目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
帰りたい(37回目)  バインド・ワックス


 私に語りかけたそのゴリラは、身体の大きさが私の手のひらほどのミニチュアサイズだった。しかも、なぜかロウに固められている。


『な、何で!??』

“あん? なんだって?”

「あ、いえ、なんでも」


 私は息をついて心を落ち着かせる。

 そうだ、精霊たちは多種多様、翼の生えたネコ、半人半馬に泣き虫なクマ────私は色々な種類を今までに目撃したのだ。   

 手のひらサイズのゴリラがいたっておかしくないじゃん。


 そんなことより、今はそのゴリラが固められて身動きが取れ無くされているというのが問題だ。

 もしこのゴリラの今言ったことが正しければ相手の能力は【バインド・ワックス】、その名前はどこかで聞いた気がするような気が────


 ワックスとは蝋燭とか清掃とかに使われるロウのことだろうか。

 と言うことはやはり先程のイノシシを捕らえていたのは、ロウだったのか。


 こうなったら一刻も早くこのゴリラと外のイノシシを助けて、トラックを破壊、そして脱出をしたいのだが、先程のようにバレてしまっては、今度こそ危険だ。


 どうしたものか────


“なぁ”

「あっ、はいなんですか?」


 先程の小さなゴリラに急に話しかけられ、私はビクつく。

 このタイミングで脅かされるのは非常に心臓に悪い。


“先程わずかだが猫と君が話している声が聞こえた。やはり君は吾輩とも会話が可能なのだな”

「え、ええまぁ……」


 流石野生の聴力と言ったところか。

 結構小声では話していたのだけれど、バレていたようだ。


 しかしこのゴリラ、基本無口なのかそれ以上は喋ろうとしない。


“………………”

「………………」


 知らない人相手恒例の、あの痛い沈黙が続く。


“なぁ”

「えっ? あ、はい今度は何か?」

“もしかして君は吾輩のことを、すごく小さい種類の精霊だと思って無いだろうね?”

「え、違うんですか?」

“全く失礼な。吾輩の奧をよく見てみろよ”


 促されるままにゴリラの奧を覗くと、そこには同じように掴まった精霊たちがひしめき合っていた。

 どれも同じように小さく、ロウで固められ動け無くされている。


「どうしてこんな────」

“近づくな!!”

「────っ?」


 急に声を荒げられ、私は身を竦める。

 流石はゴリラ、小さくなっても威圧感半端ない。


“この子たちは今、ニンゲンにとてもおびえている。不用意に近づくのは止めてもらおうか”

「あっ、そうですよね。無神経でしたすみません……」

“………………”

「………………」


 そしてまた、しばし気まずい雰囲気。

 だから今度はこちらから話しかけることにした。


「あの……」

“なんだね”

「結局どうして小さいんですか?」


 その質問に、ゴリラはあからさまに「チッ」と舌打ちをした。ゴリラのクセに。


“はぁ~? 君はバカだね、大バカだね。

 吾輩が契約したマスターもそうだったが、どうして君たちニンゲンはそこまで思考を巡らせることが出来ない”

「あ、すみません……」


 というかこのゴリラ、人間と契約していたのか。

 しかしニンゲン自体を嫌っているようだし何か訳ありなようだ、突っ込むのは止めよう。


「お、教えていただけますか?」

“はぁ~、仕方ないね。君はバカでも、バカなりの礼儀はわきまえているようだ”


 そりゃどうも、全然嬉しくない。


“あれだよ、能力だ。あの忌々しい密猟者たちの中に、【リデュース・ハンド】と言って触れた物を小さくする能力者もいたんだ。顔を見知った相手だけに、迂闊うかつだったよ”

「なるほど……」


 動物を小さくして、ロウで固め動けなくする。

 こうすることで檻に閉じ込めるよりも場所を取らず、暴れることもないので確実に精霊たちを運べるという訳か。


 全くもって密猟者向きの能力、本当に嫌になる。


 しかし【リデュース・ハンド】か。

 【バインド・ワックス】と合わせてどこかで───


「あっ、グロスドリア兄弟……」

“ほぉ……?”


 ゴリラが意外そうな顔をする。

 と言うことは正解にたどり着いたのか。


“君は軍の新人かと思っていたが、それくらいは知っていたか”



 グロスドリア兄弟、それは確か1年半ほど前エクレア軍に存在したハムロレイ隊の隊員だった2人だ。

 兄の名前がジャナル、弟がブライアンだった────気がする。


 2人は度々起こす暴力事件や仲間とのいざこざ、そして行き過ぎた敵への暴行などで問題視されていた。

 そしてついに痺れを切らした本部が軍事裁判にかけ、彼らに懲役を与えることとなったのだ。


 しかし彼らの隊のハムロレイ隊長が兄弟を庇い、自分と兄弟が軍を脱退することで2人は監獄行きを免れることとなる。

 その後兄弟はエクレアを出て行方は分からなくなっていたのだが────


“そして彼らは今の仲間を集め密猟者となり、保護区で捕まえた精霊たちを売って幸せに暮らしましたとさ”

