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帰りたい(54回目)  第5王子


 あの日から、ついにセルマとの関係は修復できないまま凱旋祭の前日を迎えてしまった。

 前乗りするため凱旋祭が行われる港町ミューズへの移動中も、彼女との会話は一切無い。


 でも、仲直りしたい気持ちはあるのだ────

 今度こそ、今度こそ、次話す時には絶対に失敗しないようにしよう。

 しかし話すタイミングも掴めず、彼女は私が話しかける前に宿泊先を出て行ってしまった。


 話しかけようにも、相手がいないのではどうしようもない、そう思って私も今日は街を観光することにした。

 本当はホテルでダラダラしていたいが、流石に明日の下見くらいはしておくべきだろう。


   ※   ※   ※   ※   ※



 国の中枢であるエクレアの南に位置する港町、ミューズ。

 大都市に程よく近いと言うこともあり、船を使ったあれこれが盛んである。


 ここで捕れた魚は私達の住む街に運ばれ、ここで周りの島々から集められた物資は、深く私達の生活に根付いている。


 白い外観の家々を主とした街は、爽やかな印象を受ける。

 そして5年に一度の凱旋祭は、ここの街で行われるのが毎回恒例だ。

 観光地としても人気のこの街は、普段からかなりの賑わいを見せるが、凱旋祭前日の今日は特に人の横行が盛んだった。


「流石にちょっと人が多い……付いてきてますかきーさん?」


 後ろを振り返ると、きーさんは人混みをするすると縫って私にくっついてきていた。

 休みの日外に出ない私と違って、散歩も探索も大好きなきーさんのことだ、おそらくこのような人混みも慣れているのだろう。


 私はと言うと、そんな人混みに酔いそうになりながら、少しずつ通りを進んでいた。

 そんな中、ごった返す人混みの中に、細身で背の高い青年を見つけた。


 あの姿は──私は、人混みの中彼に近寄って、そっと袖を掴む。


「リゲル君、リゲル君、お久しぶりです」

「あっ、エリー、久しぶり!!」


 彼は第5王子のリゲル・ベスト、私とは2年前まで同じ小隊だった、仮面の上からでも長い付き合いなので、正体が分かってしまった。

 あまり騒ぎになってはいけないと思い、挨拶だけするつもりだったが、しかし彼はそんなこと気にしないらしい。


「ちょっと場所変えようか」


 酔いそうな私のことを知ってか知らずか、私はリゲル君に人通りから外れた店先に案内され、注文したレモンスカッシュを渡された。


「ありがとうございます」

「もう少し嬉しそうな眼で言って欲しい」

「これでも感謝してるんですけど……」

「はは、でも死んだ魚の眼じゃん」


 彼はこういうだる絡みをたまにする。


「まぁいいや、どう、最近」

「ぼちぼち、としか言いようがないですね」

「充分充分」


 人混みから少し離れたジュースとクレープの専門店。

 店内にテーブルがあり食べ歩きも出来るという点で、わざわざ私達のように外に設置されたベンチを使う人はいなかった。


 でも今の季節は丁度いい日和で、裏通りを抜ける風が心地よい、さっきまで酔いそうだったのが嘘のようだ。


「ところで、王子がこんな所にいていいんですか?」

「いいんだ、そもそも明日僕がやるのは父さんの護衛であって、王子として護られることじゃない」


 彼は、2年前と変わらず王子でありながら軍人の仕事をしていた。

 周りにも自分の身分は極力隠しており、彼の正体を知るのは軍のお偉いさん方と、ほんの一握り彼が信頼する人たちだけだという。


 なんていうか、王族という面倒くさいカテゴリに属しながら、更に面倒ごとを抱えるというのは、相当面倒くさいのだろう。

 そういえば彼の兄も軍人経験のある人はいるみたいだし、もしかしたらお家の事情なのかも知れない。


「大変ですね」

「大変だよ……」


