サウスシス精霊保護区、そこの管理人であり、古くからのアデク教官の知り合いであるという彼は、本人曰く「イレギュラー」だそうだ。
精霊でありながら半人半馬のイレギュラー。
人の言葉を話すイレギュラー。
人間並みの知能を持つイレギュラー。
“ケンタウルス”の精霊であるという彼はしかし、下半身が馬であると言うこと以外は、普通に人間と変わらない。それ自体も精霊としてはイレギュラーなのだろう。
彼の遠くを見つめるような瞳は、イレギュラーであるが故に今まで多くの失敗や挫折を味わってきたに違いない。
そしてイレギュラーという意味では私は少し彼に親近感を覚えるのだ。
まぁ、私は半裸では無いが────
「いやぁ、それにしても驚きました。半裸さんて精霊だったんですね」
「ハハッ、少し驚かせてしまったかい?
あと僕の事は半裸では無く【管理人】とでも呼んでくれないかな」
おっと失敬。しかし少し怒った口調の彼だったが、なるほど、半裸というあだ名は確かに言い得て妙だ。
上半身では無く下半身に何も履いていないから「半裸」なのか。
まぁ、この半人半獣のアンバランスな身体では下半身に合うズボンも存在はしないだろうし、仕方の無いことではある。
「なぁ、喋る精霊って珍しいんじゃねぇのか?」
「コラ、失礼よクレアちゃん」
小屋に入ってお水をもらったクレアはもうすっかり復活したようで、いつも通りの調子を取り戻していた。
半人半馬と会話するという経験は彼女にとって初めてだったのか、少し管理人さんを警戒している。
セルマもクレアの失礼な態度を
まぁ、向こうに驚かそうという意図があったとはいえ、初対面で腰を抜かしかけた私が一番失礼か。
私も含め3人とも失礼なことをしているのは重々承知だが、そんな視線には慣れっこなのか気にする様子もなく、管理人さんはさわやかに返答する。
「あぁ、そういう質問も構わないよ。それをここのお客さん達に伝えるのも僕の仕事だからね。
まずは何から話そうか……そうだな、話すならこのサウスシス精霊保護区についてか」
そう言うと管理人さんは壁に張られた地図の近くまで行くと保護区の説明を始めた。
「このサウスシス精霊保護区は、名前の通り精霊を保護して自然のままに生かす目的で作られた施設だ。
広大な敷地にいくつかのエリアがあって、それぞれに適応した環境の精霊が住んでいる。
管理をしている私も含めみんな精霊だから、君たちのようなお客さん以外は人間はいないよ」
管理人さんはまるで授業をするような口ぶりで話を進める。
この仕事は長いのかその口調はかなり慣れた物で、ついつい私も聞き入ってしまう。
「その中でも、君の言うとおり人語を語ることのできる精霊はかなり珍しいかな。
同じく魔物にもそういったたぐいの連中は存在するけれどやはり稀だね。
10万体に1体いるかいないかってとこじゃないかな?
この保護区にいるのも僕以外には2体だけだ」
「10万!! すごく珍しいのね!
じゃ、じゃあ人語を話せる精霊と話せない精霊にはどういった違いがあるんですか?」
さっきクレアを止めたばかりだが、話にグイグイ食いついているところを見ると、こういった精霊のたぐいの話はセルマの方が興味津々なようだ。
「んー、残念ながらその辺はまだ詳しく分かっていないのが現状だよ。
『原初の王』に近い存在じゃないかとも言われているけれど、人語が話せなくても強力な精霊や魔物は沢山いるしね」
「『原初の王』?」
「その辺の話もとても興味深いけれど、今からすると話題が逸れてしまうよ。
帰ったらそいつに授業で習えばいい」
そう言って半裸さん────管理人さんは馬の足でアデク教官に突然蹴りを入れた。
「あぶねっ! 何しやがる!」
その鋭い蹴りにもアデク教官はヒラリとかわす────事は出来ずに、奇妙に身体をくねらせなんとか避けきった。
「いやぁ、こうしている間にも嫌いな君に不幸が舞い降りないかと考えていたら、一番手っ取り早い方法が見つかったから試してみたのさ」
「やめろ! 主人も主人ならパートナーもパートナーだな!」
「おっと足が滑ったっ!!」
「くぉっ!!」
二回目も何とか身体をくねらせ避けるアデク教官。
さっきより鋭いがまたまた何とか避けきった。
なんだかこの二人の関係は、単にいがみ合っているとか喧嘩するほど仲がいいというより、その奥底にはもっと何というか、ドロドロした根の深い物を感じるような気がする。
「ていうか、お前話の途中じゃなかったのかよ!」
「ああ、そうだった。
まぁ結局、ここには僕のように喋る精霊もいれば、人など見たこともない精霊、人と契約している精霊、人と契約していた精霊……実に沢山のタイプの精霊がここにはいるということだよ」
「え、人間と契約している精霊もここに住んでいるんですか?」
「そだよ、まぁ少ないけどね。
例えば契約者に精霊がもう必要なくなってしまった場合だね……
君の相棒の“キメラ・キャット”なら別だけれど、戦闘で活躍できる精霊が生活でも活躍できるとは限らないだろう?
