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帰りたい(59回目)  触手がウネウネ

 私たちはロイドにあの場は任せ、更に路地の奥へと入ってゆく。

 この街は大通りは発展していて繁華街となっているが、しばらく路地を進むと狭い道が迷路のように広がっている。


 おそらくここに住んでいる人でなければ迷わずに進むのは難しいだろう。


「こんな昼間なのに、随分暗いわね……」


 言われてみると、確かにこの裏路地は先程までいたところよりもさらに暗く、視界もさらに悪くなった。

 さながら森の奥に這入ったようだ。


「敵はどこにいるか、分からないんですか?」

「いや方向はこっちで間違いないはずなんだけど。

 体力は使うが、もう一度索敵してみようかな」

「その必要はありません──っわ!!」

「っ────お前か……」


 突然前から女性の声が響く。

 声の主は先ほどの3人組のリーダーらしき女性、確かリスキーという名前だ。


「自分から出てくるなんて、驚いたよ。

 僕は君が“システム・クロウ”を操っている張本人だと思っていたけれど、違ったのかな?」

「その見立てで合ってますのん。そして、本当はワタクシはここに出るべきではない────

 でも貴方達がここにいるということは──ワタクシの仲間をよくもっですわ!!」


 彼女はどうやらロイドの助力があったことを知らないようだ。

 私たちがここまで来たのは、自分の仲間が敗北したからだと判断したらしい。


「いや、あの────」

「まって、テイラーちゃん」


 言いかけた言葉をリフレさんが制す。


「君、名前は『リスキー』と言ったね、サウスシス構成員の」

「だから、何ですの?」


 リフレさんは、敵から目線を逸らさず静かに戦闘の態勢に入る。

 敵もそれを見て、リフレさんへの警戒の色を強めた。


一対一サシで勝負しようじゃないか。

 彼は僕が倒した、仲間の敵を取りたいのなら君もそれが本望だろう……?」

「グヌヌ、なるほど貴方が────

 分かりましたわ、受けて立ちますのん」

「そうか、それはよかった──っ一撃で決めるっ!!」


 刹那、消えたかと錯覚するほどのスピードで間合いを詰めたリフレさんが“精霊天衣”、獣人の姿で蹴りを入れる。

 その一撃は私達のところまで衝撃が響くほど強烈な物だ。


「────っ──ですわっ!!」


 しかし次の瞬間視界に入ったリフレさんは、それを腕で受け止めたリスキーも同時だった。


「なっ────?」


 “精霊天衣”をしたリフレさんはまさに「神速」と呼べるほどのそれだった。

 しかし、それを受け止めた敵も、リフレさんのスピードとパワーに付いてきている。


 私では目視するのさえままならないような攻防が、今目の前で繰り広げられたのだ。


「さっ、流石幹部と言ったところですわね……」

「よく言うよ、防がれるのは想定の範囲外だ」


 ギリギリで防いだようにも見えるが、致命傷に至っていないのを見ると、間違いなくリフレさんのスピードに付いてきたのだろう。


「だったら────こうだ! 魔力砲ファル!!」


 リフレさんは一旦距離を取ると、そのまま空をパンチで切った。

 するとリフレさんの腕から物凄い熱量の黄色い魔力の塊が発射され、敵に轟音を立てて迫る。


「────やっば、ですわ!!」


 しかしその攻撃もリスキーが地面から出現させた壁によって阻まれる。

 土煙を上げその壁は吹き飛んだが、雷にも迫るその威力の電撃を、彼女は難なく防いだのだ。


「っ──! やる……ね」

「────この程度────以外と幹部って────大したことないんじゃありませんの────?」


 激しい戦い、一瞬一瞬の攻防が命がけの全神経集中、緊迫感緊張感からか、お互いが肩で息をしている。


「────はぁ!」


 ほんの数秒の休戦を終え、再び戦闘に入ったのはリフレさんだった。

 間合いを詰め今度は後から手刀を切ったが、それもリスキーが身体を反らせたことで当たらない。


「次はこっちの番ですわ!」

「なんの!!」


 ハイレベルな攻防が続く、速すぎてついて行けない、お互いのスピードは加速していき目で追うことさえ難しい戦いが目の前で繰り広げられる。


「はぁっ!!」「ですわっ!!」


 空中で火花が散る、先程視界の端で音が聞こえたかと思いきや、今度は目の前、右上、左上、前方、右上、左────

 様々な方向から怒号、火花、衝撃音が狭い広場のあらゆる方向から響く。


「くっ……」


 そして次に目に映ったリフレさんは、私たちを背にして舗装された石畳を削りながら踏みとどまった姿だった。


「リフレさん!!」


 先程からハラハラと見守っていたセルマが、ついに我慢できずに声を上げる。


「セルマ大丈夫だ、いや、何とかしてみせるさ……」


 そう言いつつ、リフレさんが噛んだ下唇から血が滴るのを私は見逃さなかった。


「リフレさん、自分達に何か出来ることはある!?」

「────なら、一つお願いをしていいかな?

 ここの近くに、もう一人先程逃げた少年がいるはず。

 今彼は野放しだ、本当ならわたしが対処すべきだけど、思いの外彼女に手こずってしまいそうだ……」


 そういってリフレさんはなおも闘う余力を残している様子のリスキーを見やる。

 確かに、今のリフレさんにリスキーと闘いつつあの少年を追いかける余裕はないのだろう。


「あいつを見つけて──そうだな、闘わなくてもいい、2人で見張っておいてくれ」


 一瞬の沈黙が私たちの中に流れる。

 敵を私たちだけで?しかも今は会話もままならない私たち2人が??


