クレアとアデク教官が言い争っているのを聞いたことがある。
「はぁ!? ふざけんなよ」
「ふざけてはない。全体的な評価を加味した上で、ふさわしいと思ったからだ」
珍しく教官が厳しい口調を使っていたのを覚えている。
クレアがさらに私達を信用しなくなったのは、多分この間のそれがあったからだろう。
言い争いの内容は「小隊のリーダーを誰にするか」。
なんでもアデク隊の中でも同じランク、つまりfランクの3人だけで小隊を作る必要がある。そのリーダーをアデク教官は私に決めたそうだった。
しかし私のことを認めていないクレアはもちろんそれを拒否し、挙げ句教室を出て行くまでに騒動が発展したのだった。
その後もクレアが無愛想なのは続いていたが、もし彼女の暴走にきっかけがあるとしたらそれが要因だろう────
※ ※ ※ ※ ※
「あのとき私がクレアにリーダーを譲っていたらこんなことにはならなかったんですかね……?」
「そんなこと無いと思うわ。そもそも教官の決定にあれだけ反発していた時点でいずれああいう衝突にはなっていたと思うの。
それに自分だってエリーちゃんを推薦していたのは間違いないし」
走りながら、息を切らしながらも、セルマは私にしっかりと囁く。
多分、私に聞き漏らしがないように。重要なこと、彼女の伝えたいことなのだろう。
「貴女は間違っていないわ。私はエリーちゃんを信じる」
「そんな期待されても、私何も出来ないですよ」
「そんなこと無いわよ、貴女はきっとやってくれる。
それにまだ何かが起きたって決まったわけじゃないじゃない」
しばらく走って街の門に着くと、門番の控え所に明かりが付いていた。
「なんだ、自分たちの杞憂だったみたいね。クレアちゃんが何か起こしたわけじゃないみたいじゃない」
「いや、ちょっと待ってください……」
確かに門番さん達がその機能を正常に果たしていれば、敵国の人間がうろついているかも知れないところへ勝手な行動をする軍人の通行を許可したりはしないだろう。しかしどうにも嫌な予感がする。
私は肩に乗っているきーさんを地面に下ろすと、恐る恐る窓から門番の控え室を覗いた。
「うわっ」
「どうしたの!?」
横からのぞき込むセルマ。中の様子を捕らえた彼女の身体が強ばるのが、横にいる私にはよく分かった。
「うそ……これって!!」
中にいたのは男性3名、しかしその中の誰も門番の役目は果たしていなかった。
いや──あの状態では果たせない。
門番3人は全員が床に倒れ、動かなくなっていた。
「し、死んで……しまっているの……?」
「どうでしょ──いいえ、全員息はしてるみたいです」
倒れている人たちの胸の辺りが、静かに上下している。
少しセルマは安心したようだ。私も胸を撫で下ろす。
「これはクレアちゃんが……?」
「それは流石になんとも言いかねますね」
「あ、門番さん達起きそうよ! エリーちゃん隠れないと!」
「ちょっと待ってください、本人たちに直接聞いてみましょう」
「えぇ!? ここにいることバレたら、自分たちまで疑われない?」
「じゃあ私に考えがあるので話を合わせてください」
私はきーさん、セルマと共に控え所に入ると、門番さん達が唸っていた。
「大丈夫ですか?」
「うぅ……君たちは?」
「私達はアデク隊のfランクの軍人です。先ほどリーエル幹部に、こちらで事件が起きたかもしれないので安全に考慮しつつ確認を行ってほしいと指令を受けて来ました」
「あ、そ、そうなんです! 何があったんですか!?」
セルマが立て板に水で嘘を吐く私に、話を合わせてくれる。
「そうか、いや門番を務める身でありながらこんな姿をさらしてしまって申し訳ない……門番長も今日は不在で私達では対応しきれなかったんだ……」
「ここで何があったんですか?」
「詳しいことは思い出せない……しかしだれかに襲われたんだ。
相手はたった一人の、しかも女性だったと思う」
「女性……ですか?」
「ああ、一瞬でここにいる門番3人を蹴散らしていったんだ。
あれだけの実力があって誰も殺されなかったのは運が良かったよ……」
ということはクレアが独断で敵を捕まえるため門に来たはいいものの、門番さん達に通行を許可してもらえずに、結局彼らを眠らしてここを強引に突破したということだろうか。
クレアがここに走って行ったというのだから限りなく怪しいのだけれど、なんだか彼女にしては小手先が効きすぎているような────
「ありがとうございました。今から助けを呼びに行ってくるのでゆっくり休んでいてください」
「あぁ、申し訳ない……」
門番さんを寝かせると、セルマと私は控え所を出る。
「襲撃したのが女性って……」
「待ってください、襲撃者がクレアだとまだ決まったわけではありません。状況的にはかなり怪しいですが───」
「そうよね、やっぱりクレアちゃんが……」
「で・す・が、少しおかしいと思いませんか?」
「おかしい?」
そう、小手先が効いているかどうかより、おかしな点はいくつもある。
「彼ら門番さん達は街を守る、いわば防御に能力を全振りした、いわば【守りのスペシャリスト】です。
