ドマンシーに着くと私達は、早めの夕食を食べながら会話を進めることにした。
ロイドの頼んだブラッドソーセージを運んで来たウェイトレスのルーナちゃんが、震える手つきでテーブルに料理を並べる。
まぁ、今話題の軍のスーパールーキーが久しぶりに来店したのだ。若い女の子なら舞い上がってしまう子も多いだろう。
でも料理はぶちまけないでね?
「ひ、久しぶりだな! ロイドさん!!」
「久しぶりだ、ルーナちゃん。元気だったか?」
「う、うん! ご、ご注意は以上でよろしかったか!?」
「うん、ご注文だな。大丈夫だよ、ありがとう」
相変わらず一般人への外面だけはいいなぁ、この男は。ロイドを白い目で見つつ、私は周りを見渡した。
あれ、今向こうの席に座っている女性2人と目が合ったような────
「げっ」
「さっきの2人まだ着いてきてるな。何とかしろよ」
私に言われても、プライベートにこっそり後を付けてきているあの2人が問題だ。
大方、私とロイドが一緒に歩いているのを見て、私達をそういう関係だと思い興味本位で付いてきたのではないだろうか。
迷惑な話だよなぁ、こうならないために軍服も着てきたのに。
まぁ、別に尾行されるのは構わないし、私も人のことは言えないのだけれど、今日ばかりは勘弁してほしい。
ここは誰か店員に頼もうか────
「ねぇ、ルーナちゃん。あの2人つまみ出してくれませんか? キョロキョロしていて怪しいです」
「え!? え、お客様をつまみ出すのか? 私は嫌だゾ」
「お前本当に身内に血も涙もないよな」
今度はロイドが私を白い目で見る、普段そこまでじぶんも行いよくないくせに。
というか半分冗談のつもりだったが、どうやら2人は本気にしたようだ。
きっと、普段から染みついた私の真面目な性格のイメージが裏目に出たのだろう。ないか。
「嘘ですよ、私の同僚なので優しくしてあげてください。
でも、流石に聞き耳を立てられてるのはまずいですし……ルーナちゃん、あの2人に自然な感じでこちらに話しかけるよう言ってくれませんか?」
「え、う~ん……」
ルーナちゃんはもじもじとし始める。
「ルーナちゃん、お願いです。ロイドと、ミリアについて少し話をしたいんです」
「え? み、ミリアについてか?」
ミリアは本業忙しくなってからほとんど出ていないが、この店でバイトをしている。
ルーナちゃんもその名前を出されては他人事ではないはずだ。
「お願いできますか?」
「分かったゾ、やってみるな」
ルーナちゃんは私の言葉にすぐに納得してくれたようで素早く怪しいお客様2人組のところへ歩いて行った。
「ミリアになんかあったのかよ?」
「それは後で話します」
そのとき、クレアがこちらを呼ぶ声がして、話は中断される。
※ ※ ※ ※ ※
クレアとセルマが店から出た後、ロイドは手をたたいて笑い始めた。
なに、どうしたの、怖い怖い怖い。
「いやな? 本当にオメーが新しい隊で猫被ってるのがおかしくておかしくて」
「私コミュニケーション能力は低いですけれど、結構頑張ってるんですよ?」
「知らねぇよ」
失礼なやつだな、もうなんか面倒くさくなってきたし帰ろうか。
いや、それで困るのはどちらかというと私か。
「というか、ロイドはイスカと何か進展あったんですか?」
「あ”? 余程ぶん殴られてぇらしいな、何もねぇよ」
ロイドが大声を上げ、店の注目がこちらに集まる。
おいおい、あの2人が
というか、最悪私達もつまみ出されるまである。
「ロイドはイスカが好きなんですよね?
