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帰りたい(56回目)  “システム・クロウ”


 各々が武器を持ち臨戦態勢に入る。


「出撃だ!!」

「隊列を組め!!」

「こっちは民間人の避難を優先!!」


 よその隊の隊長達の怒号が、辺りに飛び交う。

 しかし私とクレアは、未だに何が起こったのが分かっていなかった。


「い、一体何があったんだよ!!」

「この方角だ、よく見て見ろ!」


 アデク教官が指を指す方向を見る。

 しかし、そこには何もない────

 ただ、大きな雲と青空が悠々と────ちがう?


「あれはコウモリ────カラス??」


 隣のセルマは、一足先にその正体に気付いたようだ。

 雲のように見えたそれは、空の一部を埋め尽くすほどたくさんのカラスの群れだ。


「そうだな、正確には“システム・クロウ”だ」

「“システム・クロウ”────」


 その名前なら聞いたことがある。

 確かボスの命令でシステムのように動くことからその名が付けられた、少し大きめのカラスの形をした魔物だ。


「魔物──ってことはもしかして────」

「そうだ、この国に魔物が現れるときにゃ、決まってノースコルのやつらが一枚噛んでいる。

 おそらくあのカラスたちはノースコルの連中の契約した魔物、そして狙いは国王と女王。つまりこれは敵の『侵略行為』だな」

「『侵略行為』……」


 アデク教官のその言葉は、この場所がまさに戦場の最前線になることを示していた。

 敵の契約した魔物が、女王と国王の命を狙っているのだ、それはアデク教官の言う通り、敵の「侵略行為」以外の何物でもない。


「────っと、そろそろカラスたちが来るな」


 見ると、“システム・クロウ”の群れは直ぐそこまで迫っていた。


「じゃ、じゃあ私達は下がって────」

「まてよ、お前らに逃げれるように力を付けさせたが、セルマとクレア────それにエリー、お前さんも、随分と成長したらしいじゃないか?」


 うん?まぁ、確かにそうですけど。

 セルマとクレアの事は知らないが、私の成長は私が一番実感しているつもりだった。


 ついこの間まで出来なかった“魔力纏”に“魔力共有”、それらの触りくらいは、もうほとんど自由に扱えるまでになっている。


「だろ? この緊急事態、お前さん達の力も、他の戦士達と同じとまでは行かなくても、戦力に入れれるくらいには成長してるとオレは感じている」

「じゃ、じゃあ!」


 先の言葉を読み取ったクレアが、嬉しそうに飛び跳ねる。

 しかし、私は嫌な予感を覚えた。


 そう、多分私が望んでいる展開には、この後なりそうにはない────


「あぁ、お前達もこの戦い参戦してもらう」

「いやっほーーぅ!!」


 やっぱり──すごく面倒くさいことになった。

 初めての戦場に、自身の力を試せると大はしゃぎのクレアだが、私は面倒くささと恐怖で頭を抱える。


 力が無いのなら無いままで、私達を戦場から遠ざけてくれてもいいじゃないか────

 今までにも実戦に巻き込まれる機会は何度かあったが、だからといって戦いや戦場に、私が慣れると言う理屈は通らなかった。怖いものは怖い。


 それに喜ぶクレアもクレアなら、それを指示した教官も教官だ。

 正直今回のこれは入隊して間もない私達に出来るキャパシティを越えている気がする。

 私達に「何か」あったらどうするんだ。


「はぁ、きーさん、私帰りたいです……」


 うんざりしてきーさんの方を見ると、足元の小さな黒猫も不機嫌そうな顔をしていた。

 あ、そうだ、きーさんとは感覚が共有しているんだ。


 こんな緊急事態に私のわがままで、きーさんの心を乱すのは良くない。

 私は下手に場数を踏んでしまったが故に、恐怖は感じても、緊張感は薄れてしまっていたのかも知れない。


『もっとよく現実を観て……』


 きーさんに迷惑はかけまい────そう思って心を落ち着かせ、周りをよく観てみると、幹部が二人も近くに付いていて、私が思うその「何か」が起こりうる確立はとても低いことに気付く。

