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帰りたい(49回目)  音速の虫捕り

 他の人に自分の過去がバレるというのは、どうにも恥ずかしいものがある。


「まぁ、原因なんてどうでもいいんだ。

 やることは変わらないんだから」


 アデク教官が開き直ったように会話を打ち切った。

 どうやら考えるだけ無駄と判断したらしい。


「やることってなんですか?」

「結局リアレがこの街に戻ってきた理由にも繋がるんだが、お前らには実力が足りない。

 このままじゃ国王警備どころかいざというときの足手まといだ。分かるだろ?」

「そう、ですね……」


 セルマはリアレさんにいいところを見せたくて強化新入隊員時代も頑張っていたと言っていたので、やはり実力が無いとその人の前で言われるのは不服なようだ。


 まぁ、しかしそうは言っても、入隊して間もないルーキーではなく国王警備を任されるベテランや精鋭が基準。

 むしろセルマが役に立ったら軍の有り方が問われてしまうだろう。


 いや、彼女は充分凄いのだけれど、そう言うことじゃなくて────



「と、いうことで、だ。

 お前さん達にはこれから凱旋祭までの間少しでも足りない実力をマシにして、いざ何かあっても安全なところまで逃げれるよう、幹部のオレたち直々に個別特訓を行って貰う」

「個別!? 本当か!!」


 クレアが興奮して立ち上がる。

 個別の特訓を幹部達から直々に強いて貰えると言うことでかなり喜んでいる様子だが、結構酷いこと言われているのを都合良く聞かなかったことにしたらしい。


 まぁ本人がいいならいいか。



「で、でもいいんですか? リアレさんや教官はただでさえこの時期忙しいのにそんなお時間まで取らせて……」


 申し訳なさそうにセルマが呟く。

 多分、アデク教官ではなく憧れの人リアレさんに迷惑をかけるのがイヤなのだろう。


「そんなこと言ったって今回の国王の目的が分からない以上、お前らに何かあってみろ!

