「ぎゃあああぁぁぇぁぁぁーーー!!」
通路の向こうから転がってきたのは巨大な球体の岩石だった!!
死ぬっ────!
とっさに顔を押さえた私だったが、しかし体を岩に潰される衝撃は、いつまで経っても感じなかった。
まさか、「死ぬときは一瞬だ」的なあれで、私は既に死んでしまったのだろうか。
だとしたらイタくないのはよかったけれど────
「いつまでそうしてるんだ?」
「へ?」
私はログフィールド氏に声を掛けられ、恐る恐る目を開けた。
そこで初めて自分が死んでいないことに気付く。よかった、確かに生きている。
「さっきの岩は─────」
「これか?」
「え……えぇ!?」
私を潰そうとした岩は、ログフィールド氏が受け止めていた、しかも片足で。
「よっ!」
ログフィールド氏はそのまま岩をパンチで砕き、塞がれた道を再び通行できるようにした。
なんていうか、全てが規格外すぎてログフィールド氏の一連の行動を、私はボーッと眺めているしかなかった。
そういえば彼は巷で【伝説の戦士】と呼ばれていたことを想い出す。
いけ好かない性格ではあるが実力は確か、あんな大岩でも難なく止められてしまうのだろう。
「ど、どうして助けてくれたんですか?」
「守る努力はするつっただろ」
「は、はぁ……」
結構酷い態度を私はとり続けているはずなのだが、それをあまり気にしていない風にログフィールド氏は見えた。
私のイライラがあまり伝わっていないようで腹立たしくもあり、かと言ってこのまま邪険に扱うのは私の良心が痛む。この心の矛盾はどうしたものか。
「ここで司書さん、君だけでも帰ったらどうだ?」
「い、嫌ですよ! 本来これは私の仕事なんですから!!」
やはりいけ好かない気持ちが勝ってしまった。
私はログフィールド氏を追い抜いて先に歩き始める。
「あの子を早く見つけないと!!」
「おいだからあんまり焦って先行くなって、あっ─────ほら」
通路の端から私に飛んできた毒矢を、ログフィールド氏はすんでの所で受け止めた。
※ ※ ※ ※ ※
長い長い通路が終わり、その先に広がる不気味な部屋の手前に私達はたどり着いた。
「おい、いたぞ」
「いましたね……」
部屋からは、赤いドレスの女の子がまた先程と同じようにこちらを覗いていた。
今度こそ逃してなるものか、私はそう心に決め前に踏み出す。
最初の大岩に始まり、毒矢に落とし穴、果ては催涙ガスに電流まで。
ここまでの道中、私はそれらのほとんどに引っかかり、全てログフィールド氏に助けてもらった。
なんというか、あれだけイキっておいて、情けない。
体はボロボロのヘトヘトだが、せめて最後ぐらいあの子を保護するくらい役に立たなければ。
「また大声書けたら逃げちゃうから、ゆっくりゆっくり……お姉さんは怖くないよ────あっ!」
女の子は、近付くと奥の部屋へと再び逃げてしまった。
「あー、もう!! ってあれ? ここは?」
女の子の逃げ込んだその部屋はどうやら行き止まりだったようだ。部屋の奥で立ち往生している。
「もう無理矢理捕まえるか?」
「怖がらせちゃダメですよ、それにもう逃げられませんて。
ね? 怖かったよね? もう安心だから────」
しかし、女の子は再び逃げ出す。
しかも今度は先程本棚に消えたときとは違って────
壁を──
「ええええええええええぇぇぇぇぇぇえ!!?!?」
私の大絶叫が狭い部屋の中に木霊して、グワングワンと空気を揺さぶった。
「ううううう、うそ!? 今すり抜けました!? 女の子が、か、壁を!!?」
パニックが、心臓の鼓動が、冷や汗が止まらない。
見間違いなのではない、絶対。なんで!?
「それより見てみろ、これは────」
私の大絶叫をほとんど無視して、ログフィールド氏は部屋の奥の女の子が消えた壁に手をついた。
「ななな、なんなんですか!?」
「これ、よく見たら壁じゃない」
ログフィールド氏は、壁を軽く手ではたいた。
すると表面の土がバラバラと落ち、代わりに出て来たのは鉄製の重々しい扉だった。
「な、なにこれ……」
「間違いない、この扉は大聖堂の入口だ」
「うそ────」
大聖堂、単なる都市伝説だと思っていた。
しかし、それらしきこの扉は間違いなくここにある。
「お、女の子は!?」
「見ただろ、この奥に突き当たって、そのまま消えたんだ。扉を開けたわけでもない」
「…………」
否定しようにも、今確かに自分で見たことだから違うとも言えない。
ということはあの女の子が噂の亡霊で、私達をここに案内したのだろうか。
「亡霊なんていたんですね、未だに信じられない」
「いや────」
考え込んでいた様子のログフィールド氏であったが、これだけは間違いないというように口調を確かにして呟いた。
「あれは────『概念』だ」
「『概念』?」
「概念」、その言葉に正直ピンとこない。
「あの、『概念』てどういうことですか?」
「まぁ、つまりあの子なんて元々いなかった……いや、いるけどここにはいなかったって事だ」
「はぁ……?」
言っている意味が全然分からない。「概念」だの、消えた女の子だの、大神殿だの、今の疲れた私にはキャパが重すぎる。もう少し落ち着いてから考えたい。
まぁ、唯一分かるとすれば────
「ここにあのドレスの女の子は存在しない、探しても意味なかったって事ですか?」
「いや、ここまで来れたことに意味はあるんだが────まぁ、
そう言ってログフィールド氏は元の道を帰ろうとする。
「あの────」
「なんだ、何か引っかかるのか?」
私は戸惑った。ここまで掛けてせっかく来たのに、そんなあっさり引き返していいのか?
