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帰りたい(60回目)  触手でネトネト

「あー、それは僕が『女の子同士の友情パワー』

が大好きだからなのです」

「「は?」」


 耳を疑う、どうやら聞き間違えをしてしまったらしい。

 こんな緊迫した状況で敵の言葉を聞き漏らすなど、本来はあってはならないことだ。


「イマナンテ?」

「だからあー、それは僕が『女の子同士の友情パワー』が大好きだからなのですって」


 どうやら聞き間違えではなかったようだ。何言ってんのこの人。


「僕のこだわり、少し聞いてくれたら嬉しいのですけど────」

「もういいわ、喋らないで」

「辛辣ぅ……」


 こちらから話そうと言ってしまった手前失礼だとは思ったが、申し訳ないとは一切思わなかった。


「やっぱり逃げましょうセルマ、関わったらいろんな意味でヤバイ気がします」

「そ、そうね。だからそう言ったじゃない」


 少しムッとしたセルマだが、今言い合っても始まらない。


「とにかくなるべく遠くに────」

「逃げるのですか!? 逃がさないのですよぅふへへへへへへへへっ」

「うわっ」


 ダストの叫び声とともに、路地を触手が海のように駆け巡る。


「うわっ、な、何よこれ!?」

「ふははっ! キモチワルイでしょう!!」


 私たちはあっという間に包囲されてしまう。

 どう考えても彼の身体の一部を変化させてるとか、そんなレベルでは考えられないほどの量だ。


「えぇ、キモチワルイわ!!」

「え、そこまで言わなくてもいいじゃん……」


 自分で言って、ダストはまた膝をつく。だから何でだよ。


「ふ、ふへへ、もう気持ち悪くてもなんでもいいや、とにかく覚悟するのですよ!!」

「囲まれた!!? エリーちゃん背中はお願い!」

「うええ?? し、承知しました、きーさん槍にっ」


 迫る触手を、槍と杖でお互いの背中を護る。

 何とかこの場をお互い協力して切り抜け、活路を見いださなければ。


「くっ!」「うわ危なっ」


 しかし四方八方から飛んでくる触手に、防ぐので手いっぱいで、肝心の反撃が出来ない。

 それに見た目にもウネウネしててキモチワルイ触手たちは、闘ううえでも精神衛生上よくなかった。


「き、キリがないっ!」

「いいですねいいですねいいですねっ、いーーですねっ!!

 実はかなり前から貴女達を見てたんでっすよ!

 仲間割れしてたんでっすか? そのままならこちらとしてもありがたかったんのですけど────」


 かなり前から、とはどのくらい前からだろう。

 なんかずっと見られてたと思うと、背筋に寒いものがゾワゾワ走ってゆく。


「ああっーーー!! もう僕我慢できないのです!!女の子達の友情っ!! 尊い! 尊すぎらぅっ!! いいっ! ボクの手でもっともっと友情を深めて欲しいのでっす! さあさあさあさあさあさあさあさあさあ!!」


 興奮のあまり、ダストの鼻から血が吹き出る。

 ダバダバと流れ出る出血を気にも留めずに迫ってくる。


「うーっわ、血吹きましたね……」「キモチワルイっ!!!」


 ついついセルマが後ずさる。しかし後方に下がったってあるのは私の背中か、ダストの触手くらいの物だ。

 そう、ここに逃げ道など無い。


「僕はねぇ! 物心ついたときから女の子の仲良しこよしが大好きなのです!

 四歳にしてその魅力に気付き五歳で初めてそのシーンを目撃して六歳で初めて鼻血を吹いて七歳で尊さのあまり失神してその後もすくすくすくすくすく成長して今に至るのです!!

 さぁ真っ当健全スーパーノーマルな僕をもっともっともっと喜ばせてほしいのですよさぁさぁさぁさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあ!!!」


 血をドバドバと吹き出しながら、ダストはさらなる量の触手を放ってきた。


「うわホントムリ!! ホントムリなのよっ!!」

「セルマ油断しないでっ」

「あっ!!」


 その不気味さに気をとられたのか、セルマが右腕を取られてしまった。

 触手が巻き付き、彼女の杖を強引に引き剝がしてゆく。


「くっ……このぉ!!」


 セルマも必死に抵抗したが、その隙を突いた触手が右足を捉え、そのまま引きずられて空中に吊り上げられてゆく。


「きゃーー!!」


 まずい、セルマが変態に捕まった!!

 手からは杖が離れ、今彼女は丸腰だ。


「グヘヘヘヘ」

「うぅ……」


 涙目のセルマが、足を宙づりにされてゆっくりと引き上げられる。


「グフフフ、ゆっくりいじってあげるのですよ……」

「ちょ、どこ触ってるのよ────本当にっ────」


 触手が、セルマの足を伝い、顔を伝い、ブーツの中や袖の中から染み込むように這入ってゆく。


「グッヘヘヘヘ」

「やめれ!」

「う、うわぁ……」


 見てるだけで、なんか後ずさりたくなるような光景だった。

 しかし、セルマはただ敵に捕まっただけで特に害されることもなく、ただ触手にもまれているだけだ。

 あれ?攻撃してこない?


「ちょっと、エリーちゃん見てないで助けて!!」

「あ、ごめんなさい。つい考え事を」

「ちょ、ちょっとおねーさん!!

