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帰りたい(18回目)  帰ってきた者はいない系都市伝説

 図書館の本の匂いが眠気を誘う。

 私は今、城の一段目にある国立図書館に来ていた。


『んー、分かんないなぁ……』


 ダメだ、ボーッと本を眺めていてもこの図書館のほこりっぽい匂いが、どうしても昔から私を眠くさせてしまうのだ。

 今なら普段の死んだ魚の眼が、5割増しくらいにはなっているだろう。


 仕方ない、しばらく休もうか────


「エリーちゃん!」

『わっ、びっくりしたっ』

「なに!? 変な声出さないでよ!」


 顔を見上げると、こないだ知り合って同じ隊になったばかりのセルマ・ライトが、私をのぞき込んでいた。

 彼女も何か調べごとがあったようだ。


「こんな所で合うなんて奇遇ね、何の本みてるの?」

「あぁ、これなんですけど」


 私は今読んでいた本の表紙を見せる。

 ちなみに大抵の図書館での会話はマナー違反だけど、ここの国立図書館は広大すぎてほとんど人に会うことはないので周りに人がいなければ、通常トーンで話しても良いというのが暗黙のルールだった。


 実際に図書館司書の人とも通常のトーンで話していたけど、このルールを知っていると言うことはセルマも常連さんらしい。


「『魔法光学における属性と発光色の関係について』? ああ、こないだの花火の事が気になったのね」

「そうなんですよ、前に読んだことがある本だったので講義でも魔法花火の事を思い出せたんですけれど。

 ほら、比較的新しい本なので、ここに玩具の花火についても書いてあるんですよ」


 セルマに見えるよう向きを変え、その部分を指す。


「どれどれ? あー、つまり打ち上げ花火を使ったときの色で、その人の得意属性が分かるって話よね?」

「そうです。私が打ち上げた花火の色は、青と水色と白と灰色だったじゃないですか。

 その色は水属性と風属性、光属性を表すはずなんですけれど、灰色の事については全く書いてないんですよ」


 セルマは光属性と言う言葉にピンとこなかったようで少し想い出す様子で考え込んでいる。


「光属性? そういえば教官はほとんど光属性闇属性については触れてなかったけれど、何なのかしら」

「精霊と契約している人は光属性で白、魔物と契約している人は闇属性で黒が出てくるそうです」

「あぁ、エリーちゃんはあの猫ちゃんと契約しているから光属性がでてきたのね」


 とりあえず白い光が出た理由は、この本で分かった。


「なるほど、でも確かにこの本を見る限り灰色が出てきた理由がはっきりしないのか……」

「きーさんに聞いてみても分かんないんですよね」

「アハハ、冗談止めてよ」


 ちなみに今日はきーさんをここには連れてきていない。

 この図書館はあまり大型でなければ精霊を連れてきても問題は無いけど、家でひなたぼっこをするのに夢中だったきーさんの邪魔は出来なかった。



 その後セルマにも手伝ってもらい、しばらくは灰色の花火について調べてみたが、結局謎が解けることはなかった。


「んー、お手上げです。いくら探しても分からないから今度アデク教官にも聞いてみようと思います。まぁアデク教官も分かっていない感じでしたけど」

「ふーん、図書館の妖精さんにも分からないことあるのね────あっ」

「……………………」


 そういえばこの間は聞きそびれてしまった事だけど、その図書館の妖精さんて何なんだろう。

 私がいぶかしげな目でセルマを見ていると、彼女はこの間説明が最後まで出来なかったことを思い出したようだった。


「あ、ごめんごめん誤解だから! だからそんな目で見ないで!!」

「誤解なんてしてませんよぉ。ただ私ってば一応人間として生きてきたつもりなので、どうやって妖精として振る舞えばいいか分からなくて……」

「だから誤解だって!!」


 必死に否定するセルマ。どうやらあくまでも、自身を不思議ちゃんではないと否定するつもりらしい。


「じゃあセルマのいう図書館の妖精さんて、何なんですか……?」

「んー、とね……」


 セルマはあごに手を当てて、言葉を選ぶように話し始めた。


「私も図書館司書の友達から聞いた話なんだけれど、その子たちの間で噂になってるのよ。

 ショートの若い軍人さんが、よく図書館で困ってると助けてくれるって」

「まぁ、確かによくここは使わせていただいてるんで、お手伝いさせていただくことはありますけれど……」


 どうしても新人の図書館司書の中で蔵書棚が分からず迷ったり、困っている子がいると助けたくなってしまう。

 面倒くさいと思いつつ、そう言うところはお節介を焼いてしまう。もっと省エネで生きたい。


「でね、手伝ってくれた後お礼を言おうとすると、いつの間にかスッと来ていなくなっちゃうから、妖精さんて。

