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帰りたい(23回目)  蜘蛛の糸


 敵は目の前、しかしセルマはぐったりと動かなくなっていた。


「おい、大丈夫かよ!?」

「衝撃で気絶してるだけみたいです、傷もほとんどありません。それより今は逃げないとっ」


 私がセルマを持ち上げようとすると、それより先にクレアが背負い始めた。


「あ、ありがとうございます」

「ちっ、撤退だからな! 早く乗っけるの手伝え!」


 そういう間にも蜘蛛女はこちらにどんどん近付いてきている。

 素早くクレアの肩にセルマを乗っけると、きーさんを抱え私達は蜘蛛女から逃げ出した。


「おい、ていうかどうしてあの蜘蛛女はあたし達の居場所が分かったんだ!

 音が聞こえない結界をこいつ──セルマが張ったんじゃなかったのか!?」

「それは分からないですけれど、気配でこちらが分かったとか────あ、クレアジャンプしてくださいっ」

「おわっ!?」


 走っている途中ではあったが、今確かに何か見えた。それを飛び越えるように、私もジャンプをすら。

 足元の近くに光る糸のような物が張っていたのだ。


「人を一人おぶさりながら走ってる人間に、さらにジャンプさせるとかお前は鬼か!?」

「そうじゃなくて────あ、またジャンプっ」

「くお!! だからなんでだよ!?」


 そう言いつつ従ってくれる辺り、彼女も根は真面目なのかも知れない。いや、そうじゃなくて────


「罠なんですよ……」

「はぁ!?」


 相手は蜘蛛の糸を使い、そしてなぜかこちらの居場所が分かった。

 それは気配などではなく多分────


「糸を使ってるんです」

「どういうことだ?」

「あの女はここ一帯に見えない糸を張って、触れたり切れたりした振動でこちらの位置を探っているんです」


 そう考えると色々と辻褄つじつまが合う。

 先ほど岩の影に隠れていたこちらの場所が分かったのも、先頭のクレアが岩と木の間に張ってある糸に触れたためだろう。


 あの女がうずくまって動かなかったのはセルマの目潰しが効いたからではなく、単にこちらが罠に引っかかり、居場所をさらけ出すのを待っていたと言う訳か。

 もしかしたら最初にクレアを捕まえたのも糸で反応を感じたからかも知れない。


 恐らく本人は敵がこの森に自分を捕縛しに来ることを想定した上で作ったのだろうが、それを今私達を捕まえるために使っているのだ。


「だとしても、どうやってあの岩を砕いたんだよ!! 糸で切ったって言うのか!?」

「それも多分糸です、糸は束ねれば『糸』は『紐』になります。

 それを利用してあの女は鞭みたいに私達を狙ったんじゃないですかね?」

「そういうことかよ!」


 そう分析をするとかなり使いこなしている相手だということがよく分かった。

 つくづく私達3人では手も足も出せない敵だと言うことを思い知らされる


「クレア、この暗い中なら糸を踏まなければ相手を撒くことが出来るかも知れません。実際結構引き離しましたし────」

「そんなこといったって────うお!」

「あっ」


 失敗した。クレアは三度足元の糸に気付いて飛び越えたが、うっかり踏んでしまった。 

 もちろんこの振動は相手にも伝わり────


「おまっ! ふざけんな!」

「ごめんなさいクレア伏せてっ」

「うにゃー!」


 私とクレアは同時に体を地面に伏せる。その瞬間私達の周囲の木々が全て横に切られ、木の幹がえぐり取られた。その威力に、私達は唖然とする。


「ぶふふっ、そこねっ!」

「は、早く立ってください、逃げましょう」

「そ、そんなこと言ったってあたしは人を背負ってるんだぞ!」

「ふぶぶっ、そうよ! そんなお荷物背負ったままじゃ逃げ切れないわ!」


 蜘蛛女はすぐそこまで迫っていた。何とか必死に体勢を立て直し走り出すと、森は終わり私達は大きな川のほとりに出た。


「おい、どうすんだよ、ここじゃ隠れるものが何もないぞ! 泳いで渡るか!?」

「いいえ、そんなスピードの下がることをしたらいいマトになるだけです」

「じゃあどうしろと────」

「来た道を戻るしか……」

「そんな、向こうにはあの女がいるんだぞ!」


 振り返ると、少し先にはもう蜘蛛女が迫っていた。

 ニタニタと歯茎の見える下品な笑い方をしながら、こちらに近付いてくる。


「ふぶぶっ、もうお終い? 糸のトラップを見破ったのは褒めてあげるけど、戦闘ではその術士の子がいないと何も出来ないのかしら?」

「まぁ私達、所詮したっぱですからね……」


 私は抱えているきーさんを後ろ手に持つと、川のギリギリまで下がった。

 クレアも川に足が浸るくらいまで下がっていたが、蜘蛛女との距離はもう数歩しかなかない。


