ゴトゴトと音を立てて馬車が道を走る。
最初は東の空を紫に染めるほどしか出ていなかった太陽も高く登り、夏の日差しが私達を照りつけていた。
「それにしても意外よねぇー」
「意外ですねぇー」
「う、うるせぇよ! 大体、普通、馬車なんて、こんなに揺れな……うぷっ!」
行き先不明の任務を言い渡されてから2日後、私達はエクレアの街を後にして初めての任務に向かっていた。
そして今、クレア・パトリスは車酔いなる物に悩まされている。
彼女曰くここまで重症になることは珍しいが、それでも軽い物なら長距離を乗るたびに起きるそうだ。
私はどちらかというと乗り物酔いはしにくい体質だから、今は揺れる馬車の中でセルマと共にクレアの介抱を行っていた。
「あ~もう、車酔いはしょうがないとしても、どうせ昨日の夜わくわくして夜更かしでもしたんじゃないの?
体調の変化って結構そういうのに影響するのよ?」
「うっ……」
「図星って顔ですね、お肌にも悪いですし生活リズムも崩れるので程々にしましょうね?」
「う、うるせぇ! お前らはアタシの
「え……」
叫んだクレアは慌てて口元を抑えた。
しばし三人の間に沈黙が走る。
「あ、あ、あああ~~!!」
顔を真っ赤にして手で覆うクレア。
それを見て私とセルマはコソコソと会議を始めた。
「
「ああ見えて結構家族や友人大事にするタイプなんですよ、きっと」
「やめろおぉぉーー!!」
顔の前から耳をふさぐ形に手の配置をシフトチェンジさせたクレアに、私達は詰め寄る。
「いいんですよ、クレア。力不足かも知れませんが、いつでも貴女のママだと思ってこの胸に飛び込んでも……」
「わ、忘れろ! 忘れろ!!」
「恥ずかしがることはないわ、家族を大切にするってとっても大事なことよ?」
「やめろ! その反応やめろ! 優しくするな!」
「むしろ罵れと、マゾですね」
「だからアタシはマゾじゃ────おうっぷ……」
あ、この子そういえばまだ車酔いしてたんだった、やっぱり胸に飛びこんでいいと言ったのは撤回。
せめて来るなら馬車から降りて外の空気を吸って心身ともに落ち着いて100%吐かないという絶対的保証があるときにしてほしい。
こんな災害に巻き込まれるのは絶対に勘弁。
「そんなにきついならアデク教官と運転代わってもらったらどう?
案外車酔いって運転してる時はならないものよ」
「あ、アタシまだ14なんだが……」
「あ~! そうだったわね~!!」
「お前絶対わざとやってるだろ!」
現在この国の公道での馬車の運転は16歳の誕生日以降に認められる。
つまりこの中では唯一クレアだけが14歳なので運転できないことになるのだ。
私も16歳になったばかりのころから度々馬車の運転をして慣れるようにしている。
「運転したら性格変わるね~」とも言われたりしない。
基本安心安全運転がモットーのエリアルさんだ。
「クレアは運転したことないのかぁ、オレらの頃はクレアくらいの歳には普通に馬車を乗り回してたがなぁ」
会話に混ざることもなくボーッと馬車の運転をしていたアデク教官だったが、暇になったのか一人言のように口を挟んできた。
「え、アデク教官の頃も運転は16歳からですよね? よかったんですか?」
「ダメに決まってるだろう」
ダメなのかよ。
これが噂の「昔はオレもやんちゃしてた」アピールをする上司というやつか。
都市伝説だと思ってた。
「ていうかクレア、そんな車酔いするなんて私生活で不便じゃないですか?」
「いや、馬車がダメなんだ馬車が。子どもの頃馬に軽く蹴られて、それからどうしても馬が苦手なんだ、乗るとその事を思い出して酔ってしまう。
馬車じゃ無けりゃ牛車でもロバ車でも象車でもいいんだが……」
おいおい、ロバ車や象車なんて初めて聞いたぞ。
普通、車と言えば馬車なのだから、普段から不便だって素直に言えばいいじゃないか。
「うぅ、少し横にさせてくれ……」
「そんなに本当にきついなら、馬車を停めてしばらく休んでもらいますか?」
「いぃ……」
そう言いつつクレアの顔色はかなり悪かった。
