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帰りたい(24回目)  第3の作戦


 アタシは森を抜け河原に戻る。

 蜘蛛女はと言うと今まさに自分の氷を取り払い、動き出すところだった。


「よぉ、大変そうだな」

「ふぶぶっ、何戻ってきたの、したっぱちゃん! 貴女もしかして仲間のために犠牲になるつもりなの?

 美しい絆ね。でも貴女はすぐ死んでじきに仲間も貴女を追いかけるわよ!」

「そんなんじゃねぇよ」


 ブンブンと鞭を振り回し手元を慣れさせながら、蜘蛛女はゆっくりとアタシに近付いてきた。


 この蜘蛛女の言う通り、アタシは死ぬかも知れない。しかしアタシはここでやられるわけにはいかなかった。

 なんとしても作戦を成功させて、2人を助けなければ────


   ※   ※   ※   ※   ※


「作戦を……作戦を考えていて……3つ思い……つきました……」

「おぉ! じゃあそのうちのどれかを────」

「それは……貴女が、ク……クレアが……1つ……選んで……く、ください……」


 聞いたアタシは耳を疑った。自分の作戦なのにそれを選べだなんて。

 エクレア軍の指揮官は作戦を立てるとき、正式に実行が決定するまではほとんどの部下にはそれを口外しないという。


 それは仲間に裏切り者がいる可能性もあるが、なにより手柄がとられる心配があるからだとか。優秀な部下こそそれをやりかねない。

 ましてや自分の考えた作戦を選ばせるリーダーなど、やはりアタシは認めるわけにはいかない────


「それでいいのかよ! 手柄をとられるかも知れないんだぞ!」

「手柄なんて、いいです……生き残れるなら……」

「あっ……」


 そうか、コイツは生き残ることを第一に考えているのか。

 手柄も出世も度外視して、あくまで今この時ピンチを脱する一番の方法を考えようとしている。


「聞かせてくれ」

「一つ目。これは簡単な作戦です。私達二人を置いて、クレアが逃げ────」

「却下、やだね」


 なんだ、作戦てそんなことか。正直がっかりだ。

 アタシだけ逃げろと言われる前に言葉を切った。そんなものは作戦とは言えない。


 正直この2人がどこで死のうが私には関係のないことだが、今だけは仮にもアタシの「味方」だ。

 そんな「味方」を置いて自分だけ逃げるというのは、アタシ自身のポリシーに反する。


「じゃ、じゃあ2つ目、セルマを抱えて2人で逃げ────」

「それも却下」


 理由は1つ目と同じ事だ。


「じゃあ……3つめ……」

「まさか、セルマを置いていく気か!?」

「バカ! そんなことしませんよ!!」


 そう叫ぶと、エリアルは荒い呼吸でむせてしまったようで、しばらく咳を続けた。

 すぐに咳は止んだが、その顔は先ほどより相当青ざめている。


「じゃあ3つ目って何だよ」

「3つ目は……」


 エリアルが先ほど走ってきた方向を指さして言う。


「3つ目はクレアが、時間を稼ぐこと……です」

「時間を? それってアタシとあの蜘蛛女の足止めをするって事か?」

「そう、です」


 そんなことして何になるんだ?例えアタシがあの蜘蛛女の前に出て戦ったって、稼げる時間はわずかだろう。

 エリアルが体力を回復する暇もなければ、アデク教官に見つけてもらう暇もない。


「いいえ、3分──3分でいいんです。そこからは私が、何とかしますから……」

「で、できるのか?」


 正直その作戦はとても不安だった。アタシがあの女の前に出て行って3分間時間を稼げる自信はなかったし、そもそもこの状況を覆せる方法があるとも思えない。


「悪いけど、アタシ一人じゃそんなに持たない……」

「随分と弱気ですね……」

「なに!?」


 この言葉には流石にカチンときた。

 確かに手柄を立てるため意気揚々と街を出たアタシだが、ここまで力の差を見せつけられてしまうと、流石のアタシでも向こう見ずではいられなくなる。

 2人には啖呵を切ってしまったが、正直ブルってしまったのは事実。


 止めてもらえて正直ホッとしている自分も心の中にいたのだ。

 それを見透かされたようでなんだかムカムカする!