ミリアが今度2人だけで出掛けられる機会でも作ってあげよーって、意気込んでましたよ」
「そうだよ、好きだよ。で?」
おっとと、眼で射殺さんばかりの勢いで、ロイドに睨み付けられた。
女の子を射殺す話題の新星はどうかと思うが、からかいすぎた私も悪かったので文句は言えないか。
「で、話って何よ。これだけ付き合わせておいてくだらねぇことだったら、市中引き回しだからな」
ロイドはイライラと皿のブラッドソーセージに手を付けた。
「幹部候補がそんなことしていいんですか?」
「その話は失くなったよ。上がもっとふさわしい人材を見つけたんだと」
「あー、そうだったんですね」
このタイミングだと、その人材と言うのはアデクさんだろう。
どうやら遠回しに私が、ロイドの出世を阻んでしまったらしい。
そして親友の事を思い出して、私は本題を脱線していることに気付く。
「あ、そうそう。それでミリアの事で────」
「そうだよ、結局お前が何言いたいんだか分からねぇよ。今日、本当は何を話したかった?」
「あー、ミリアが裏切りの疑惑をかけられて軍に捕まりました」
「は……?」
私が急ぎすぎたのか、ロイドの反応は予想以上のものだった。
固まったように動かなくなってしまう。
私のレモンジュースをすする音だけがむなしく響く。
しばらくしてロイドはやっと石化から解かれたように動き出した。
「おい、その冗談は笑えねぇぞ……」
「嘘ついてないです。このことを知っている人はあまり多くないんですが」
ロイドは額に手を当てて、考え込むようにしながらぼそぼそと呟いた。
「間違いねぇのかよ? お前なら一番分かってんだろ」
「この目でしっかりと、私の目の前で。リーエルさんとアデク教官に先程の通りで連行されるのを確かに見ました。
本人も否定はしませんでしたし」
「だからさっき、訳分からんことを聞いてきたのね」
信頼してきた仲間が実は敵の工作員だった。
その事実は軍の次世代を担う若手エリートの心にも相当響いたようだった。
「いつの話だ? 罪状は?」
「1ヶ月ほど前の門番襲撃の犯人の疑いをかけられてですね」
「確かにaランクになったばかりなのにここしばらく見かけなかったな。
てっきり長期の任務にでも出てると勝手に思ってたんだがそんなことになってたとはね」
ロイドが静かに唸る。しかし、落ち込む彼の気持ちも分かるが、本題はここからだ。
「でも、捕まったのは間違いないんですけれど、それが妙なんです」
「妙って、何が?」
「捕まったはずのミリアがどこにもいないんですよ」
私はようやく、彼に今日の本題を切り出した。
「知り合いのツテ? みたいなもので軍警の監獄なんかを調べましたが、一緒に捕まった蜘蛛女たちの収容先は分かっても、ミリアだけがどこにいるのか分からなかったんです」
「はぁ、変なツテ持ってんだな。言いたかないが拷問所じゃないのか?
裏切りがバレて行くのはまずそこだろ、言いたかないが」
「そこもダメでした。連行していった、当のアデク教官やリーエルさんに聞いても言葉を濁すばかりで」
ロイドはしばらく考え込んだ後、何かを吹っ切ったように顔を上げた。
その顔は次期幹部候補としてふさわしい面構えに戻っている。
「結局、お前はオレにミリアを探してほしいって事で今日その話をしたってことでいいのか?
どこに捕まっているのか、もしくは何かのっぴきならない事情があって別の場所にいるのか、それを調べろと」
「そうです。イスカにも頼もうと思いましたけれど、彼女はお店に集中してほしいですし」
「アイツにそんな気遣い、必要かね……」
ロイドはソーセージの最後の欠片を口に放り込んだ。
「あともうひとつ、聞いてほしいことがあって……」
私は、そこで言葉に詰まった。
それを聞いて私は何になるのか。でも私はそれを知らなければならないだろう。
親友のために私がしてあげられることが何かないか、今の私にできることはこれくらいしか思いつかない。
「できれば、どうして裏切ったかも聞いてほしい……です……」
一瞬意外そうな顔をしたロイドだったが、すぐに落ち着いた様子に戻る。
「そうか、辛いぞ?」
辛いぞ────静かに言われた一言、分かっていたはずなのに突き刺さる。
親友を止められなかった、その事実を認めるようで、怖い。
「分かってます、それでも、知りたい……」
私は、声を絞り出すように言った。しばし沈黙が続く。
「分かったよ、金にも特にもならねぇが、元同僚の不祥事はオレの出世にも響きかねん。
したっぱ風情のお前じゃ出来ることなんかねぇしな」
「はぁ?」
合理主義を気取るクセに一言多い、この男の性格が悪いのはそれが原因だ。
「でも期待はすんじゃねぇぞ。最高司令官に直談判くらいしか思い付かねぇ」
「ありがとう、ござい、ます────それでも協力してくれるなら」
その後私達は少し話をしてから店を後にする。
すっかり暗くなってしまった店の外。
夏はすぐそこだというのに、あの日と同じような、嫌な夜風が吹いていた────
※ ※ ※ ※ ※
「ただいま」
“おかえり、案外早かったね”
「それほど長居するつもりはなかったんで。あ、もう食事終わりましたか?」
“うん、今日も美味しかったよ。ご馳走さま”
「お粗末様でした」
“でも、いつも言ってるけどもう少し質素なものでもいいんだよ? ボクはタマネギさえ入ってなければ何でもいいんだから”
「下手な物食べさせてたなんて知れたら、それこそ私がアデク教官に申し訳が立たないですって」
“全く、君は難儀な性格だよね”
「お互い様じゃないですか?」
“ははっ、そうかもね。ところで随分疲れた顔をしているけど大丈夫かい? 最近いつもため息ばかりじゃないか”
「あぁ、バレてましたか。最近辛くて……」
“まぁ、あんなことあった後だし、仕方ないか。でも根つめすぎないようにね”
「はい、肝に銘じます」
“君が素直に聞くとも思えないけれど、今晩は納得してあげるよ。ボクはもう先に寝るね”
「あ、そうですか。待たせてしまってすみません」
“大丈夫だよ、お休み”
私は、いつもベッド代わりに使っている寝床に戻る、クロネコを見送った。
「お休みなさい、きーさん」