戦いの後動く力が全く残っていなかった私は、アデク教官と管理人さんが迎えに来るまでの間そこで待機をしていた。
いつジャナルが起き上がるか分からない以上、かなりのヒヤヒヤものだったが、2人は間もなく来てくれたので、私はようやく一息つくことが出来た。
「申し訳ありません、わざわざ迎えに来てもらってしまって……」
ジャナルを縛り上げたアデク教官は、彼を軽々と担ぎ上げる。
「本当だ、何でお前さんはいつもいつも厄介ごとに巻き込まれる。
何かしらトラブルを起こさなきゃ気がすまんのか?」
正直それは言われて心外ではある。
私はいつもトラブルを起こす側じゃなくて巻き込まれる側だ。
「まぁまぁ、今回は僕に免じて許してやってくれよ。
元はといえばここの管理能力が低いせいでこの子たちを巻き込んでしまったんだ。
これ以上の被害を止めれたうえに生きて全員捕まえられたことは、新人のこの子たちにとっては大金星じゃないか。
いい部下を持って貴様も誇らしいだろう」
管理人さんが私達を庇ってくれる。
部下を危険に晒してしまった手前強く出にくいのか、心なしか教官への態度も柔らかい気がする。
「誇らしい誇らしくない以前の問題だ。
こんな厄介ごとを持ち込んでくる部下はそうそういないぞ」
「トラブルメーカーの君がよく言うよ!」
あ、ダメだ。
柔らかい態度は長続きしなかった。
「そもそも、お前が管理人の仕事をしっかりしていればこんなことにはならなかったんだぞ」
「そ、それは悪いと思っている……」
「なーにが悪いと思ってるだ。だったらそのふざけた名前を改名─────」
「おっと足が滑った!!」
「あぶねっ!?」
「か、管理人さん落ち着いてください、私が落ちます」
「あ、ごめんごめん」
私はずり落ち掛けた体勢を直す。
本当ならとても失礼なことだが、管理人さんが今日は疲れただろうからと、背中に乗ることを勧めてくれた。
私もケンタウルスの背中というのは興味があったのでついお言葉に甘えてしまったが、なるほど、これはいい。
ケンタウルスの毛というのは見た目からでも普通の馬との違いが分かるほど整っていて、乗りながら合法的に撫でられるというのは動物の毛にうるさい私には至福のひとときだった。
うるさいと言うだけで詳しいわけではないのでハッキリとは分からないが、この毛は馬の毛の中でも相当良質な部類に入るのだろう。
フサフサと言うよりはつやつやしていて、トリートメントをした後の髪を撫でているようだった。
それに、すごく乗り心地が良い。
震動が少ないように管理人さんが気を使って歩いてくれているというのもあるだろうが、少し高い目線から見るこの保護区の景色は、なおさら雄大な物に感じられた。
馬が苦手なクレアも、管理人さんの背中なら酔わずに乗れるのではないだろうか。
「あの、背中乗っけてもらっちゃってよろしかったんでしょうか?」
「いい、いい、気にしないでくれ。乗っけたくないのはコイツだけだから」
アデク教官をまた蹴り上げるのかと思い私は身構えたが、流石に二度目はなかったようだ。
「ところで、君に聞きたいことがあるんだ」
「なんでしょう」
「僕の千里眼は強力でね、普通の術士の上位互換になるのかな。
遠くの物を見れるだけでなく、間に障害物があってもその先を見通すことが出来るんだ」
「便利なんですね」
確か千里眼と言えばセルマが1度使っているのを私はみている。
彼女は目標物を拡大して望遠鏡のようにみる魔法だと言っていたけれど、上位互換だとそんなことも可能なのか。
「それで、だ。先程千里眼で見たとき君はあのゴリラと会話をしているように見えた」
「はい」
「それに、あの共闘は会話が成立しなければおよそ有り得ない関係だろう」
「そうですね」
「つまり、君はもしかして【精霊と会話できる固有能力】の持ち主なのか?」
「────はいそうです」
───────【コネクト・ハート】───────
「【コネクト・ハート】、それが私の“固有能力”です」
「そうか、【繋がる心】、精霊と会話できる……か」
「いや、正確には【生物と会話できる能力】だ。
最初はオレもビックリしたが、まぁ“固有能力”としては面白い。
ボスウルフェスの超音波並の声も聞き取ってただろ」
「へぇ、それは凄いっ!!」
珍しく大人二人に褒められて私は恥ずかしくなる。
「あ、でも管理人さんも精霊なら精霊と会話できるんじゃないですか?」
「僕は精霊だけれど、他の精霊と会話が出来るわけではないよ。
精霊としての種類が違えば当然、話す言葉も違うしね。
多少なら聞き取れる相手もいるが、完全には無理だ」
なるほど、精霊だから出来るのかと思ったが、彼は知能は人間なのだ。
耳の音域とかの関係もあるだろうし、脳の構造上人間の言葉以外を理解するのは難しいのだろう。
でもだとしたら、言葉の通じない精霊をとりまとめるのも大変だ。
