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帰りたい(39回目)  “蝋沼”


 見張りの男が腕を組んでトラックの入り口に立っていた。

 口調は穏やかだがその声からは明らかな殺意がにじみ出ている。


「殺すぞ────」

「くっ」


 私は腕を前で組むとそのまま男を体めがけて突っ込んだ。


「バカめっ! のたれ死ね!!」


 男がロウを、床にまき散らす。

 イノシシのように私の足元をすくう気らしい。


「そのまま固まれっ!」

「いやですよっ。“ウォーターベール”っ!」

「なにっ!?」


 男の誤算、私が纏ったお湯がロウを弾き、足元は固まらなかった。

 完全に不意を突かれた男は、突進を腹に喰らい、私諸共トラックの外に飛び出した。


「ぐぁっ!」


 私は男の上にマウントポジションを取ると、そのまま両腕を突き出す。


「“アイス・フリーズ”!」

「させるかよ!」

「がっ────」


 背中に膝蹴りを喰らい私は地面を転がる。

 男は立ち上がりゆらゆらとこちらに近づいてきた。


「くそっ、水魔法の温度操作か。確かにそれがありゃ動物共のロウも溶かせるな。

 さっきのように体に湯を纏えば足元のロウが固まることもないわけだ。

 ついでにぶつかった時オレに付着した水分を使って凍らせることも出来る……と」

「────その通りです」


 ヤバ、結構手の内がバレてしまった。


「てめぇ、その制服は軍の人間だな……?

 密猟者を捕まえるために派遣されましたってか?」

「どうですかね……」


 冷静に返しているつもりでも、私の動揺は相手にも伝わっているだろう。

 今こうして相手が攻めてこないのも、先程の初手がうまく行ったから相手が警戒していると言うだけで、次いつ相手が攻撃をしてくるかも分からなければ、それを耐えれる自信もない。


 しかも私はまだトラックの中の精霊も助けていないし、トラックの破壊も出来ていない。

 私が飛び出す直前に何とかちょこちっぷしぇいくさんだけは助けられたが、あの大きさじゃ助けは望めないし────


「おい女、てめぇランクは?」

「え?」

「ランクだよランク」

「え、教えるのはちょっと……」

「だよな、ここで教えてるようなら速攻殺してた」

「は、はぁ?」


 いきなり予想外な質問が飛んできて、私はたじろぐ。

 なんなんだ、正直意図が掴めない。

 強さをランクで推し量ろうとしているのだろうか?

 いや、私を値踏みするようなその目は────


「お前、オレに協力しろ」

「はい……?」


 唐突な言葉に一瞬戸惑う。


「ガキのクセにオレに向かってくる度胸、水魔法の技術、気配遮断の能力、大した物じゃねぇか。

 一人でブツブツ言ってないでさっさとこいつら逃がしてりゃ、今頃お前の勝ちだったかもなぁ?」

「そりゃどうも」


 なるほど、気配を消しても運転席の彼にちょこちっぷしぇいくさんとの会話は聞こえていたわけか、そりゃとんでもないミスをやらかしたものだ。

 しかし彼はそれでも私を評価して仲間になれと言っている。


 正直信じる余地などない。

 罠か、罠か、それとも罠か。

 私はさらに警戒心を強めた。


「で、答えは?」

「嫌です。あいにくお金には困ってません」

「そうかよ、半分本気だったんだがそっちにその気がないなら仕方ねぇ。

 残念だったな、もう少し賢いヤツかと思ったが……」


 相手が構えだした。半分本気だったのなら従わなくて正解だった。


「逆に質問させてください。

 貴方グロスフィア兄弟の兄、ジャナルですよね」

「そうだが、それがどうした?」

「密猟者なんて続けて、ハムロレイ隊長に心苦しくないんですか?」

「情に訴えかけるつもりか?

