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帰りたい(41回目)  礼は受け取っておけ

 迫り来るロウの中、私とイノシシは立ち往生していた。

 ダメだ、このままではどうすることも出来ない。

 こうしている間にも、トラックにもこの木にもロウが迫っている。


“あぁ……”


 不安そうなイノシシを見かねて、私もこの状況の打破に精神を巡らす。

 突破口はないか、相手を観察してみる。


「そういえば、どうしてジャナルは……あの男は私達を追いかけてこないんでしょうか?」


“さ、さぁ? でも確かに、言われてみれば妙ですよね”


 いや、よくよく考えてみれば当然か。

 彼は今、これだけのロウを操っているのだ、相当な集中力と気力が必要に違いない。

 自身の能力を制御するので精一杯。

 あの場を移動すれば集中が途切れて技が解除されてしまうのではないか。


 しかしそれに気付いたとて、今はそれがなんだという話である。


 動けないと言うことは裏を返せば、動かなくても私達を捕らえる自信があるからこそなのだろう。


 現に、相手が動かないと分かったところでここからでは私達の攻撃はジャナルに届かない。

 木を飛び越えて一番近いところまで移動してもあそこまで届きはしないだろう。

 そして地面に降りてしまえばロウで拘束されてしまう。


「あのトラックまで飛び移れれば何とかなりそうなんですけれど」


 しかしトラックまでの距離も相当な物だ。

 移動して飛び移るのは、まず無理だろう。


 やはり、ここは一旦逃げるしか────


“あ、あれ! なんかおかしくないですか!!?”


 イノシシが叫ぶ。

 視線を追うと、先程までロウに飲まれていること以外何も変化のなかったトラックの荷台が、心なしか膨れていた。


“ああ、何が起こってるの!?”


「密猟者が何かしたわけじゃなさそうですけれど……」


 そう言う間にも膨張は止まらない。

 慌てるイノシシだったが、私には見当がついた。


「あ、あれはもしかして……」


 そしてついにトラックの荷台はキャパオーバー。

 限界まで膨らみ、破裂した!!


“あ、あれ!!”


 中から飛び出したのは、小さいもの、大きいもの、牙のあるもの、尾の長いもの────

 姿形が一様ではなくとも、その生き物たちの全てが、精霊である事はこの距離からでも分かった。


「2人がやったんだ!」


 100、200、300────


 飛んで脱出するもの、トラックに掴まるもの、落ちてしまうもの。

 そして、その中には一番目立つ黒くて大きな巨体が、ちょこちっぷしぇいくさんがいた。


“Graaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!”


 この距離からでも鼓膜が破れるのではないかという咆哮が森と草原にこだまする。

 そしてそのゴリラはトラックを踏み台に────跳んだ!!


「ちょこちっぷしぇいくさん!!」


 迫り来る白い波もうなる豪腕で突き抜け、ジャナルの元にちょこちっぷしぇいくさんが迫る。


「くそっ!!」


 ジャナルはロウの壁を展開するが、周りにまき散らしてしまったせいでその巨体を支えきれるほどの量を固めきれず、最後の砦も意味をなさなかった。


“Vraaaaaaaaaaaaaaaaa!!”


「たれえええぇぇぇぇーー!!!」


 そして巨大なズンッという地響きが私の心臓を揺らす。

 もし地面にぶつけていたのだとしたら軽いクレーターが出来ていたのではないかと言うほどのパンチがジャナルに直撃した。


「どうなったか見えました……?」


“直撃はしたように見えましたけど……”


 乗り出して見ていると、足元まで迫ったロウがズルズルとジャナルの元に戻っていく。


「降りて、大丈夫なんですかね?」


 しかし声をかけた主は、もうそこにはいなかった。

 地面に降りてロウが引いたばかりの地面をイノシシが走って行く。


『私も行かなきゃ』


 警戒を解かないように注意しつつも木を素早く降り、私は解放された精霊の溢れかえる方へと向かった。



   ※   ※   ※   ※   ※



「あっけない物でしたね」


“いや、充分手こずらせてくれたよ”