軍を引退した兵士が相棒の精霊と話し合って、ここに連れてくる場合もたまにあるんだ」
「精霊を捨てるって事か?」
クレアが少々訝しげな眼で管理人さんを見る。
彼がセルマの苦手な馬だと言うこともあるのだろうが、単に飼えなくなったペットを捨てるように精霊を放置する無責任な飼い主、というのも気に入らないのだろう。
「まぁ、もちろん捨てられたように置き去りにされる精霊もいるけれど、自分の役割もないのに窮屈な人間社会の中で生きるより、自然の中で他の精霊達と生きるんだと、精霊自身で決めてここに来る場合がほとんどだよ」
「精霊自身が?」
「そう、ここなら生態系も崩さずに彼らを受け入れることが出来るからね、何がいいかは精霊とそのパートナー達が決めることさ」
そう話す管理人さんは、しかし少し寂しそうでもあった。
確かに軍の中では、ペットとは違い、精霊を「飼う」と表現する人は少ない気がする。
信頼している相棒との別れをお互いのためにと割り切って前に進むコンビも多いのだろう。
しかしそれでも契約を解除しないのは、やはり自分の相棒への気持ちや思い出故か────
「まぁ、他にもパートナーが精霊を残して行方不明になってしまったり、もしくは精霊と人間だって生き物と生き物だから、折りが合わなくなったり喧嘩してしまうこともあるさ。
そういう『帰る場所はあるけれど帰れない』精霊たちも、だれかが保護してあげないと」
「なるほど……」
その言葉で私は少し不安になって、きーさんの方をちらりと見た。
きーさんは私の視線に気付いているようだが、せっせと
私はきーさんを大切な相棒だと思っているが、見たことのある物に変身できると言う特性上、この子を「道具」として扱わなければいけないことも多々ある。
契約した精霊を道具として扱う人間であることを、厳密には否定しきれない────
だから私達の関係は他のそれよりもよりデリケートなものだ。
その事を肝に銘じておかなければあの翼の生えた猫と共に歩むのは、難しいことなのだと想った。
「なぁ、そろそろいいか? 時間が無いんだ」
精霊との関係についてあれこれ考えていると、アデク教官が私を現実に引き戻した。
「オレは今日中にここに来たそもそもの用事を済ませなきゃならねぇんだ。
半裸もオレの生徒に色々教えてくれるのはありがたいがそれは今夜か明日辺りにしてくれ」
「ふんっ、まぁそちらも管理人の仕事だ。
悪いね君たち、少し僕もコイツに付き合わなければいけないから、また機会があったら続きを話そう」
そういう管理人さんは心底残念そうだった。
ここに来る人が珍しいのか、元々そういう性分なのか、彼はとても語ると言うことが好きなタイプらしい。
管理人さんが準備をすると行って小屋の奥に入ると、私達への指示を出すためアデク教官がだす。
「3人とも、悪いがちょっとぷりんあ────半裸と出掛ける間ここを空ける。
日没までには帰ってきたいんだが、その間待っててくれないか?」
「日没まで? いいですけれど随分と長いですね……
私達を置いてどこへ行くんですか? そもそもここへ来た用事って?」
「あぁ、それはな────」
どこか懐かしそうに窓の外に見える山を見つめるアデク教官。
その目に映るのは、寂しさなのか嬉しさなのか懐かしさなのか、私には分からなかった。
「オレが契約した精霊を迎えに行くんだ」