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帰りたい(42回目)  火柱

 スピードを出すトラックに吹き付ける風が、私の眼光を乾かす。


 今の私はバリアで車が止まった隙に荷台に乗り込んだはいいものの、先程精霊が破裂させた荷台は外から丸見え。

 もちろんジャナルにも私が乗り込んだことはバレている。


 私は今さら隠れるつもりはないので、いっこうに構わないが────


「てめぇ! クソ! 降りろ!」

「あぐっ……」


 正直トラックの荷台に掴まり続けるのが厄介だった。

 強烈なGに耐えつつ、この場をなんとかしようと策を巡らすのは案外至難の業である。



 なんで乗り込んじゃったかな私────



 先程は勢いで飛び乗ってしまったが、何か策があるとか、とっておきの切り札を持ち合わせているわけでもない。


 しかし、私は今のところここに来て何もしていない。

 なるべく厄介ごとに関わりたくはないが、自分の役割が果たせないのも問題である。


 ここはせめてこのトラックを移動不能に追い込めればと思ったが、現実はこのトラックから振り落とされないように必死に掴まるしかなかった。


 この状況を脱するようなヒントはないか、身体を左右に振られながら頭を巡らす。


 なにか、せめてなにか、小さなきっかけだけでも─────


 ん────?



『なにあれ……』


 遥か空の向こうに、「何か」が光っていた。

 今が夜ならば星だと認識するだろうが、その「何か」は明らかに太陽光を反射して瞬いている。


 ジャナルは私を振り落とすことに必死なようで気づいていないが、それは明らかにこちらに近づいている。


「あれは────」


 矢だ────

 こちらに一本の矢が飛んできた。


「うわっ!?」


 何の変哲もないその矢は、トラックの骨組みをすり抜けて荷台に跳ね返ると、そのまま弾かれ私の目の前に転がってきた。


 まるで意思を持っているかのように─────


『なにこれ……』


 新たなる敵の奇襲か、全く関係の無いところからの流れ弾か────

 私がここからの脱出よりも矢の正体に頭を巡らしていると、その矢は突如形を失った。


「あっ」


 普通なら驚くべき事だが、私はこの光景に見覚えがあった。


「き、きーさん」


 遙か彼方より飛んできた矢は、私の相棒へと姿を変えた。


「きーさん会いたかったですよぉ~」


 私がきーさんに抱きつこうとすると、きーさんは身をよじってスルリと私の手から逃れた。

 あ、それどこじゃないだろ、と?


「え、管理人さんに弓で飛ばしてもらった?

 これはアデクから預かってきた手紙だから読め?」


 よくみるときーさんのしっぽには白い紙で手紙がくくりつけてあった。

 矢文、いや猫文と言ったところか。


 私は素早く手紙を開くと、中の内容に目を通す。

 最近では随分と見慣れた、アデク教官の無駄に達筆な字だ────




〈エリアル・テイラーへ


 きーさんから情報は伝わりました。


 そちらの状況を掴んだ我々は半裸の千里眼で確認しましたが、普通に駆けつけては間に合いません。


 半裸の矢できーさんだけをそちらに送らせてもらいました。


 私達もこの状況を打開するため協力させていただきますが、こちらから出来ることは限られています。


 基本貴女に頑張ってもらうのは変わらないと思ってください。


 どうやら他の敵はクレアとセルマが捕らえたようですね。


 出来れば密猟者全員に、生きて刑を与えたいというのが半裸の考えでした。


 最後の一人であるその男を生きて捕らえるためにも、今目の前にいる貴女がどうにかする必要があります。


 しばらくしたら援護射撃も行います。


 その乗り物を止め相手を完全に無力化してください。


 期待しています。


 P.S 揉め事に首を突っ込んだのなら最後まで責任を持て〉




 私はハッと顔を上げる。


 この状況を自分が何とかしなければいけない。

 プレッシャーはかかるが、教官は期待していると言ってくれた。



 それに今は1人じゃない。



 頼れる相棒がいる────!



