街を出た私達は、街の北東の方角にある森を目指していた。
この森は昼間でも暗く人も滅多に近付かないことから隠れるにはもってこいの場所である。
前回敵の構成員が捕まったのはこの森であり、今回の敵兵捕縛作戦の本部もこの森に置かれているとのことだ。クレアがいるならおそらくここだろう。
「セルマ、そういえば先ほどリーエルさんが言っていたことなんですが、強化新入隊員なんですよね? 強化新入隊員っていったら新入隊員の中でもエリートじゃないですか。何か知られちゃ不味いことだったんですか?」
「いや、そうじゃないのだけれど……」
確か強化新入隊員と言えば軍に入隊する前、数年専門的な知識を勉強することで資格を得て、軍の中でも即戦力となり得る人材を確保するんだとか何とか。
他の人より入隊が数年遅れる分、多少もらえる給料が多いのだ。
新人の中ではエリートだし、誇れる能力があることは素晴らしいことだと思う。
しかしなぜかセルマ自体は強化新入隊員という立場をあまり良しと思っていないような印象を受けた。
「私は2年間勉強したの。だから自分は同期の子達より年上だから中々みんなにも言い辛くって……」
「でもそれなら私と同い年ですよね。一緒にされたらイヤかも知れませんが同い年の子がいるって私もなんか安心です」
「そ、そうね、同い年ね! そっか、そう言ってもらえると、嬉しい、かな……」
セルマは気に触った様子もなく、むしろ何かを気にしている。多分周りを警戒しているからではない。
「もしかして、私に遠慮してます?」
「え!? あー、うん、ちょっと……」
そこは正直に言ってもらえて助かった。つまりあれか、セルマは同い年は同い年でも、2年間足踏みをして今に至る私に申し訳なさを感じていたのか。
「私なら気にしないので堂々と誇っていいですよ」
「そ、そう、ありがとう……」
「じゃあセルマは強化新入隊員なら、何か資格を持ってるんですか?」
「えぇ、術師と罠師と
「へぇ、3つも持ってるのは凄いですね」
資格を取ると一口に言っても難易度に違いはあるが、2年で3つの資格を取るというのは才能がある人でもそう簡単にはいかないはずだ。
特に癒師は戦場で傷ついた兵士の手当をする重要な役職の分、資格の難易度もかなり高い。
「じゃあ、今回はいざとなったらセルマの魔法に頼っていいですか?」
「え、えっと……そのことなのだけれど……」
「はい?」
セルマは本当に申し訳なさそうに呟いた。
「今日、魔術用の杖持ってきてなくて、ロクな魔術が使えない……」
「えぇ……」
「ほんっっっとゴメン!!」
まぁ、こんなことになるとは思ってなかったしそれは仕方のないことだ。
ロクな魔術が使えないと言うことは多少なら使えると言うことだし、使ったらぶっ倒れる氷魔法しか使えない私よりはよっぽどチームに貢献できる存在だろう。
「あ、そういえばその猫ちゃんていろんな武器に変身できるのよね?
ボロくてもいいから魔術用の杖に変身してくれれば魔術もある程度使えるかも!」
「なるほど。きーさん試しに杖に変身してください。
え? できない? そんな物見たこともない?」
「猫と普通に会話してる……」
「あー、確かに私もアデク教官も杖使いませんよね。帰ったら一緒に杖屋さん行きましょう」
「猫ちゃんに商品に変身させるの!? それって法的に大丈夫なの!?」
問題ない、はず。バレないバレない。大丈夫、絶対、多分、分かんないけど。
「バレないとか多分とか言ってる時点で相当グレーよ、それ──キャ!」
「セルマ!?」
セルマが叫んですぐには、私は何が起こったのか分からなかった。
しかし、すぐに今の状況が、一瞬前よりも張り詰めた切迫感に覆われていることに気付く。
暗い闇の中から出て来た手──黒い影がいつのまにかセルマの首にナイフを押し当てていた。
「セルマ……!」
「う、うぐっ……」
月の光を浴びて、ナイフが鈍く反射する。その切っ先は、セルマの喉元を、今にもかき切りそうだ。
「動かないで。アンタ達が抵抗しなければ私からは痛いことは何もしないから。おとなしく捕まってね」
セルマにナイフを押し当てている主は、落ち着いた声で私に降伏を促す。
仲間を人質に取られ私は一瞬焦ったが、しかしその襲撃者には見覚えがあった。
「ちょー! ちょっちょっちょ! 待ってください! ミリア! 私、私ですよ! エリー!」
「えっ!? うそ、エリー!?」
セルマにナイフを突き立てていたいたのは、私の親友ミリアだった。
しかしミリアはなおもセルマの首にナイフを突き立てながら、今度はより慎重な声で続けた。
「エリー、何でこんな所に……?」
「隊の仲間が勝手に門を飛び出しちゃったかも知れなくて、それを追いかけてきてるんです」
「え、門番さん達が通してくれたの!?」
「全員何者かによって眠らされていたんです」
「探してる子ってfランクだよね!? 今の新人てそんなに強いの!?」
「別にその子が犯人と決まったわけじゃないですよ?」
この誤解は解かなければ。まだクレアが犯人と決まったわけではないのだ。
「あ、そっか、そうだよね。ていうかそれで勝手にエリー達まで飛び出してきたら本末転倒じゃん!」
「リーエルさんに言われてきたんですよ。そんなことするわけないじゃないですか」
「あ、そうなんだ。ゴメンゴメン、そういうことならエリーのお仲間ちゃん。怖い思いさせたよね、離したげる」
ミリアはあっさりとナイフを離したが、初めての実戦で死の恐怖を味わったセルマはブルブル震えていた。
まぁ、強化新入隊員でも初めての実戦でこんなことになったらだれでもブルッちゃうよね。
「あー、お仲間ちゃ~ん? お仲間ちゃ~ん?