「リフレさん、でも────」

「わ、分かりましたっ……!!」


 私の声を遮ったのはセルマだった。


「セルマ────それでも─────」


 彼女も止めようと思ったが、それも無粋なことだと私は察した。

 セルマの目は覚悟に満ちている、多分ノリとか勢いとか、リフレさんの役に立ちたいとか────そんな曖昧な理由では無く、戦士としての「覚悟」に満ちていた。


「わ、分かりましたよ……私も、できる限り、やってみます……」


 セルマに当てられ私も勇気を出すことにした────のではなく、セルマの覚悟ある返事にとても断りづらかった。

 まぁ、どうせセルマに言っても聞かないだろうしな。

 まーたやるしかないのか────


「無理はしないでね? 危なくならなくても逃げろ、見張るだけでいいんだから」

「はい」

「じゃあ今のうちに、くれぐれも気を付けて!!」


 そのかけ声と同時に、私とセルマは先程来た道を走り出した。



   ※   ※   ※   ※   ※



 しかし意気込んで探しに来たものの、この薄暗く狭い中、敵を探すというのは思った以上に大変だった。

 立ち止まってはゴミ箱を開け、木材を覗き込み、しらみ潰しに辺りを探索して行く。


「…………」

「…………」


 あの日以来、セルマと会話をしていない。

 お互い無言で少年を探し続ける中、この沈黙は針のむしろの中にいるようだった。

 何か言わなければ、私は意を決してセルマに話しかけることにした。


「あの、セルマ────」「エリーちゃ────」


 しかし、その声はセルマと声が被ってしまった。

 同時に会話を切り出して、お互いに口篭もる。

 これほど気まずい状況は中々ない。


「え、エリーちゃん……あの、自分……」


 次に声を出したのは、セルマの方だった。

 先を越された形にはなってしまうが、私は彼女の言うことに耳を傾ける。


 実に、数週間ぶりの会話だ────


「自分、エリーちゃんにずっと謝らなきゃと思ってて……」

「そうだったんですか、実は私も────」

「うん……う、ん? エリーちゃん、ナニそれ?」


 私の言葉をセルマが遮り、ふ、とイヤな予感がする。

 私の背後を見て細めているセルマ、それに私も、何か不自然な違和感が背後から感じることに気付く。


 セルマの目線につられて振り返ると、私の真後ろかに、一筋の液体が地面へと滴り落ちていた。

 少し粘性を帯びたその液体は、上から真っ逆さまに落ちて、地面に小さな水たまりを作っている。


 じゃあその液体は、どこから──恐る恐る首をあげ、上を向き、それが視界に入った瞬間私とセルマは慌ててその場を飛び退いた。


「うわ」「何よこれ!?」


 建物と建物の間、目に見えた「それ」は、逆光でも映し出されたシルエットだけで分かる。「異形」だ────


「な、何ですかあれ?」

「よ、よく見えないけど、バケモノ……!??」


 ウネウネとした、まるで蛸の足や植物のツルのような細い影が、数百にも渡りそれらが塊を作っていた。

 それらが壁と壁に張り付き、空中にも関わらず自重を保っている。


「いったいあれは────」

「あーあ、もうちょっと見ていたかったのに、気付かれちゃったのですか……」

「しゃ、喋った!?」


 なんとウネウネが声を上げた。

 しかし、その声はバケモノから聞こえるようなおぞましい音では無い。

 声変わりも向かえていない、少年の声─────


「よっと」


 少年ボイスのウネウネが、私たちの目の前に音も無く降り立った。