 その後他愛もない世間話をして、私達はついにする話も無くなりボーッとし始めた。

 彼と2人になると大体こうなる。


 ボーッとレモンスカッシュをすすっていると、街の賑わいは一本離れたこの店からでもよく聞こえることに気付く。

 遠くに見える大通りの店先で、中年男性と肩を組み、陽気に笑う老人が見えた。


「あれ? あの人、前国王じゃないですか?」

「あ、ホントだ。じいちゃんまた今回も肉屋の店主と飲んでるよ。

 もうあの歳なんだからいい加減にして欲しいな」

「うわぁ」


 そもそも国王は護衛がいて近づくこともままならないので、何十年も前の国王の顔を、しかもひげを伸ばし眼鏡をかけた状態で特定するのは難しい。

 しかし、私は2年前王宮にお呼ばれしたときあの老人と会っているのですぐに分かった。


 リゲル君の父親である現国王──の父親に当たるのが、あの老人。


 彼は確か、「元圧政者」だ。

 読んで字のごとく、圧政的な政治を行い彼がこの国の権力の全てを牛耳っていたらしい。


 重税に次ぐ重税、反対派の武力制圧などなど。

 実際に政治がうまくいっていたかはともかく、国民からの支持は著しく低かったようだ。

 そんな人が普通に街のおっさんと飲み歩いている光景はなんとも言いがたいものがあった。


 流石に身分は隠しているのだろうが、あの酔い方じゃいつ喋ってしまってもおかしくないだろう。

 まぁ、そんなこと身内の前だから言わないが────


「じいちゃんも、本当は圧政者なんてやりたくなかったんだろうな」

「え?」


 呟くリゲル君に、私はギョッとする。

 まさか声に出ていたのだろうか。


「あ? あぁ、声に出てたか。ごめんごめん。

 昔じいちゃんが国王だったのを思い出してて、今こうして街の人と馴染んでいるのが少し奇妙で、ついね」

「あぁ、そうなんですね」


 声に出してしまったのはリゲル君の方だったようだ。


「圧政者、ですか……今の国は少なくとも支配的って感じじゃないですよね」

「いや、でも父さんだってじいちゃんの頃のやり方を完全に捨て切れているわけじゃないさ。

 それに父さんのせいで不幸になった人もいれば、家族を失った人もいる」


 リゲル君は苦い顔をしているが、更に続ける。


「たまたま、父さんの政治がうまく行っているように見えるだけだよ。

 実際はガバガバだし、手一杯なんだよ」

「そうには見えませんけど?」

「貨幣の流通で貧富の差は大きくなったし、ノースコルとの戦争も終わらない。

 じいちゃんの頃の圧政制では上手くいっていたことも、今はうまく行かなくなっている」


 反対派の鎮圧が武力では出来ない事とかね────

 王族である彼には、何か思うことがあるらしい。


「今のこの国は正しくあろうとはしても、正しいわけじゃない。

 いや、正しいなんてそもそも誰が決めることじゃないのかな」


 正しい正しくないは、国の王子でも────いや王子だからこそ分からないのか。

 直接王族からこんな話を聞ける機会は滅多にないし、彼はそんなことを自分から話すタイプでもない。


 お祭りという雰囲気は、良くも悪くも人の普段見えない一面を見せてくれる。


「まぁ、そんなこんなもひっくるめて、いつかそれを変えるのが息子である僕」


 リゲル君は真面目で折り目正しく几帳面な人だが、トラブルに巻き込まれない立ち回りがすごく上手い人でもある。

 多分、政治とかそう言うのには興味ないんだろうと、勝手に想像していたのだが、しかし彼は心に立派な大志を抱いていたようだ。


「流石リゲルく────」

「────の兄の仕事だ。僕の兄の」

「あ、リゲル君じゃないんですね」


 危うくずっこけそうになるが、まぁ、彼はそんな男だった。

 今の言葉はとても彼らしい。


「僕? 僕が政治? 嫌だよ、そんなの柄じゃないし。

 何のために5男に生まれてきたと思ってるんだよ」

「なんかリゲル君ならその辺狙って生まれてきてそうなのでツッコめません」