彼らは門番長がいなかったからと言っていましたが、果たしてそんな人たちをfランクの新人が一瞬で倒せるものなのでしょうか?」
「確かに……」
「考えられるのは、襲撃者が他にいるのか、クレアが今まで実力を隠していたのか───あっ」
「どうしたの?」
私は控え所の出入り口に落とし物が落ちていることに気付いた。
「なにそれ……紐?」
「これ、クレアの紐ベルトです」
「うそ……」
よく訓練で、上着が舞わないように付けているのを、私は知っていた。
嫌な物を見つけてしまったな。これで少なくともここにクレアがいたことは確定してしまった。
「どうするのよ、それ……」
「これも見なかったことに────」
「オーイ!」
急に声をかけられ心臓が跳ね上がる。向こうから手を振って近付いてくる人影に気付き、私は急いでポケットに紐ベルトを突っ込んだ。
「すみませーン、何かあったんですカー?」
「リーエルさん! 夕食食べてたんじゃ……」
「カレンに怒られましタ、サボってないでエリー達が危険かもしれないなら幹部のお前が助けに行けっテ。全く怖い人で~ス。ところでなんかあったですカ?」
私は今まであったことを包み隠さず説明した。
門番さん達についた嘘も、まぁリーエルさんなら適当に合わせてくれるだろう。
「なるほど、それはまた厄介。さっきのこともあったしクレアちゃんが街の外に出てしまったのはほぼ間違いないですネ……」
「さっきの事ってリーエルさんが見たってやつですか?」
「それもありますが、実はクレアの借りているお部屋を調べて、さっき少し行ってみたんですヨ。彼女は不在でしタ」
まずい、クレアの門番襲撃の疑いがどんどん深まっていく。
仲間は信じたいが、出来れば今すぐに本人から否定の言葉を聞きたいものだった。
「すみません、私達はこれからどうしましょう?」
「本当は安全に気をつけてすぐにでも帰ってほしいんですけれど、そうもいかないみたいですネ……」
リーエルさんはしばらく腕を組んで考え込む。
え、ちょっとイヤな予感がするのだけれど気のせいだろうか。
「よっシ、2人は今すぐ街を出てクレアを連れて帰ってくださイ!
ワターシはここから本部に連絡して門番さん達の救護班の助けを待ちまース」
「えっ!? ここは自分達が助けを待ってリーエルさんがクレアを助けに行くべきじゃ……」
セルマがリーエルさんの意見に反論をする。
確かにそれが一番オーソドックスな考え方に思えるけれど、リーエルさんの考えは違ったらしい。
「ンー、この場合厳しいことを言うとクレアって子は勝手に出て行ってしまった自分勝手な軍人、本当は助けに行くべきじゃないんですヨ。
でももし彼女が敵に見つかって人質に取られたり、彼女がこの軍の裏切り者だったとき、それはそれで状況をややこしくしてしまいまス。
まぁ、詳しいことは後で説明するんでここは私の指示に従ってほしいでース」
「でもっ、でもっ!」
セルマはまだ何か言いたいことがあるようで、私とリーエルさん、きーさんに目線を移しながらモゴモゴいっている。
仕方がない、ここは私が助け船を出してやらねば。
「リーエルさん、多分セルマは
私達はfランクの軍人、クレアと合わせてもまだ実戦経験もほとんどない素人3人です。
相手と戦いになったとき、私達だけで対処することは難しいと思われますが、そこはどうお考えでしょうか?」
セルマも私の質問にコクコクと頷いて肯定してくれる。
どうやら出す助け船は間違っていなかったようだ。
「あーラ? ずいぶんと弱気ですネ。ワターシは大丈夫だと思いまース」
「そんな、根拠もなく……」
「根拠ならありまーすヨ。だってエリー、貴女は2年間頑張ってきたじゃないですカ」
「2年間頑張ってきて成果ないから、いまfランクなんですけれど……」
「ランクで実力を計るなんて良くないでス」
「はぁ」
それにしたって、多分リーエルさんは私を過大評価しすぎている節がある。
ありがたい話だが、私がリーエルさんの期待に応えられる自信はあまりない。
「それにセルマ・ライトちゃんでしたっけ? 貴女だって実力は相当ありまーすよネ。
確か今年入隊してきた強化新入隊員の中に貴女の名前があった気がしますガ」
「え? 強化新入隊員て────」
「わっ、わーーー!! 分かりましたリーエルさん!! 行けばいいんですよね! 探してきます、クレア探してきますから!!」
慌ててセルマは話を遮ると、肩を落とした。
なんだが今まで隠してきた秘密を暴露されてしまったような顔をしている。
「じゃあ、そうと決まったら急いでくださイ」
「了解しました」
私達は門の外に向かって駆けだした。急げばまだクレアに追いつけるかも知れない。
「あ、最後ニ!」
「何ですか?」
走り出したのもつかの間、リーエルさんに大声で呼び止められる。
なんだか出鼻を挫かれた気分だ。
「実は貴女たちには期待してるんでース!
アデクが見込んだ新人ちゃん達は、きっといい働きをしてくれると信じてまース!」
その一言が私達の身体を押した。2人で向き直り今度こそ門の外へ走り出す。