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帰りたい(50回目)  ダメ出し

 その後も水魔法や風魔法などを一通り見せて、リアレさんへの実力の公開は終わった。


「いやー、期待以上だよ。

 正直ずっとf級ということで心配していたんだけど、2年という歳月は君の中では伊達に浪費していなかったんだね」

「あ、ありがとうございます……」


 正直大したことは何もしていない。

 なんならあの程度、宴会で使えるかも怪しいくらいだろう。


「あの、本当にこんなことして実力なんて分かるんですか?」

「分かるよ、気配に敏感な“エンジェル・バッタ”を捕まえれる気配遮断力の高さがあり、水・風魔法の基礎も出来ていて、温度操作の心得もある。

 実践で攻撃が出来るわけではないけれど、からめ手やサポート、相手の嫌がる立ち回りなら充分にこなせるはずだ」

「な、なるほど」


 相手の嫌がる────のフレーズに少々疑問を覚えたが、まぁ褒めてもらえているのだろう。


 少し彼は褒め方は過剰すぎる気もするが、私もそこまで分析をしてもらって否定するのも、逆に失礼になる気がした。


「と、ここまで君を分析したが、“キメラ・キャット”、名前は────きーさんだったか?

 その子とどうコンビネーションを組んでいるかについても、最後に見せてもらいたいな。

 むしろそれが一番の目的だし」


 名前を呼ばれて、向こうの方で適当に遊ばせておいたきーさんがひょっこり顔を出す。


「目的?」

「ほら、僕が君に個人レッスンを付けるようになった目的だよ。

 3人の中で精霊と契約してるのは君だけだったからね。

 僕は実は精霊とのコンビネーションでの戦いが得意なんだ」

「精霊と契約してらっしゃっるんですか?」

「ほら、ここ」


 そういうと、リアレさんは胸ポケットから、小さなケースを出した。

 中を空けると、とても小さな精霊が中で丸まって眠っている。


「わ、小さくて可愛いですね……えっと、馬……?」


 いや、馬に見えるけれど、馬とは決定的に違う。

 馬じゃない────のか?


「“麒麟きりん”だ、正確には“零細れいさい麒麟きりん”、名前はフィラメント」

「“麒麟”……」

「珍しい“麒麟”という種の中でもさらに小さくて珍しい種なんだ。

 何せこの大きさだからね、いっぱいいても見つけるのは大変だよ」


 確かに、この大きさの精霊を見つけようと思って見つけるのはとても苦労するだろう。

 なにせリアレさんの紹介してくれたこの精霊は、私の小指の先ほどしか大きさがなかった。


「あっ、でもだからリアレさんの通り名が【麒麟のリアレ】だったんですね。

 新聞には『天を翔るその勇猛なるその姿から、彼のその名は付けられた』って書いてあったんで、てっきり例え話なのかと」

「は? そんなこと書いてあったのか?

 新聞も当てに出来ないなぁ……」

「あはは、まぁ、仕方ないですよ。敵にリアレさんの手の内がバレても困りますし」


 それでも不満そうなリアレさん。


 そうか、彼は国の至る所を東奔西走しているため新聞を読む機会は例え自分の記事といえどもなかったのかも知れない。


 まぁ、どうしても気になるならセルマが几帳面にスクラップしているだろうから、そこで見せてもらえばいいだろう。


「まぁそれは今はいいや。

 “麒麟”は、鹿、龍、牛、その他諸々が掛け合った異種合生物キメラだ。

 “キメラ・キャット”もおんなじような感じだろう?」

「そうですね、“キメラ・キャット”は猫と鳥の異種合生物キメラですね。

 細胞は少し不安定なんですけれど」


 でもだからこそ、見たことのある物に変質できるという能力が備わっている。


「そうだね、武器に変身できるのは面白い能力だし、うまく生かせれば、さっきの搦め手も合わせて、君だけでもかなりうまく立ち回れると思うんだ。

 そういうことだから、そのきーさんとのコンビネーションを見せてもらいたい」

「はい、えっと、どうしましょう?」

「うーん」


 しばらく考え込んだリアレさんは私に指示を出す。


「えっと、まず普段どういう風にきーさんが戦闘に関わっているのか見せておくれ。それで大体君の実力が分かると思うから」

「はい、えーっと────きーさん、剣になってください」


 私はきーさんを近くに連れ戻すと、きーさ剣へと変身してもらう。

 この奇妙な光景も今では適応してしまった。


「剣か……ちょっと振ってみて」

「こう、ですか?」

「もっと激しく!」

「こうっ?」

「もっと!」

「こうっ!?」

「もっと!!」


 しばらく剣を振った後、リアレさんのもういいという言葉でようやく素振りを終える。


「どう、でした……?」


 正直ここまで思いっきり剣を振ったのは久しぶりだ。

 私の実力も少しは見せることが出来たのではないだろうか。



「うん……ダメだね、全然ダメ。今その猫と契約したと言われたってそれを疑うレベルの酷さだ」

「なっ……」


 いくら私がダメな子にしろ、その評価は酷い。

 こっちも頑張って振ったのだ。


「な、何でですかっ?」

「逆に聞くけど、そもそもなんで剣なんだい?」


 なぜ剣なのか?