「つれないなぁ」


 そういいつつも悪戯っぽく笑う彼の顔は、私をからかって心底楽しんでいるようだった。

 彼にからかわれる事でお金を稼ぐ仕事があれば、私はきっといい働きをするに違いない。


「そういえばリゲル君、今回私が参加することになった経緯何か聞いてませんか?」

「いやぁ、僕は父さんのやることは知らないよ」


 私達の凱旋祭警備参加の情報はあまり口外されていないが、流石に国王の身内の耳には入っていたらしい。

 しかし、やはり詳細までは分からないのか。


「あ、そうだ。でも君ほど強引でないにしろ、イスカも声をかけられたとか」

「イスカ?」


 その名前は正直意外である。

 彼女はそもそも今軍を引退して繁華街でマッサージ屋をやっているはずだし、実力もc級止まりだ。まぁ、それでも充分すごいんだけれど。


 まさか、本当にあの時のお呼ばれが原因だったんじゃ────


「あ、じゃあイスカも来ているんですか?」

「や、軍を引退した身で実力も伴っていないのにそれはできないと断ったみたいだ」

「へぇー」


 堅実というか、頑固というか。

 人をからかうのがリゲル君以上に得意なくせに、そう言うところは律儀なのだ。


「なんか、昔のメンバー集めたかったみたいだよね。ミリアもいればなぁ……」

「あぁ、知ってたんですね」

「んー、ロイドから聞いた」


 あいつ、喋りやがったのか。

 周りに話してはいけない話題のは分かってるだろうに、お喋りな男はモテないのを私は知っている。


「いや、ロイドだって何の考えもなしに言いふらしてるわけじゃないと思うよ。

 僕にだけは教えてくれたけれど、あとは自分で調査してるみたいだし」

「まぁ一言いってほしかったってだけですよ。

 それよりその調査、王子権限でパパーッと何とかならないですか?」

「いいけど、そう言う近道はあとで高く付くよ、僕にも君にも」


 それは、実体験だろうか────

 まぁ、流石に今のは冗談半分だったけれど、裏を返せば半分は本気だった。

 しかし、本人が乗り気でないのなら強要もすることは出来ない。


「じゃあ、いいです。この事もリゲル君にはいつか話そうと思ってたことですし」


 というか、リゲル君はいざとなったら、王子であることを差し引いてもロイドよりも頼りがいがある。

 軍人としての実力は負けず劣らずという感じだが、とにかく冷静で顔も広くてとっつきやすいんだ。


「あ、そろそろ時間だね、この後作戦行動の説明があるはずだから戻らないと」

「私も────あ、私はいいんでした」


 リゲル君は私も一緒に行くつもりで声を掛けたのか、意外そうな顔をする。


「行かなくていいの?」

「アデク教官が、絶対近付くなと」

「あぁ、なるほど……」


 多分アデク教官は、私達したっぱが作戦行動時私達が周りから変な目で見られることを避けたかったんだろう。

 私達の参加を知る人は少ないらしいが、立ち振る舞いでどうしても素人っぽさというものはでてしまう。


 それに結局やることは幹部2人の周りをついて回るだけだから、私達がいなくてもさしたる問題は無いのだ。


「そう言うことなら僕は行くね。明日は父さん──国王の近くを警備することになるけれど、もしかしたら君はロイドには会うかもね」

「あれ、同じ隊なのに別々なんですか?」

「まぁ、その辺も戦力のバランスでね」


 戦力のバランス?

 作戦を知らない私にはよく分からないけれど、小隊を崩してまで必要なことなのだろうか。


「あ、それと明日気をつけてね。なんかイヤな予感がする」

「リゲル君のイヤな予感て、外れたことありましたっけ?」

「う~ん、ないかも?」


 そう申し訳なさそうに呟いて去っていくリゲル君。

 私は心の中で余計なことを言った彼に毒づいた。


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