休日の昼下がり、自分は街の公園のベンチで目を覚ました。
「あー、寝ちゃってた。まぁいっか」
あくびをしつつボーッと空を見上げて、流れる雲が今日もいい天気だよーと教えてくれる。
「あ、セルマだ」
「ん!? クレアちゃん!?」
後ろからクレアちゃんの声がしたので振り向くと、やはりそこにはクレアちゃんがいた。
知り合いに話しかけられただけだけども、すごくびっくりした。
「ど、どうしたの?」
「ちょっと走り込んでたらあんたを見つけたもんで話しかけたんだ。迷惑だったか?」
「いや、ちょうど暇してたとこだけど……」
この間の事件から1月半、あれからというものクレアちゃんとは一緒にアデク教官にしかられたというのもあって、なんだかんだで少しずつ仲良くなっていた。
彼女もあれからよっぽど反省したのか、隊への文句などはあれ以来言うこともなく、黙々とトレーニングや訓練にいそしんでいる。
それにしても丸くなりすぎだな、まさか休日に声をかけられる関係になるとは思わなかったよ。
まぁ、前までの出世のための焦ったような言動が少なくなっているようなので、それが一番大きいかもしれない。
もしかしたらこの子は元来、こういう人付き合いのいい性格だったのかも。
「ところであんたは何してたんだ?」
「あぁ、ベンチで本を読んで────」
「ほう」
「風が気持ちいいなぁ~ってなって─────」
「ほうほう」
「寝ちゃった」
「ほうほうほう、ってのんびりしすぎだろ。ここいいか?」
「どうぞ」
クレアちゃんは自分の座るベンチの隣を指さす。自分も端にズレながら場所を空けてやる。
「どれどれ? あー、本当だ、ちょー気持ちいい。世界の全てがどうでも良くなる」
「そこまで?」
まぁそこまでではないにしろ、さっき自分も寝てしまったところなので気持ちはよく分かる。
今日の公園は比較的人も賑わっているので、人々の声が子守歌のようだ。
うとうとしながら、公園に来ている人たちに目をやる。
ゴムのボールで遊ぶ親子、黙々と風景の絵を描く画家、時計の下で待ち合わせをする若い軍人─────あれ?
「ねぇ、クレアちゃん、あれエリーちゃんじゃない? ほら、あの時計の下。休日なのに軍服まで着て、何してるのかしら」
「本当だ、ちょっと話しかけてこようぜ」
「ちょっと待って、あの人ほら! ガッチリした感じの男の人エリーちゃんに近付いてくる! もしかして彼氏!?」
いや、本当にこの予想は当たっているのかも!
あのエリーちゃんのベタベタしすぎない感じは案外男ウケがいいのかも知れないし。
「まぁ、それも有り得ない話じゃないだろうな。あいつだってそういうことくらいあるだろう」
「あ、でもエリーちゃん休日はあまり外に出ないって言ってたわ……」
「アタシ達に知られたくなかったんじゃないのか?」
「どうして!?」
「どうしてって、そりゃーあんた……」
クレアちゃんはつま先から髪の先までをゆっくり見渡した後、再び顔に目線を戻した。
「なに?」
「い、いや、何でもない……お、エリアル達歩き始めた。2人でどっか行くんだな」
「追いかけましょう!」
「は?」
その提案に、クレアちゃんは耳を疑ったような顔をする。
「追いかけて彼氏かどうか確かめるのよ!」
「お前、そこに何の意味があるんだよ……」
「変な男に騙されてたら大変じゃ……尾行したら面白そうじゃない!!」
「あんた本音と建て前って知ってるか?」
「というわけで行くわよ!」
「え、アタシも? もうひとっ走りしたいんだけど……」
悪いとは思いつつ、嫌がるクレアちゃんを無理矢理引っ張り、公園を後にする。
こうしてセルマとクレアの、エリーちゃん尾行大作戦が始まった!
「なぁ、こうなるから教えたくなかったんじゃ────」
※ ※ ※ ※ ※
クレアちゃんとガッチリした若い男の人を付けていると、2人は公園を出て人の賑わう繁華街に入っていった。
「アタシこの辺来るの初めてなんだ。人が多くて見失いそうだな」
「あれ!? よく見たらエリーの隣の彼、ロイド・ギャレットじゃない!?」
「ロイド・ギャレット?」
確か19という若さで超出世して今では隊を任されるほどになってるとかいう、超凄腕の軍人さんだ。
空いた幹部の席にはあの人が入るんじゃないかってのが有力だとか。
「あーあー、なんか聞いたことあるな。
そんなすげーやつならやっぱりデートじゃないんじゃないか?」
カップルか、どうなんだろうなぁ。
でも遠くからで表情や会話は読み取れないけれど、確かに2人からはそういう雰囲気を感じさせる雰囲気がある気がする。
「エリーちゃんは彼みたいな人がお好みなのねぇ、意外だなぁ。
クレアちゃんはあの人みたいな男性のタイプ、どう思う?」
「え、アタシか? んー、なんかスカしていけすか────」
「自分はもっと爽やかな感じの人の方がいいかなぁ~」
「おい、自分から聞いといて遮るなよ」
そうしているうちに、2人は繁華街の路地裏に入っていった。
「クレアちゃん! 裏路地にエリーちゃんが連れ込まれた! いや連れ込んだ! あれ!?」
「落ち着けよ、なんか同意の上みたいだし、邪魔しても悪いから今日のところは─────引けよ!」
追いかけようとする自分をクレアちゃんが止める。