「きーさん、大岩にっ」


 叫ぶと、きーさんが私の言葉に反応して身体の形を変え、体をみるみる大きくする。


「なにっ!?」


 きーさんの変身した岩は、すぐにトラックの載積容量の何倍も越える。

 重心を後ろに持って行かれたトラックが傾き、ジャナルがその異変に気付いた。


「うおおぉ!!?」


 トラックのスピードはかなり鈍る。

 飛び降りても安全なスピードになったことを確認し、トラックが目の前で膨らむ大岩に巻き込まれる前に私は地面に着地した。


 振り向くときーさんの変身した大岩がトラックの荷台部分を潰すところだ。

 運転席の方からはジャナルが脱出するのも見える。


「く、くそったれ! 何しやがった!?」


 地面に着地をした彼は私に吐き捨てた。


「てめぇらのせいで計画が無茶苦茶だ!! 殺してやるっ!!」


 血走った目と割れた額、もはや冷静さのかけらもないジャナルが叫ぶ。

 正直私はトラックを無効にできたのでこのまま一目散に逃げてしまいたいくらいだったが、多分それは相手が許さないだろう。


 岩から元の姿に戻ったきーさんを確認して、私はジャナルに向き直る。


「これが最後の説得です、大人しく捕まって────」

「うるせぇ! “蝋沼ろうぬま”あああぁぁー!!」

「最後まで話をっ」


 また来た、正直この技はどうしようもない。

 しかも今回はイノシシもいないので自力で逃げなければ。


 しかし私が踵を返して逃げようとすると、再び空から矢が降ってくることに気付く。


「え?」


 先程飛んできたきーさんはここにいるため、今度の矢は本物だろうか。

 その矢は私の頭の少し上を通過すると、ジャナルの目の前の地面に突き刺さった。


 そしてその矢は一呼吸置くと赤く光りはじめ────突然天を焼き尽くすほどの火柱に変わった!!


「うわっ」

「ごぁっ! なんだこれは!」


 炎の巻き上がる轟音と熱が、辺りの空気を焦がす。


 しかも矢は一本だけではおさまらず、後から後から雨のように空から降ってきた。

 そしてその全てが地面に当たった瞬間火柱へと変わる。


「これがアデク教官たちの言ってた援護射撃……?」


 火柱は辺りを焼き尽くし、“蝋沼”をどんどん溶かしてゆく。

 熱で広がることのなくなったロウは、私に追いつく前にその効果を失っているようだった。


 しかし、この方法はメリットばかりではない。

 矢の雨の中にいる以上、私にも被弾の可能性は充分にある。


 ふざけんなあの三十路木偶でくぼう


 私まで殺す気か?



 そう言う間にも矢は大量に地面に突き刺さり、それぞれが巨大な火柱を上げる。


 そしてその中の一本がついに私達の方に飛んできた。


「うそっ」


 迫る矢を避けることが出来ない。

 目の前に迫る矢を目前に私はどうすることも出来なかった。



 そして矢は私に迫ると────空中で燃え尽きた?



「え? 消えた?」


 炎の矢は私に当たることなく、目の前で黒い灰になって消えた。

 まるで自ら自壊したようにも見える。



 なるほど、アデク教官と管理人さんが私に被弾しないよう、矢に細工をしてくれていたのか。

 周りの火に恐る恐る触れてみたが、矢から燃え上がった火柱の熱波は感じるものの、少し熱い程度だ。



 しかし、この業火ばかりにも頼れない。


 よく見ると敵も炎に巻き込まれてはいないようだ。

 同じように当たる寸前で矢は炭になって消えてしまっている、人体には無害な火のようだ。




 なるほど、お膳立てはしたからあとは自分で何とかしろと。



 だったら────




「だったら、戦うしかないですよね」


 私は自分を奮い立たせる。



「くそっ、“蝋沼ろうぬま”がでねぇ!」


 ジャナルがわめき散らす声が聞こえる。

 やるなら彼がパニックに陥っている今がチャンスか────



「きーさん、剣に」


 そう呟くと私は静かに剣を構え心を落ち着かせる。

 気配を消し、火柱に身を隠しながら、敵の死角に入る。



 敵が懲りずにロウを生成するのが見えた。


 今だ、穿うがつ!! 



『うおおおおぉぉぉぉーー!!!』

「なにっ!?」


 接近する私に気付かなかったジャナルは不意を突かれ動揺する。


「クソッ、“防蝋ぼうろう”!!」

「無駄ですっ」


 熱で完全に固まりきる前のロウを、私は剣を使って一刀両断にする。

 敵は腕で致命傷を防いだが、剣の傷が予想以上に深く痛みに声を響かせた。


「あっ────あがああぁぁっっ!!」

「これで終わりですっ」


 きーさんの剣を離すと、敵の腹に両腕を構える。


「なにっ!?」


 アデク教官の指示は「生きて捕らえろ」。

 このまま斬りかかる訳にはいかない。


 この熱で得意の氷魔法も使えない今、私はもう一つの得意属性の魔力を込める。



「“ローズレッド・ブラスト”!!」



 単純な、何の捻りもない、両腕に魔力を集め飛ばすだけの風魔法。

 私の今の魔力で撃てる風魔法は、あまりたいしたことないだろう。


 しかし土手っ腹にノーガードで炸裂したその魔法の威力は、弱った敵を吹き飛ばすだけならば十分なものだった。


「がはっ!」


 最後の密猟者が宙を舞い、地面に落ちる。



 その瞬間全てを悟ったように、周りの炎が煙と化して消えていった。



『終わった……』



 戦いが終わりを告げた。


 私はその場に膝を突いて倒れ込む。



 辺りには、広い草原を抜ける風だけが弱々しく吹き抜けた。

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