「うわっ、でた!?」

「やぁー、リスキー様達はまだ戦いの最中なのですね。

 おねーさんたちは僕を探しに来たってことなのですか?」


 目の前に降り立ったのは、異形────ではあったが人だった。

 光に照らされた彼は、先程の3人組の一人、小柄な少年だった。


「ダスト……」

「いやぁ! 僕の名前覚えてくれてたんですですね! 名乗った甲斐があったのです!」


 触手をウネウネとさせながら全身で喜びを表現するダスト。

 先ほど見たときは確かに普通の男の子だったのに、いきなり全身から触手が湧き出るバケモノに変身していた。

 いや、これが彼の“固有能力”なのか?


 そういえばダストは先ほど【ハンド・メイド】と名乗っていた。

 もしかして「手で作る」ハンド・メイドの方ではなく────


「【手を作る能力】────ね」


 どうやら私と同じ答えに、セルマも辿り着いたようだ。


「────セルマ、ここは一時、休戦しませんか……?

 この後どうするにしても、命あってのものですし。

 あの触手の塊に関わったら、なんかヤバイ気がします……」

「────分かったわ、まだ気持ちは整理できないけれど、今はここに置かせてもらうわ」

「ありがとうございます」


 そして長きにわたる喧嘩を一旦取りやめ、結託した私たちは、どちらが合図するでもなく少しずつ後ずさりをしてゆく。

 リフレさんからの指示は「彼を見張っていろ」と言うことだったので、見張りながら逃げると言う手も有りだが、そうでなくとも生理的にあの触手は受け入れられなかった。


「えー、おねーさん立ちもう行っちゃうのですかぁ?

 もうちょっと僕とお話ししていきましょうよぅ~」

「いやよ! キモチワルイ!」

「え、ヒドい!!」


 ショックを受けて、膝をつくダスト。

 どうやらキモチワルイ自覚はなかったらしい。


「────いいですよ、ダスト、貴方がそうしたいなら少しお話ししましょう」

「やった!」


 飛び上がって喜ぶダスト、つられて触手もニョロニョロ小躍りをする。


「ちょっと、エリーちゃん!」

「分かってますって、でもリフレさんからの指示は『アイツを見張っていろ』ですよ」

「そ、そうだけど……」


 リフレさんの名前を出すと納得するしかないセルマ。

 それに、私も彼に確かめたいことがあった。


「で、何のお話しするのですか?」

「そうですね────貴方、先程『もう少し聞いていたかった』、と言いましたよね。私たちの会話を。

 隙を突いて攻撃するでもなく、こっそり闘わずに逃げるわけでもなく、『こちらの会話に耳を傾けていた』────

 こちらからの情報でも、引き出そうとしてたから────じゃないですよね?」


 それは、私が真っ先に覚えた違和感だ。

 確かに情報はとても大きな武器だ、それは私達軍人にとっても、商売人や国王、暗殺者アサシンに至るまでその範疇を凌駕しない職業は少ないだろう。

 しかし近くに敵の幹部もいて、仲間もやられているかも知れないときに、少なくとも私たちしたっぱの情報を引き出すことが理由だとは考えられない。


「どうしてですか?」


 実戦のピリピリとした空気が、緊張が高まるとともに肌を焼く。

 すぐ隣にいるセルマの、生唾を飲む音さえ聞こえてくるようだ。


「いったい────」

「あー、それは僕が『女の子同士の友情パワー』

が大好きだからなのです」


「「は?」」


 たぶん、あの子変態だ────

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