「あの女の子が扉の先にいるかも知れないじゃないですか、助けなくていいなら私に分かるように説明してください」
「松明だよ」
ログフィールド氏は疲れた様子だが、間髪いれずにそう答えた。
「オレらより先にあの子がここに来たなら、あの道にだって先に松明が灯ってるはずだろ。
罠だってあの子が引っかからずここまでたどり着けるはず無いじゃないか」
「あっ────」
つまり、女の子はやはり、見えてはいても存在していなかったと言う裏付けになる。
納得した私は、ログフィールド氏に素直に従うことにした。
扉の先は気になるが、もうこれ以上何かあったら、私の心臓が持たないかも知れない。
※ ※ ※ ※ ※
帰り道は、行きに既に発動したものばかりだったので特に罠にもかからず、元の道を順調に戻れた。
図書館は薄暗くともこの中はさらに暗かったので、出口の光が眩しく感じる。
「あれ?」
入口の階段から上を見上げると、多くの司書達がゾロゾロと外に集まっていた。何かあったのか?
私は走って駆け上がり、その人混みに出た。
「ど、どうしたんですか!? 皆さん何かあったんですか!?」
「ティナ!!」
人混みをかき分けて出て来たルーナが私に飛びついた。
「え、どどど、どうしたの!?」
「心配したんだゾ! よかった、戻ってきて……」
周りを見ると、他の司書達もそれぞれに安堵の声を漏らしていた。
「本当に一体何があったの!?」
「ティナが3時間も戻ってこないから心配して見に来たんだゾ!
そしたらこの扉が開いていて……」
「え、うそ!?」
時計を見ると、既にお昼私が事務室を出たときから4時間半は経っていた。
なるほど、この人混みは私を心配した司書達の集まりだったのか。
そういえば、帰ってきた者はいないという噂もあったことを今さらながらに想い出す。
まぁ、今実際私はこうして帰ってきているのだが────
「ティナ・マイラー! お前なぜ勝手にこんなことをした!!」
大声の主はあのはげ頭の上司。頭ごなしに私を怒鳴りつける。
「大体貴様はいつもいつも私に迷惑ばかりかけおって!」
「え、あ……その────」
「オレが連れて行ったんだ」
私より少し遅れて顔を出したログフィールド氏が、上司の説教を遮る。
私に集まっていた注目は、一斉に彼の方へと切り替わった。
「あ、貴方様はアデク・ログフィールドさん……!?」
「そうだ」
上司のその言葉に周囲の司書達がざわめく。
「だれ?」
「知らないの? エリアル軍の【伝説の戦士】だよ」
「【伝説の戦士】……この街に戻ってきていたという噂は本当だったのか……」
「私、今日受付で見たかも……!!」
口々に彼に対する情報を交換し合う人々。
若い人が発する彼への言葉はまちまちだったが、ログフィールド氏より年齢の高い司書達の声からはどれも、彼に対する尊敬や畏敬の念が籠もっているのがよく分かった。
「一体なぜ貴方様がここに……?」
「この階段の奥を調査していたんだ。そして大聖堂の入口が見つかった」
周りの司書達が一斉に驚愕の声を上げる。
司書たる物、一度は大聖堂についての噂くらい耳にしたことがあるのだ。
「そ、それは本当ですか!?」
「あれは都市伝説だったんじゃ────」
驚くのはもっともだ。私だって未だに信じられない。
「間違いない。この子のおかげで見つけることが出来た。オレが協力を頼んだんだ」
そう言ってログフィールド氏は私を見た。
「な? そうだろ」
「は、はいそうです!」
半分、というかほとんどというか、まぁ全部嘘みたいな物だったけれど、私はその嘘に乗っておくことにした。
「そ、そう言うことだったのか……それならそうと早く────」
「説明前にアンタが怒鳴り散らしたからだろ。もう少し冷静に部下の話も聞いてやれ」
「なっ!?」
ログフィールド氏に指摘され、はげ頭の上司はバツが悪そうにおずおずと人混みの中に下がっていった。
私はログフィールド氏が嫌いだが、先程の言葉はこの日一番スカッとした。
実は悪い人ではないのかも────
「ということだから、これから大神殿の探索のためにしばらく人が出入りするかも知れない。それでもいいか?」
「あ、はい。それは全く構いませんが……」
「分かった、軍側にはオレの方から報告しておく」
そう言い残すとログフィールド氏は人混みをかき分け去って行った。
私はその背中を追いかける。
「ログフィールドさん! さっきはありがとうございました」
「礼を言ってくるなんてどういう風の吹き回しだ?」
「最低限礼儀だけは果たさないとと思いまして」
「まぁいや、こちらこそ付き合わせて悪かった」
そう言ってログフィールド氏も、礼儀でお礼を言う。
「それと、今すぐじゃないけどいつか機会があったら必ずカレンとは腰を据えて話す」
「本当ですか!?」
その意外な一言に、私はつい声を弾ませてしまった。
「まぁ、どういう結果になるかは分からないけど、このままはオレも納得いかないからな」
そう恥ずかしそうに言うと、ログフィールド氏は今度こそ帰って行った。
「オレも、カレンのことは嫌いじゃないんだ」
その後、大神殿研究のための探索隊が結成されることとなる。
考古学者や雇われのトレジャーハンター、各地のお偉いさんが来て、いつも賑やかな街が、より一層騒がしく賑わったのだった。