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帰りたい(47回目)  リアレ

 案の定というかやはりというか、ドマンシーはこの昼の時間帯にも関わらず空いていた。

 私達以外に客の姿はない。


 まぁこの店が混むのは夕飯時の時間帯なので今空いていたところで店の経営がどうと言うわけではないが、バイト先がこんなにガラガラだと少し2人に恥ずかしい。


「いらっしゃーい。あ、エリーか、今忙しいから自分たちで注文書いて届けてほしいっス」


 店の奥からリタさんの声が聞こえる。

 どこが忙しいのか私にはさっぱりだが、店の奥にも席があるので多分そこに人がいるのかも知れない。


 いや、でも私だけじゃなくて他の客も連れてきてるんだけどな。

 店長とリタさんの2人だけで店を回すのがキツいからってそれはちょっとかわいそうだ。


「2人ともホントすみません」

「あ、別にいいわよ。私達気にしないから」

「むしろエリアルがバイトしてるとこなんて貴重だし見てみたいぞ」


 クレアのその言葉で急に働きたくなくなるが、2人の心遣いに報いるためには、私が注文は受けなければならないようだ。


「じゃあ、注文票取ってくるんでテキトーに席選んで選んでてください」


 そういえば、来月のバイトのシフト票に〇をまだ付けていないことを思い出す。

 どうせ2人が注文選ぶのに時間がかかるだろうし、ついでに書いてこようか。



 店の奥に入るとやはり私達以外にも客がいた。

 若い男性客と店長が話している。


「やっぱりここのコブサラダは最高なんでついつい来ちゃいますね」

「もう、私をそんなにおだててどうするの!」

「いえいえ、先輩やっぱりこの店始めて良かったですって!」


 店長に後輩が来るなんて珍しいな、少なくとも私がバイトを始めてからは見たことがない。

 歳はアデク教官や店長と同じくらい、いやもう少し若いくらいか。


 しかも店長と気さくに話しているところを見ると、かなり親しい仲のようだ。


「カレン先輩、そういえばアデク先輩帰ってきてるって聞いているんですけど────」

「やつの話はするな」

「あっえっ?」

「二度言わせるのか?」

「す、すみません……」


 こっわ、今の店長には近づかない方がよさそうだ。


 私は店長に見つからないようにそっと店の裏方に回り込むと、素早くシフト票に〇を付ける。


 図書館司書で、併設された寮に住んでいるティナちゃんやルーナちゃんと比べるとあまり入ることは出来ていないけれど、今この時期に私が辞めることもできないだろう。


「なーにやってるんスか」

『ふぁっ』


 後から声をかけられ恐る恐る振り向くと、店長ではなくリタさんが立っていた。


「ビックリした……」

「そんなに怯えなくてもいいじゃないっスか。

 それより、バイトもう少し本当は入ってほしいんスけどねぇ」

「す、スミマセン……」


 申し訳ないと思いつつも、私も結構頑張って入れた方なのだ。

 これ以上は無理。


「冗談スよ、冗談。そもそもただでさえ人が足りないのにミリアもいなくなって大変なこの時期に、新しく人を雇わない店長がいけないんスから」

「あぁ」


 確かにそうだ。

 元々人手不足は深刻な問題だったが、今私も含めたバイト3人の計5人だけで回し切れているのは正直奇跡である。


「うちの経営状態って、そんなに深刻なものだったんですね」

「そうじゃなくて、待ってるみたいなんスよ」

「待ってる?」

「ミリアがいつでも帰ってきていいように、人数も増やさずに、あの子の居場所がなくならないようにって」

「あぁ……」


 そうだ、ここのバイトの人たちは知っているのだ。


 余計な心配をかけてしまうかとも思ったが、普段彼女といつも一緒にいた私から、ミリアがいなくなってしばらく後で彼女が捕まった事について話してしまった。


 正直私だけで抱え込み切れるキャパは、あの時点でとうにに超えていたのだ────



「仮に疑いが晴れて戻ってきても、あの子がバイト続けられるとも限らないのに、あの人の甘いところッス」


 ため息をつくリタさんだったが、彼女がミリアの事を心配していないわけでないことも知っている。

 ただ、他の諸々も心配なのだと思う。


 自分のことはもちろん、店長と立ち上げたというこの店のこと、頑張りすぎている店長のこと、同じ寮に住んでいる図書館司書2人のこと。


 そして、多分私のことも────


「まぁ、だからエリーはシフトのことは心配しなくていいっスよ。それより注文は?」

