神獣は低く唸るような声で呟く。
「────これが精霊契約の到達点、“精霊天衣”だ」
一瞬姿が変わりすぎて見間違いかと思ったが、間違いない。
この神獣は、リアレさんが“精霊天衣”で相棒のフィラメントと一体化した姿だ。
ほとばしる雷の魔力、ピリピリと肌を焦がす巨大なパワーの感覚。
人の気配に敏感な私だからかも知れないが、今のその神獣には近くにいるだけで危険な何かを感じた。
「『
精霊と一体化することでより強大な力を得られる。
極限まで魔力を合わせなければならない、いわば“魔力共有”の完成形だね」
「凄いですね……」
これが、これが幹部クラスの実力か────
バルザム元教官にリーエルさん、そしてアデク教官。
今まで幹部の方々と関わる機会は多かったが、どの人も真の実力というものはその一端さえ拝見できていないように思える。
だからいざこうやって幹部クラスの実力を持つ人間の本気の力を見せてもらう機会は初めてのため、私はその凄まじいパワーに圧倒されてしまった。
「凄いだろう?
「3年……ですか」
「いま、『ならやらなくていいかな』ってちょっと思った?」
「い、いいえ?」
図星である。
「まぁいいや。確認できたなら解くね」
「え? あ、はい」
そう言うとリアレさんは身体の力を抜き、元の姿にあっさり戻る。
手にはしっかりと相棒も乗っていた。
先程までのピリピリした空気が一気に溶けて安心はしたが、あの状態から何か大技とかを見せてくれるかと期待をしていたので少し残念でもある。
「ごめんね、これやるとどうしても…………疲れちゃうんだ。
いざという時のために力は残しておきたいし、今日はこれで勘弁しておくれ」
そう言ってリアレさんはあくびをしながら目を
「いえ、でも凄かったです、ありがとうございました」
「まぁ、君も目指すなら急がず焦らずやるといいよ」
そういうと、リアレさんは疲れた様子で近くの岩に座り込んだ。
「凄く体力を使うんですね、“精霊天衣”って」
「いや、体力というよりは使うのは気力、かな?」
持参した水筒の蓋を開けながら、リアレさんは説明を始めた。
まだしんどそうな表情ではあるが、それくらいの余裕はあるようだ。
「“精霊天衣”はとても高い集中力が必要だから、気力を使い果たしてしまう。
それに同じ精霊と契約したとしても、術者が違えばどう変身するかも変わってくる。
だから体力や気力の消費度や変身後の能力も、千差万別なんだよ」
「千差万別?」
「そ、僕みたいにパワーはデカくてもすぐ疲れるやつもいれば、逆に何日一体化してても平気なやつだっている」
へぇ、そう言うものなのか。
私もいつか、きーさんと“精霊天衣”をする日が来るのだろうか。
「面白いですね」
「だろう? 君出来たとして、彼とどんな変身を見せてくれるのか、僕は楽しみだな」
そう言って笑いながらリアレさんはきーさんを見やる。
当のきーさんはと言うと、私の腕の中で既に眠ってしまっていた。
「先は長そうですね」
※ ※ ※ ※ ※
その後難題に引っかかることなく、リアレさんによる訓練は数週間に渡り上手くいっていた。
ほぼ毎日訓練、訓練、訓練の日々で嫌にはなってくるが、明らかに力が付いてきたと言う実感もある。
実際“
この調子なら、もし国王の暗殺に巻き込まれても、自分の身は自分で守ることぐらいはできるかも知れない。
しかしいつに無く上手くいっているからと言って、それで私の生活全てまで上手く行くわけではない。
実際、人間関係は────
「よっエリアル」
「あ、クレア、セルマ」
訓練が始まって何週間か過ぎたある日のお昼休み、訓練所のロッカーに荷物を置きに来た所たまたま2人に遭遇した。
最近はアデク教官の講義を受けた後でも、時間があればすぐに訓練の毎日だったため、こうして2人とゆっくり話せる時間は少なかった。
「リアレさんの訓練、大変そうだな」
「まぁ、楽ではないですね」
そういいつつ、クレア自身もかなり疲れた表情をしていた。
しかしその疲弊した表情の中にもなんだか生き生きとした声のハリを感じる。
アデク教官に訓練を付けてもらえて嬉しくてたまらなそうだ────
それに比べセルマの方はなんだか喋るのも疲れたという表情、何かあったのだろうか?
