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帰りたい(38回目)  マジかよ。


 森の中を一人の少女が駆けていた。


 木の枝で破れてしまったスカートの裾に、靴擦れで血の滲む木靴。

 顔には土をかぶり泥が付き、それでも必死に逃げるのには訳がある。


「おい、あの女はまだ見つからねぇのか! 小娘一人にいつまで時間かけてやがる!」

「すみません、森の中に逃げられて時間が────」

「見つかりませんでしたじゃすまねぇんだよ!

 なんでこんなところに若ぇ女一人でいるのかは知らねぇが、タダ迷い込んだはずがねぇ。

 絶対あのケンタウルスと繋がってるはずだ! 逃げられたらアニキになんて報告する!」


 叫び声のおかげで相手の場所は掴みやすい。

 少女は立ち止まり、木の影にもたれながら額の汗を拭う。


 今立ち止まるのは危険極まりないけど、これ以上逃げることは出来ない。

 コルセットのせいで中々整わない呼吸を無理矢理整え、少女は再び動き出す。


「あっ……」


 すると視界の木の影から、先程叫んでいたのとは別の男が出て来た。

 しかも完全に見つかってしまう。


「おい! いたぞ! 女だ!」

「んっ……!!」


 少女は再び逃げ出す。


 逃げた先の、目的の場所に向かって────



   ※   ※   ※   ※   ※



「と、言うことだからクレアちゃん、覚悟してね」

「なにが『と、言うことだから』だ、ふざけんな」


 アタシ達はエリアルと別れた後、密猟者たちをどうやって罠にかけるかの会議を行っていた。

 相手がいる場所は分かった。議題は「どこに罠を作っておびき寄せるか」。


 で。


「ハイハイ! 自分に考えがある!」


 そう元気よく手を挙げたセルマだったけど────セルマが考えたその作戦というのが酷かった。


 あらかじめ落とし穴を作って置いたところにアタシが囮になって敵を誘導し、相手が落ちたら蓋をする。

 なんともアタシだけリスキーでスリリングな内容だ。


「なんでアタシが囮にならなきゃいけないんだ!?」

「おびき寄せるにはだれかが囮になる必要があるでしょう?

 それに自分は罠を発動させなきゃならないし、それならクレアちゃんが囮になるのは必然じゃない」

「何が『必然じゃない』だ。アタシは嫌だぞ」

「じゃあ、『やっぱり出来ませんでした』ってエリーちゃんの所に帰る?」

「それはぁ────いやだ」

「でしょ?」


 「でしょ?」の顔が妙に腹立つ。

 それにこんな作戦、そもそもが穴だらけじゃないか。


「そうだよ、よく考えたらそもそも全員を同時に誘導するなんて出来ねぇよ。

 相手は見張りのヤツ抜かして4人だったか?」

「んーん、クレアちゃんは相手を1,2人誘導して落とすだけでいいの。あとはクレアちゃんを探すためにバラバラになった敵を一人ずつ倒していけば」

「なーんか色々大雑把すぎないか?」

「え~?」


 まぁ、1,2人でいいなら確かに勝算はあるかも知れないけれど、アタシが危険なのに変わりはない。

 相手が銃を持っていたら追いかけてこないで後からバンッてこともあるだろう。


「森の中なんだから、木の影に隠れれば多分撃ってこないでしょう。

 それに相手は『たかが小娘一人!』って油断するわよ。『若さ』と『女』という武器を使えるチャンスなんて滅多にないわよ、フフン?」

「やかましいわ!」


 まぁ、セルマの言うことは正しいだろう。

 人気のないところ、若い女、ああいう連中から連想されることはただ一つ。

 普通は────ね?


 まぁ銃で襲われないにしても、ここは女で良かった、と喜べないのは当然である。

 むしろさらに生半可な覚悟では望めなくなった。


「────だろうな……?」

「へ?」

「絶対成功できるんだろうな!?」

「もちろん!!」

「────よっしゃ、だったらやってやんよ!!

 アタシの逃げざまに恐れおののくんじゃねぇぞ!」


 口から出たのはなんとまぁ情けない台詞ではあったが、気合いは入った。

 アタシは自分の頬を叩くと、立ち上がる。


   ※   ※   ※   ※   ※


 と、いうことで村娘こと、アタシ、クレア・パトリスは落とし穴のあるところまで相手を誘導しながら逃げていた。


 ちなみに服装は「逃げるんなら軍服よりこっちの方が怪しくないでしょ?」と、セルマにザ・村娘とでも名付けたくなるような服を着せられた。

 一体どこから出したんだろう。


 普段ボーイッシュな格好をしているアタシだが、別にヒラヒラした服や可愛い物を身につけるのに抵抗があるわけじゃない。

 嫌がるとしたらエリアル辺りが嫌がりそうだが、アタシの村ではこういう服の娘は掃いて捨てるほどいたし、嫌悪感もない。


 タダ問題があるとすればその機動力────正直村娘スタイルがこんなに動きにくいなんて誤算だった、セルマ許すまじ!


「オラ待てこらぁ!」

「キャーー!」


 自分でも鳥肌の立つようなわざとらしい叫び声を上げながら振り返ると、アタシを見つけて追いかけてきた男に先程の見つからないと報告していた男が合流して追いかけてきている。


 先程の報告されてた男を誘導できないのは残念だが、このままなら確実に2人は落とし穴に誘導できそうだ。よし、見えてきた。


 確かこの大木の根元に落とし穴の魔法陣・・・・・・・・があるはず。

 アタシはわざと大木の木の幹に足を引っかけ、転んだフリをした。


「キャッ!」

「だはは! ずっこけてお終いとはざまぁねぇ!」


 足取りを緩めて近づいてくる男たち。

 アタシはもがいて逃げるふりをしながら、位置を調節する。


 そして────男たちが罠の上に立ったのを見計らい叫ぶ!!


