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帰りたい(36回目)  潜伏

 息を潜め、私は草むらを匍匐ほふく前進で進んでいた。


 服は泥まみれ、顔は草が付いてとても気持ち悪い。

 しかし、このまま安全にあのトラックを破壊するには近くまで見張りに気付かれないように進むしかないだろう。


 “ねぇエリー、本当に大丈夫なの?”

「わっ、び、ビックリした……」


 危うく声を上げそうになるが、見張りの男は時間を持てあましたのか、前方の運転席の方でいびきをかいて居眠りをしている。おい、見張り失格だろ。

 恐る恐る振り向くと、私に声をかけたのは相棒の黒猫、きーさんだった。


「なに、まだ行ってなかったんですか?

 手紙渡したんだから早く行ってくださいよ」

“いや、君が心配すぎて戻ってきたんだよ”


 人間ではないのでぷくっと頬を膨らませることをしなかったが、きっときーさんが人間だったらそんな顔をしていただろう。

 少しほほえましい気持ちになったが、今は作戦中。仲間を危険にさらしている以上私だけ自分の精霊とイチャついてるのは良くないだろう。

 自然ときーさんへの当たりも厳しくなる。


「私は私なりの考えがあるんですよ、それよりきーさんは約束通り手紙を持ってってくださいってば」

“いや、それはそうなんだろうけれど、一体あれを破壊するってどうするつもり?

 爆弾や重火器を持っているわけじゃないでしょ?”

「そうですねぇ、さっきはイキって2人には破壊するとか啖呵切っちゃいましたけど、実際は動けないようにするだけにするつもりです」

“と、いうと?”


 きーさんは怪訝な顔で、ピクピクと髭を揺らす。


「馬車とおんなじですよ、タイヤを破壊してしまえばいいんです。

 トラックのタイヤはゴムに空気を入れたものなので、中の空気を抜いてしまえば動けなくなるはずです。このナイフ一本で充分ですよ」

“なるほど、またあまり魔力もってないのに無茶をするんじゃないかと心配だったんだよ”

「大丈夫ですって、心配しないで早いとこアデク教官たち追いかけてくださいよ」

“りょうかいでーす、全く猫遣いが荒いね君は”


 少し不機嫌になりながらもぱたぱたと羽を羽ばたかせて飛んでいった。

 私はきーさんを見送ると、再びトラックに向かってゆっくりと近づく。

 トラックを手の届く範囲まで捕らえた私は、ロイドの説明を思い出しながら再び苦い気持ちになった。


 トラック、ヨルアクリョマ鉱石で動く新時代の乗り物─────

 クレアたちとの話題には出なかったが、トラックは維持費にも相当金額がかかるはずだ。

 原動力であるヨルアクリョマ鉱石は、その石自体が多くの魔力を有しているため、しばしば物を長く自動で動かすために、電気の代わりに使われることがある。


 かつては金貨銀貨銅貨とともに金銭として用いられていた過去もある、いわば宝石にも等しい鉱石────


 貴重なその鉱石は、悪用を避けるため今はすべて政府の預かりになっていて、手に入れるためには政府の許可を得て購入するか、裏ルートでわずかに出回る物を購入する形となる。


 恐らく密猟者なら後者、その面で彼らは財力を持っているわけだ。

 精霊の密猟はそれだけ、言ってしまえば「儲かる」物なのだろう。



 前に密猟された精霊がどこへ行くのかというのも調べたことがある。

 珍しい物ならば金持ちにペットとして飼われ、一部は軍の人間が秘密裏に買い取り、そして残りはノースコルの人間に買われ、研究の実験体となるのだとか────

 どちらにしろ安全な未来は待っていない。


 この男たちを捕まえたところで密猟は世界から無くならない。

 もちろんサウスシスにだっておおやけにはなっていないが魔物を買い取り実験をしている機関はどこかに存在する。


 でも、今自分が関わったなんの罪もない精霊たちが、ただの金儲けで連れ去られるのを見るというのは、やはり私には出来そうになかった。

 こういうお人好しが今までの苦労の原因の一つであることも私は良く理解しているけれど、それでも選び取った選択肢を無駄にしないためにも、出来ることはしておきたい。


 私はトラックの真後ろに着くと、タイヤに向かってナイフを構えた。

 鈍く光るそれを振り上げ、振り下ろし、そしてあと少しでタイヤをパンクさせようと言うところで、気付く。


 さっきまで聞こえてたはずのいびきが────聞こえなくなった?


