるスクリューアップ”!!」


 ダストも脱出を試みようとするも、さらに力を込めるセルマがそれを許さない。えぐ。


「ね、粘液をおぉぉぉ!」


 ダストは触手から粘液を出し始める、ズルズルと摩擦を減らしてこの鎖を脱する気らしい。


「だったら、“通電エレクトロ”!!」

「ぎゃあぁぁぁぁ!!」


 セルマが杖を軽く振ると、そこに電気が流れ、敵を焦がしてゆく。


「よくも! よくも粘液まみれにしてくれたわね!!」


 そして辺りに肉の焦げる匂いがし始めた辺りで、セルマはようやく力を緩めた。


「ふぅ、そろそろいいかしら」

「がふぅ……」


 セルマが鎖を緩めると、黒こげたダストはそのまま地面にドサリと転がった。


「セルマ気合い入ってましたね」

「ついやり過ぎちゃったわ。死んで……ないわよね??」


 不安そうにダストを見るセルマ。

 確かにやり過ぎだとは思うが、少しピクピクしている。

 安心した、死んではいないらしい。


「あれなら多分生きてるんじゃないですか?

 あの程度で死ぬとは思え────ないっ! セルマ下っ」

「えっ!?」


 揺れる地面、そして叫んだ瞬間、下から硬い石畳を突き破って無数の触手が突き出てくる。

 一本一本が鋭い、これは当たったら怪我ではすまない────


「セルマっ」

「バリアっ!!」


 間一髪、私たちが触手の餌食になる前にセルマが地面にバリアを敷いた。


 しかし地面からの猛攻は止まない。

 これは突き出ようとする触手が、いつバリアを壊すか分からない────


「エリーちゃん、敵は!?」

「そうだ、あの子は……」


 いた、先ほどまで地面に突っ伏していたはずの彼はいつの間にか移動し、最初に姿を現したときのように触手で建物の高い場所に張り付いている。

 違う点は、長い触手が数本真下に伸びていることか。


 セルマの攻撃で地面に落ちた彼は、地中を触手で堀り、下から私たちを攻撃しているのだ。


「エリーちゃん、このままじゃバリアがっ──!!」

「そんな……」


 そうこうしている間にも地面からの猛攻は留まることを知らない。

 今はセルマも頑張ってくれているが、彼女自身もこの足場がどのくらい持つかまでは分からないらしい。


 この猛攻を止めるためには、あの高さまで上がって攻撃をしなければいけない────どうする?


「がぁっ……があぁぁぁーーっ!!」

「ん……?」


 ふとした違和感、それは敵であるダストから感じたものだった。

 何というか、こちらが見えていないのだ。


 よく見ると、彼の頭からは血が流れ落ちている。


「もしかしてこの攻撃、ダストが、苦し紛れに攻撃しているだけなんじゃないですか?」

「えっ、あ、そうかも……血で顔がベットリよ」


 セルマは、何か腑に落ちるところがあったようだ。


「見てエリーちゃん、地面からの攻撃、突き立てるならバリアの真下が一番私たちを狙えるはず────

 ちがう、もっと言うと、この威力の攻撃なら直接狙った方が絶対良い」


 言われてみると、地面からの触手は私たちの真下だけでは無く、色々な方向から突き出ては戻ってを繰り返している。どうやら私達のの見立ては正しいらしい。


 そうしている間にも、ダストは遮られた視界と痛みで、苦痛にうめきながら叫んでいる。


「があぁぁぁぁーー!!」

「ん?」


 いや、そうなのかな?う~ん?

 しかしともかく、今はそこの隙を突くしかないのも事実だ。


「セルマ、私をここから彼の元まで移動させることって出来ますか?」

「出来る……けどちょっと危ないかも。

 バリアを張って、それを足場にしてあそこまで、行ける?」


 その作戦は、少し戸惑う。

 私が危険なことはもちろん、バリアを張るのにはセルマの集中力もこちらに回す必要がある。

 それは足場を作っている彼女にとっても、かなり危険の伴う作戦だ。


 しかし他に方法──は思い付かなかった。ここで私たちが生き残るには、私が直接あそこに上がるしか無い。


「慎重に、出来ればダストの目の前まで……お願いできますか?」

「任せて、エリーちゃんの足元は私が預かったわ!!」


 そうと決まれば、多少危険でもセルマの体力が尽きる前に始めなければ。

 覚悟を決めて空中に一歩足を踏み出すと、足は空を切らずに、そこに現れた半透明なバリアを踏みしめた。


「すごい……」

「早く、もうそんなにもちそうに無いわ!!」


 促されて、一歩一歩と駆け上がる。


 足を上げてはバリアが現れ、それを踏み越え、を繰り返す。

 気配を消しつつ、相手の目前まで迫って、地面へ叩き落とすのだ。


 もう少し、もう少し────


「ぐっ──し、死んだ目のお姉さん、何で上がってきてるのですか……?」

「────っ!!」


 まずい、敵を目前にして、ダストが視界を取り戻したのだ。

 こちらを補足されたら、触手で串刺しにされる!