本人がいいと言っても見てるこっちまで気持ち悪くなりそうなので、これは流石に何とかしないと。
「アデクきょうかーん、クレア本当に不味そうでーす。いったん止めてもらえますかぁー」
私が呼びかけると馬車は止まり、その瞬間クレアが勢いよく外へ飛び出していった。
結構ギリギリだったのか。
「すみません教官、今うら若き乙女が成人男性には絶対に見せられないような
「言い方ってもんがあるだろう、まぁ馬車酔いしたクレアは気の毒だが、馬車を止めたのはあいつのためじゃねぇよ」
「へ?」
「目的地に着いたんだよ」
私とセルマも馬車から降りて周りを見てみると、馬車の前方には左右に長く続く壁に挟まれた門があった。
近づいてみると門には看板が張ってある。
─────ここはサウスシス精霊保護区─────
───許可無き者踏み入ることを禁ず───
「精霊保護区? ここが目的地ですか?」
「そうだ」
アデク教官も馬車の運転席から下りると、壁に近づく。
扉を開けるのかと思ったが、アデク教官は脇に逸れてゴソゴソと草をかけ分け始めた。
「何してるんですか?」
「これはな、中のやつと会話するための通信機を探してるんだ。おっ、あった」
アデク教官が見つけたのはどこにでもある灰色の石だった。
丸くて重そうなただの石だ、とても通信が出来るような代物には見えない。
「それが通信機なんですか?」
「そうだよ。たしか魔力を込めて────オレだ、開けてくれ」
すると重い音を立てて扉が開いた。
おぉ、すごい。
しかし中の光景は外と至って変わらず、少し大きめの小屋が奥にある以外は外と同じような道が続いているだけだった。
がっかりはしないが拍子抜けだ。
「教官、本当にここが保護区なんですか?」
「そうだ、ここが今日の目的地だ。おーい、クレア、すぐに扉が閉まるからとりあえず中に入れ」
「う、ヴぁい……」
「あーもう、しっかりしなさいよ!」
クレアはフラフラしながらもセルマと私に助けられながら門を通過した。
そのすぐ後にアデクさんが再び乗り込んだ馬車が通過して、門はまた重い音を立てて閉まる。
「クレア大丈夫そうか?」
「う~……」
「まだ良くないみたいです」
「んー、そうだな今からここの管理人に挨拶に行きたいんだが、すぐに戻るからセルマはクレアについてやっててくれ」
「了解です」
「エリーはオレと一緒に来い。そこの小屋までだから」
そう促すとアデク教官は小屋の前まで歩いて行き、私が追いついたのを確認して、扉を勢いよく開けた。
もうそれは扉がぶち破れるんじゃ無いかと思うほど勢いよく開けた。
ビックリした。
「よぉ、久しぶりだな半裸!!」
「うぉ、ビックリした!!
うるさいぞ無礼者、もっとマシな入り方呼び方は無いのか!!」
「じゃあお望み通り名前で呼んでやろうか?」
「……」
小屋にいたのは、アデク教官と同じ歳くらいの、ブロンド髪の男性だった。
机に向かって座り、コーヒーを飲みながら、資料に何か記入をしている最中だったようだ。
しかし彼はアデク教官に半裸と呼ばれたわりにはきちんと服を着ている。
アデク教官もおかしなあだ名を付けたものだ。
「まぁいい。ところでアデク、そちらのお嬢さんは?」
「うちの隊のメンバーだ。ここに来る機会は中々無いからな。
他にも外に2人残しているが、見学くらい別に構わないだろう?」
「ふんっ、君が教育する立場になるとはね……」
ブロンドの
「初めまして、私はこの精霊牧場の管理をしている者だ。
アデクとは……そうだな、お互い恨み合っている仲、とだけ言っておこうか。
彼のことは嫌いだが君たちを無下に扱うつもりはないよ、歓迎しよう」
そう私に優しくささやくと、半裸さんは私と握手をするためにこちらに歩み寄ってきた。
およそ人間からは想像も出来ないような足音を立てて────
「おわわーー!?」
「おっと、驚いたかい?」
驚いてのけぞる私を見て彼はさわやかに笑う。
椅子に座っていたかと思われた彼の腰より下は、紛れもなく「馬」の下半身そのもので────