「ふぶぶっ、そんなに猫ちゃんが大事かしら? 私も猫は好きよ。

 貴女たちが死んでも猫ちゃんだけは助けてあげようかしら……」

「ホントですか?」

「ふぶぶっ!! 嘘よ、猫なんて大嫌い! ええもちろん、貴女たちと一緒にその猫は殺すわ!」

「だったらなおさらここで殺されるわけにはいきませんよね────きーさんバケツっ」


 そう叫ぶと、きーさんは迷いの森にあるアデク教官のログハウスにあった、少し大きめのバケツに変身した。


「変身した!?」

『やぁっ』


 私は川の水をすくい上げると、蜘蛛女の頭から冷水をジャバリとかけた。

 蜘蛛女は油断していたようで、避けることもなくその水を浴びる。


「よしっ」

「おい、なにやって───」

「ふぶぶっ!」


 突然蜘蛛女が笑い出した。それもタガが外れたように。


「ふぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶっ────殺す!!」


 こわい。


 しかし相手の狂気にひるまず、私はその目が殺意に染まった瞬間、間髪を容れずに蜘蛛女に手をかざす。


「“アイスフリーズ”!」

「あぐっ、こっ、これは!?」


 さっきかけた水が凝固し、体を凍結させていく。少ない魔力でいかに氷魔法を使えるか工夫した結果だ。


「おまっ、すげぇ魔法使うな! さっさと逃げるぞ!」

「いえ、まだっ」


 よく見ると蜘蛛女は凍りはしたものの、まだ抵抗するように体をもがいている。

 私のわずかな魔力に加え、バケツ一杯分の水を凍らしただけだ。


 体温を奪うのには十分でも、相手の動きを完全に止めることなんて出来るわけがない。

 今逃げても、ものの数秒でこの女は私達を追いかけてくるだろう。


「こここ殺す殺す殺す殺す!!」

「おい、どうすんだよ!」

「ハァ、ハァッ──もう一度っ」


 私は集中して魔力を溜める。

 本来なら一度使えばその後しばらくは動けなくなるような氷魔法を使った後だ、足元はフラフラしている。しかしここで踏ん張らなければ誰も助からない。


「お願い、成功してください────“アイスフリーズ”!」

「ぐっ、ぎゃあぁぁ!!」


 2発目の氷魔法も何とか決まった。

 しかしもう立っているだけでも相当限界、私は苦しむ蜘蛛女の横をフラフラと歩きながら、何とかクレアに肩を貸してもらいつつ、森の中へ再び逃げ込んだ。



   ※   ※   ※   ※   ※



「おい、さっきの魔法はなんなんだよ! 氷魔法! もしかしてお前も術士の資格を持ってるとか────」

「い、いいえ…………そ、そういうわけでは…………あ、ありません……けど……」

「何でそんな息が切れてんだ! 大丈夫か!?」


 大丈夫かと聞かれたら、結構不味かった。

 私の氷魔法はとてつもなく燃費が悪いので、一度使用しただけで動けなくなってしまうことが多々ある。


 ましてやさっきはそれを二連続だ、体に相当負担はかかっているはず。

 逆に今の状態、意識が飛んでない方が不思議。


「じゃあお前、敵を足止めしたのはいいが、こんなんでこの後逃げれんのか?」

「……む、無理……ですね……」

「無理って……何とかならないのかよ」


 そうは言われても無理なものは無理だ、というしかない。


 私の魔法で蜘蛛女への足止めは成功したし、隠れるときも糸を踏まないよう細心の注意は払ったが、自分自身が全く動けなくなると言うバカみたいな状況に今私は陥っている。

 ここに隠れていたらそのうち私の荒い息で、動き出した蜘蛛女に見つかってしまうだろう。


「ク、クレア……わ、私達……二人を抱えて…………逃げることは……できま……できませんか……?」

「む、無理だな。2人担いだら動くのがやっとだし、糸をよけながら進んでたら、それこそそのうち見つかっちまうよ」


 ダメか、ならばせめてセルマが目を覚ましてくれれば────

 いや、無理そうだ。起きるんだったらもうとっくに逃げるときの震動で起きているだろう。

 仕方がない、だったら別の作戦を立てて少々危険でも助かる道を考えるしかないか。


 今私達が出来ることとなると────


「ハァハァ…………」

「おい、黙っちまってどうし───」

「ご、ごめんなさい……作戦を……作戦を考えていて……3つ思い……つきました……」

「おぉ!」


 クレアが期待の眼で私を見る。


「お前に従うのは癪だが、じゃあそのうちのどれかを────」

「それは……貴女が、ク……クレアが……1つ……選んで……く、ください……」


 私は意を決してクレアに作戦内容を話す。

 こんなことになったのも元々は全てクレアのせいだ。気絶したセルマと動けない私を、責任を持って守ってもらわなければ。


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