 それに正直戦場に出て戦うのは嫌だが、ここで逃げるのもやはり後々面倒くさいことになるだろう。


 やれやれ、アデク教官に出会うまでは実戦経験皆無だった私が、この短期間でよくもまぁこれだけのトラブルに巻き込まれたものである。


「来たぞ! 10時の方角、最初の三匹!」

「もう、敵が来ちゃったらヤルしか無いじゃないですか……きーさん、槍になってくださ────」

「もらったぁぁぁーー!!」


 覚悟を決めた構えた私を押しのけて、真っ先にカラスの方角に飛び出していったのはクレアだった。


「ちょ、クレ────」

「うおおぉぉぉ!!」


 襲ってきたカラスのうち2匹をパンチでたたき落とすと、もう1匹を掴み、あとから来るカラスたちに投げつける。

 その後も千切っては投げ千切っては投げ、怒濤の勢いで怒濤の勢いで飛んでくる敵を倒してゆく。


「うぉらぁ! かかってこいや雑魚どもぉ!」

「なんだあの若い軍人、イヤにやる気じゃねぇか?」

「オレたちも負けてられねぇ!」


 あーあー、脇目も振らず大暴れするクレアが周りから注目の目を集めてしまっている。

 幸いにもまだクレアが新人だということはバレていないようだが、それも時間の問題である。


 せっかく昨日の作戦会議で私達が目立たないようにと珍しく気を利かせたアデク教官の心意気は、どうやら無駄になってしまいそうだ。


「おい、エリー! そっちいったぞ、ボーッとするな!」

「うわ」


 油断していたところに飛んできたカラスを、ギリギリのところできーさんが変身した槍で叩き落とす。

 しかしその後からも来る敵達は、私に何とかなったと一息つく暇も与えてはくれなかった。


「ああもう、こんな数の魔物操れる人間なんているの!?」


 近くで私と同じようにカラスの対処に追われるセルマが、誰に言うでもなくそう叫んだ。

 確かノースコルの人間は魔物ならば何匹でも契約できたはずだが、契約した人間は魔物に自身の魔力を分け与えることになる。


 確かに、セルマの言うとおり、こんな量のカラスを操る人間がいるとは思えなかった。


「アデク教官、敵は大勢いるんですか?」

「なぜそう思う?」

「この量の“システム・クロウ”を操る魔力がある人間なんてそうそういないんじゃ……」

「あぁ、それは────なっ!」


 カラスを叩き落とすアデク教官、その姿には既視感があった。


「それはボスだけ契約された魔物だからだ」

「ボスだけ?」

「そう、“システム・クロウ”はウルフェスと同じようにボスが命令を出して周りに指示を与えている。

 つまりボスさえ契約しちまえば群れ全体を牛耳ったも同じってワケだ」


 なるほど、だから戦場でも“システム・クロウ”は多く使われているのか。

 より少ない魔力で大きな戦力を操る、これ以上効率のよい資源は中々ないだろう。


「なるほど、じゃあウルフェスの時みたいにボスさえ倒せば勝てるんじゃないですか?」

「無理だな、ためにしボスの場所探ってみたらどうだ?」

「ん?」


 そう言われて、私は耳を懲らす。

 確かにカーカーと言う鳴き声の中に指示らしきモノは聞こえるが、それらが色々な方向から入り交じっているように思えた。


「もしかしてボスが複数いるんですか?」

「その通り、今度ばかりはお前さんの固有能力コネクト・ハートにも頼れないわけだ」


 確かに、飛んでいる上に他のカラスの鳴き声やら羽ばたく音やらでただでさえ特定しにくいカラスたちを複数、それも自分の身を守りながら倒すのは不可能に思えた。


「じゃあ、どうするんですか?」

「魔物と契約してる奴をを倒せばいい、簡単だろ?」


 言葉にすれば、それは簡単なことだ。

 しかし実際やってみるとそれが途方もなく難しいことは私でも分かる。

 たとえその契約者がこの近辺で様子を見てるにしたって、辺りには大勢の人がごった返しているわけだ。


 その中から特定の、それも顔も分からない人間を見つけるなど、確立は0ではないにしたってほとんど0みたいな物だろう。

 案ずるより産むが易し────と言うが、言うは易く行うは難し、口で言うほど簡単なことでもないだろう。


「アデク教官、やっぱり見つけるのはっ──んっ、無理があるんじゃ?」 


 私はカラスを払いのけながら、率直な意見をアデク教官にぶつける。


「あん? だったらその『不可能』をなんとかするしか無いじゃないか。リアレ、頼んだぞ」

「了解」


 指示を受けたリアレさんは、周りのカラスを払いのけると、胸ポケットのケースを出した。


「あれって─────」


 すると、今回は私が瞬きをする間に、リアレさんはこの間の神獣の姿に変わっていた。

 何度観ても凄い、精霊契約の到達点────“精霊天衣”だ。


「え────えぇ!? リアレさん!?」


 突然のリアレさんの変わりように、セルマとクレアが驚く。


「あぁ、驚かせてしまったねクレア。あとで説明するから今は心配いらないと言うことだけ頭に入れておいてくれ」

「は、はぁ……」


 それでも心配そうなセルマを尻目に、リアレさんは地面に手をついて、集中を始めた。


「な、何してるんですか?」

「地面に微弱な電気の魔力を流し込むことで、敵の位置を探ってるんだ。

 集中してるからあんまり話しかけてやるな」


 確かに集中するリアレさんは、とても話しかけられるような雰囲気ではない。


「それよりオレたちはコイツにカラスが近付かないよう叩き落とすぞ」

「あ、はいっ」


 急いで向かってきたカラスの一羽を払いのけ、地面に叩きつける。

 どうやら、今のリアレさんに自分で対処する余裕はないらしい。


「というか、術者を見つけるなんてこと、本当に可能なんですか?」

「この国でも出来るのはリアレくらいのもんだよ────」

「見つけました、北東の方角、何人かで固まって路地裏に逃げ込んでいるようです」


 “精霊天衣”から戻ったリアレさんが、アデク教官に報告する。


「さすが、随分早くなったな。まぁ、体力の減りは相変わらず、か」

「いえ、まだまだイケます!」


 そうは言いつつも、リアレさんは少しだけ疲弊しているようだった。

 少し疲れの色は見えるが、何とか本調子を見せようと保っている感じだ。


「敵は北東の住宅街、その路地裏に潜伏しているようです。

 周りには取り巻きも2人ほど確認」

「路地裏?」


 その言葉に、アデク教官は怪訝な表情を見せる。


「てっきり、人混みに紛れ込むと思ったが……」

「その裏を欠いてきたようです。

 まぁ、相手にするならそっちの方が人混みの少ない分こちらとしても有利でしょう」

「だな──よっし」


 アデク教官が私達に向けて大声で呼びかける。


「セルマ、エリー。お前さん達は今からリアレに付いて術者を倒せ!」

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