「ここまで来て真実も知らずに帰れるわけないじゃない!」
「お前の熱意は一体どこから来るんだよ」
先程2人が入っていった路地裏に行ってみると、その先はT字路になっていた。
「あれ? どっちに行ったんだろ」
「行くならあっち行こうぜ。そっちは変な店多そうだから、行きたくねぇ────って、勝手にいくなよ! 勘弁してくれ……」
※ ※ ※ ※ ※
結局2人は見失ってしまったので、尾行大作戦は諦めるしかなかった。
「あーあ、残念」
「残念なのはアタシだよ、何で女同士であんな店の周りうろつかなきゃならないんだ」
「男の人だったら良かったの?」
「そういう話じゃねぇよ!!」
顔を真っ赤にしてクレアちゃんは怒る。
それを
「あ、クレアちゃん! あそこあそこ!」
「げ、もう勘弁してくれよ。アタシ帰る……」
「お店に入ってく! 自分が奢るから一緒に来てよ」
「しかたねぇな!」
ちょろ。
走ってお店の前まで来ると、その店はこの前エリーちゃんと食事をした場所だった。
店内に入って飲み物を頼み2人をしばらく観察したが、先程と何か変わった様子はない。
「全然会話が聞き取れないわね……」
「お客様、ちょっといいか?」
「ん?」
呼びかけられ振り向くと、ウェイトレスの格好をした小さな女の
先日この店に来たとき接客してくれたのとは別の店員さん────だと思う。
「あれ、店員さん? 自分たちの頼んだ物はもう全部来ましたけれど……」
「そうじゃないゾ、お客様から『変な人がキョロキョロしていて困っている』とクレームがあったんだ」
「ヴぇ!」
思わず変な声が出てちゃった。
こっそり尾行していたつもりがまさかの不審者扱いされるなんて!
「じ、じ、じ、自分たちは、そ、その、あの子に、よ、よ、用があって……」
「あ、エリーのお知り合いのお客様か?」
「え、え、え、え~っと……」
「なぁ、店員さん、アタシ達はあそこにいるエリアルと同じ隊なんだが、あの男とエリアルがどういう関係なのか知りたいんだ。あの2人は男女の仲なのか?」
どもっていると、クレアちゃんが助け船を出してくれた。
「あ、あ~なるほど、そう言うことだったか。なら、私なら直接聞いてみるゾ。そっちの方が早いからな」
「え!?」
「なるほど、一理あるな。おーい、エリアルぅ~!」
「ちょちょちょ、デート中の男女に突然話しかけるとかどんだけデリカシーないの!?」
「尾行してたやつがよく言うな!?」
呼ばれた声を聞きつけたエリーちゃんがこちらに気付き手を振った。
「あ、2人とも。何で着いて来ちゃったんですか?」
「知ってたのかよ。そこにいるのってロイド・ギャレットだよな? あんたら付き合ってんのか?」
「いいえ?」
エリーちゃんは少し嫌そうな顔をしてそう答えた。
それに続けてロイドさんも答える。
「なんだ、オレとお前が付き合う状況って。終末か?」
「そうですよ、クレア冗談きついですよ、筋肉だるまと付き合うほど理性は蒸発してないですってば」
「おい、失礼だぞ。オレも眼だけ腐乱魚類のお前とは嫌だ」
エリーちゃんがロイドさんに対してあからさまに舌打ちをした。この子こんなキャラだっけ?
「えーっとですね、彼とは昔同じ隊だったんですよ。昔の仲間が軍を止める送別会の相談で、仕方ないから今日
「そうだな、お前との食事なんかこれっきりにしたい」
2人ともお互い心底面倒くさそうにそう言い放つ。
「え、え? じゃあ2人は本当におつきあいしてるわけじゃないの!?」
「「全く」」
2人が同時にそう答える。
これは本当に付き合ってなかったのかな?
すると、それ以上追求したら怒られそうな雰囲気を感じたのか、クレアちゃんが会話を打ち切った。
「だとよ、悪かったな。セルマ、あんまり邪魔しちゃ悪いから帰るぞ」
「あ、そうね、ごめんなさい!」
「いいんですよ、いい加減この男と話すの疲れてましたから」
「オレもお前との長話なんてできれば避けたいな」
本当に息を合わせたようにののしり合う2人。
なんだかんだで仲はいいのかな?
「お邪魔しました! じゃあね!」
「また今度」
慌てて自分とクレアちゃんはお会計を済ませる。
お店を出ると、当たりはもう夕方になっていた。
「やっぱり、あの2人そういう関係だったのね」
「違うつってたろ。アタシ疲れたから帰るな」
「そう、引き留めちゃってごめんなさいね」
「本当にな!」
クレアちゃんはそう呟くとため息をつきながら帰って行った。
結構楽しんでたくせに。
自分もそろそろお家に帰ろうかな。
今日のデートしていた2人を思い出しながら、自分はある人物のことを考えていた。
自分には「憧れの人」というのがいる。
強くて優しくて、いつでも自分の味方をしてくれたあの人────
そして「憧れ」はいつしかもっと別の感情に変わり────
しかしそれに気付いたときにはもう彼は遠くに行ってしまって、手遅れになってしまったこの気持ちは自分の中でずっともやもやとしまい込んだまま。
だから、今日みたいに誰かがいい雰囲気だとつい首を突っ込みたくなってしまう。
自分の一番悪い癖。
それが応援なのか憧れなのか妬みなのか
彼は今でも元気にやってるのかな。
そんな自分の考えとは関係なく、今日も夕日は沈んでゆく。