「なんか、報われない話ですね……」


 彼らを庇ったハムロレイ隊長は、職と信用を失った。

 かつて救った隊員のこの有様を知ったら何を思うのか。本当にそれを思うと心苦しい。


 ロウ使いは確か兄のジャナルだったか、このトラックの運転席にいる彼に思いを巡らしていると、ふと気になった。


「というか、どうしてゴリラさんは────」

“名前で呼べ、吾輩には「ちょこちっぷしぇいく」という名前がある”

「あ、そうなんですね、ちょこちっぷしぇいくさ───え?」


 変わった名前ですねと言いかけて私は踏みとどまる。


“なんだよ”

「あ、えっと────なんでもないです」

“フンッ”


 そういえば私も変わった名前だった。

 それに本人はあまり自分の名前が変わっていることについては気にしていない風でもある、今は関係ないことだしそれは止めよう。


 と言うかこのゴリラさっきとは打って変わってめちゃくちゃ喋る。

 無口なのではなく、信用されていなかっただけなのか。


「そ、そういえばちょこちっぷしぇいくさんは、どうしてそこまで彼らのことについて詳しいのでしょう?」

“────それは吾輩が元々軍にいたからだ”

「え、エクレアにいたって事ですかっ?」

“そうだ、だから吾輩は彼らの顔や能力まで知っていたというわけだ。

 吾輩は彼らが裁判を受ける数年前にすでに街を出ている”

「じゃあ彼らのその後も知っていたのは?」

“こんな場所でも情報というのはある程度はいってくるのだよ。犯人の目星は付いていたからな”


 しかし相手の正体は分かったはいいが、なんにせよここから脱出できなければ意味は無い。


「あの、ちょこちっぷしぇいくさん」

“なんだね”

「私、今ここから脱出して自動車の破壊しなければいけません。

 出来れば捕まった精霊たちも助けたいですが、全てをこなすのは一人では難しいと思います。だからだれかの協力が必要なんです。

 手伝ってはいただけないでしょうか?」

“それで、具体的には何を?”

「他の精霊の誘導をお願いしたいです。

 小さくされた体は私の仲間が何とかしてくれると思いますが、今人間を怖がってしまっている他の精霊を安全に逃がせるのはちょこちっぷしぇいくさんだけです」


 それを聞いて、ゴリラは少し目を細める。


“吾輩に裏方に回れと?”

「────そういうことです」


 これはプライドの高い相手ならとても失礼な提案だろう。

 実際この精霊もそのプライドの高い相手であることに間違いは無い。


 しかしこの精霊はそれ以上に損得を考える打算的なところもあるはず────


“ふん、まぁ構わない”

「本当ですかっ?」

“ニンゲンは嫌いだが、密猟者が捕まらなければ困るのは我々だからな。こいつらを逃がすためにも手は貸そう”


 やはり、この精霊は他の精霊をまとめるリーダー格のような存在でもあるようだ。


  “しかし君に協力できるのは吾輩だけだ、他の精霊たちは巻き込むんじゃない”

「分かりました」


 なんにせよこれは心強い、ダメ元で聞いてみて本当に良かった。


“しかし聞けよ娘、吾輩はその代わり報酬を求める”

「報酬? お金とかなら私そこまで払えませんが……」

“なぜ金が出てくる、ニンゲンは対価というとすぐに金金金。我々がそんな物持っていても意味の無いことくらい分かるだろう”

「まぁ、そうですね」

“そうではなくそれだそれ。そう、君のバッグに入っている甘そうな匂いの……”


 私はバッグの中をまさぐる。

 甘い匂いがするといえば────


「え、もしかしてこれですか?」

“そうだ。成功報酬でいい、それを吾輩によこせ。それはニンゲンの世界で唯一偉大な代物だよ”

「はぁ、私なら構いませんけど……」

“交渉成立だな”


 こんな物でいいならいいんだけど本当にいいのだろうか。

 まぁいっか、私は深くは追求せずにバッグに戻す。


“しかし協力するとしてもどうする? このロウを剥がさなければ吾輩たちは動くことも外に出ることも叶わないぞ”

「私の魔法でなんとかできるはずです」


 私はちょこちっぷしぇいくさんに許可を得て近付き、体を拘束するロウを解くための魔法を放った。


“なるほど、湯でロウを溶かすという訳か”

「はい、このくらいの量ならなんとか全部溶かせます」


 私の水魔法は温度調節管理を行うことで、冷たくして氷を作り出したり、熱くして熱湯を作り出すことも出来る。

 熱湯は氷ほど作るのに魔力は使わないし、アデク教官とで会った当初より私は扱える魔力の量も増えている。

 ここの精霊たちを全て解放させるくらいまでなら魔力切れは起こさないはずだ。


 あとは見つからなければ────


「おい」


 急に声をかけられ、私は背筋を凍らせる。

 この声は確か────


「おい嬢ちゃん、困るんだよなぁ勝手なことされちゃ……」


 見張りの男が腕を組んでトラックの入り口に立っていた。

 口調は穏やかだがその声からは明らかな殺意がにじみ出ている。


「殺すぞ────」


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?