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帰りたい(30回目)  バナナはおやつに


 ある日の訓練後、教室で行われたアデク教官の発表に私達は沸いた。


「え!? 今なんて言ったんだ!?」

「だから、そろそろお前達を初めての任務にでも連れて行こうと思う。もちろん街の外に行くことになるぞ」

「マジか!?」


 イキナリの重大発表に興奮した様子のクレアとセルマ、恐らく初めて与えられた自分への仕事に、不安や期待が入り交じっているのだろう。

 まぁ、水を差したくないから言わないけれど、私はあんまりいい思い出がないから行きたくないなと言うのが本音なのだけれど────


「あ、でも教官、依頼主って誰なんですか? 任務には軍だったり個人だったり団体だったり、誰かしらの依頼主がいるはずですよね?」

「あぁ、依頼主はオレだ」

「あんたかよ!?」

「まぁまぁ、訓練生卒業試験の予行練習だと思えばいいさ」


 アデク教官はのんきにそんなことを言っているけれど、自分で自分に任務の依頼を出すなんて聞いたことがない。

 もしかして誰もやりたがらないような汚れ仕事をやらされるのか?


「いや、今度の凱旋祭に向けてどうしても行っておきたい場所があってな。色々と勉強になる場所だから、お前さん達も連れて行こうと思ったんだ」

「え、でもそれって任務の必要あるんですか?」


 確かにセルマの質問はもっともだとおもう。

 わざわざ任務扱いにしなくても、勉強になるところなら私達の課外授業にすればアデク教官は任務を私達に依頼するための代金や手続きをする必要はない。


 いっそ全員休みの日にしてしまえば、課外授業の件でも、任務の件でも手続きはいらないはずだ。


「いや、お前達の授業時間や休みの日をオレの用で食い潰すわけにはいかないし────」

「「おぉ!!!」」


 この教官、そこまで考えてくれていたのか。セルマとクレアがアデク教官の心意気に感激の声をあげる。


「それにそもそもオレが休み取れない」

「「う、うわぁ………」」


 部下の休日やカリキュラムまで思いやる理想の教官象に2人は一瞬盛り上がったが、その教官の本音と社畜っぷりに、私達は一気に盛り下がる。

 まぁ、そんなことだろうと思ったけれど、一回あげられた分落差も激しい。


 私達がげんなりすると、さらに盛り下がったテンションのアデク教官がブツブツとうわごとのように補足説明を加える。


「つまり、金を払って休暇を取る。みたいな事だ……」


 シーンとした空気、アデク教官の虚ろな目が「笑え」と訴えかけてくるが、正直笑えそうもない。否、笑えない。

 私達が悲しそうな目でアデク教官を見ていると、彼もそれについては思うところがあったようでたまりにたまった愚痴をブツブツと呟きだした。


「いや、オレも仕方ないとは思うよ? 凱旋祭の国王警備が控えてるから、そりゃみんながみんなして忙しいさ……

 でもこんなに幹部が忙しいとは思わないじゃん、森にいた頃は忙しくても充実していたのになんか最近白髪も増えたって言うか……

 こないだは何故か覚えてないのに任務に失敗してすげぇ怒られるし、正直教官だけやってた方が何倍も、いや何百倍も楽しいって言うか……

 あ、なんだろうこの暖かい液体、あ、涙か────涙!? やべぇ、オレ泣いてるんだ、ゴメンお前さんたち、ちょ、ちょっとオレ席外すわ……」

「アデク教官……」


 教官は走って教室から出て行ってしまった。案外打たれ弱いなぁとは思ったけれど、いや業務が過酷すぎるのか。

 それに口調もいつものそれよりかなり追い詰められているようだったけれど、大丈夫だろうか?


 まぁ、その全てをヘラヘラやってのけているリーエルさんという人を私は知っているので、なんとも言えない。案外この国一番の化け物はあの人かも知れない。


「アデク教官、辛そうね……」

「ですねぇ」


 これ以上なく軍についてのブラック企業っぷりを聞かされた私とセルマは肩を落とす。

 しかしクレアだけは、さっきまでのげんなりした顔とは打って変わって、いつの間にかニヤニヤしていた。


「クレアちゃん、貴女あれだけ景気の悪いことこの上ないショッキングエピソードの後なのに、なんだか嬉しそうね。あれが未来の自分の姿かも知れないのよ? マゾなの?」

「マゾじゃねぇよ! まぁ、確かに教官の姿を見ると不安だけど、それよりついに実戦に近い依頼が自分に来たと思って、胸が高鳴ってるんだ」

「あれ? 諦めたんじゃなかったんですか? 最短出世コース」

「さ、最短出世コースってお前……まぁ、間違っちゃいねぇんだけど……」


 クレアは私の身も蓋もない言い方にどもりながらも、すぐにいつもの調子を取り戻して高らかに宣言をした。


「そ、そうさ、アタシはいつか軍で英雄になってやるんだ!

 そのためには急ぎすぎるんじゃなく地道な努力が必要だって気付いたんだよ!!

