結局、セルマが試行錯誤した結果、クマさんは3分ほど背中をさすってあげるとスンと泣き止むことが分かった。
「あ~、やっと泣き止んだわ……」
クライベアーを見送った後げっそりとした表情のセルマは、深くため息をついた。
私はと言うと横でクレアと一緒に面白がってみてただけなので、せめて今だけでもセルマをねぎらってあげることにした。
「いやー、お見事でしたよー。セルマに任しておけばきっとすぐに泣き止ませることが出来ると思ってましたー」
「本当になー」
「二人とも後で覚えておきなさいよ……?」
目が怖い目が怖い目が完全にすわってる────
普段優しい子は、あまり怒らせない方がいいね。
私のねぎらいも、今回はセルマの神経を逆なでするだけになってしまったようだ。
「で、でもよぉ、あんなに大っきなクマなら契約すればすげぇー強いんじゃねぇのか?」
何とか怒ったセルマの被害を自分に出すまいと、クレアが強引に話題を振る。
クレアは結構案外小心者のところがあるようだ。
「ほら、泣き虫だけど背中さすってやれば泣き止むってのも分かったし?
きっと戦えば強いぜ」
「そうね、でもあんなに大きくちゃ一緒に暮らせないわよ」
「そうだよなぁ、じゃあ他にいい精霊は────」
クレアが辺りを物色し始めた。
でも確かそれって────私はこの保護区のパンフレットをめくって、探していたページに目を通す。
「クレアクレア、それだめです。密猟になっちゃいますよ」
「密猟って、なにが?」
「ここの精霊と契約することがですよ」
「え、そうなのか?」
私はパンフレットを広げクレアに詳しく載っているところを指差す。
「保護区内だと精霊一匹抜けるだけで生態系を崩しかねない事もあるので、他と違って、勝手な契約は禁止だそうです」
「他はいいのか?」
「まぁ、外界は管理のしようがありませんから」
「なんだぁ、ここですっげー強い精霊見つけて契約してやるっ! て思ってたのに……」
「そもそもそんな簡単に連れて帰れたら保護区の意味が無いじゃない」
「それもそうだな」
クレアは仕方ないと納得したようで、ここで精霊と契約することを諦めたようだ。
いつか、彼女にも精霊との素敵な出会いがありますように────
「そういえば精霊との契約ってどうやるの?
簡単にできるって聞いたことあるけど何か手順はあるのよね?」
「そうですね、まず精霊と人間、それから精霊とすでに契約している仲介者的な人間を集めます」
「ほぉほぉ」
「精霊と人間が向かい合って、その横から仲介者が『汝ら契約の儀を認めるなら合わせたまえ』と唱えます」
「ほぉほぉ」
「あとは人間が精霊に触れれば終わりです」
「え、それで終わり!? 案外簡単なのね」
「まぁ、やり方の一つですけどね。一番メジャーなのがこれです」
ちなみに私はアデク教官に仲介してもらった。
この契約の仕方もアデク教官に教えてもらった方法。
「でもそれだと人間側が無理矢理契約することも出来るんじゃねぇのか?」
「それが精霊側にもその意思はないと出来ないらしいですよ」
「へぇ、それは安心ね!」
「ただ、面倒くさいのはそこからです……」
「面倒くさくい?」
セルマにはいまいちその言葉の意図が掴めなかったようで首をかしげる。
「それは精霊と人間が契約してから、お互い生活に慣れるのが大変ってことかしら?」
「まぁ、それもありますが。
私が言いたいのは、エクレアの街には『精霊契約保安協会』って機関があって、そこに山のような資料を提出して初めて名実ともに契約したことになるんです。
その資料を書くのがまた面倒くさくて面倒くさくて────」
「え!? 資料提出とか必要なの!?」
「そうですよ、たまに知らなかったり面倒くさかったりでやってない人がいるらしいんですけど、その人たちは判明した場合、最悪懲役に……」
「え、それは───いやね……」
確かにめんどくさいが、やるべき事はやらなければ逮捕だ。
これも保護区とおなじように精霊を護るのに必要な事らしい。
かくいう私もヒィヒィいいながら資料を書いた、結構大変だった。
「まぁ、それでも強い精霊と契約できるんならアタシはいくらでも資料くらい書いてやるよ」
「確かに資料作りが面倒くさいから契約できる出会いを棒に振るのはもったいないわよね」
「アタシもかっこいい精霊と契約したいぜ。
ほらエリー、その猫とか強いし便利だしかっこいいし最高じゃねぇか」
「え、急にどうしたんですか、きーさんは渡しませんよ」
「くれなくていいよ。ただその猫がいればすげぇだろうな、と思っただけだよ」
確かにすげぇ、と言う表現は合っているかも知れない。
先程の図鑑のような本、どこにでもあるバケツのような日常品、武器に調理器具に服に小物にetc.
