「おはようございます、今日出かけるんですけどちょっと遅くなります」
“え、そうなの? どこ行くの?”
「ちょっと友人のマッサージ屋さんに行った後、昔の隊の仲間に会いに。夕飯は用意しておきましたから」
“そう、ありがとね。でもあんまり女の子が夜遅くまで遊び歩いちゃダメだよ?”
「はいはい」
“分かってる? 僕は君が心配で言ってるんだからね?”
「はいはい」
“ホントに分かってるのかなぁ~、君に何かあったらアデクに申し訳がたたないよ”
「なんなら一緒に行きますか?」
“冗談だよ、楽しんでおいで”
「はいはい、行ってきます」
※ ※ ※ ※ ※
人で賑わう繁華街、その片隅の小さなビルの3階。
そこに1年ほど前、話題のマッサージ店「ラ・ユグデミラ」がオープンした。
お客の入りは上場、繁華街の一等地に構える高級店に比べるととても安く、しかもマッサージの腕がいいので、その店は街の女子達の間でも中々に有名だった。
店長のイスカ・トアニは元軍人で、
店は彼女がたった一人で経営しているが、それもこの店の魅力の一つ。
女の子達にとっては店員が女性1人ということが、他のお店より近寄りやすい要素の一つとなっているのだ。
なお、1つ欠点があるとすれば────
「あーーーーーーー!! イタイタイタイタイタイタイタイ!! ストーーーップタンマタンマ!! いったん待ってくださいぃ!!」
「うるさい! どうして! こんなになるまで! 凝りを! ほっといたたの! ほぐす! こっちの身にも! なれっての! それっ!」
「あぁっーーーーーーー!!」
一つ欠点をあげるとすればめちゃくちゃ痛いこと。
大声を上げざるを得ないそのマッサージは、30分にも及ぶ。
「まぁ、痛くないやり方もできるし、ほとんどのお客さんにはそうしてるけどねぇ」
「じゃあ私にもそれを────」
「エリーは凝り過ぎだから優しくやってたら30分で終わらないからね。開店の時間遅らせられないしゆっくりやれないし。
行くよっ、そーれ!」
「あああぁぁーーー!!」
私の声がフロアに響き渡る。
店長のイスカとは知り合いのよしみで、開店前の人のいない時間帯に予約を入れることができたが、それでも下の階の人たちには絶対にこの叫び声が聞こえているだろう。
「もう凝りがほぐれなくてもいいんで優しくやってください……」
「そんな中途半端なことボクがするわけないでしょ?
それに知り合いのよしみとか言いつつお店開いてもう1年以上だよ、1度くらい顔出してくれればもう少し優しくできたかもしれないのになぁ~」
「いやー、休日に外に出るのって中々めんどくさ─────あ”ーーーー!!」
イスカはボクが一人称であるが、正真正銘の女の子である。
なぜ自分のことをそう呼ぶのかと昔聞いてみたら、兄が3人いてその人たちに影響されたとか。
この年齢で元軍人でマッサージ師とは、中々濃い人生してると思う。
まぁ、私にも兄がいるので人のことは言えないんだけれど。
ところで、痛い痛いとさっきから叫んではいるけれど、私の体が軽くなってきているという実感は確かにあった。
筋肉をほぐしつつ体に回復魔法を流し込むというこの店オリジナルのマッサージ方法は、一見豪快なようでとても繊細な技術を要するらしい。
「あ”ぁっーーーーーー!」
「もう少し静にしてよぅ!