だめだ、この子完全に固まってる……ねぇエリー、この子の名前は?」
「セルマ・ライトちゃんです」
「セルマちゃ~ん、お~い、ごーめんねー」
「はっ!? あっ、えっ、こ、ここ、こちらこそ、ご、ごめんなさい!」
「あはぁ~、脅えられちゃったかぁ~……」
ビクビクするセルマ、恐る恐る近付くミリア。この2人、巡り合わせが悪かったとはいえ、性格的には相性は悪くはないはずなんだけど。
「出ておいでー、怖くないよー!」
「え、あ、その……」
何やってんだこの2人は。
しかし、取りあえず今は緊急事態。2人が関わらなくてもいいよう私が会話に割って入る。
「ミリアはどうして一人でこんな所に?」
「あ? えっとね、敵兵捕獲の作戦本部があるキャンプに帰るところだったんだよ。隊で敵の捜索をしていたんだけれどその途中で仲間とはぐれちゃって」
「aランクに成り立てで色々災難ですね」
「うん……全くだよ」
セルマはすっかり脅えてしまい、きーさんを抱えた状態で私の後ろに隠れていた。
後輩に脅えられた親友、と言うのも普段は見れないオドオド顔のミリアが見れるので、私としては中々楽しかったが、セルマの方がかわいそうだ。
それでもミリアは後輩にいいところを見せようと、見栄を張って先輩面してきた。
「そうだ、2人とも捜索本部に合流しない?
みんなに協力してもらえればその子もすぐに見つかるかも。私が連れてってあげるから途中で敵に会っても安心だよ!」
「じ、じじ自分は、ど、どっちでも……」
「エリーは?」
「う~ん、それはありがたいんですけれど、う~ん……」
確かに私達の安全を考えると、ここで本隊に合流して協力を得るのは得策だとおもう。しかし本当にいいのだろうか?
本隊に合流するからには当然今の状況をみんなに伝えなければいけない。
そうなると門番さん達を気絶させた犯人がクレアである可能性が高いと言うことも伝えなければならないし────
まだこの事件とは無関係かも知れない彼女がその犯人であるという疑いを全体に向けさせるのは、私達アデク隊にとってもとても危険なことだと思う。
「いや、大丈夫です。セルマ、ここは二人で探しましょう」
「う、うん!」
セルマはホッとした顔をしている。どこにいるかも分からない敵より、今は目の前にいる私の親友の方が怖いらしい。
「とりあえずそういうことなのでミリア、他の隊の人たちにはこの件は内緒にしておいてください」
「まぁ、エリーがそれでいいならいいよ。了解了解」
軽い受け答えではあるが、ミリアはつまらなそうな顔をしていた。
自分の名誉挽回が出来なくてちょっとふてくされてるんだな。仕方ない、私が仕事をくれてやるか。
「ミリア、代わりのお願いなんですけど、アデク教官にだけはこのことを伝えておいてもらえませんか?」
「え~、私aランクになったばかりだし、まだ作戦中の幹部と直接話せるような立場じゃないんだけれどなぁ……」
「ミリアにもメリットがあることなんです。ゴニョゴニョ……」
「え? そんなこと……あっ、なるほどなるほど!! エリーあったまいー! OK、アデクさんね、すぐに伝えてくる!!」
急にご機嫌になったミリアは、そのまま軽く挨拶をすると森の中へ消えていった。
うるさい──もとい賑やかな人がいなくなって、辺りは急に静かになる。
「あの、エリーちゃん、ありがとう……」
「ん、なにがですか?」
「さっきの人、エリーちゃんの友達なのに、自分とあの人を遠ざけてくれたんでしょ?」
まぁ、そういう目的もありましたかねぇ~などとテキトーな答えを返して、私はきーさんを抱きかかえた。
クレアの悪評を広げない目的のついでにこっそり気を遣ったつもりだったのに、相手に面と向かってお礼を言われると、それはそれで照れくさい物がある。
「彼女、名前はなんて言うの?」
「ミリア・ノリスです。まぁ、a級だから私達が会う機会は中々ないと思いますよ」
「でも、出来ればまたお話ししたいわ」
「はい、まぁそんな機会は……えぇ?」
また会いたい?事故とは言え、さっき酷い目に遭わされたのに?
「えぇ。だってあんなに素早く動けて若くて地位もあるのに、自分みたいな新人にも気さくに話しかけられる人なんて中々いないじゃない」
「まぁ、そうですけど……」
「さっきは怖くてちゃんと挨拶できなかったけど、今度会ったら色々聞いてみたいわ」
言ってることの筋は通っているけれど、それにしてはさっきのミリアへの脅えようからこの尊敬の眼差しへの切り替えが早すぎるなと思った。
この子が強化新入隊員として2年間の間に3つも資格を取れた理由も、なんとなくセルマのこういう人間性が大きく関わっているんだなぁと思う。
「今度食事にでも誘ってみますか……?」
「え、いいの!?」
よかったよかった、私の親友のイメージはこれ以上悪くなることはなさそうだ。
その後もクレアを探しながら移動していると、少し先から誰かの会話が聞こえたのに気付く。
また誰か他の軍人だろうか、とりあえずここは様子を伺おう。
「セルマ、静かに」
小声でセルマに合図を送ると、些細な音だったのにセルマもちゃんと気付いたのか、息を潜めてその会話に耳を傾けていた。
私達は物音をさせないよう、その会話の先の様子を伺った────