試したことはないがお金や金貨にも変身できるはずだ。まぁニセ札だから使わないけれど。
「そういえば種類の名前は“キメラ・キャット”──だったかしら?
その猫ちゃんて本来はどこに住んでいるの?」
「どことは?」
「ほら、山の中とか洞窟とかジャングルとか。
もしかしたらこの保護区にも仲間がいるかも知れないじゃない」
「はぁ、気にしたこともありませんでした、私が最初に会ったときにはもうアデク教官と一緒でしたし。
どうなんですかきーさん? え、知らないし分から無い?」
「猫と普通に会話してる……」
きーさんはそれ以上何も答えず図鑑に変身をした。
後は自分で調べろということか。
「どれどれ……『キメラキャット:古くから人間のパートナー精霊の代表的な種として、古代の文献にも残されています。しかし様々な理由から個体数が減少、現在は全く姿を見かけることがなくなり、最後に目撃されたのはバハム王歴28年の頃です』って。
え、じゃあ“キメラ・キャット”ってすごく珍しいいんですね。えーっと────」
「バハム王は先代の王様ね、確かバハム歴は46年まで。今がヘクトル王歴32年だから────」
「ぴったり50年前だな」
50年、最後に目撃された個体からきーさんに至るまで、ひっそりと“キメラ・キャット”という種は生き続けていたのか。
「すごいわね、でももうこの子しか“キメラ・キャット”いないのかしら……」
「もしかしたらそうかも知れませんね、きーさん絶滅危惧種だったんですか────」
その問いに図鑑に変身したきーさんは答えてくれない。何か本人にも思うことはあるのだろう。
まぁ、本人が気が向いたときにでもその話題は聞かせてもらおう。
今掘り下げるのは妥当ではない気がする。
「なぁ、それよりもっと見て回ろうぜ。珍しい精霊とか他にいないのか?」
「ここは草原エリアですけれどそっちは森エリアみたいですね、見に行ってみますか?」
「行きたい!」
「じゃあそっち方面行きましょうか」
そうしてしばらく歩くと森が見えてくる。
うっそうと茂る木々は、一度入ったら昼間でも暗そうだ。
「入っていいのかしら?」
「いいんじゃねぇか? 管理人の人も帰ってこれるなら自由に歩き回っていいつってたんだろ」
「そうね……あ、これ何だろう、精霊の足跡かしら」
セルマが足元を指さす。
そこには平行に伸びる二本の地面の凹凸、それはどちらかというと足跡と言うより何かを転がしたような感じだ。
「なんか、馬車のタイヤ痕に似てませんか?」
「馬車のタイヤ痕はこんなに幅が広くないでしょう?」
「そっちに続いてるし見に行ってみようぜ」
謎の凹凸をたどっていくと、それは森の少し手前まで伸びていた。
「あ、ちょっとまって、隠れてください!」
「え、何々?」
私達は草むらに隠れて様子をうかがってみる。
草むらから見えるのは大きな鉄の塊、そしてそこに集まる男達だった。