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帰りたい(44回目)  捜索終了


 固有能力────とはなにか?


「こないだ精霊保護区に行ったときに特別授業でエリー使って説明しようと思ったんだが、密猟者と色々あったしな。つまんねぇが、まぁ座学ですませるぞ」

「エリーちゃんを?」

「今回聞き漏らすなよ、死ぬぞ」

「そこまで!?」


 改めて、固有能力────とはなにか?

 それは精霊や魔物との契約と同じく、この世界の人々において無くてはならない恩恵の一つだろう。


 身体からロウを出し自在に操る────【バインド・ワックス】

 触れた物の大きさを、小さくしてしまう────【リデュース・ハンド】


 様々な色を持つそれら特殊能力の数々は、それらが存在しなければ確実に人類史は存在しなかったとまで言われている。

 固有能力に関して一般に知られていることは、3つ。


 1,だれが、どんなタイミングで、どんなちからに目覚めるかは分からない。

 2,1人に2つ宿ることはない。

 3,そして、サウスシスの人間はそれらの能力を、都市の中央にある固有能力監査局というところが管理している。


「おい、聞いてるのか!?」

「え?」


 私はアデク教官の声で不意に我に返った。


「え、あー、はい。聞いてました」

「嘘つけ」


 やっと頭が追いついてきた。授業中、ボーッとしていた私をアデク教官が指摘したのだ。


「嘘じゃないですよ」

「じゃあ今オレは何の話をしていた?」

「えーっと、『固有能力監査局は秘匿性が高く、そのほとんどが謎に包まれている』でしたっけ?」

「正解だ。聞いてるんならもうちょいキラキラした目で聞け」

「そんな無茶な」


 これはステータスなのだから仕方ないじゃないですか。

 そう言い返そうと思ったが、授業を真面目に聞いていなかった私にも問題がある。


「なんか最近エリーちゃん変じゃない?」

「心ここにあらずって感じだよな」


 私は聞こえてくる2人の声を聞き流して再び席に着いた。


「いつにも増して死んだ魚の眼にブーストかかってる気がするし────」


 能力、か。

 自身の限界を出し切る────【リミット・イーター】

 無制限に精霊と契約ができる────【インフィニット・スピリッツ】


 固有能力を持つことは軍人にとって強みだ。

 それは強力なモノであればあるほどに。


 かつての魔法の始まりは、そんな固有能力

を誰もが使えるようにと、魔術師や錬金術師が自分達に宿る魔力を研究し始めたことが始まりらしい。

 火、水、木、雷、土、風の6属性もその時代に発見されたものだ。


 しかし、それあるから優れているとか、それが使えないから劣っているとか、そう言う単純な話ではない。

 固有能力を制御できず暴走してしまう人もいれば、固有能力が使えない歴代の最高司令官も多くいる。


 きっかけが分からないなら、誰が覚醒するかも、それがどんな能力かも分からないのがこの世界のおきてだ。


 そして、私が10歳の頃覚醒した固有能力───【コネクト・ハート】


 戦闘には全く向かないが、生きている物ならば異国語、動物、果ては植物さえも会話をすることが出来るのが、私のこの能力。

 今まで私はこの能力に幾度となく助けられた。


 迷いの森でボスウルフェスの声を聞き取ったこと。

 きーさんとパートナーになりすぐに仲良くなれたこと。

 密猟者の一件では特に、精霊達の協力無しでは命はなかっただろう。


 それにあの時だって───今だって────

 でもそんな物あっても、何も出来なかった。

 この能力は、私の切り札であると同時に、私の後悔史だ。



 ※   ※   ※   ※   ※



「なぁ、気持ちは分かるがもうちょいオレの授業にも集中してくれよ……」

「はぁ……」


 授業の後、やはりというか案の定というか、私はアデク教官に1人呼び出された。

 しかしもっと怒られるかと思ったが、アデク教官の声は怒っていると言うより仕方なく注意しているという風に聞こえる。


「すみませんでした」

「いや、まぁいいんだ。立場上おまえが最近ボーッとしてるなら、2人の手前注意しないわけにはいかんだけだしな」

「はぁ……」


 正直たるんでいる私に対してアデク教官の指導がこの程度で済むとは思えない。

 怒られなかったことに対し要領を得ない私の目の前で、教官は机の上に置いてあった封筒から一枚の紙を取り出し、私に渡した。