下のお店に怒られちゃうでしょっ、ねっ!??」
「ふぁーーーー!! ちょ、まって! 足つった足! 朝ご飯も戻ってきた! ちょ、ヤバ、ヤバいですから!」
「吐き気とこむら返りはここのツボ押すと直るよん。それっ」
「にゃーーーー!! あっ。ホントですね、すごーい」
「そしてここは痛みのツボ」
「ギャーーー! 時間ないんじゃなかったんですかっ!!」
そんな技術の結集を身体で味わった私は、30分のマッサージが終わる頃、全身の凝りがよくほぐれ、今までとは見違えるほど身軽な体となっていた。
しかし喉はガラガラで─────
「びどい”め”に”あ”っ”だ……」
「レモンジュースポーション飲む? 枯れた喉、一瞬で直るよ」
「どう”も”、も”ら”い”ま”ず」
ちゅーーっ、しゅっぺ。
「ところでエリーが休日に出かけるなんて珍しいよね。なんか他にボクに用事でもあった?」
「え、あー本当はあったんですけどもう大丈夫です。それと今日はロイドと食事に出かける予定があって────」
「え、ロイドと!? エリー、君熱でもあるんじゃないの?」
「まぁ、本当に癪ですけれど私も彼に用事があったんで」
「それでついでだからと待ち合わせ前にボクの店に予約を入れたんだ」
「そ、そういうことです。なんかすみません……」
開店当日そのうち行くと安請け合いをして、結局1年もほったらかしたのだ。
親しい相手だけに申し訳なさが大きい。
「いいのいいの、君がそういう相手だってボクも充分分かってるし顔見れただけでも嬉しかったよ。怒ってないよ。じゃあお会計」
「え? お店入るときに開店祝いにもらった無料クーポン渡しませんでしたっけ?」
「あー、あれ使用期限開店から1年だからもう使えないよ。書いてあったでしょ」
「渡したとき言ってくださいよ、やっぱりイスカ怒ってるでしょう」
「さーてどうだか」
ニヤニヤ笑うイスカに、悔しいが私は現金を払う。まぁ、この店自体かなり良心的な値段だしそれはいいのだけれど。
それにここまでお金にしっかりしているイスカなら、この店は当分は大丈夫だろうなと安心もした。
※ ※ ※ ※ ※
イスカのお店を後にし、私が公園に来てしばらくすると待ち合わせの相手はわりかしすぐに来た。
「すごく待ちました」
「嘘つけよ」
「久しぶりですね、ロイド。1年ぶりぐらいですか?」
「一昨日会ったろ」
私達はいつものように軽口をたたき合って、繁華街に出た。
午後の時間になって先程通ったときよりも人で賑わっている。
「今日は全部貴方がおごってくれるって事でいいですね? 喰い潰していいんですね?」
「いや、お前に関してそういうことは一切ねぇよ。ところで何で今日軍服なんだよ」
ロイドの言う通り私は家を出るときからずっと休日なのに軍服を着ていた。
夏の入り口のこの時期は結構暑いので、着てきたことを少し後悔している。
「だって、ロイドとデートとかだと周りから思われたら嫌じゃないですか」
「ふんっ、若干当て付けくさいのは見逃してやる」
「その前に寄りたいところあるんですけど、いいですかね?」
私の言葉を無視して、彼はズカズカと約束した店の方向に歩きだした。
だから私も彼を無視して、行きたい方向に歩く。
「テメェ、いい加減にしろや。呼び出しといて何なんだよ」
イライラしたように、ロイドが追いかけてきた。
「その前に確認したいことがあるんですよ」
「クソ────くだらねぇ事だったら、張り倒してやる」
私は路地裏にロイドを誘導する。
この辺はそういうお店が多いから私は普段あまり通らないが、まぁ変な人に絡まれたらこいつを置いて逃げればいいだろう。
「どこへ行きたい?」
「あそこです、ほらそこの通りに出たとこ」
私がロイドを連れてきたのは、1か月ほど前、リーエルさんとアデク教官にミリアが連行された場所だった。
「ロイド、ここを見て何か気がつくことはありませんか?」
「気がつくこと? いや、ただの道だろ、眼ぇどうかしてんのか?」
「じゃあもしここで敵1人を味方2人で連行するとしたら、ロイドはどうやって囲い込みますか?」
「まぁ、昼間ならまずやらねぇ。暗くなった後なら────そことそこに立って2人で挟み撃ちする」
ロイドが指を指したのは、まさに先日リーエルさんとアデク教官が私とミリアを囲い込んだ場所だった。
やはり、見る人が見ればそうなのか────
「やっぱりそうですか」
「何が言いたい?」
「分かりました、寄り道はもういいです。あの2人もいなくなったみたいですし」
「あぁ、だれか付いてきてたな。なんだったんだ?」
「私の同僚」
まぁ、癪だけれどコイツには色々と話さなければいけないことがある。
一体何から説明したものか────