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帰りたい(46回目)  シャワールーム

 真相の仮説が立ってしまったからには、全ての事実を知りたい。

 もし、ミリアの事を知っているのならそれは連行した張本人であるアデク教官だろう。


 しかしミリアの部屋に侵入してからしばらく経ったが、私は未だにミリアの事をアデク教官に聞けずにいた。


 彼女がいなくなった直後にもどうなったかとアデク教官に聞いたが、答えてくれなかったのだ。

 それを、状況を私が知ったからと言って軽々しく答えてくれるとは思えない。


 それに正直この件に関しては怪しいことが多すぎる。

 私の知らないところで何かが動いている以上、下手に動くのはとても危険だ。



「ねぇ、エリーちゃん、声が聞こえるってどんな感じなの?」

「はい?」


 訓練後のロッカールームでセルマが質問をしてきた。

 併設されているシャワールームに行くための着替えなど諸々を取り出して、私はロッカーの扉を閉める。


「声? どんな感じ? どういうことですか?」

「教官がこないだ言ってた『固有能力』っていうの。

 エリーちゃんて精霊とお話しできるんでしょ?」

「あぁ、えぇ、そうですよ」


 着替えとタオルを一通り確認すると、ロッカーの鍵を閉めてシャワールームに向かう。


「あぁ、たまにあの猫と喋ってると思ったけど、ただのヤバい奴だと思ってた」

「猫とお話ししてる人を『ヤバい奴』っていうなら、クレアは全ての猫好きを敵に回すことになりますけど」

「げぇ」


 全ての猫好きを敵に回しては流石に勝ち目が無いと思ったのか、クレアが明らかに渋い顔をする。

 きーさんにはエントランスで待っていてもらっているので、クレアの猫に対する偏見が聞かれなくて良かった。


「あ、何でしたっけ、声ですか?」

「そうそう、例えばあの猫ちゃんの声とか」

「なんていうか、聞こえる音は良く分からないニャーニャーとかなんですけれど、頭でそれを処理するとき勝手に翻訳が響く感じでしょうか?」

「へぇ、ちょっと想像できないわね」

「こればっかりはなんとも説明しにくい物があります」


 シャワールームの脱衣所に着くと、各々の荷物を棚に仕舞い、服を脱ぐ。

 いつもならここは大変混み合っているのだが、今日はアデク教官の都合で訓練が午前で終わったため、私達以外に使用者はいなかった。


 透けるまで汗の染みついた訓練用のTシャツを脱ぎ、胸元のベタつきと蒸し暑さから少し解放される。

 舞い上がった髪が生のうなじを撫でて、少しくすぐったい。


「────っ……!!」

「ん? クレアどうしたんですか?」

「あぁ!? い、い、いやなんでも……」


 クレアの目線を感じた気がしたのだが、気のせいだったのだろうか。


「そ、それより、エリアルの固有能力────【コネクト・ハート】だったか?

