長い金髪に赤いドレス、とても顔立ちの整った少女が、そこには、いた。
まだ年端もいかない年齢だというのは分かるのに、それでも羨ましくなってしまうような、高い鼻にクリクリとした眼。
「かわいい」ではなく、「綺麗」と言う表現がよく似合う。
覚えていないけれど、昔持っていた人形がこの子だ、と言われたら見た目だけならあっさり信じてしまっただろう。要するに、見とれてしまった。
「そ、そこのドレスの子! ここは13歳未満は保護者がいなければ──あ、待ちなさい!」
私が注意すると、女の子は踵を返して逃げ出してしまう。
「あんな大声出すからだゾ」
「そんなこと言ってないで早く追いかけますよ! あとその喋り方止めてください! 凄く冒涜されている気分になる!!」
私とログフィールド氏は走って少女を追いかける。
図書館で走るのはもちろん御法度だが、緊急事態だから仕方がない。
「捕まえたっ────あれ!?」
角を曲がったところで追いつき袖を掴もうと手を伸ばしたが、少女のドレスは私の手をすり抜け、そのまま逃げ去ってしまう。
「待って!!」
おかしい、何度繰り返しても捕まえるどころか服さえ触れることが出来ない。
「ハァハァ……なんで……捕まら……ないのっ!!」
「おい! あれを見ろ!!」
ログフィールド氏が指差す先、息も絶え絶えな私は、そこで見た。
ドレスの少女が
「えええええええ!?」
あり得ない!目を疑う!!本棚に少女が吸い込まれた!!
「い、一体どういう────んん!?」
少女が消えた本棚まで駆け寄り、その真相は分かった。
ただそこの本棚が他の本棚より後ろにズレていたため、遠くからだと消えたように見えたのだ。
「なんだ、本棚に消えたのかと思った」
追いつくログフィールド氏、彼も私と同じように見えたらしい。
しかし問題は、その下の
「司書さんよ、
「分かりません、見たこともない……」
「なに?」
この大図書館勤務の最初の3ヶ月は迷路のような図書館の構造をみっちり覚える。
私が新人だった当時もその地獄の暗記期間は存在し、厳しい上司を恨み続ける日々だったが、おかげで今は困らずにやっていけている。
だから、こんな不自然なものあれば、絶対に忘れるはずがないのだ。
そう、こんな
正直こんな階段があるなんて、女の子が本棚にすり抜けることと同じくらい驚きだ。
「なんなのこの階段……」
「噂の大神殿への入口か?」
「まさか────いやまさか!」
頭の中で二度大神殿の存在を否定する。そんなものあるはずがないと。
「あぁ、おい見てみろよ、ここが仕掛けになってる。
この入口は隠し扉みたいな構造になってて、それが作動したんだな」
「誰がなんのために開けたんですか?」
「さぁ?」
あっさり隠し扉の秘密を解読したログフィールド氏だったが、そこまでは分からないらしい。
「まぁ分かんねぇが、さっきの子がここで消えたんだから、階段で降りていったのは間違いないだろうな」
「です……よね」
しばし沈黙が続く──これからどうする?