「あっ、そうでした!」


 2人のことをすっかり忘れていた。

 そろそろ注文も決まっている頃かも。



「エリーちゃ~ん、なんかあったの~?」


 店の方でセルマの声が響く。

 どうやら心配して見に来てくれたようだ。


 私は注文票を持つと厨房を出る。


「すみません、セルマ、今戻りますねー」

「え、セルマ? あれ、セルマじゃないか!」


 先程店長と話していた男性が私が呼んだ名前に気付き顔を上げる。

 キョトンとするセルマが壁の陰に隠れた男性を覗き込むと、思わず歓喜の声を上げた。


「え? りりりり、リアレさん!!?」

「久しぶりだね、セルマ! 元気だったかい!?」

「げげげげ、元気でした!」


 普段のセルマでは考えられないくらい、今の彼女は動揺していた。

 【伝説の戦士】アデク・ログフィールドに初めて会った彼女さえ、ここまでは動揺していなかったはずだ。


 そういえば、リアレ、リアレ、どこかで聞いたことのある名前だと思ったが────


「あ、そうだ。リアレさんて確か────新しく幹部に選ばれたリアレ・エルメスさんですか?」

「あぁ、そうだよ、初めまして」


 やっぱり。

 つい最近なんかの記事で聞いた名前なのでたまたま覚えていた。


 なんでも、本人の実力もさることながら、国内でごくたまに起きる紛争の支援や、災害が襲った地域への物資の運搬うんぱんなど、様々な場所へ奔走ほんそうしては功績こうせきを挙げてきた若き精鋭、リアレ隊の隊長だとか。


 そんな活動が認められた彼は、開いた幹部の穴を埋めるにふさわしいとして若くして見事幹部として認められたらしい。


 しかし、彼とセルマが知り合いだなんて、知らなかった。


「りりり、リアレさん! まだ言えてなかった、え、えーーっと、おめでとうございます!」

「ありがとう、君も資格取れて入隊したんだって?

 おめでとう。それとまた会えて嬉しいよ、元気だったかい?」

「はっ、はいっ!!」


 私なんかいないように会話を盛り上げる2人。

 しかし、時折セルマだけが、私の方をチラチラ気にしていることに気付く。


 あ、なるほどね。


「セルマ、私達はいいんで良かったらリアレさんとご一緒したらどうですか?」

「え、いいの!? こっちから誘ったのに悪くない!?」


 何を白々しい、それを狙ってたくせに。

 心の中ではそう毒づきつつも、まぁこんなに興奮する彼女も珍しいので私は気を使い続ける。


「別に大丈夫ですよ。クレアも────まぁ気にしませんよ。

 もちろんリアレさんが良ければですけれど」

「僕は全然構わないよ、気を使って悪いね」

「いえいえ」

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて!

 ありがとうエリーちゃん!」


 しかしセルマが席に座ろうとすると、近くでテーブルを拭いていた店長が時間を見ながらリアレさんにたずねる。


「リアレ、今日急いでるんじゃなかった? 時間はいいの?」

「え? あ、ヤベ、もうこんな時間!」


 店長から指摘を受けたリアレさんが壁の時計を慌てて確認する。


「ごめん、今から僕は今からアデ────知り合いに用があって探さなきゃいけないから今日は失礼させてくれ、ごめんよ!

 絶対連絡するよ、しばらくこっちにいるからまた会いに行く!」

「え……は、はい!! ありがとうございました!」


 何がありがとうございましたなのかよく分からないが、リアレさんは白い歯を見せセルマに笑いかけると、急いでお会計を済ませ店を出て行った。


「あー残念でしたねぇ」

「まぁ、でもいいわ、どうせ一緒にお食事しても緊張して話せないもの」

「そんなオチだったらもう私はセルマとご飯には来ないと思います」

「悪かったわよ!!」


 席に戻ると、クレアが待ちくたびれて半分ウトウトしていた。


「戻りましたー」

「あん? なんかあったのか?」


 私達は先程あったことを説明しながら料理を待った。


「そういえば、リアレさんとセルマって知り合いだったんですね。

 どういう御関係で?」

「そうね、2人には話したいわ。

 自分、実はこの都市の孤児院出身なの。

 暮らしていた孤児院は凄く貧乏で、服、食べ物、勉強道具なんかも足りなかった」


 それも初耳だった、いや彼女は敢えて今まで言わなかったのだろう。


「本当に貧乏な施設だった、その日のお夕飯にも困るくらい。

 でもね、当時軍に入隊したばかりだったリアレさんが少しずつお金を出してくれたの!