「今だセルマ! やっちまえ!」

大地抉だいちえぐりし、紋様もんようよ! われもとほふれ! トラップアース! イグニッション!」

「なっ!!?」


 最後の瞬間、男たちは自分が騙されたことに気づいたようだったが、もうすでに時遅く、土の崩れるような音と共に先程魔法陣が書いてあった場所が崩れ落ちた。

 アタシを追いかけてきた2人はその落とし穴に見事に落ちていったようだ、穴の中からうなり声が聞こえる。


「あとは、上からバリア魔法を張って……よっし、捕まえたわよ!」


 木の上に待機していたセルマが、飛び降りてきて仕上げに取りかかる。


「なぁ、さっきの呪文みたいなのは言わなきゃダメなのか?」

「ダメなのよ、罠魔法は」


 罠魔法、あらかじめ戦場に魔法陣を書いておくことで任意のタイミングやきっかけで発動できる魔法の総称、だそうだ。


 罠魔法はあらかじめセットすることが出来れば戦場において味方が有利に立ち回れるので、その重要性から人数は多くないが罠魔法のスペシャリスト・罠師という資格まで存在するほどである、とかなんとか。


 詳しいことは知らないが確かセルマも罠師だとかエリアルが言ってた気がする。

 先程の知識もその時勝手にあいつが喋ってた。


 さっきの落とし穴もセルマの呪文により魔法陣の下の土をえぐり取ったので、その前にアタシがいくら踏んでも落とし穴に落ちることはなかったわけだ。

 それでも相手に陣があることを感づかれないように上から木の葉を被せていたので、正直場所が合ってなかったり自分まで落ちたりしたらどうしようかと結構ハラハラした。


「まぁ、何にせようまく行って良かった。あと2人だな」

「1人よ、ほら」

「えっ? ってうおおおぉ!?」


 セルマが指さす木の影には、4人組のもう1人がロープで捕まっていた。


「クレアちゃん見つける前にこっちに探しに来たから倒しちゃった~」

「す、すげぇなお前!!」


 いつの間にもう一人やっつけていたのだろう。

 後頭部から血が出ているので多分不意打ちだろうがそれでも大した物だ。


 もう一人と分かるとアタシは安心して肩を落とした。

 さすがに木靴は履き疲れてしまったのでアタシはブーツに履き替える。


「じゃあ後はさっきの男だけか。こっちはアタシ達で何とかなりそうだな」

「そうね────」

「ばーか、お前らの負けだ」


 背筋がゾクリとした。

 アタシの背後、草むらから聞こえた冷たい声は、アタシを包み込んで─────


「クレアちゃん危ない!」

「なっ!!」


 声が聞こえた瞬間体に衝撃が走り、アタシは地面を転がった。

 セルマがすんでの所でアタシの体を突き飛ばしたのだ。


「いったぁーー! おい! セルマ大丈夫か!?」


 しかしセルマの返答はない。

 振り返ると、アタシが先程まで立っていたところから土煙のような、霧のような、白いもやが上がっている。


「おい、セルマ!? おい!?」

「─────げてっ」

「あ? なんだって?」

「クレアちゃん逃げてっ!!」


 セルマの声が聞こえた瞬間、土煙の中から手が伸びてきた。

 しかも何か青白く光ってる。


「おわっ!」


 地面を転がり間一髪でアタシは避けると、体を起こして体勢を立て直す。


「一体何だってんだよ! おいセルマ! どこだよおい!!」

「ここっ! すぐ足元!!」

「え……?」


 足元でセルマが手を上げて叫んでいた。

 その体はおおよそ先程までとは比べものにならない極小サイズで────


「せ、セルマ!? 一体どうした!!」

「あいつの光る手に触れると小さくされちゃうみたいなの! 気をつけてっ!」

「クソッ!」


 アタシはセルマを掴みあげると駆けだした。


「な、なんか人肌に包まれるって、なんとも言えない気持ち悪さがあるわね……」

「言ってる場合かよ!」


 分が悪い、戦略的撤退だ。かくなる上はこのまま森の外まで逃げてしまおうと思ったが、そうは問屋が卸さなかった。

 目の前からは先程落とし穴に落としたはずの2人がこちらに向かってくる。


「なんでお前達まで!?」

「もしかして私が小さくされちゃったから上から張ってたバリアの蓋も小さくなっちゃったのかも……!!」

「そんなの有りかよ!!」


 前から2人、後ろから1人。だめだ、完全に囲まれてしまった。


「嬢ちゃん、ただの村娘だと思って侮っていたが────チッ、一人は戦闘不能かよ。お前達も油断しやがって。」

「す、スミマセン……」

「過ぎたことは今はいい、まずは目の前のことだ、違うか?

 なぁお嬢ちゃんたち。覚悟は出来ているんだろうなぁ?」


 覚悟って、こんな風になるとか思ってなかったし。

 この作戦うまくいくとか豪語してたヤツに言って欲しいし。


 だめだ、なんとなく多分だけどアタシの直感がこの言い訳はこいつらには通じないと言っている。

 そんな気がする。当たるんだ、アタシの直感は。


「冷静に考えて。直感するまでもなく無理よ」

「うるさいな。なぁ、さっきまで豪語してたセルマさん、何とかならないのか?」

「ごめん、クレアちゃん……この大きさじゃ手助けは出来ないわ、何とか頑張って。ユーキャンドゥーイットよ」

「マジかよ」


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