「でも、お前さんの“固有能力”は生きているものなら、耳で拾った音を聞こえない高さでも拾っちまう、便利なようで割と面倒くさいだろう」
「えぇ、まぁ。今はそれほど気になりませんが、木の声も聞こえてきたりしますからね」
「木の声? うそつけ、だったら『迷いの森』でオレがいなくても道案内してもらえば良かったろ」
「話しかけて答えてくれる『生物』ばかりじゃないんですよ……」
「なるほど、ね」
「生物」という言葉に教官と管理人さんが頷く。
言葉が通じる相手同士でも中々うまく行かない、そう言う経験は大人2人にもあったようだ。
「そうだ、ここでの一泊分の用意してもらったけどこのまま帰宅でいいか?」
「私は構いませんけど」
「こいつらを一刻も早く“エクレア”まで連れ帰らないとならないからな」
そう言いつつ教官は担いだジャナルを揺らした。
「まぁ目的は果たせたし、明日は帰って休むか」
「目的……そういえばお二人はアデク教官の精霊を迎えに行ったんですよね? 見当たりませんけど」
「いる、上だ」
「うえ?」
しかし、私が見上げても目に映るのは雲と空と太陽だけだ。
「いませんけど……」
「見えてないだけで、いるんだよ」
確かに人の目には見えない、「概念」のような精霊も、この世にはいる。
しかしそう言う精霊がここで暮らしていく意味もないはずだ。
「アデク教官の契約した精霊って────」
「企業秘密だ」
※ ※ ※ ※ ※
管理小屋に戻りセルマやクレアと合流すると、管理人さんは早速密猟者侵入の原因を調べ始めた。
「結局、コイツらはどっから侵入してきたんだ?」
「調べてみたら、ここから少し離れた場所の制御装置が作動していなかった。
保護区の内側にあるから油断していたが、そこのスイッチを切られたらしい」
管理人さんが千里眼を使いながら、遠くの方を確認している。
「あーあー、ありゃ修理が必要だな……」
「そもそも内側からどうやったらスイッチを切れるの?」
「ここの保護区は周りに壁が、それとセンサーが張り巡らされているんだ。
でもそのセンサーというのが完全に密閉した状態じゃなく金網状になっている」
「つまり、その間を抜けてきたってことですか?
あー、そういえばグロスフィアの弟は体を小さく出来るんでしたね」
「そう、まず壁の上からセンサーの間を小さい体ですり抜ける。
侵入した弟がセンサーを切って、壁を破壊し車ごと乗り込んだって訳だ」
「ざる警備じゃないか!!」
クレアが怒りの声を上げる。
まぁ、その意見には私も同感だった。
「今度からはここの管理室からでもセンサーを切られたら分かるようにするよ。
ここを作った先代の頃は何なとかなったんだろうねぇ。正直こんなこと前代未聞だ」
管理人さんは千里眼を解いて私達に向き直ると、頭を下げた。
「君たちを危険な目に遭わせてしまって申し訳なかった。
詫び一つで許される物ではないかも知れないが、どうか謝罪させてくれ」
「いえいえ、止めてください、私達いい勉強になりました」
「そうよ、管理人さん。ありがとうございました」
クレアも一応頷いている。
と、いうか彼女は今回実戦が経験できたし、一番満足しているだろう。
「そうか、それは良かった。じゃあまた来てくれるか?」
「来れたら来ますね」
「あ、うんその答えで何となく分かったよ」
その後別れの言葉を交わしていると、先程から少し離れたところで他の精霊たちとこちらを見ていたちょこちっぷしぇいくさんがこちらに寄ってきた。
彼は私達には目もくれず、管理人さんと教官の前で立ち止まった。
「久しぶりだな、ちょこちっぷしぇいく」
彼は何も答えない。ただ、黙っている。
「エリー、こいつ何て言ってるか分からないか?」
「何も言ってません」
「お、おい、ちょこちっぷ! どこ行くんだ! バナナの皮ここに捨ててかないでくれよ!!」
管理人さんが呼び止めたが、ちょこちっぷしぇいくさんは黙って森の中に消えていってしまった。
「もう、いつもあいつはそうだ。
あいつの言葉が分かるなら、君からも何とか言ってやってくれないか?」
「だったらまず街からバナナ取り寄せてあげてください」
「あ、君は彼の味方なのか」
いや、彼にはお世話になった手前文句は言えないのだ。
「エリー、そろそろいくぞ」
「あ、はい。管理人さん、色々お世話になりました」
「いやいや、お礼を言うのはこちらだよ。
ここは君たちの手によって護られたんだ。
しつこいようだが、本当に、ありがとう」
そう言うと管理人さんは再び頭を下げた。
そうか、もしかしたらちょこちっぷしぇいくさんも、この事を予想して先程私を諭したのかも知れない。
「私達こそ勉強になりました、ありがとうございました」
「あぁ、またいつか君たちとも会う気がするよ」
手を振りながら馬車に向かう。
途中セルマが付いてきていないと思ったら、木の影に隠れた“クライベアー”を見つけていっしょに大声で泣いていた。
「うわー--ん! べあ“ーぢゃーーーん!!」
“ぐおーーーーー!”
