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帰りたい(40回目)  トリガー

 森はザワザワと大きな音を立てる。


 敵に囲まれた、そして戦えるのはアタシ一人。

 完全にピンチじゃないか!!


「お前たち覚悟は出来ているんだろうなぁ?」

「覚悟って……」


 男たちのにやける顔やその声に、アタシは背筋を凍らせる。


「セルマ、何とかならないのか?」

「ごめん、クレアちゃん……この大きさじゃ手助けは出来ないわ、何とか頑張って。

 ユーキャンドゥーイットよ」

「マジかよ」


 大丈夫、とか言ってたのはどこのどいつだったか。


「それは悪いと思ってるわよ。

 それよりクレアちゃん、あれ見て」


 セルマが自身を小さくした男を指さす。


「なんだよ、あいつの皮の手袋がどうかしたのか?」

「そうじゃなくて袋の方よ」

「なんだあれ」


 確かにセルマを小さくした男は片腕に、大きな麻の袋を持っていた。


「多分、中身は精霊じゃないかしら。

 捕まえた精霊をあの中に入れてるのよ」

「は!?」


 思わず聞き返してしまう。

 しかしよく見ると袋は僅かだが、確かにもぞもぞと中で何かが動いている。


「あんな狭い中にそんなに入るかよ!!」

「あいつの能力で小さくしたのよ。

 でも中には相当入ってそうよ」

「どんだけあいつら捕まえたんだよ……」


 でも、それならその精霊たちも助けないと────


 アタシは覚悟を決めて肩に掴まるセルマを掴んだ。


「ちょちょちょ、なに!?」

「今からあいつを倒す」

「む、無茶よ!」

「無茶だろうが、やるっきゃねぇだろ。

 危ないから下に降りてろ」

「クレアちゃん……」


 多分、敵わないだろう。


 でも、万が一、いや億が一にでも可能性があるなら、それは────


「せいぜいあがかせて貰うぞ……!!」


 ジリジリと近づいてくる男たち。

 アタシは小さく息を吐くと能力使いの男の方に走って────


「クレアちゃん!!」

「おわっ────とっ!! なんだよ!?」


 出鼻を挫かれた。

 セルマに止められた。


「なんだよ、離れてろって言ったろ!!」

「あれ、何かしら……」

「あれ……?」


 指を指すセルマの方を確認しようとしたが、それまでもなかった。

 近くの草むらが揺れ、中からのっそりとした巨大な影が出て来たのだ。


「こいつ……“クライベアー”!?」

「あっ、さっきのクマちゃん!」


 ノソノソと出て来たその巨体の後には、別の“クライベアー”が、その後にも別の“クライベアー”────

 5,6頭出て来たその群れは、ゆっくりと男たちを取り囲む。

 その顔はみんな揃ってシクシク泣いていた。


「なんだこいつら? まぁ丁度いい、どうせ襲ってくる覇気もない奴らだ、放っておいても────」



 ズンッ────


 地響きのような鈍い音が当たりに響いた。


 何が起こったのか分からなかった。


 そしてなぜか、男は最後まで言葉を発しきる事無く、膝をつく。


「なっ……がはっ……」


 男が地面に倒れうずくまる────


「な、何が起こったんだ!?」

「クレアちゃん! あのクマちゃんがやったのよ!」

「は!?」


 よく見ると、彼の近くにいたクライベアーの腕には、僅かだが血がついていた。

 そして腹を押さえる男────


 まさか、クマがボディーブローしたのか!?

 見えなかった!


「や、やべぇ! このクマたち俺らを喰う気だ!!」

「────おぉぉぉち着けてめぇら! 距離を取って応戦しろ! 逃げるなっ!!

 こっちにはオレの能力もあるんだ!」


 叫ぶ男に再び腕を振り上げたクライベアーが、能力に触られ体を小さくされる。

 あれだけ強烈な腹パンを喰らって立ち上がるのか!!


 しかしアタシは、巨大なクマを小さくした男の目に僅かに見えた油断の色を、見逃さなかった。


「今しかない!」


 アタシは地面を蹴り駆け出すと、男のギリギリ手の届かない範囲まで接近する。


「なっ!?」

「喰らえ! じいちゃん直伝近接型格闘奥義“天竜飛翔砲”!!」


 下から突き上げるアタシの右肘エルボーが、油断した男の鳩尾みぞおちに突き刺さる。


「ガハァ!」


 男が思わず離した袋をアタシは空中でそっとキャッチした。


「おっとっと、ナイスキャッチ!」

「て、てめぇ……!」


 男が腹を押さえて数歩後ろに下がる。

 アタシは袋を地面に置くと、再び接近する。


「続けていくぞ! “天竜滝堕とし”!!」


 すかさず左腕を地面につき遠心力を利用した首を刈るような足蹴りをする。


「おおおぉぉーー────っ、ってあれ!?」

「だぁ! 随分とかわいい顔して痛めつけてくれるじゃねぇかっ!!」

「なっ、バランスが悪かったか!?」


 勢いを失ったアタシの足は、伸ばされた手に足首を完全に掴まれ、男の肩でガッチリと固定されていた。

 男の手の平が青い輝きを放ち、能力が発動する。


「うわ、やばっ!」

「あまり舐めるなよ小娘が!!

