帰りたくない日でも、家に帰ると多少は安心する。
「ただいまぁー」
しかし疲れて泥のようになった身体で、ご飯を作ってお風呂に入って洗濯をして────
いつもは苦にならないほどの独り暮らしの義務が、今は重く身体にのしかかるようだった。
“いつも増して眼が死んでるね、景気が悪いから止めなよ”
うるさい。きーさんの言葉も聞かず、私は軍服やシャツを脱いでそのままベッドに倒れ込んだ。
パートナーとの関係性は大事だけれど、こんな時くらい一人にしてくれる心遣いもパートナーの仕事ではないのか?
“そんなこと言ってもあんまりいい気分はしないんだよね。パートナー以前に同居人として気遣いしてもらいたいんだけどな僕は”
猫が何を偉そうに。そう思ったがきーさんに当たっても仕方ないので私は自分を抑える。
「こっち来てくださいこっち、もふもふさせてください」
“先お風呂入ってきなよ。お風呂入ると気分も楽になるよ?”
「もふもふ」
“お風呂!”
「もふもふ」
“お風呂っ!!”
しばらくの言い争いと追いかけっこの末、結局折れたのは黒猫の方だった。
“全く、イライラを僕の毛皮と羽毛に当たらないで欲しいね”
「はいはい」
きーさんを撫でていると、きーさんもリラックスしたようでお互いに落ち着きを取り戻した。
お互いの気まずさを打ち消すように、きーさんが口を開く。
“ねぇ、そろそろ行ってみたら?”
「どこにですか?」
“これだよこれ”
そういうときーさんは尻尾で私の荷物からはみ出たキーホルダーを撫でる。
キーホルダーに付いている鍵は4つ。
この部屋の鍵、ドマンシーの従業員ロッカーキー、訓練場のロッカーキー、そして────
「ミリアの、部屋の鍵……」
彼女から渡された、隣の部屋の合い鍵。
いつでも自由に出入りしていいよと彼女が逮捕されるよりもずっと前に私に渡したものだ。
しかし、彼女がいなくなったあの日から私はあの部屋を訪れていない────
“そろそろ頃合いじゃないかと思うんだ。色々調べて、ロイド……だっけ? あの男にも色々根を回して、君は敢えて一番手がかりになりそうな場所の捜索は避けてるよね”
「そうですね……」
思い付かなかったわけではない。ただ、行く気になれなかったのだ。
あの日から、彼女の部屋の前を通るたびに明日こそは明日こそはを繰り返し、今に至ってしまった。
“君の気持ちも分かるけどさ、何か得られるとも限らないけどさ、いいかげん引き延ばすのを見てるのはこっちも辛いよ”
正直、きーさんの意見は的を射ていた。
何も見つけられるわけがない、けれど何か見つかるとしたら一番可能性が高い場所。
本当なら彼女が帰ってこなくなった時点で真っ先に何かあるべきだろうと探すべき場所だ。
「行って……みますか?」
“今から行こう”
そういうときーさんはそそくさとカギを尻尾に引っかけて扉の方に向かってしまった。
「あっ、まだ心の準備が……」
“はやくー”
「分かりましたって、もう」
※ ※ ※ ※ ※
彼女の部屋に入り、私は手袋をして調査を開始した。
と、いっても、私が調査するまでもなく軍の捜査の眼は既に行き届いていたようだ。
部屋は数ヶ月前と一見すると何も変わっていないように見えたが、要所要所が、物の配置などが置き換わっている。
恐らく、既に軍の監査が入った後なのだろう。
それでも数ヶ月前までよく出入りして見慣れた部屋。
特に目立つものもなく、家具から魔道具、食材や雑誌に至るまでそのままだ。
あー、野菜腐ってるよ、捨てといてあげないと。
“何も変なものは見当たらない?”
「ええ、まぁ」
まぁ、こんなもんだろう。 監査が入った後に私が何か見つけるのも問題だ。
特に目立つ物もないし、今日は疲れたから部屋に戻ろうか。
なにも──目立つ──ものは────あれ?
「えっ、なにこれ」
“どうしたの?”
私の声に反応してきーさんが肩に飛び乗る。
きーさんが覗き込む先には、私が先程何となく手に取った赤い表紙の本があった。
“これ何? なんだ、ただのアルバムじゃない”
「いや、有り得ないんですよ……」
ペラペラとめくるアルバム、その写真の要所要所に、絶対に有り得ない物が。
私が見逃すはずのないものが、写ってる。
「まさか────っ」
そうだ、全てそう。
アルバムは3冊、子どもの頃の何気ない一コマ、私との写真や旅行先での変なポーズ。
でも、これもこれも、これもおかしい。
これが、こんな写真が、あり得ない、あるはずがない。
だってこんな、この人は────
「ミリアは、あの子は……騙されているんだ……」