 軍の方ではあまり活躍できてないけれど、図書館司書のみんなは妖精さんが頑張ってる姿を見ているし、とっても優しいのを知ってるから応援しているって」

「へ、へぇ……」


 確かにそれを聞くと私がその「図書館の妖精さん」で間違いはなさそうだ。裏でそんな噂になってたとは。

 しかも変なところで私の支持者増えてるし。これって凄く恥ずかしい。


「いや、でも待ってください。その噂なら私が軍に入ってきたばかりのころにも、バイトの友達から聞いたことがある気がしますよ」

「え、どゆこと……?」


 この私以外の「妖精さん」の噂はとても気になるようで、セルマは身を乗り出して聞いてきた。


「その子たちもここの司書なんですけれど、私が聞いたのは妖精さんというより確かもっと都市伝説めいていて……」

「都市伝説?」

「そう、なんだったか本を運んだり並べたりは手伝ってくれるけど、顔を見ようとしてもはっきり確認できないだとか、名前を聞いたのに思い出せないだとか、そういうたぐいの物でしたが────」

「なにそれ怖い」


 確かに怖い、私にとっては別の意味で。

 図書館司書の仕事は本を並べるくらいのことをたまに手伝うだけだったのに、そんな都市伝説と合体されて語られていただなんて。凄く怖い。


「ていうか図書館を出ようとするとたまに、手伝った覚えのない人からもお礼を言われることがあるんですよねぇ。

 からかわれているのかと思ってたんですけれど、案外その都市伝説って当たっているのかも?」

「こ、怖がらせないでよ! 流石にそれは嘘って分かるんだから……」


 いや、嘘を言ったつもりはないのだけれど。

 本人が信じないのならそれでもかまわないか。


「でも、私そのことを聞いていたからエリーちゃんがとっても優しい人だって入隊前から知ってたの。貴女と同じ隊で安心したわ」

「はぁ、そう言ってもらえるとありがたいです」


 このあいだ私に味方してくれたのもそういうことだったのか。

 軍での私の姿を見て逆に私の悪い噂を司書に流すことも出来るだろうに、なんだか律儀な子である。


「そういえばセルマ、この図書館についてもう一つ都市伝説を聞いたことがあるんですけど」

「え、まだ私を脅かすの!?」

「脅かすたぐいの話ではないですよ。『図書館の奥に眠る大神殿』て聞いたことありませんか?」

「あー、知ってる知ってる! それは有名よね」


 先程より前のめりになるセルマ。この噂にはよほど興味津々なようだ。


「私が聞いたことのある話は、確か図書館のどこかに巨大迷路が広がっていて、その奥に伝説の精霊を封印する鍵が眠っているとか……」

「私が聞いたのは図書館で一人でいると小さな女の子の亡霊が目の前を歩いていて、ついて行くと大聖堂の入り口まで連れて行ってくれるって聞いたことがあるわ。

 でも戻ってきた者は誰もいない────てっ、結局怖い話になってるじゃない!」


 いや、今のは自爆じゃないか、と思ったけれど突っ込むのはよしておく。


「ていうか、広い図書館といってもそんな空間があったら絶対誰かが気付きそうなモンですよね。案外隠し階段とかあったりして。

 ほら、ここの本をこうやって3回出したり入れたりしてみるとか」

「アハハ、それは夢があるわね!」


 笑いながらその辺に仕舞われていた、何かのスポーツ(?)のルールや歴史をまとめた本を出し入れしてみる。


 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ


「えっ!?」

「うわ……」


 私が本を戻すと同時に、重い音を立てて私の目の前の本棚が手前に下がっていき、足下に薄暗い階段が現れた。


「え、えーっとエリーちゃん……? 私今凄く驚いているのだけれど……」

「待ってください、待ってください、私が一番驚いているので理解するまで待ってください……」


 流れる気まずい沈黙、しばらくして私はやっと口を開くことが出来た。


「見なかったことにしませんか……?」

「ええ!? 入らないの!? 探検しないの!?」


 ありえない、信じられない! といった感じでセルマは私を問い詰める。


「いやだってみるからに『帰ってきた者はいない系都市伝説』の入り口じゃないですか。

 中から亡霊や怨霊がわんさか出てくるかもしれないじゃないですか」


 私だってセルマほどではないが幽霊やお化けなどの怖い話は苦手なのだ。

 自分からそんな得体の知れない物に関わるなど、まっぴらごめん。


「うーん……」


 セルマはしばらく考えていたが、決心がついたようだ。


「見なかったことにするわ」

「よし、決まりですね」


 私たちはその場を後にすると、何もなかったように別れ、何もなかったように家に帰った。



 図書館の大聖堂の入り口らしき物が発見されたという噂で街の話題が持ちきりになったのは、数日後のことだった。


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