 このまま小さくして埋めてやる!」


 アタシは体を支える軸である左手を崩し、わざと体勢を崩す。


「なに!?」


 すると捕まれた足はすっぽ抜け、先程まで履いていた軍支給のブーツだけが残った。

 アタシの足はと言うと、まだ能力が到達していなかったようで、普段通りの大きさのまま。


「ブーツだけ置いて脱出を!?」

「あぶねっ!」


 さっき木靴からブーツに履き替えておいて本当に良かった!

 あと靴紐を縛る前で本当に良かった!


 アタシはすかさず、男がブーツから手を離す前に、腰のナイフに手をかける。


「させるかぁ!」


 ブーツを持たない方の腕が青く光り、私の方に伸びてくる。


「かかった!」

「なに!? ぐあっああぁぁーーー!!」


 手の平を押さえて膝を突く男、その腕には先程までの青い光の代わりに深々と刺さった針とにじみ出る血が残されていた。


「仕込み……針!?」


 アタシはナイフを取り出す仕草をダミーに、逆の手でブーツの中に隠し持っていた針を刺したのだ。

 単純なトラップだったが、成功した以上男には身体的なダメージに加え、精神的負荷もかかる。


「ブーツを脱がしてくれたおかげで取り出しやすかったぜ、おっさん!!」

「ぐああぁぁぁ……!!!!!」


 負傷した男が右腕を振るわせ、そのまま力任せに引き抜くと血で染まったその針を捨てた。

 後にはだらりと垂れ下がった右腕が残る、恐らくこの戦いであちら側はもう使い物にならないだろう。


「うおおあああぁぁぁぁぁーー!!!

 あまり調子に乗るんじゃねぇぞこのアマアァァ!!!」


 叫ぶ男に先程までの威圧感は感じられない、決めるなら今か!


「喰らえ! 縮め! 埋まれえぇぇぇ!!」

「うるせぇ!」


 男が伸ばしてきた左手を、アタシは同じ左手で掴む。

 そのまま相手の前髪を右腕で鷲づかみにし、右足を相手の膝の裏に滑り込ませる。


「しまったっ!!」

「くらえよ! “天竜隕石弾”!!」


 相手の足元を崩すしなやかな足払いと、相手の頭をたたきつける力任せの落下────

 二つが合わさり、男の体が宙に浮いた。


「おおおおおおおらぁーーっ!!」

「ぐあっ!!」


 たたきつけられた男の頭は、地面にひびが入るほどの衝撃に耐えきなかったらしい。

 アタシが手を引いて顔をのぞき込むと、白目をむいて完全に伸びていた。


「あ、アニキがやられちまった!」

「これ不味いんじゃねぇのか!?」


 クマの群れと戦闘をしていた他の密猟者たちにもどよめきが走る。


「どうだみたか! アタシはやったぜ、セルマ!!」


 後ろを振り返ると、縮んだセルマにかかった魔法が解け、元の大きさに戻るところだった。

 そしてその近くには破れた大きな麻の袋が落ちている。


 アタシが戦っている間にセルマはセルマで袋の中の精霊解放に努めていたらしい。


「なっ、しまった! あの女いつの間に捕まえた動物たちを逃がしてやがった!」

「てことは────」


 破れた袋の隙間からは、中の動物たちがあふれ出ている。

 それも元通りの大きさに戻りながら!


「クレアちゃんナイス! 助かったわ、ってあわわわわ!!」


 そう叫びながら元の大きさに戻ったセルマの周りには、袋の中で縮められ押し込められていた精霊たちもひしめいていた。

 その数、100,200ではない。


 もちろんそのほとんどが小動物と呼ばれる大きさの精霊だが、中には“クライベアー”に匹敵するような大型の精霊もちらほら見えた。


 そしてその全てが怒りの目で密猟者を凝視していて────



「あ、圧巻だな……」

「凄いわね……」




 ヴウウウウオオオオオオオオォォォォォォォォォ




 鼓膜が破れるような、精霊たちの遠吠え、鳴き声、叫び声が当たりに響き渡る。




「ま────」


 真っ先に動いたのは密猟者の中の一人だった。


「不味い! 逃げろ!」

「あああぁぁぁぁーー!!」


 その叫び声をトリガーに、一斉に精霊たちが密猟者に飛びかかる。


「ぐあああぁぁぁーー!!」


 喉が破れるのではないかと思うほどの叫び声が、草原に響く。


 残された2人の密猟者達は、さぞ恐怖したことだろう。

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