 それって自分で命名したのか?」

「え、違いますよ」

「ていうかクレアちゃん、こないだの教官の授業ちゃんと聞いてた?」

「き、聞いてたけど……」

「うそ、聞いてないでしょ。

 こないだ言ってた話、『固有能力管理局』の話聞いてなかったの?」

「すまん、忘れた」


 まぁ、あの日は結構色々なことを習ったし、忘れている部分もあるのは仕方ない。

 ここ最近集中していない私がそこに文句を言える筋合いはないのだ。


 備え付けのボディーソープを手を出し、二の腕から順番に体を撫でてゆく。


「もう、聞いてなきゃダメでしょ! エリーちゃん、クレア様に説明お願い」

「えぇー」


 セルマが面倒くさい無茶ぶりをしてくる。


「何で私が説明しなきゃならないんですか?」

「張本人から話した方が良いじゃない」


 確かにクレアはもちろん、セルマも固有能力は使えない。


 知識不足は死に繋がるし、実際に体験した私が話すのが一番いいのだろう。

 正直面倒くさいが、もしもの事を考えると私が説明するのが一番なようだ。


「仕方ないですね。クレアは『固有能力監査局』という秘匿性の高い組織のことは覚えてますか?」

「それなら覚えてる」


 サウスシスの人間の固有能力の全ては、都市の中央にある「固有能力監査局」というところが管理している。

 管理と言っても、どんな能力がどのようなもので、という情報を集めて研究をするというのが彼らの主な役職であり、実際悪事に使って取り締まるのは軍や警察の役目だ。


「で、能力は人生のどんなタイミングで発動するか分かりませんが、発動したら都市の中央にある『固有能力監査局』に行くんです」

「ほうほう」

「身分証渡して本人確認の後、2時間ほど待つと職員の人がやってきて封筒に蝋で封をした書類をくれます」

「その紙に能力の名前が書いてあるのよ」


 うわ、肝心なところをセルマに言われた。私に任せるとは何だったのか。


「本人確認だけで? 嘘だろ?」

「一度でも発動したことのある人なら、教えてくれますよ。タダで」

「発動したことのない人が行ったら?」

「そのまま用紙空欄で返されます」


 しかし2時間も待たされて結局勘違いだったとは中々の醜態しゅうたいである。

 実際それをやると相当恥ずかしいらしい。


「どんな仕組みでそんなの分かるんだ?」

「残念ながら分からないです。それが非公開だから秘匿性ひとくせいの高い組織なんですよ」

「じゃあエリアルはそこで【コネクト・ハート】って名前をもらったわけか」

「そういうことです」


 私はボディーソープを洗い流すと、持参したシャンプーを取り出す。

 備え付けのものがないわけではないが、髪がキシキシと傷んで仕方が無いのだ。


 それに汗やほこりが滲んだ後のシャンプーは、不快感を取り払い清涼感を与えてくれる。


『ひゃっんっ』

「え、何? エリーちゃんど、どうしたの??」

「いえ、なんでも────」


 天井から落ちた雫の一粒が、私の背中に落ちた。

 雫は背中を下に伝い、腰へ、太ももへと流れてゆく。


 冷たい液に晒されて、夏場だと言うにヒヤッとした変な気分だ。


「あ、そういえばこのあと用事ある? 2人とも今日どっかに食べに行かない?」

「あれ、もうそんな時間ですか?」


 シャワールームの時計を見ると、そろそろ正午になろうとしていた。お昼時には丁度いいくらいか。


「本当だ、別にいいですよ」

「アタシもいいぞ」

「場所はどうします? 私はどこでもいいですけど」

「敷地内に食堂あったわよね。あそこはどう? 自分まだ一度も行ったことないの」

「あそこ先月潰れましたよ」

「え、なんで!?」


 そりゃあ、料理が美味しくなかったからだ。

 この訓練所の周りは訓練生や教官目当てで出店するお店も多いし、いくら敷地内の食堂といえどあのレベルは流石にいただけない。


「じゃああそこ今は何になってるの?」

「何もないです、建物があるだけ」

「へぇ~」


 美味しくなかったことが分かったセルマは食堂に行く機会を逃してもさして残念そうではない。

 それよりも今日のお昼についての決定の方が大事なようだった。


「じゃあ、食堂がダメなら、他の所は?」

「あー、最近近くにフライド料理の専門店が出来たぞ、あそこ行かないか?」

「この時間から脂っこいものはちょっと……」

「私もパスです」

「オリーブオイルで揚げたのもあるってさ」

「いや、あんまり変わらないでしょう」

「じゃあいいよ、また機会があったら行こう」


 クレアはそう言いつつ少し残念そうだ。


「クレアちゃん、一人じゃ行きにくいのね」

「べ、別にそんなんじゃねぇし?」


 私はシャンプーを洗い流し、水気をとってトリートメントをする。

 シャワーで濡れた素肌を、柑橘系の香りが撫でていくのを感じる。


「じゃああそこはどう? エリーちゃんのバイト先」

「あー、あのカフェか」


 カフェ・ドマンシーはカフェとはいうものの、それ以外の軽食やら何ならも多く扱っている。

 一体何でそんなにメニューを多くしてしまったのかは謎だが、聞く人によってお気に入りの料理が必ず違うくらいには豊富だ。


「いいですよ、ここからあんまり距離もありませんし」


 用意したタオルで体を拭い、濡れた肌を腕から腰へと優しく拭き取る。

 自分の黒い髪を手櫛で撫で下ろすと、春に2人が入隊してきたときに比べ少しだけ長くなっていることに気付いた。


 鏡を見ても分かるくらいには伸びているし、もう少ししたら動くときには邪魔になりそうだ。

 普段前髪はピンで留めているけれど、そろそろゴムも必要になるかも知れない。


『いっそ切っちゃおうかな』

「ん? どうしたの?」

「いえ、なんでも」


 まぁしばらくはいいや、美容院に行くのが面倒くさい。

 それに伸びる髪一本一本、これも私の立派な成長の証なのだ。


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