「まずい──っ」

「エリーちゃん目をつぶって!! “スタッブシャイン”!!」


 セルマのかけ声と共に、背後から強烈な閃光が放たれる。


「ぐぁっ……何なのですかあっ!?」


 叫ぶダストの声。今目をつぶることはとても怖かったけれど、そうしなければ私の目まで使い物にならなくなってしまう。

 目を固く閉じながら、それでもセルマを信じて空を登り続けた。


 閃光が収まり再び目を開けると、苦し紛れの触手がこちらに2本飛んできた。


「きーさんっ」


 粘液はついていない、それを確認した私は、触手をきーさんが変身した槍でいなし切る。


「────っ」


 そしてついにダストとの距離は、槍の間合いまで詰まった。


「きーさん、“魔力共有まりょくきょうゆう”と“魔力纏まりょくてん”の用意をっ」

「がっ──し、しまっ……」


 私の気配を感じたダストが、粘液を分泌する触手で身体を囲い始める。


「行きますっ」


 腕に持ったきーさんを固く握りしめると、きーさんの熱が、私の中に染み込んでくるのを感じた。

 この凱旋祭までに至る間、リアレさんの元で修行してきた私たちは、今その修行の成果を実戦で試そうとしている。


 緊張感が身体を支配しようとするが、底知れない高揚感が私の中に溢れてくるのも感じた。

 これは──きーさんの感情か────


「エリーちゃんいけぇぇぇ!!」


 後からは、セルマの怒号。先ほどまで険悪な雰囲気だった私たちだけど、今回は彼女の助けなしではここまで来れなかっただろう。

 だったらせめて、期待を裏切らないように────


「“珊瑚連斬コーラルビート”っ!!」


 私はきーさん槍に魔力を纏わせ、槍で一撃を放つ。


「がっ─────ああぁぁぁぁ────!!」


 ダストの右肩を穿つ一撃は、やがて彼の絶叫へと変わった。


「ああぁぁぁぁーーー!!」


 普通の攻撃では殆どダメージを与えることはなかったが、魔力での攻撃は先ほどのセルマの魔力砲ファルのように有効だった。

 それと同じように“魔力纏”で魔力をまとわせたきーさん槍の一撃は、ダストの触手防御も意に介さず、彼に致命傷を負わせることができたのだ。


「がっ────」


 やがて、ぷっつりと糸が切れたように、ダストは地上へと落ちていく。


「落ちた……」


 そのまま彼が動く様子はない。


 勝った、のか?


「よし、きーさんありがとうございました。これで下に────」


 そういって肩の力を抜いた瞬間────


 身体がふと落ちる感覚────


「あれ────?」


 我に返ってみると、自分が落下していることに気付く。


『やばっ』


 まさか足元のバリアが消えたのか────?


 あの石畳の上にこの高さから落ちたらただではすまない────


 だめだ、地面に当た─────らない??


「んんん?」


 とっくに身体が衝撃を受ける頃になっても、痛みは身体を刺さなかった。

 その代わりに、自分がプヨプヨとした半透明の何かに寝そべっていることに気付く。


「これ……バリア?」

「エリーちゃんごめん!!」


 声の方向を見ると、セルマが私を覗き込んでいた。


「ごめん、限界で────バリア解いちゃって!!」

「これは……」

「バリアよ、クッション代わりにしたの。間に合ってよかった……」


 やはりこのプヨプヨはバリアだったのか。


「いえ、怪我は無かったし、大丈夫です」


 セルマの手を借り、私はクッションから地面に降りた。

 どうやら地面ギリギリまで落下していたらしい。


 セルマもこの戦いでかなりの力を消耗しているはずだし、彼女を責めることは出来ない。

 むしろ、それでも力を振り絞って受け止めてくれたセルマに感謝だ。


「はぁ、無事でホントによかった……」


 安心感からか、セルマがその場にしゃがみ込む。


「いえ、私こそあそこまで行けたのはセルマのおかげです。はぁ────」


 つられて私も地面に座り込み、どちらからともなく、大の字になって寝そべった。


「勝った────」



 お互いが肩を揺らす息づかいが聞こえてくる。

 そして心地よい風が、建物の間を吹き抜けていった。



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