 いまさらバカな話だな」

「大人しく自首する気は────」

「ないねっ!!」


 言葉と同時にジャナルがこちらに駆けだした。

 しかし私は慌てず手に込めた魔力で技を発動する。


「水魔法“碧鹿エメラルドハインド”!」

「うおっ────とっ!!」


 碧鹿エメラルドハインドは魔力を込めた腕から水を発射する技で、かかった水を凍らせたり逆に相手を火傷させたりと、応用が利く。

 今回は熱湯を飛ばしたけれど、しかし私の放った碧鹿はすんでの所で避けられた。


「悪くない手だが、その威力とコントロールじゃ永遠にオレには当てれねぇぞ!

 魔力ってのはこうやって使っ────ごはっ!!」


 腕を構えたジャナルは、突然の背中への衝撃に宙を舞った。

 本人は予期していなかったようだが、私の放水砲の効果が今になって発動したのだ。


「がはっ! くそっ、何がどうなってやがる!」


 地面にたたきつけられたジャナルは叫び、辺りを見回した。


「なるほどね。てめぇの放ったさっきの湯は、オレに向けてじゃなかったわけか……」


 そういう彼の目線の先には、先程自身のロウで固めたイノシシが、ロウから解放され土を前足で削っていた。

 角での強烈な一撃では飽き足らず、まだまだお怒りのようだ。


「さっき避けた放水砲はあらかじめあのイノシシのロウを溶かすため……か。ナメたまねしてくれる」


 ジャナルは私とイノシシが共闘するとは夢にも思っていなかっただろう。

 なにせ精霊と人の身だ。


 しかし今私達の目的は同じ「密猟者を倒す」こと。

 イノシシもそのためなら私との共闘はいとわないらしい。


「ふっ────」


 ジャナルの口の端が上がる。


「アハハハハハハハハハ!! 久しぶりだ! マジで久しぶりだ! 軍を脱退してから毎日が退屈だった!! 金もっ! 女もっ! いくらあっても足りねぇこの欲望! この殺し合い! やっぱりおもしれぇ!」


 そう叫ぶとジャナルは両腕を地面に突いた。


「オレも今から本気だっ!! 喰らえよ!! “蝋沼ろうぬま”!!」


 瞬間、ジャナルを中心にして白いロウが辺り一面に広がる。

 そしてそのロウはさらに大きな円へと広がっていく。


「全部まとめて蝋人形だおらぁ!!」

「やばっ────」


 ロウはすごい速さで広がっていく、正直技名通りの沼なんて量ではない。

 もう数十秒もすればここの広場一体を埋め尽くしてしまう勢いだ。


「イノシシさん逃げましょうっ」


 私は踵を返して逃げ出したが、迫り来るロウは予想以上に速く、私の足元まですぐに迫ってきた。

 ダメだ、追いつかれる────


「のたれ死ねぇ!」

「きゃっ」


 私が覚悟を決めた瞬間、体が背中から浮くのを感じた。


 私の浮いた体はそのまますさまじいスピードで発進し、近くにあった背の高い木を登って体を支えられる太さの手頃な枝に引っかかった。


「一体何が……?」


 見回すと、木の枝には私以外に先程のイノシシが、トラックの方を心配そうに見下ろしていた。

 このイノシシが私を乗っけてそのまま木を駆け上ってくれたのか。


「あ、貴女が助けてくれたんですか……ありがとうございます……」

“そんなことより、私の息子は────”

「そうですね、どうにかしなければ……」


 イノシシは私が返答したことに少し驚いた様子だったが、再びトラックの方を伺いながら続けた。


“あの、「あれ」ってまずいんじゃないでしょうか……”

「『あれ』ってなんですか?」


 乗り出してよく見てみると、トラックはロウによって全体を少しずつ飲み込まれていた。

 下を見ると私達が乗っている木も少しずつしたから浸食されてきている。


「確かにまずいですね……」


 このままではまずい、それは多分誰の目から見ても明らかだろう。

 ジャナルを倒すにしたってトラックの精霊を助けるにしたって、地面を踏まなければならない。


 それにはこの沼を通らなければいけないわけで、そんなことをしたら一瞬で飲み込まれるのは目に見えている。

 それに恐らく、このままここでボーッとしてたって、そのうちロウが登ってきて私達を固めてしまう。


 私は頭を抱えた。あぁ、もう本当に帰りたくなってきた────


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