 一攫千金じゃなくてもいっぱい任務をこなして最強になってやる!」

「わーすごいわね~、よく言うわねぇ~」

「そうですねー、ちょっと前まで私に腑抜けとか罵ってた人の言葉とは思えないですぅ~」

「う、うるさいな! あの時は悪かったよ、アタシも若かったんだ」


 顔を赤くして机に突っ伏すクレアには、確かにあの時のピリピリとした雰囲気は感じられない。

 たった数ヶ月ほどだが、あの時は若かったというのも案外比喩や誇張じゃないかも知れない。


「じゃあクレアちゃん、英雄になりたいって言うなら、目指すのは最高司令官?」

「そうだな、そこまで行けたらもう立派な英雄だろ?」


 なるほど、確かにクレアの出世が順当に行けばいつかはそうなるのかも知れない。

 軍の中でもクレアに関わらず、幹部や最高司令官を目指す人間は少なくないだろう。

 でも、私は以前から最高司令官に対してはあまりいいイメージを持っていない。


「エリアル、あんたはそういうのとか興味ないのか?」

「えーどうでしょう、最高司令官なんて大した業務じゃないと思うんですが。

 そもそも軍で出世した人が必ずしも最高司令官に選ばれるわけじゃなく、他の二名の最高司令官の決定があれば一般の方でもなれちゃいますし」

「い、いや流石に一般の人は選ばないだろ……

 きちんと業務をこなせなかったらそれだけで国の維持や軍の沽券に関わるわけだし……」


 結構最高司令官について詳しいクレアに、私は文句をたたみかける。


「それに、時には味方であろうと命を切り捨てなければなりませんし、軍に裏切り者がいれば誰も信用できないと思うんです。

 いつ命を狙われるか分かったもんじゃないでしょう?

 いつも気の抜けない生活は怖いですよ」

「た、確かにそうかも知れないけどよ……お、お前は最高司令官になんの恨みがあるんだよ……」


 しまった、つい実体験から嫌なことを思い出して、クレアの夢まで否定してしまった。

 これは人としていけないことだ。


「あの、クレア────」

「あ、そうか。アタシ達が軍に入る前、森で迷ってそのまま見捨てられたって言ってたな……あれは最高司令官の指示だったのか。なんかごめん」

「あ、いえ、いいんです。こちらこそすみませんでした」


 すると話を横で聞いていたセルマが、この気まずい雰囲気を読んでか読まずか、微妙に話題を逸らしてきた。


「まぁ、でも常に命を狙われるって言うのは案外最高司令官クラスになると避けては通れない壁よねぇ、その辺クレアちゃんはどうするの?」

「え、え? まぁ、そこはぁ、ほら、あれだ。英雄だし? 殺されねぇよ」

「貴女英雄を不老不死か何かだと思ってない!?」

「お、お、お、思ってねぇよ!」


 図星か。


「ていうか、最高司令官なら、資格を3つも持っているセルマだってそれなりに目指してるんじゃなきのか? あんたの術士の腕は確かなんだろ?」

「まぁ、自分はそこまでは目指そうとは思わないわねぇ……

 でも強くなりたいとは思うわ。憧れの人と背中を合わせて戦えるくらいには」

「憧れの人?」

「んー、なんて言えばいいのかな。私が目標にしてる人」

「ふうん、向上心も目標も人それぞれなんだな」


 その言葉をついこないだのあんたに聞かせてやりたいよ、クレア女史。

 まぁ、そんなこんなで私達姦し娘が軍の偉い人について盛り上がっていると、さっき出て行ったアデク教官が教室に戻ってきた。


「あ、アデク教官。もう気分の方はいいのか?」

「何のことだ?」

「いや、あんたさっきまで泣いて─────」

「な・ん・の・こ・と・だ!?」

「いや、無理があんだろ!?」


 どうやら一連の流れをなかったことにするつもりらしい。

 そこはアデク教官の男のプライドというものか、ただ単に子どもなだけなのか。


「じゃあ任務について説明するぞ。明後日の朝5時半に街の門の前集合だ。目的地まではオレが馬車を運転していく。

 遠足に行くんじゃないからな。しっかり気を引き締めるように」

「あそうだ、アデク教官」

「なんだエリアル、質問か?」

「バナナはおやつに────」

「おい」


 睨まれた、超怖い。流石にこのタイミングで冗談は不味かったか。おふざけが過ぎたようだ。

 私は息を整え、本来の質問をする。


「すみません、肝心のどこに行くかを聞いてないんですが……」

「それも秘密だな。まぁ服装は今みたいな軍服でいいぞ。

 途中野宿するのと、向こうに泊まることになるから三泊分の用意はしてこい。それに何が起こるか分からないから、最低限の装備は整えてくるように」

「分かりました」

「あと────」

「あと?」


 アデク教官はしばらく迷った様子の後、顔を背けながら呟いた。


「おやつも弁当も邪魔にならない範囲なら持ってきていいぞ」


 そう言い残して部屋を出ていくアデク教官。

 私はこの瞬間、出会って一番彼を尊敬した。

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