 そう答えるちょこちっぷしぇいくさん。

 足元には、血を流し倒れるジャナルの姿があった。


 周りの精霊はと言うと、追い打ちをするでもなく、蹴り飛ばすでもなく、気絶したジャナルを静かに見下ろしている。


「あの、すみませんでした。何も出来なくて……」


“十分な時間稼ぎだった”


「そ、そうですか」


 十分な時間稼ぎだった、か。


 褒め言葉かどうかも分からないが、嫌味が混じっていないようには聞こえない。

 結局私は何もしていないのだし、あとで命を張ってくれたクレアとセルマには謝らなければ。


“それより、報酬”


「あ、そうでしたね。はいこれ」


 私は鞄の中から、約束の品を取りだした。

 大した物ではない。市場で1房250ベストで売っていた、何の変哲も無いただのバナナ。

 おやつに持ってきていたやつだ。


“やはりバナナは偉大な食べ物だな、ここだけは人間という存在を尊敬できるよ”


「はぁ、私が言うのも何ですけど、本当にこんな物で良かったんですか?」


“なんだって? 君はよもやバナナを愚弄するのか!? 人類最高峰の文化を!?”


「あ、そうですか分かりました。もういいです」


 ちょこちっぷしぇいくさんはまだブツブツと文句があるようだったが、それ以上は何も言ってこなかった。

 それよりバナナに夢中、所詮心はゴリラか。


「バナナ、ホントお好きなんですね」


“あん。正直な話、街にいた頃はこれを生きがいにしていたんだがな。いまじゃぷりんあらもーどに頼んでも入荷さえしてくれない”


「ぷりんあらもーど?」


“会っただろう、半人半馬”


「え」


 あの人そんな名前だったのか。

 そういえばアデク教官が名前を呼ぼうとしたときもそれを止めていた。

 今にして思えば、その名前を来訪者の私達に知られたくなかったのだろう。


 全く恨みのない相手の弱みを握ってしまった。

 私は聞かなかったことにする。


“あのぉ~”


 声を再びかけられ振り向くと、今度は先程のイノシシがいた。

 横には小さな瓜坊を連れている。


「息子さんと、再会できたんですね」


“無事に出来ました。エリアルさん。息子を、息子を助けてくれてありがとうございました”


「お礼を言うのは私です。私自身は何もしてませんよ」


“いいえ、あなたがあの時私達を助けようとしてくれなかったら、今頃親子揃って売られていたでしょう。貴女は命の恩人です”


「はぁ……それはどうも」


 正直実感が湧かない。

 助けたのは結局ちょこちっぷしぇいくさんだし、こんなに喜ばれても、と感じてしまった。


“ばいばーい、おねーちゃんありがとー”


“ありがとうございました! ありがとうございました!”


 必死にお礼を言い去って行く親子。

 うれしい気持ちもあるが、それ以上に冷ややかな自分がそれを見下ろしていた。


“おい”


「わっ、ちょこさん。どうしたんですか?」


“略すな、それより、あのイノシシに礼を言われてたんだな。お前こういうことは初めてか”


「まぁ、そうですね。仕事をしていてお礼を言われたのは今までにないかもです」


 そうか、とちょこちっぷしぇいくさんは軽く頷いた。


“受け取っておけよ”


「なにを、ですか?」


“礼だ。貴様はこれからこういうことを繰り返す。命を賭け、誰かを守り、誰かを切る。正義だ悪だは知らねぇが、護ってやっても石を投げるなんて大勢いる。その中で貴様がそれでも手に入れた礼は、貴様の財産だ。受け取っておけ”


「わ、分かりました、ありがとうございます」


 そう言って私は頭を下げる。

 すぐには無理だろうが、少しずつ自分も礼に報いれる人間になりたいと、切に思った。


“それに、吾輩たち精霊は、契約主がいてもそんな財産とは無縁だしな───”


「どうしてですか?」 


“いや、忘れてくれ。少し喋りすぎた。それより、君は仕事の途中じゃなかったのか?”