 そんなの今まで考えたこともなかった。


「いや? あー、な、何ででしょう? アデク教官が前に剣に変身させてたから剣のイメージが強いんですかね?」

「じゃあ、普通の剣使えばいいじゃないか」

「ぐっ」


 そうだけれども。


「そもそも君の得意な武器って、本当に剣なのか?」

「え……」

「本当に剣術が一番得意で剣を使ってるのかい?」

「……ら、ランスの方が多分得意です────」

「じゃあ、なんで剣にしたの!? 不得意な武器選んで戦う意味は!?」


 何でだろう、自分でも分からない。


 リアレさんのダメ出しは案外心に刺さった。


「そもそも、剣を使うことが下手で今注意したいわけじゃないんだけどね僕は」

「え、違うんですか?」

ランスが得意なのに剣を使っていたこともまぁ、ダメなところだけれど、それよりもただきーさんを道具としか扱ってないのが一番ダメダメなところだよ」

「えっ」


 道具としか扱ってない?

 それはいくらなんでも言い過ぎだ。


 私はあの密猟者達とは違う。


「お言葉ですがリアレさん、私はきーさんを道具みたいには扱ってませんよ……」

「じゃあ、そもそも精霊と契約するメリットって何?」

「“魔力共有”ができること、です、が……」

「全くしてないじゃないか」

「あ、はい……」



 精霊と契約すると、契約者と精霊は魔力が共有できる。


 戦闘や生活に有効に出来るメリットがあるし、だから“魔力共有”は魔物と契約するのとは精霊契約だけの強みであり、武器なのだ。



 確かに私はきーさんと契約しただけで、“魔力共有”自体は一切行っていなかった。



「それに武器の使い方もダメだよ、“魔力纏まりょくてん”って知ってる?」

「武器に魔力を纏わせることで切れ味や殺傷能力を上げる技術のことです」

「やれよ、剣でも槍でもできんだろ」

「あぅ……」



 なにも、“魔力纏まりょくてん”が今まで知らない技術だったわけじゃない。



 例えばアデク教官は迷いの森できーさんを使うとき魔力纏を使ってウルフェスを切っていた。


 クレアを襲った蜘蛛女だって、糸の寄せ集めなんかでも岩を砕けたのは、あの糸で出来た鞭に魔力をまとわせていたからだろう。



 その前の2年間の中でも“魔力纏”を見る機会はよくあったし、その知識も知ったのは昨日今日ではない。



 でも、私はやらなかった。



 多分、この数ヶ月色々あったとはいえ、その労力を惜しんでいたのだ。



「ねぇ、精霊と息を合わせなきゃいけない戦闘で武器としてしか精霊を使えないのなら、ただ沢山武器を持ってる人と変わらないじゃないか」

「はい……」

「ただ武器として変身させて押し通しているだけなら、契約していない人間でも出来るだろう?

 その精霊を戦場に連れて行くのがかわいそうじゃん」

「はい……」


 その考え方は、実際戦場を体験しているリアレさんだからでるものだろう。


 実際アデク教官が迷いの森で契約精霊ではないきーさんを使っていた。

 今のままでは武器の扱いに長けたアデク教官の方が、遥かにきーさんと上手くやっていけていると言えるだろう。


「もちろん、“固有能力”や戦闘スタイルで相性が悪いから“魔力纏”や“魔力共有”を使わない人もいるさ。

 違うじゃん、ただ使ってないだけじゃん。

 君“キメラ・キャット”と契約してどのくらいになる?」

「4ヶ月近いです」

「普通それだけあったら基礎は十分なはずなんですけど?」

「ご、ごめんなさい……」



 リアレさんの言いたいことはよく分かる。

 武器に変身できるきーさんなら、“魔力共有”と“魔力纏”、それらが同時に出来るはずだ。


 どちらも今の段階で、知識はあるのに出来ていないどころか練習さえしていなかったということは、私は二重の意味できーさんをただ使っていただけ・・・・・・・・・だと。



「はぁ、もういいよ。

 今回の修行は、それがメインになりそうだね。

 1ヶ月半でどこまでその“キメラ・キャット”と息わ合わせられるか。

 そして、どこまでその精霊を『武器』ではなく『相棒』として戦えるか」

「あい……」


 もう私の心はボロボロだった。


 最初の褒めちぎりでき騙された。

 リアレさん、全然弟子を褒めて伸ばすタイプではなかった。



「まぁ、ここまで言ってしまったけど、今までそれを指摘してこなかったアデク教官にも問題はあるし、1ヶ月半あれば何とかなりそうなセンスは持ってるからね、これ以上は言うまいよ。

 それよりちょっと君に見せたいものがあるんだ」

「あ、はいなんでしょう」


 私はもう、言われるままにすることにした。


「“精霊天衣”って知ってるかい?」

「えぇ、そんなに詳しくはないんですけれど……一度だけ遠くで見たこともあります」

「見たい?」

「ぜ、是非!」


 “精霊天衣”、確か「精霊と人間の契約における到達点の一つ」だっただろうか。

 それを生で見られる機会は少ない。


「少し離れて」


 言われるままに距離を取り、私はきーさんを抱きかかえてリアレさんを見学する。


 リアレさんは先程と同じように“零細・麒麟”のフィラメントを取り出すと、手の平にのせて集中を始めた。



「──────いくぞっ!!」



 そう叫んだ瞬間、周りに黄色い光が溢れ、私は眼が眩んだ。




 何とか眼が慣れて周りが見えるようになった頃には、そこにリアレさんの姿はなかった。



 その代わりそこには、“人”と“麒麟”が混じり合ったような、異形の、「神獣」としか言いようのない何かが立っている。



 ほとばしる雷の魔力、ピリピリと肌を焦がす巨大なパワーの感覚。

 人の気配に敏感な私だからかも知れないが、今のその神獣には近くにいるだけで危険な何かを感じた。



 私がその荒ぶる美しさに見とれていると、神獣が低く唸るような声で呟いた。




「────これが精霊契約の到達点、“精霊天衣”だ」





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