 彼もその施設出身で、自分の働いた分だけ少しでも私達の足しになればって」

「素敵な人なんですね」

「それだけじゃないの、彼は出世するたびに色々なところに募金や寄付を掛け合ってくれて、私達の施設は少しずついい暮らしが出来るようになったの。

 おかげで強化新入隊員の勉強費もできたし────」


 その後、セルマは長い間リアレさんのことを語ってくれた。


 聞いていて退屈しそうな話ではあったが、彼女のキラキラした眼を見ると不思議と話に吸い込まれるようで、セルマがどれだけリアレさんのことを尊敬しているかや、彼がとても出来た人間だと言うことが分かった。


「あ、そういえば前に言ってた『憧れてる人』ってそのことだったんだな」

「うん!」


 眩しい、死んだ魚の眼をした私にはこの輝きは直視できない────!


「憧れているの、彼に。いつか、彼に追いつきたくて……」

「そっか、セルマの入隊動機初めて聞いた気がするよ」


 今まで彼女の入隊を志望した動機などを聞いたことがなかったので、彼女の語る理想というのは新鮮であった。




 と、ここまではいいのだが、当然あれだけ熱烈ねつれつに一人の男性について語ったあとだ。

 恋愛恋バナ大好き星人のセルマでなくとも、若い女の娘3人が集まれば当然話はそっち方向に行く。


「ところでセルマは、そのことが好きなのか?」

「え!? ななな、なんで分かったの!?」


 衝撃を受けたような顔でセルマがクレアを見る。


「いやいや、見ていて分からない人には愛という概念がないんじゃないかというレベルでべったりだったじゃないか」

「私もそう思います」

「う!? う……ううぅ……そ、そうよ! 好きよ! 悪い!?」

「悪くないから、落ち着いてください。

 ほら料理来ましたよ」


 そういえば前に私とロイドを追いかけてセルマがこの店まで来たことがあったが、そりゃあそんな素敵な恋もしていれば人の恋にも興味が出てくる。

 頭の中はバラ色一色、世界の全てが輝いて見えるのだろう、多分。


「というか、あれだけ分かり易かったら本人も気付いてるんじゃないか?」

「う、嘘!?」


 まぁ、セルマの恋は応援してやりたいが、まぁ私にしてやれることは少ないだろう。

 恋愛に興味が無いわけでは無いが、人の面倒ごとにまで首を突っ込みたくはない性格なのだ。



   ※   ※   ※   ※   ※



「結局、リアレさんとはあの後会えたんですか?」

「だめ、孤児院にも顔を出していなかったみたい」


 セルマは心底残念そうに机に突っ伏す。

 憧れの人との再開は未だ叶わず、彼女は心底落ち込んでいるようだった。


 かくいう私も彼には会って一言お礼が言いたい。


 あの後お会計をしようとしたら、店長から今日のお題はいいと言われた。

 身内だからってそう言うわけにはいかないと、私が3人分払おうと思ったが、どうやらそう言う意味ではなかったらしい。


「会って、お礼くらいはアタシも言わなきゃな……」


 クレアも不満そうに頬杖をつく。

 どうやらあの時、彼は急いでいたにも関わらず私達のお会計もすませていてくれたらしいのだ。


 男性に奢られるという経験が無いわけでは無いし払ってくれるというならお言葉に甘えることもあるけれど、お礼も何も言わないのは流儀に反する。


 まぁ、本人もああ言っていたことだし、そのうち会う機会があるかも知れない。

 今度誰かが会ったら必ず一言言っておくと言うことで私達の話がまとまったころ、時間に少し遅れてアデク教官が教室に入ってきた。


「すまんな、少し話し合いに戸惑って────まぁなんだ、うちの隊に新メンバーが入隊することになった」


 そう前置きされて、教室に男性が入ってきた。

 それもアデク教官や店長と同じくらい、いやもう少し若いくらいの男性────


「オレの後輩で、最近幹部になった、リアレ・エルメスだ」

「リアレさん!!?」

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