驚くほど身近い間に驚くほど精霊と仲良くなった彼女は、ドン引きするほど別れを惜しんでいた。
結構耳に響く大音量で泣くので、私は耳を押さえながらアデク教官に近づいた。
「教官、ちょっといいですか」
「なんだ?」
「さっきのゴリラの精霊と管理人さん、あと教官。
3人ともお知り合いだったんですか?」
「知り合いってより、あいつらは同じ契約者と契約した、同胞みたいなもんだ。
折り合いは良くないみたいだがな」
「え?」
それはおかしい、1人の人間が精霊と契約できる数は1個体までと決まっているはずだ。
「そういうやつもいるんだ。【インフィニット・スピリッツ】って“固有能力”なんだがな。
無制限に精霊と契約できる」
教官は懐かしむようにボケットに手を入れ地面に視線を移す。
「あいつらの契約者とオレは同じ隊でな。
オレのネーミングセンスは変わっているとよく言われるが、あいつもどうかしてた」
「あー、ちょこちっぷしぇいくにぷりんあらもーどですもんね」
「あん? お前さん知ってたのか?」
「あのゴリラさんから聞きました」
「さっき良く笑わなかったな。オレなんか名前知ってその瞬間腹抱えて笑ったぞ」
「人の名前バカにしちゃイケないんですよ」
「あ、そうだったな。悪い悪い、■■■■■■■」
私に対しての配慮がなさ過ぎる教官は罪だ。
私はこの人とは違ってトラブルメーカーでもなければ責任放棄もしているつもりはない。
だから気は進まないけれど小隊のリーダーとして責任を果たさなければ。
まずは先程から一切喋らず青い顔をしているクレアから────
「クレア、どうしたんですか?」
「あ、あぁ……帰りが明日だと思ってたから今から馬車に乗ると思うと気が重くって、ちょっと……」
そういうとクレアは口元を抑えた。
え、早くない?
「いまそれはお手つきですよ」
「先手必勝って言葉もあるじゃないか────おえっ!」
冗談を言い切る余裕さえ無いようだ。
この子本当に街まで帰れるのか、本当に不安になってきた。
「大変そうですね、馬車以外の乗り物使えればいいんですけどねぇ」
「そう、そうだそれだよ!!」
クレアが急に立ち上がり私に迫ってきた。
「“トラック”! あれ使って帰ろうぜ!!」
「はぁ?」
名案とばかりに目を輝かせるクレア。
その目には一切の曇りがない。
「ダメですよ。免許もないんですから、操作できてもバレたらただじゃすまないですって」
「途中で捨てればバレないだろ!」
「それにあれ、さっき私が壊しちゃいました」
「何でだよっ畜生!! あんな貴重な物を!!」
「そう言う作戦だったじゃないですか」
「ああぁぁーー!!」
クレアがその場で泣き崩れる。
「乗るのはいつか自分で買ったときにしてください」
「いやだあああぁぁぁーー!! 帰りたくないいぃぃぃ!!」
クレアの悲痛な叫びがこだました。
その叫びは私には理解できない感覚だ。
さぁ、ごたごた言ってないで帰ろうぜ?
~ 第1部1章完 ~
NEXT──第1部4章:精霊天衣のトライアンフ