「エリーちゃん……!!」
自分のエリーちゃんを呼ぶ声が、周りの家に反響して何度も響く──敵の拳は放たれた。
それは、立ちはだかるエリーちゃんを殴りとばし、ともすれば後にいる私にまでその衝撃は及ぶほどの威力だった。
しかしいつまで経っても衝撃が身体を襲うことはない。
恐る恐る目を開ける──先程と同じ体勢で私の前つエリーちゃんは、しかし彼女は何か緊張の糸が取れたように、すぐにその場にガックリと膝をついた。
「うっ……」
「え、エリーちゃ────」
「バカ、戦えねぇなら戦場に来るな」
聞き覚えのない、勇ましく澄んだ女性の声が響く。
そして先程までタイトのいた場所には、金髪の女の人がこちらを後背にして、エリーちゃんの目の前に立っていた。
「あ、ありがとうございます……」
エリーちゃんが荒い息づかいで答えた。
周りを見ると、タイトは近くの壊れた民家の塀に横たわっている。
崩れた分厚い石の壁が、かなりの威力で塀に打ち付けられたことを物語る。
「ちっ、2人には逃げられたか。
おいエリー、案の定このざまか」
「……ごめんなさい」
チンピラのような口調に相反して、なびかせるサラサラとした金髪や整った顔、細い四肢は、むしろ可憐な淑女のものだった。
もしかしてこの女性が──この女性が瞬間的に私たちの間に割り込み、タイトからの攻撃を防いでくれたのだろうか。
とてもそうには見えないけど────
「だ、大丈夫か!?」
自分たちを心配したリアレさんが駆けつけてくる。
彼の頭には冷や汗が滝のように滲んでいた、それだけ危険な場面だったのだろう。
「おい【麒麟】、監督不行き届きだぞ。
テメぇがエリーと裏路地へ這入って行ったから追いかけてきたが、とんだ不甲斐なさじゃねぇか」
リアレさんは唖然とした表情で、その軍服のブロンドの女性を見つめる。
「ガッカリさせんなよ
「き、君は──いったい何者だ……?」
リアレさんの質問に、彼女は険しい表情で睨み付けた。
「あん? テメぇ
「ロイド、うしろ!!」
エリーちゃんの急な叫び声、反射的に目をやると、先程のタイトがこちらに突進してきていた。
しかも今度は拳だけでなく、全身が鈍く光る鉄の塊と化してこちらに向かってきている。
「許さねぇでっ、ガンス!!」
「バカか……」
ドンッという、到底人がぶつかり合ったとは思えないほどの衝撃音。
しかし猛烈な突進、それを軍服ブロンドさんは意図も簡単に、片手で受け止めた。
「それよりエリー、
「なっ、受け止めたでガンスか!?」
軍服ブロンドの淑女は、かなりの威力の鉄の塊のアタックを余裕で受け止め、それから不敵に笑った。
「その程度か、でくの坊?」
「オデの力をぉ! だめ”ん”な”っっ!」
「────ハッ、ちっとはやるか?」
なおも力を増すタイトの馬力、そして2人の押し合いは拮抗し、押すことも引くこともなく、膠着する。
「ろ、ロイド!? エリーちゃん、いま彼女をロイドと──彼女は……いや彼は、もしかして『ロイド・ギャレット』か!?」
エリーちゃんが先程とっさに叫んだ名前に、リアレさんは反応する。
「うるせぇ!! 今それどこじゃねぇの分かるだろ!!」
その言葉に、軍服ブロンドさんは否定をしなかった。
ロイド・ギャレット、その名前には私にも聞き覚えがあった。
たしか、エリーちゃんのバイト先であるカフェに、エリーちゃんと2人で来ていた男性だ。
でも、彼は確かに
「もしかして、概念精霊との“精霊天衣”か……」
リアレさんが呟く。
「ど、どういうこと?」
「彼、ロイド・ギャレットは、“キメラ・キャット”のような形ある精霊ではなく、目に見えない、『概念』と呼ばれるレベルに落とし込まれた精霊と契約して、その精霊を自身の中に取り込んでいると聞いたことがある……」
「せ、精霊を身体に!?」
いや、その存在自体は自分もアデク教官から聞いたことがある。
稀に身体を持たない『概念』という状態で生きる精霊がいるというのは、既に自分は知っていた。
でも、俗に言う“概念精霊”は、とても珍しいはずだ。
もしその“概念精霊”が大昔の神殿から発見されたら、それから一週間の新聞第一面は決まってしまうって、アデク教官は言っていた。
そんな“概念精霊”が目の前に、しかもロイドさんが自身の身体に取り込んでいるという事実に驚きを隠せなかった。
「そんなことが────」
「そう、そしてさっき僕が使ったような精霊と合体する技“精霊天衣”で、その性質を一時的に身体に体現させて、今彼は女性の姿になってるんだろう」
つまり、先程リアレさんが半人半獣に姿を変えた“精霊天衣”と同じ技を使い、ロイドさんは女性になっているのか────
「それにあのスピードとパワー……あの男、“精霊天衣”を相当使い込んでいる────」
「おい【麒麟】! 悠長な解説してないで、お前らは先に行って残りの奴らを追いかけろ!!
“
なおも耐えるロイドさんは、しかし高圧力で押し返される鉄の塊に、ついに屈しようとしていた。
「いや、だめだ!! ここは共闘してそいつを倒そう!
こちらは頭数で勝ってるんだ、僕たちでかかれば────」
「それが敵の狙いだろ!!」
リアレさんの提案を、ロイドさんがかき消す。
「いま敵が二手に分かれたのは、本命のカラスと契約してる奴を逃がしてコイツで
まんまと敵の罠に乗ってどうする!?」
リアレさんはその言葉に圧倒されたように、少したじろぐ。
「そ、そうだ、僕は冷静さを欠いていたらしい……」
「ふん、
しかし今まで余裕でタイトを押さえつけていたロイドさんだが、ここにきてタイトが少しずつ押し返してきた。
「オデを無視して何ごちゃごちゃ話してやがるでガンスかぁ!?」
「っ────!?」
ズルズルと石畳を擦りながら、ロイドさんが少しずつ後退する。
「ほ、本当に任せていいのか……?」
「愚問っ……【リミット・イーター】!!」
そうロイドさんが叫んだ瞬間、視界から彼が消えた。
「なっ!? 消えたっ!?」
「“上だコノヤロー!!”」
刹那、タイトの顔面が、ロイドさんによって地面に打ち付けていた。
先程まで拮抗していたはずのぶつかり合いが、瞬きもしていない瞬間にロイドさんの優勢に変わる。
「がっ……!」
「言うのはこれが最後だ、さっさと行け。
恐らくコイツはまた起き上がる体力がある、その前に早く」
舌を巻くリアレさんにロイドさんが再び、そして最後の忠告をする。
「分かった、この場は任せたぞ」
「たりめーだろ、バカか。
金髪をなびかせるその雄叫びは、美しさとともに、歴戦の勇者の頼もしさにも似た感覚を感じた。