「エリアルは最近どんな訓練してるんだ?」
「“魔力共有”と“魔力纏”ですね。きーさんと頑張ってます」
「あーなるほど、あれじゃただ武器にしてるだけだったもんな」
「え」
どうやら武器も精霊も素人であるクレアさえ分かるほど、私の実情は酷かったらしい。
クレアに悪意がない分、改めてその事実を突きつけられるとショックだ。
「じゃあ午後も練習なのか?」
「そうですね、もう既に結構ヘトヘトです……」
「ははは、頑張れ。アタシ達アデク教官が忙しいから午後は自主練だってさ」
そうか、アデク教官は幹部の仕事もこなしているわけだし、普段街の外にいて飛び入りで参加のリアレさんとは、同じ幹部でも仕事量が違うのだ。
私にほぼつきっきりのリアレさんと違い、当然そういうこともあるだろう。
「へぇ、じゃあリアレさんに頼んで2人も一緒に見てもらいますか?」
「え、いいのか────」
「どうせ無理よ……」
投げやりな、蔑むような声に、私は一瞬耳を疑った。
しかし聞き間違いかと思ったが、やはり声を上げたのはクレアを挟んで一つ隣のロッカーを使っていたセルマだった。
そういえばリアレさんの訓練が始まってからというもの、セルマと話す機会は何度かあったが、事務的な用事以外で彼女から話しかけてきた事はなかったかも知れない。
「えっと……セルマ?」
「どうせエリーちゃんはリアレさんのお気に入りだもの、こっちが何言ったって無駄よ」
「そんなことないですよ、一応聞いてみるだけでも────」
そう言いかけると、彼女はうんざりしたように顔を上げた。
「昨日リアレさんにたまたま会ったのよ!
今日の午後訓練付けてもらえないかって、自分も同じ事聞いたわ!!
そしたら『先輩には先輩の指導があるから自分たちでやれ』って言われたのよ!」
「あ、そうだったんですか……」
リアレさんのセルマに対する返答は当然と言えば当然である。
リアレさんとアデク教官の生徒への教え方が違うのは私から見ても明らかだ。
それで今のタイミングで、リアレさんがクレアやセルマを自分のやり方で教えるのは、別のクセを教えるのと同じだ。
色々な物に触れるという意味では大切なことでも、リアレさんがそこで引いた理由もよく分かる。
「それなら、また別の時にでも────」
「嫌よもう! どうせ警備に選ばれたのもエリーちゃんが原因なんだから、自分とリアレさんに構わないでよ!!」
「おいセルマ、エリアルにそんな言い方ないんじゃないか?」
「うるさいっ」
私とクレアの言葉も聞かず、セルマは勢いよく扉を閉め、更衣室から出て行ってしまった。
後には2人ときーさんの気まずい沈黙だけが残る。
そんな空気に耐えられなかったのか、それとも私を気遣ってか、呆れたような心配したような口調でクレアは呟いた。
「あー、何て言うか、アタシが何か言うのも何だけど……気にすることないと思うぞ?
今日アイツ訓練もうまくいかなくて気が立ってるんだ」
案外察しの悪いクレアでも、セルマ自身があの態度だ。
アデク教官との訓練の中で、どこか彼女の異変にも気付いていたのかも知れない。
「まぁ、それだけならいいんですけど……」
口の中に広がるような苦い何か、このざらざらとした嫌な感触がどうにも引っかかるイヤな予感の始まりだった。