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帰りたい(19回目)  禁句ワード


 私がアデク隊に仮編成されて、1ヶ月が経とうとしていた。

 アデク教官の座学は退屈だったけれど、とりあえず今までのように参加は怠らない。


 しかし座学だけ行うとなるとそれは訓練生の本分を完全に全うすることが出来ないので、野外でのトレーニングや訓練も日々の日課だ。


「ハァハァ、この辺で止めにしませんか……?」

「も、もうバテてんのかよ意気地無し!」


 模擬戦の中、お互い決め手に欠けて私はついに音を上げる。

 そういうクレアも相当疲れている様子だけど、私は入隊して1ヶ月の子より先にバテてしまった。情けないなぁ。


「ちっ、だからお前は腑抜けなんだよ!」

「ごめんなさいて。ん……?」


 私を指差すクレアの手首に、ヒモが巻かれていることに気付いた。ヒモと言うか、フレンドシップ・ブレスレット────いわゆるミサンガってヤツだ。

 意外にこういうオシャレとかするんだな。


「んだよ……」

「あぁ、そのブレスレットが気になりまして。私の子どものころ、切れると願いが叶うとか言われて流行ってたなーと」

「へー、それアタシの故郷では幸運が訪れるって話だったぜ。村を出るとき、家族に持たされたんだけどよぉ────って……」


 そこまで言って自分の設定を思い出したのか、クレアは私を睨み付けた。


「ふんっ」


 突然不機嫌になって行ってしまった。気まぐれな子猫のようだ、まだ話しかけるには早かったか。



 そんなことをしていると、気付いたセルマが向こうからやってきた。


「どうしたのエリーちゃん、またなにかイヤなこと言われたりしてない!?」

「いや、単に世間話を」

「ウソでしょ!?」


 まぁ私も意外だと思ったよ。いい子そうなので、不良ムーブは、もう少し早く音を上げると思っていたから。


 しかし口さえほとんど聞いてくれなかった最初に比べれば、徐々にだが彼女とも打ち解けていける。そんな感じがしていたのだが────



 ※   ※   ※   ※   ※



「店長すみません、急にお邪魔してこんなお料理までごちそうしてもらっちゃって」

「あ、ありがとうございます!」

「あらいいのよ、ゆっくりしていってね」


 その日の夜、私はカフェ・ドマンシーにセルマやきーさんと来ていた。

 隊編成から1ヶ月を記念して打ち上げをアデク隊の4人で行うと言うことになったのだが、誘いはしたものの当然クレアは来ることなかった。


 打ち解けてると言ってもそこはまだまだ不機嫌ちゃんである。


「あの子も頑固ね、もう少し仲良くしてくれてもいいのに!」

「ですね」


 そしてアデク教官も急な任務のため出席することが出来ず、それでもやりたいとセルマが粘るので仕方なく2人で開催。

 この店を選んだのはまぁ、外れがないから。


 もしアデク教官が来ていたら店長が客を殴り店を壊す超地雷物件なのだけれど、普段なら静かで落ち着いた雰囲気のカフェである。



「1ヶ月間記念なのに出席率が悪いんじゃない?」

「まぁまぁ、クレアは来ないの元々なんとなく分かってましたしね」


 今日の2人という状況に対してセルマは悪態あくたいをつく。


 予定をわざわざ開けたというのに肩すかしを喰らった感覚もあるだろうし、女の子は記念日を大切にするというのもあるだろう。

 私の場合あまりそう言うのは気にするタイプではないけれど、大切にしたい気持ちも分からなくもないので一概にそういう風習を否定することも出来ない。


「そういえばアデク教官はどうして来れなかったのよ?」

「あっ────あー、えっとぉ……」


 私は「アデク」という名前が出ると、急に怖くなって店長の方を見た。

 幸い店長は店の奥に行っているようで、会話は聞こえていない。


「セルマ、ここのお店でアデクという名前は言わないでくれますか。昔店長とアデク教官が色々あったみたいで、2人は凄く折り合いが悪いんです」

「え、ウソ。分かったわ、そういうことなら気をつける」


 セルマは二つ返事で頷く。聞き分けのいい子で助かった。


「ありがとうございます。で、何の話でしたっけ? ああそうだ、教官がどこに行ったかって話ですよね。

 なんでもここだけの話、敵国の────ノースコルの侵入者と見られる人物が街のすぐ外で掴まったそうなんです。

 本人は口を割っていないそうですがまだ仲間が他にもいるらしくて」

「え、なにそれ怖い」


 この街に住んでいるとそういう脅威にさらされることは、ちょくちょくある。

 しかし、避難指示などが出されない限りほとんどが事後に新聞掲載されるくらいなので、実際に軍に入ってみないとそういう情報をリアルタイムで知ることは難しい。


「まぁ、街の周りには壁がありますし出入り口にも門番さんがいるので安全だとは思いますよ。

 街の外をうろつかれるのも危険ですし、結構な人数の軍人が調査や確保に当たっているそうですが」

「へぇ、そうなんだぁ」


 セルマはつまらなそうにコップをストローでかき回した。

 普通に約束にこなかったり面倒くさいからと企画を拒否したのなら悪口陰口で当たり散らして発散しようもあるが、仕事で来れなかったのなら責めようがない。


 しかし「約束の場所に来ない」「カフェ・ドマンシー」「軍の仕事」と言う単語はどうもイヤなことしか思い出さない組み合わせである。

 ここで「リーエルさん」が揃ったら最悪だ。


「呼びましタ?」

「あ、びっくりしたっ。リーエルさん、心の声読まないでください」

「ハハハ」


 読んでもないのに横からヌッと現れたのは、この店の常連のリーエルさんだ。


