ついに当日が来てしまった。
やはりというか何というか、結局昨日からセルマとの進展もなし。
こんな状態で戦場に臨むというのもいかんせん考え物ではあるが、だからと言ってあんな大喧嘩の後にイキナリ仲直りというのは、やはり私には────私達にはできなかった。
パレードが始まり、街全体が騒がしくなる。
パレードでは道を練り歩く国王と王妃を、軍の人間が取り囲み護衛する形となる。
リーエル隊の精鋭やリゲル君達は見事な隊列を組んで国王のすぐ近くを護っているが、護衛になることが決まったのが遅かった私達は隊列に組み込まれなかったらしく、先に目的地である国王の別荘近くまで来ていた。
よかった、あんな隊列を組めと言われても、私達には存外無理な話だ。
「いいのかしら? 私達あそこに参加しなくて」
「何言ってんだ、参加することに意義があるんだぞ」
「いや、そんなスポーツじゃないんですから……」
呆れ声のセルマ、一見普段通りだが、その背中から滲み出る私への気まずさを隠し切れていない。
それが証拠に、彼女は明らかに私を視界に入れないように目線を運んでいる。
水色の瞳の奥に、意図的に写すのを避けて、存在そのものを消そうとしている────
「それにしても見事なお屋敷ですね」
「まぁ、王国管理の屋敷だから、それなりに金はかかってるわな」
白を基調とした建物の外壁に、広くて緑豊かなお庭。
門をしばらく進んだところには噴水もあり、穏やかな雰囲気と仰々しさを併せ持つその屋敷は、まさにこの街のシンボルと言ってもいいほど美しい物だった。
そもそもこの屋敷は、凱旋祭のために建てられた、王国管理の由緒正しきお屋敷である。
凱旋祭のパレードの後の2,3時間、国王と王妃はこの屋敷に滞在し、穏やかな時を過ごすという。
もちろん何かあったときのために数人の護衛は引き連れ、その他の軍人も屋敷の外から侵入者を防ぐべく配置される。
「でも、これだけ護っている連中が多いと、アタシ達のやる事なんてないな」
「バカ言え、国王指名で警備に付かされた以上、どうなるかなんて分からないんだぞ」
アデク教官は心底うんざりだという顔でため息をついたが、忙しい中私達にここまで付き合ってくれた以上、彼も彼なりに私達を心配してくれているのだろう。
だったら期待に応えられるかというと、私にその自信は全くないのだけれど。
「おい来たぞ、国王達だ。お前さん達、しゃきっとしろ」
通りを真っ直ぐ歩いてくる馬車と、それを取り囲む多くの兵士たち。
巨大なファンファーレが近付いてくるにつれ、鮮やかな音符の波が私の心臓を揺らす。
見えた、馬車の中から民衆に手を振り、笑いかける初老の男女────あれがこの国の国王と王妃だ。
国民達に笑いかけながら手を振る彼らは、何を考えているのだろう。
そもそも、この凱旋祭は、元々あの国王が父親に対して革命を起こし、成功したことが発端である。
この国では、独裁的な政治を先代国王は置いていた────
そんな彼に不満を持った民衆を見かねた現在の国王が革命を起こす────
その革命は、国王と王子という対立構造で、だれもが血で血を洗う戦争を覚悟したという────
しかし国王は息子のその真摯さと情熱に押し負け、自身が退くことをあっさり認めたそうだ────
国が揺れた瞬間────
そしてそれを記念し、後に女王の故郷であるこの街で5年に一度その凱旋を祝うようになったのが、この凱旋祭だ────
前国王があっさり認めた理由は不明だが、もしかしたら、息子なら自分よりもいい政治が出来ると信じていたからかも知れない。
リゲル君の言っていたことが本当なら、先代国王の政治は悪政ではあっても、それは国民を思う気持ちが空回りした結果だったのだろう。
実際、その後の国王の功績は素晴らしく、ベスト貨幣の流通など様々な成功を収めてきたため、彼の判断は正しかったと言えるはずだ。
国が金貨銀貨から貨幣への移行を決めたときには────