「そろそろ半年だ、何となく気づいてたんだろ」

「────っ、これはっ……」


 ─────────本日を持って、バルザム隊所属、エリアル・テイラーf-1級を、アデク隊に移動とする。


 私の名前が「エリアル」で記名されているのは本名が記述できないからであり、正式な書類でも「エリアル」で通っている。

 まぁ、それはいいにしろ問題はこの手紙の内容だ。


 ─────────アデク隊に移動とする。


 忘れがちではあるが私は元々バルザム隊の一員であり、今もアデク隊に一時預かりという形でいさせてもらっている。

 その私が正式にアデク隊に編成になったと言うことは、つまり─────


「こっ、これはつまりバルザム隊の────」

「バルザム隊の捜索が終了した」


 ぴしゃり、と。私が勘違いや聞き漏らしがないほど的確に。

 アデク教官は事実だけを伝えた。

 やはり、か────


 ここ最近はこのことについて気になって色々と手に着かなかったが、予測していたこととはいえ現実を突きつけられると愕然としてしまう。

 「迷いの森」で行方不明になり、今まで捜索が続けられていたバルザム隊。

 彼らの捜索終了はつまり、彼らを見つけることを軍が「諦めた」ことを意味する。


「凱旋祭に向けて、人員をそちらに割けないとの理由だそうだ」


 凱旋祭。国王が5年に一度、王都より南の港町「ミューズ」で執り行なわれる盛大なイベント。

 開催は一ヶ月半後である。


 お祭りなんて────どうでもいいじゃないですか。

 そう言いたい気持ちは山々だったが、その凱旋祭は国王主催の一大イベント。

 数年に一度と言うこともあり各方面からの有力者なども集まる行政のバランサーや要の部分も持ち合わせているのだ。


 多くの人の生活を間接的に左右するという意味ではバルザム隊の人数など、10をかけて2乗しても遠く数が及ばない。

 その対応に、文句がないかと言えば嘘になるが、国王にもし何かあったとしたら、それはこの国の崩壊を意味する。国の管理は厳重に、堅固に、確実に。


「丁度頃合いでもあるんだ。本来なら捜索は1,2ヶ月が目安だ。

 これだけの人数が消えたからここまで伸びたが、ここらが限界だろう」

「分かってます、何も言いません……」


 きっと、何も言わないと言いつつ私は眼で語っている。

 言わなければ伝われないこともあれば、言いたくなくても伝わってしまうこともあるのだ。


「言いたいことは分かるよ、かつての仲間を見捨てなきゃならない経験はオレにもあるからな」

「分かっているなら────」


 分かっているなら、何だと言うんだ。

 アデク教官に当たっても仕方ない、どうしようもない。


「力不足ですまん、最初にお前さんと会ったときから、この件に関してオレは何も出来ちゃいない」

「いいえ、アデク教官のせいでは────」


 絶対に、ない、が、


「ありがとうございました、失礼します」

「オレも凱旋祭が終わったら、再捜索を上に掛け合ってみる。

 まぁ、期待は────」

「ありがとうございます」


 言葉を言い終わる前に私は部屋を出た。

 失礼でも何でもいい、今はこの感情を抑えるのが精いっぱいだった。


 どうする?今から、私だけでも、探しに行くか────


 いやダメだ、距離もあるし一人で行ってもまた迷うのがオチだ。

 そもそも都市の門を通るいいわけが見た当たらない。


 それにこれ以上あの森を探したところで、捜索隊の後だ。

 普通の方法ならまずバルザム隊を発見することは出来ないだろう。

 今まで隊を組んで大人が探し続けた結果何も出来なかったことが、今の私にどうにか出来るはずもない。


 でも、多分──消息を絶った数十名──見つからなかった死体───突然消えた痕跡と残された荷物──考えられるのは、間違いなく────


『だったら、私が・・何とかしなきゃ。今は無理でも────』


 いつか、必ず。


 喉が詰まりそうな圧迫感、背中から肩にかけて広がる熱いような冷たいような、とにかくイヤな感覚────

 最近感じなくなったこのざわめきの正体は、きっと孤独とか不安とか、一言で片付けられる言葉ではないはずだ。


 2年間、慣れたと思った日など一度もない。

 ミリアもいなくなってしまったあのアパートに帰ることが、今日は億劫おっくうだった。

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