「自信がないならこう言うのは、どうでしょう……」

「あん?」


 エリアルがアタシに耳打ちをする。


「ま、マジか」「マジ」


 どうやら冗談やはったりで言っているわけではなさそうだ。

 その証拠にエリアルの目は普段の死んだ魚の眼とは打って変わって、覚悟に満ちていた。


「────っ、分かったよ、何をやるかはしらねぇが、第3の作戦に乗ってやる」

「本当ですかっ?」


 そしてエリアルは再び咳き込む。本当に大丈夫なんだろうな────


「じゃあ、後は任せたぞ」

「分かり……ました。お、お気をつけて!」


 自分も辛いだろうに、そういいつつエリアルはセルマを押さえ込んで守っていた。


「おいリーダー、セルマを頼んだぞ」

「え、今なんて?」

「うるせぇ!」


 またまた咳き込むエリアルを後にし、アタシは蜘蛛女のいる方向へ歩き出した。



   ※   ※   ※   ※   ※



 最後にエリアルの事をリーダーと呼んだのは気まぐれじゃなかった。

 今までしたっぱを2年も続けたダメな奴かと思っていたが、作戦を見通す能力や強力な魔法を使えることは確かだし、先程の覚悟に満ちた目は確かに本物だった。


 アタシもあんな目をする奴なら、認めてやってもいいかと心を動かされるくらい、本物だ。

 しかしいざ口に出したことを思い出すと、なんだかむずがゆくなるものがある。アタシは熱くなる耳を意識しないように、蜘蛛女の方を見た。


「頼むぜエリアル、こっちも命預けてるんだからよ……」

「ふぶぶっ、どうしたのよ! 何もしてこないならまた宙づりにしてあげるわ!」


 そう言うと蜘蛛女は糸を鞭のように束ねこちらに振り下ろしてきた!


「くそっ!」

「ふぶぶっ、逃がさないわよ!」


 そう言うと蜘蛛女は2回3回と鞭を振ってくる!

 怒濤の攻撃をなんとか避けるが、それは自分の技術からしたら奇跡に近いものだった。しかしその奇跡もそう長くは続かなかい。


「ぐわっ!」

「ふぶぶっ、大当たり~!」


 バシンと大きな音がして鞭が肩を打ち付け、アタシは膝をつく。

 まだまだ時間は残っているのに、すでにかなりきつい状態になってしまった。


「ふぶぶっ、終わりよ!」

「あぶねっ!」


 なんとか地面にゴロゴロと転がってその攻撃を避ける。

 心なしか蜘蛛女の攻撃は先ほどより弱く遅くなっている気がした。


「ふぶぶっ、外しちゃったか……次は殺す!!」


 しかしその攻撃も間一髪で避ける。やはりおかしい、ここまで能力を使いこなしている人間がこんなに外すことがあり得るだろうか?

 もしかして、この女もエリアルの攻撃でっている・・・・のでは!?


「ハァハァ、あんた、スピードが遅くなってるな」

「なっ!」


 アタシは何とか立ち上がり、蜘蛛女を挑発する。

 少しでも会話で時間を稼げればアタシの体力の回復もできるし、こうして相手を煽ることで動揺も誘える。


「ふん、大方アタシら相手に余裕こいてたのに中々掴まらなくて、だんだんイライラしてきてるんだろ。そう言うストレス、しわになるんだぜ? お・ば・さ・ん!」

「お、おばっ!?」


 おぉ、効いてる効いてる。相手への挑発、これは先程エリアルが私に耳打ちした作戦だった。

 通常相手を罵ることは戦場では怒りを買うだけだけれど、3分という短い時間を稼ぐなら会話は時間が最もとりやすい方法だとか。

 相手が動揺すれば短い時間の中で限るなら有利に立ち回れる──らしい。


「本気で私を怒らせたわね……」


 プルプルと震える蜘蛛女のめはさっきよりも殺意に染まっていた。


「おっとと、怖い怖い」


 アタシはおどけたように下がってみせる。ふざけた態度も相手を挑発するため────


「かかったわね……!」

「ん────なっ!?」


 後ろに下がったアタシは驚愕する。

 足に何かベタベタしたものが張り付いて──足が動きづらくなった!?


「まさか────これも糸!?」

「正解!」


 いつの間にこんなものを!?

 しかし考えると心当たりはあった。先程この女と対面したときだ。

 そのときこの女は糸を振り回していたけれど、それは手元を慣れさせるためではなく、この粘着質の糸を周りに飛び散らせるためだったのか!


「ふぶぶっ、喰らいなさい!」


 機動力を奪われたアタシに振り下ろされた激しい鞭の連続攻撃が激しく体を打つ。しかも今度は全ての攻撃が当たった。


「グハッ……」


 ついに耐えきれずに膝を付く。女の近付いてくる足音が不気味だ。


「ふぶぶっ、まだ息があるの? したっぱのくせに手強いじゃない。でも、もう終わり……」


 蜘蛛女はアタシの首をつかみ、そのまま空中に吊り上げた。


「随分てこずらせてくれたけれど貴女一人じゃ大したことなかったわね……」

「や……め……ろ…………は……な……せ……!」


 蜘蛛女の手にどんどん力が入ってゆく。

 まずい、意識が朦朧もうろうとし始めた。


 アタシは結局作戦を果たせなかったのか、軍人失格だ。いや─────


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