 オレが責任取らされるかも知れないんだぞ!」

「先輩、それこの子たちに言うことじゃないです」


 頭を抱えるアデク教官をリアレさんがなだめる。

 気を使ったのにキレられたセルマはドン引きだ。


「ま、まぁとにかく、その相談をしてたから今日は遅くなってしまったんだよ」


 私達に説明を続けながら、わめくアデク教官を落ち着かせるリアレさん。

 本当にダメな先輩もいた物だ。


「じゃああの【麒麟のリアレ】にも修行を付けて貰えるのか!」


 興奮するクレアだったが、アデク教官は首を横に振る。


「いや、クレアとセルマはいつも通りオレが面倒見る。

 リアレがこれから1ヶ月半修行を付けるのはエリーだ」

「え……?」


 その言葉に、なぜかセルマが反応する。


「セルマ、どうかしたかい?」

「い、いえ、なんでも!」


 もしかしたらセルマは、リアレさんと同じ隊に一時的になり、しかも修行を付けて貰えると言うことで期待していたのだろうか。

 そうか、あの子は良くも悪くも乙女だもんな。


 まぁ、その辺は諦めてもらおうか。


「よろしくね、テイラーちゃん」

「よ、よろしくお願いします」


 私はこれからしばらくの間修行を付けてもらう相手と握手を交わす。

 正直私なんかが、と思ったが、まぁアデク教官の指示だしここは甘えさせてもらおう。


「じゃあ早速だけど、この後時間いいかな。

 広い場所が必要だから街の外で、ちょっと確認したいことがあるんだ」

「え、街の外!? 緊急時でもないのに門の通行許可下りますかね……」

「軍の幹部だからそれくらい簡単だよ。

 でもなるべく急ぎたいな」

「あ、はい、えっと────」


 アデク教官の方を見やると、彼は理解したように手を振る。


「あー、いい、今から行ってこい。

 特に今日この後何かあるわけでもないし、オレの後輩にみっちり鍛えてもらって来いよ」

「分かりました、失礼します」


 会釈をして私は荷物をまとめる。


 しかしリアレさんと部屋を出ようとすると、セルマが彼を呼び止めた。


「り、リアレさん!! また今度私と────」

「そうだね、また顔出すよ。

 じゃあ行こうかテイラーちゃん」

「え、はい……」


 まだ何か言いたげなセルマを残して、リアレさんは教室を後にする。


「いいんですか?」

「いいって、なにがだい?」

「いや────」



 セルマはリアレさんと一緒にいたいのでは?────



 しかし、それを言ってしまうのも、何か色々ズレている気がした。



 リアレさんがこの都市に戻ってきたそもそもの目的は仕事のためだし、実際私の修行も仕事の一環である。


 仕事に忠実なリアレさんと、仕事に私情を挟もうとしているセルマ。


 世間一般から見ても、正しいのは前者だろう。


 確かにリアレさん自体も先日会う約束をほったらかしてまた今日も同じセリフというのは少々無責任な気もするが、これこそ私が言っても仕方ないことだ。


「いや、なんでもないです」


 私は言葉を飲んだ。



   ※   ※   ※   ※   ※



 まさか冗談かと思っていたが、リアレさんの言う通り街の門の通行許可はあっさり下りた。

 甲冑を着たおじさん兵士達はリアレさんに頼まれ、間もなく通行許可の用紙を作成してリアレさんに渡す。


 以前のクレアの件だったり今回だったりと、結構門番さん達には迷惑をかけっぱなしで少し申し訳分けない。


「本当に通行許可下りましたね……」

「幹部の特権てやつだね」


 リアレさんは悪戯っぽく笑う。

 無理矢理権利を押し通す悪い大人にも見えるが、幹部になった彼は何かそれらしいことを一度してみたかった────の、かも知れない。

 アデク教官と同じで、この人も大概子どもっぽい性格なのかも。


 でもアデク教官の子供っぽさと違って、この子供っぽさは少し好感が持てるものだった。



「行くのは荒野の方ですか?」

「んー、そうだね」


 子どもも徒歩で行ける距離、門から歩いて数十分、エクレアの北東に位置するそこには、だだっ広い荒野が広がっている。


 都市の水源となっている大河以外は特に珍しい生物や貴重な遺跡などがあるわけでもないので、誰も見向きもしない。

 少し景色がいい場所もちらほらあるが、一般の人がわざわざ足を踏み入れて観光するほどでもない。


 まさに都市から忘れられた大地、ということで、まんま「忘れ荒野」とこの場所は呼ばれていた。


 足を止めたリアレさんは辺りを見回し、人がいないことを確認すると私に呼びかけた。


「このへんにしようか?」

「お願いします」

「よし、じゃあ、まずは君の実力を見せておくれよ」


 唐突に言われ、私は戸惑う。


「実力とは……どうすれば?」

「そうだね、何か得意なこととかない?」

「えーっと、気配を消すこととか、ですかね?」

「なるほど、じゃあ────」


 リアレさんは適当に辺りを見回す。


「お、丁度いいところに。あのバッタ捕まえてきてよ」

「バッタ!?」

「あ、ごめん虫苦手だったかい?」

「いや、そんなことは……」


 虫に抵抗はないが、あのバッタを捕まえたところで何の意味があるのだろう。


 まぁでも仕方ない、何か思惑があるかも知れないし。

 そう思って私は少し離れたところにある岩の近くを飛び跳ねていたバッタを捕まえて戻ってきた。


「はい、捕まえてきましたけど」

「凄いね!!」

「はい?」


 いやいや、バッタ捕まえただけだし、これのどこが凄いのか。

 なんならクレアだってバッタを捕まえるのは得意なはずだ。


「ていうかこれ、精霊の“エンジェル・バッタ”ですよね?

 捕まえたら天使の輪っかみたいなのでてきましたし」

「だから凄いんじゃないか」

「はぁ……」


 確かに気配を消して近付いたけれど、そんなことをしなくてもこのバッタくらいなら捕まえられそうな気がした。


「そもそも、他の動物気配を感じて天に昇る“エンジェル・バッタ”の特性は知っているだろう?」

「えぇ、『精霊保護区』でも一度見かけました」


 確かあの時はクレアが捕まえようとして、失敗したのだったか。

 でもその時だって結構惜しい感じだったし、それが私だから捕まえられたとはあまり思えない。


「いやいや、“エンジェル・バッタ”はああ見えて普通なら捕まえるのはほぼ不可能なんだ。

 気配を消して近付くか、ものすごいスピードで捕まえなければ、すぐに空に浮かび上がっててからすり抜けてしまう。

 ここは『精霊保護区』と違って敵も多く警戒心も強いから、尚更捕まえにくいはずだよ」

「は、はぁ……」


 すごい───のかな?本当に?


 リアレさんはもしかしたら褒めて伸ばすタイプなのかも知れないし、私も褒められること自体はもちろん嫌いでは無いのだが、バッタを捕まえただけでここまで褒められるのも何だかピンとこない。


「昔よく僕もここであのバッタを捕まえる練習を先輩としてね。

 気配を消すだけでは無理だと悟ってからは、速さを極めるようになった。

 音速を超えたら流石に簡単だったかな」

「バッタ捕まえるのに人生駆けてませんか!?」


 バッタを捕まえるために音速を越えた男、リアレ・エルメス。


 やはりこの軍の幹部には変な人が多い。

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