「仕事……?」


 そうして辺りを見回してやっと気づく。


「あっ、そうだ、トラックの破壊を」


 よく見るとトラックは動物たちに踏みつぶされかなりボロかったが、まだかろうじて走れそうだった。

 運転手がいないのでもうその必要は無いだろうが、念には念を入れて、だ。


「忘れてた、早くすませないと────」

「おーい! エリーちゃーん!」


 呼ばれた声に振り向くと、森の奥からクレアとセルマ────が、沢山の動物達を引き連れてでてきた。


 え、どういう状況?


「そっちも無事だったのね!! 良かったー!」

「えっと、いつから野生の群れで暮らすようになったんですか……?」

「ああ、この子たち? 違うわよ」


 後ろを振り返りながらセルマは嬉しそうにいう。


「お友達になったの!!」

「へ、へぇ~」


 言葉も通じないのに本当に友達になれたとしたら、彼女のコミュ力は大した物だ。

 見習わなくては。


「おい、それよりこいつら連れてきたぞ」


 クレアが指を指すと、クライベアーの一匹が、獣たちの中から進み出て抱えている物をそっと地面に置いた。

 そこには縄で縛られた男性が4人。


「あぁ、よかった。作戦通り捕まえられたんですね」

「作戦通り……じゃないが、まぁなんとかな」

「それでも凄いですよ。この人グロスフィア・ブライアンですね。【リディュース・ハンド】っていう能力の使い手なんですよ」

「こいつそんな名前だったのか」


 クレアは感慨深そうにブライアンをのぞき込む。


 彼女たちの間にも、それなりの激しい戦いがあったのだろう。

 また落ち着いたら聞かせてもらおうか。


「それよりエリーちゃん、“トラック”は破壊できたの?」

「あ、そういえばまだでした。でも乗り手はそこ倒れて────」

「どこ?」


 そう言われて気づく。

 先ほどまでジャナルが寝ていた場所には────何もいなかった。


 イヤな予感が、ぞわぞわと私の血潮を染めて、背中に氷を入れられたような感触が全身を襲った。


「いない……?」


 もう、気づいたときには、手遅れだった。


「エリーちゃん後!!」

「うわっ?」


 私の後には先ほどまで停車していたトラックが迫っていた。

 運転席には、血を流しつつも必死の形相で逃亡を図ろうとするジャナルの姿が見えた。


『くっ!!』


 私は間一髪でトラックをかわす。

 服の袖がかすった感触があったが、トラックにぶつかることはなかった。


 しかし危険が迫っていたのは私だけではない。

 延長線上にいる精霊たちにも危険が迫っていた。


「お前ら逃げろ!!」

「だめ! 間に合わない!!」


 そう叫ぶとセルマはトラックの前に飛び出した。


「セルマ! 危ない!!」

「“ソリッド・バリア”ーーー!!」


 セルマがバリアを張ると、勢いのあったトラックは徐々に減速し、両者の押し合いが始まった。


「でかしたセルマ!!」

「い……まの、うぢに……はや……ぐ!!」


 いくら魔法のバリアでも、動く鉄の塊と永遠に押し合い続けることは不可能だ。

 しかし精霊たちを安全な場所まで移動させる時間を稼ぐのには、充分だった。


「うっ、ぐぐぐぐぐぅ~────あっ、もうだめ!!」


 それが合図と同時に、バリアが壊れトラックは再び物とスピードを取り戻し走り出す。


 精霊たちに怪我はなかったが、トラックと同乗者は、土煙を上げ草原の遙か彼方まで走って行ってしまった。


「ごめん、逃げられちゃった……」

「いや、こいつら4人を捕まえられただけでも御の字だろ。

 後は管理人さんが何とかしてくれるさ」

「ところでクレアちゃん」

「ん?」





「エリーちゃん見当たらないんだけど、知らない……?」


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