「行ってくる」
突如ログフィールド氏はそう言うと、奥に暗闇の広がる階段へ足を踏み入れた。
「え、何でですか!?」
「あの子がこの中に入ったならそのままにしておけないだろ」
「でも……」
本当にこの中に人間が入っても安全なのだろうか。
この階段の下、見るからに暗くて危険そうだ。
いや、多分ログフィールド氏なら大丈夫だろう。
しかし問題は女の子。彼女を救助するのが目的なら、それは本来ログフィールド氏ではなく私達司書の役目である。
「待ってください、私も行きます!」
「なに?」
「女の子を放っておけません!」
「危険だぞ、オレも努力するが守ってやれるかは分からないぞ?」
「それでも────それでも!!」
それでも行く。しばらく私の顔を無言で見ていたログフィールド氏だったが、観念したというように眼を細めて階段を降り始めた。
「邪魔はするなよ」
「ぐっ────」
一言多い。
※ ※ ※ ※ ※
「こんな空間があるなんて、今まで気づきもしなかった……」
下に下にと続く真っ暗な階段を手探りで下りながら、私は誰にでもなく呟く。
「この壁の古さや造りからして、恐らくこの図書館が出来るよりも前にここにあったんだ。
むしろ、この通路を隠すために図書館が作られたのかも知れねぇ」
「それって────」
一体どのくらい前なんだ、途方もなさ過ぎる────
「あれ?」
1時間ほど降りたのか、いや本当は数分だったかも知れない。
時間感覚がおかしくなるような、このまま永遠に続くと思われた階段は、なんの前触れもなしに終わっていた。
その代わり、さらに先に人が充分通れるほどの通路が見える。
「降りていいんですかね?」
「怖いなら俺が先に行くよ」
そう言ってログフィールド氏は私の横を通り通路に降りた。
すると、先程まで暗かった周囲に明かりが灯る。
「うわっ、眩し────なんですかこれ?」
「
そう言われ恐る恐る目を開けると、暗い中にぼんやりと光る無数の「陽炎」が、ゆらゆらと揺れて通路の先の先までを照らしているのが見えた。
「あの子は────いない」
「いない、らしいな」
松明が照らす範囲は狭いので見える範囲は限られるが、少なくとも視界にそれらしき人影は見られない。
「奥に行ったんですかね」
「かもな」
「じゃあ追いかけないと」
そう言って私はログフィールド氏を追い越して先に進んだ。
「おいまてよ、もう少し慎重に行け」
「そんなこと言ったって、もしあの子に何かあったら……あぅ!?」
喋りながら歩いていると、突然身体の力が抜け私は膝をついてしまった。
「おいどうした?」
「うぅ……」
倒れ込みそうになる私を、ログフィールド氏が急いで支えてくれる。
少し癪だったが、突然のことだったので私は彼に全ての体重を預けてしまった。
「大丈夫か!?」
「なんだか……力が抜けて……」
足や腕やら、全身に力が入らない。
「本当に大丈夫かよ────あ、なるほど」
周りを見渡したログフィールド氏が、私の足元を見て合点がいったように頷く。
「なんなんですか、どうして力が……」
「ここに魔力を吸収する板があるからだよ」
そう言ってログフィールド氏は私を移動させた。すると、身体の力が徐々に戻ってゆく。
「魔力を吸収って、私に魔力なんてあるんですか?」
「魔力は誰にでもあるよ、それを使えるか使えないかは修行次第だけどな」
と言うことは今の床を踏んだことで、私は自分の中にあった魔力を吸い取られて座り込んでしまったという訳か。
魔力を吸われると言うのは初めての感覚なので、中々に戸惑う。
「あの、ここを作った人はなんのためにそんな床を……?」
「『ワナ』だろうな」
「『ワナ』?」
「ワナ」って、あの「罠」か?
「他に何があるんだよ。この図書館を護るために造られた『罠』で、間違いない。
侵入者から魔力を吸収して、その力を使って相手を殺害する。それなら長持ちもする上に相手も動けずあっさり死んでくれるから、一石二鳥なんだ」
「なるほど─────って、えっ!?」
あまりにさらっと説明され、私は最重要の言葉をスルーしそうになる。
「殺害って、私死んでないですよ!?」
「だから、今から死ぬんだろ」
「どういう────ん?」
言葉の意味をハッキリと捉えられずにいると、どこからともなくゴゴゴと低い音を立て、耳と身体に地響きのような震えが伝わってきた。
「来たな」
そう言ってログフィールド氏は通路の奥を見やる。
何か大きな影が、来る?
「あれは────」
近付くにつれ松明の光だけでは見にくかったその影が、徐々にハッキリとしてきた。それは、とても見慣れた光景だった。
「もしかして────」
いや、見るのは初めてなのだが、初めてだと感じさせないほどベタ中のベタ。
通路の向こうから、巨大な岩石が転がってきた。
「ぎゃあああぁぁぇぁぁぁーーー!!」