「ふざけるな! 国がオレたちの財布を握るなんて徴収したいだけに決まってるだろう!」
「自分たちで金作ってそれを渡そうって腹づもりか!? 無限に金を溢れさせようだなんて馬鹿げてる!!」
「結局あの国王も父親と同じ独裁者だったのね!!」
流石に国が荒れたらしいが、国民一人一人の理解もあってか、今は国が崩壊するほどの不備は起きていない──と、私は思う。
「あれが、国王様と王妃様ね────初めて見るわ。素敵……」
ハッキリと国王夫妻の顔が見える位置に来ると、セルマが恍惚にも似た表情で呟いた。
乙女な彼女にとって、王族の式典や暮らしぶりは、きっと私の何倍も輝いて見えるのだろう。
「まぁ、こんな機会じゃないと2人とも滅多に顔出さないしな。
中々顔を知らないやつも多いだろ」
滅多に顔を出さない────訳ではあるのだが、私にはその顔は、過去に王宮で拝見したことがあるため、珍しいと言うより懐かしさを先に覚えた。2年前と変わらずお元気そうで何より。
そしてついに、国の要である2人をのせた馬車は、屋敷の敷地に入り、その頑丈な鉄の門扉を閉ざした。
高く擦れるような音が響き渡り、私の耳にキンキンと残る。
「どうしたんだい?」
「いや、先ほど国王と眼があったような気がしまして……」
気のせいかも知れない、しかし多くの護衛や民衆の中で、私と国王の視線が交錯したことは偶然とは思えなかった。
「まぁ、わざわざ僕をここまで呼び出すくらいだから、相当な何かがあるんだろうね」
「その何かが全く心当たりないんですけど────」
なぜ私達なのか、ずっと分からなかったが──この国王からの指名が、いいニュースの前触れではないことだけは、彼と眼が合うことで何となく分かった。
これから何があるのか、考えただけで私は身震いしてしまった。
足元にいるきーさんも、少しだけ不安そうな顔をする。
もしかしたら私の不安が共鳴しているのかも知れない。
キラキラとした緑の眼が、私を労るようにクリクリと動いた。
「まぁ、何にせよ、終わった終わった~!!」
国王達が屋敷に入ったのを確認し一息つくと、堅苦しい護衛から解放されたクレアは両腕を伸ばして天を仰いだ。
しかしアデク教官がそんなクレアにチョップを入れる。
「バカ、まだまだだ。一番守りが薄くなりやすいパレードは終わったが、この屋敷に敵が責めてくるかも知れないだろ。
国王が屋敷から出て来て、帰りのパレードが終わって初めて終了だ」
「────っつぅ~……って、げっ、マジかよ」
国王夫妻が屋敷を出るまで、きっちり時間が決まっているわけではないが、約2,3時間ある。
その間にも、帰りのパレードの準備や敵襲に備えた警戒など、私達は気を抜くことができない。
家に帰宅するどころか、羽を伸ばしてゆっくりできるのさえ、しばらくは難しいだろう。
仕事とはいえ炎天下の空の下、何時間も立ちっぱなしの憂鬱さにため息をついていると、セルマが一人ボーッとしていることに気付いた。
「セルマ、どうした?」
私と同じようにセルマの様子に気付いたリアレさんが、セルマの肩を揺さぶる。
「あれ、なにかしら?」
「あれって────うわ」
セルマが指差す方向、遥か空の彼方、そこを見てリアレさんが彼らしくない声を上げる。
2人につられてそちらに眼をこらしたアデク教官が、何かに気づいたのが心底うんざりした顔をする。
「あー、あれは不味いな」
「あー、まぁ何とかするしかないですよ先輩」
アデク教官も異変に気付いたようで、険しい表情でアデク教官と話し始める。
しかし、どんどん話を進める2人に対し、私達はイマイチ要領を得ない。
そもそも私とクレアは何も見えていないのだ。
空を見ても、のどかな秋の空が広がっているだけ。
「あの、アデク教官、何があったんですか?」
「あぁ、結構不味いぞ、全員構えろ────」
その頃には、周りの軍人達の中にもちらほらとセルマと同じ方向に、警戒の目を向け始める者達も出始めていた。
各々が武器を持ち臨戦態勢に入る。
「来たぞ────敵襲だ!!」