 おねーさんが助けに来てくれなきゃ『友情』じゃないのですよ!! 早く!!」

「は、はぁ……」


 しかし、あんな堂々と待ち構えられては罠かも知れないと勘ぐるのが人の性質である。

 それに行こうと思っても、セルマもそれほど危なくないようだし、中々攻撃に転じることが出来ない。


「もーーー! 焦れったいな!! じゃあ僕から行きますからね!!」

「えっ」


 すると、セルマを掴む触手から謎の液体が分泌され初めて、彼女の身体がネトネトと濡れ始めた。え、何あれ。


「え、ちょっとまってこれ粘液!? 粘液じゃない!? 触手から出てるの!? キモチワルイ!!」

「え、酷い、そんな言い方ないのですよ」


 そういいつつも、グジュグジュの粘液はどんどん広がってゆく。

 身体を触手と粘液に晒されて、セルマはとても気持ち悪そうだ。


「ももも、もしかしてこの粘液、体や服が溶けたり────!?」

「いや普通にドロドロした体液なのですけれど?

 体とか服とか、溶かせるわけ無いじゃないのですか」

「やりかねないのよ!! アンタなら!」


 よかった、粘液が毒とかならセルマは一巻の終わりだった。


「さぁ、おねーさん、来る気になったのですか?」

「えぇ……た、確かに粘液はまずいですね。

 じゃあ気乗りしないけどこちらから行きますよ……」

「やっと本気出してくれましたね!!」

「もうっ」


 私は一気にセルマを掴む触手の元に距離を詰める。

 その距離は短いもののように思えたが、以外に目測より長かった。


「触手の餌食となるのです!」

「やっぱり来たっ」


 左右から鞭のように迫る触手、それを私は槍で切り刻む。


「やっ」

「なっ、速いのです!?」


 肉の塊をあっさり切ると、そのままさらに加速して近付く。

 そして、セルマをぶら下げる触手の元まで接近して槍でその肉を切り刻んだ。


「やぁっ────って、切れないっ?」


 思った以上に刃が通らなかった。

 僅かに傷を付けることに成功はしたが、先ほど切り刻んだ二本と比べると、かすり傷のようなものだ。


「くっ────きーさん杖っ」


 諦めた私は槍になっているきーさんに、先ほどセルマが落とした杖に変身してもらう。

 そして変身したきーさんを、捕まったセルマの方へ投げた。


「セルマっ!」

「なんですと!?」

「グッジョブエリーちゃん!」


 セルマはしっかりと自由な腕で杖を受け取り、自身の脱出をかけて全身全霊の魔力を放った。


魔力砲ファル!!」


 きーさんの変身した杖から、特大の閃光が放たれる。

 魔力砲ファルは、自身の魔力を収束させて一気に解き放つ技だ。

 使用できるのはごく限られた人間だけだが、先ほどのリフレさんも使っていたとおり、成功すれば大きな威力となる。


「うわっ!! 僕の触手がっ!!」


 魔力砲ファルの衝撃で、ダストの触手がブチブチと千切れる。

 セルマを梗塞する触手も千切れ、彼女は自由の身となった。


「うわーーーん!!」


 セルマが泣きながらこちらに戻ってくる。

 どうやら魔力でなら、あのぬるぬるの触手も切ることが可能らしい。


「よしよしセルマ、大丈夫ですか? まだ何もされてないですか?」

「ありがとぉエリーちゃん! 危うくされるとこだったけど、まだ何もされてない!!」


 セルマは自身の杖を回収しつつ、きーさんを私に手渡す。


「失礼な!! まるで僕が何かしようとしてたみたいじゃないでっすか!!

 ────いや、多分してましたけど……」

「エリーちゃんホントにありがとう!!」


 なんか、更に感謝される。


「それにしてもあの粘液、厄介ですね……」

「ホントに、全身ベトベトにされるとこだったわ……」


 セルマが先程粘液を付けられたところをタオルで拭きつつ、それを道の脇に捨てる。

 状況が状況だけに、ポイ捨ても注意しづらい。


「いや、そうじゃなくて、あの液体、ネトネトしすぎて、刃が滑っちゃうんです……」

「え?」

「さっきセルマを助けたときも、本当ならもう少し切れていてもおかしくないはずでした。

 セルマの方に向かうときに迫ってきた触手は簡単に切れましたが、やっぱりネチョネチョの粘液がくっついてるとスベってダメなようです」


 悔しいが、あの触手から出るズルズルの粘液は、防御面にかなりのアドバンテージを生み出していた。

 突破するなら、先ほどのように魔力での攻撃で無ければ、受け付けないだろう。


「粘液────いろんな意味で恐ろしいわね」

「えぇ、おそらくさっきの上から垂れてきたのもあの粘液ですね」

「あ、それは僕のよだれなのです」

「…………」


 よだれ、私たちを見て、頭上からよだれを垂らしていたのか。


「…………………」

「あ、何でだろ、キモチワルイって言われるよりお姉さんにそう言う眼で見られる方が心がイタいのは……」


 どうやら私の「ゴミを見る目」が、彼にも伝わったらしい。


「エリーちゃん落ち着いて」

「あ、はい」

「触手を何とか出来る方法を思い付いたわ」

「ほ、ほんとうですかっ?」


 そんな方法があるなら、早くやってほしい。

 もう私も嫌だこんな闘いは。


「縛っちゃえばいいのよ」

「縛っちゃえば────なるほど」


 それは名案だった。

 そして、チャンスは今、触手が千切られ少なくなっているこの瞬間だろう。


「セルマっ」

「任せてっ!! “全方位の鎖封じオールディレクション・チェイン”!」


 セルマが袖から鎖を放つ。

 鎖は壁で跳ね返り、地面で跳ね返り、空中で跳ね返り・・・・・・・ダストの四方八方を封鎖した。


「なっ、これは、何なのですか!?」

「貴方にはこれ以上暴れさせないわ!!」



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