「んだまったくよぉ、誰だそこにいるのは。人の睡眠妨害しやがって……」


 眠たげな声と共に、運転席の扉が開く音が響く。

 まずい、このままだと見つかる──自動車から降りたその足音がこちらに向かってくるのを聞き、私は反射的に一番近くに隠れられる場所があるのを見つけ、身体を滑り込ませた。


「何かが近づいてきたと思ったんだが、どこかに隠れやがったか……?」


 見張りの男はブツブツ言いながら辺りの草むらをかき分け始める。

 その次は木の上、自動車の上、そして自動車の下────


「いねぇ、となると残りは……」


 男が私の隠れている場所に迫ってくる。

 私はとっさにここに隠れたはいいものの、中は覗かれると絶対に見つかってしまう作りになっている事に気付く。

 そうなると相手は私を生きては帰さないだろう。


 気配を消すのは自信があるし、アデク教官のお墨付きももらっている。

 だからなぜバレてしまったのかは分からないが、バレたなら仕方ない。

 ここは少々分が悪いが、ここを開けられた瞬間に不意打ちで攻撃するしかないか────


 前回蜘蛛女と戦ったときから私は氷魔法の特訓をして、大分扱える範囲が広くなった。

 今なら一発撃っただけで魔力切れで倒れてしまうことはないはずだ。


 腕に魔力を込め、打ち出す準備をする。

 男の手が隠れ場所を覆う布にかかった。

 そして────


「ここしかねぇよなぁ────うぉ!?」


 男が私を見つける前に飛び退いた。しかし男が叫んだのは私が攻撃したからではない。

 何事かと隙間から外を覗いてみると、そこには2つの影が対面をしていた。


 一つは見張りの男、そしてもう一つは──あれはイノシシだろうか?

 茶色い毛に鋭い牙、見た目は間違いなくイノシシだが、ここは精霊保護区だ。あれもイノシシの精霊と言うことになるのだろう。


「ちっ、妙な気配はお前かよ、地中に隠れていやがったのか?

 そうだよなぁ、いくら獣畜生でもわざわざ自分のお仲間を捕まえてる自動車の荷台には隠れたりしねぇよなぁ?

 はっ、そんなとこまで探そうとするたぁオレもいよいよ焼きが回っちまったか……」


 あ、すみません。それ私です。

 そう、先程見つかりそうになった私はとっさに自動車の荷台に隠れてしまった。


 本当にバカな事をしたと思ったが、まぁ見つからなかったので結果オーライである。

 もしかしたら見張りの男が気付いた気配というのも私ではなくあのイノシシの気配かも知れない。

 しかしそうなると敵とはいえあの男が心配だ。

 野生のイノシシを相手取るのは生身の人間では少し厳しいのでは─────


「ふん、さっきの小豚の母親がつけて来てやがったのか」


 眠たげな声で見張りの男は不機嫌そうにイノシシを睨んだ。


「ちょうどいい、おまえも売り飛ばしてやるよ」


 イノシシは鼻息荒く、今にも見張りの男に飛びかかりそうな勢いだ。

 対する男は武器や武装をしている様子もない。

 ただ片腕をだらりとイノシシの方に突き出して────


「かかってこいよ」


 男が呟いた瞬間、イノシシはものすごいスピードで男に向かって駆けだした。

 すると男は避ける様子もなく突き出した手の平をイノシシの方向に構える。


 すると手の平から白い液体が大量に飛び出して、イノシシの足元に絡まった。


「野豚が、野垂れ死ねっ!!」


 男がその言葉を言い終わる頃には足元を捕らわれたイノシシは勢いを止められ、闘争心はむき出しのまま完全に動きを封じられていた。


「え、液体が固まった……? あれは────」


 男はまた眠そうに一つあくびをすると、運転席の方に戻っていった。

 どうやらこちらはバレることがなかったようだ。


 しかしあの液体の正体、私が知っているものであれに近い物となると────


「ロウ……?」

“その通り。あれは【バインド・ワックス】と言う固有能力────”


 独り言に対する後ろからの突然の返答に、私は反射的に振り向く。


「だ、だれですか?」

“強力でもないくせに他人の力を借りて、多くの同胞を苦しめてきた能力、全く本当に忌々しいものよ”


 一方的に語りかける暗闇の中からの声に、私はライトを当てた。


「うそ……」


“吾輩もこのような無様な姿にされた、全く人が絡むと世の中嫌なことだらけだ”


 ライトに照らされ眼を細める黒い影──顔の一部以外を黒い毛に覆われたその影は、先程のイノシシと同じようにロウで四肢を固定されている。

 その姿は間違いなく霊長類のゴリラその物で────


「でも……えぇ?」


 しかしそのゴリラは私の常識を逸脱していた。

 私に語りかけるその相手は、ゴリラはゴリラでも、身体の大きさが私の手のひらほどのミニチュアゴリラで────


“初めましてニンゲン、ところで君は味方か? 敵か?”


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