「え!? あの幹部のリーエル・ソルビーさん!? は、は、初めまして!!」

「セルマちゃんでしたっけ? 緊張しないでくださーイ。よろしくでース」


 そう初対面のセルマに挨拶を済ませると彼女は私達のテーブルに席を構え、勝手にテーブルの上のポテトをつまみ始めた。


「んー、おいしいで~ス」

『何でこの人この店出禁にならないんだろう』

「なんか言いました?」

「いいえ、何でも」


 何してるんですか、と店からごちそうになってる身では突っ込みにくかったが、せめて新人が目の前にいるのが分かってるならそういう行動は慎んでほしい。


 教育に悪い反面教師とはこのことだが、これで地位は幹部なのだからさらにタチが悪い。

 よい子のセルマがまねしたらどうするんですか。


「ところで幹部と言えば敵の捜索任務は大人数が派遣されているはずなのにどうしてここに幹部のリーエルさんがいるんですか?」


 まさかついにクビになったとか。

 だとしたらそれはそれでこの打ち上げが送別会になるので、ポテトなんかかじってないでご退席願いたい。


「違いまーすヨ、街の外壁に敵が出たからといって内部の防御をおろそかにしていいとは限りませーン。

 むしろ街を守る方がワターシ達軍の役目、任務に派遣された人の大半は街に残ってマース。

 今沢山の要人がこの街には集まっているのデ、紛れ込みやすく襲いやすい、敵には絶好のタイミングでもありますシ……」

「あぁ、なるほど!」


 セルマが納得して頷く。いや、騙されちゃダメだぞ。


「だったらなおさらサボってないでくださいよ」

「流石に食事くらいいただいたっていいじゃなーいですカ。

 それに今はちゃんと休憩もらってここに来てマース!」

「うーん、休憩中なら流石に何も言いませんけど……」


 安息の一時。戦士にも休息が必要なのはよく分かっている。

 まぁ、店長にタダ飯喰らっているのを見つかれば、それもただでは済まなそうだけど────


「ところで要人の方々が集まっているのはどうしてですか?」

「アー、なんか図書館の大神殿の入り口が発見されたとかで、研究のための考古学者や雇われのトレジャーハンターが集まってるんですヨ。

 一体なんで急にそんな物が見つかったんでしょうカネー」


 その言葉に、私とセルマは反応しそうになる。


「ほ、本当にどうしてでしょうね~」

「ほ、本当にどうしてかしらね~」


 あの日、私達には何もなかった、何も起きなかった、何も知らなかった。

 そして知らない物は知らないので、無理に話を逸らす。


「そういえばリーエルさん、なんか私達に用事でもあったんですか?」

「あー、そうでしたそうでしタ。それなんですけどネー。何でしたっケ、えーっト……」

「しっかりしてくださいよ」


 まさか本当につまみ食い目的だったのだろうか。常習犯だ、この人ならその可能性も充分にある。


「あーそうだそうダ、貴女たちの隊になんか中性的な顔の女の子いませんでしたっケ?」

「クレアちゃんのことですか?」

「そうですそうでス! クレア・パトリスちゃん! 思い出せてすっきりしましター」


 名前を言っただけでフルネームまで思い出した。

 さっきのセルマといい、もしかしてこの人新人全員の名前を把握しているのだろうか?


「クレアがどうかしたんですか?」

「アー、大したことじゃないんですけどネ? さっきこの店に来る前、その子が街の門の方に走っていったんですヨ」

「クレアちゃんが? どうしてまた……」

「イヤー、案外噂を聞きつけて自分が敵を捕まえてやろうと街の外に走って行ったんじゃないですカ?

 たまにいるんですよ、そういう自分に自信満々の新人ちゃんガ」


 その言葉を聞いて、私達は笑ってしまった。


「まっさかー! 流石にクレアちゃんといってもそこまで向こう見ずじゃないわよー!」

「ですよねー、流石にクレアといってもそこまで向こう見ずじゃないですよ」


 まさかぁ────いや、ありえる。

 ていうか一度その話を聞くとそうとしか考えられなくなってきた。


「リーエルさん、なんでそれを早く教えてくれなかったんですかっ……」

「イヤ、だってまさかそんなことになるカモしれないとハ」


 確かにここでリーエルさんを責めても仕方ない。

 杞憂かもしれないとはいえ、ここは具体策を考えないと────


「セルマ、ちょっと私席外していいですかね……?」

「奇遇ね、自分もちょっと用事思い出しちゃったかも……」


 そして私達の中に流れるアイコンタクト。

 ヤバいんじゃない────?


「まずは街の門に向かいましょう。門番さんに聞けばクレアがきたかどうかも分かるかもしれません」

「そ、そうね……その次は……」

「クレアを連れ戻すのが最優先ですがアデク・・・教官・・が見つかれば相談します。

 とりあえずクレアが既に行動に出ているなら、何事もなく止められるのはアデク・・・教官・・だけです」


 もし他の人に見つかれば大事だ。そんなことになる前に、クレアを連れ戻したい。


「いいですかセルマ?」

「分かった────!! ような、分からない、ような……?」


 セルマは言い淀んだ、どうしたのだろう?


「何か引っかかる点でもありました?」

「いや、そのね? 後ろ……」

「ん……?」


 後を振り返ると、そこには店長が引きつった笑いを浮かべていた。


「お、お料理はもういいのかしら……?」

「あ、はーい、大丈夫でーす……」


 さっき禁句だと決めたばかりなのに、しかも店長の前でアデクという名前を大声で使ってしまった。

 今からのことは考えたくないが、帰ってからの事も考えたくなくなってしまった。

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