窓から降り注ぐ日差しがまぶしい。
エクレアに帰還してから5日後、私はきーさんとともに城と少し離れたところにある軍の訓練所の教室に来ていた。
普段ならここの教室で同じ隊のeランク以下の隊員たちと座学を受けるのだが、今日はいつもとはワケが違った。
先日のバルザム隊失踪により、私は一時的に隊が変更になるという旨の通達を受け、指定場所であるこの教室にいるといった次第だ。
何だか落ち着かないので早めに教室に来てしまったため、今は私一人しか教室にはいない。
しかし配属になる隊の名前も隊長の名前も、通達はされなかったのがどうも引っかかる────
「こ、こんにちはー……」
「ん?」
きーさんを膝の上に乗せて撫でていると、私と同い年くらいの軍の制服を着た女の子が、教室に入ってきた。
水色の綺麗な髪と、私よりかなり高い背はまるでモデルさんのようだ。
「えーっと、自分今年採用になった軍の新規生なんですけど、隊の名前が通達されなかったので心配で────指定場所ってここで合ってますか?」
「あぁ、それなら合ってると思いますよ、私も異動でこの隊に新しく配属になったんです。私も通達されていないので間違いじゃないと思います」
答えると彼女は、ホッと顔をほころばせた。
「良かったー! あの、自分セルマ・ライトっています。その猫ちゃん可愛いですね!」
「ありがとうございます。きーさんて言って、私の契約精霊なんです」
「へぇー、契約精霊がいるんですかぁ!」
きーさんはご機嫌そうにしっぽを振っている。こらこら、浮気は良くないぞ。
「私の名前はエリアル・テイラー。エリーでもエリアルでも好きに呼んでください」
「エリーさんね、よろしくお願いします」
「それと同じ隊なんだから、敬語とか、そんなかしこまらないでくださいね。
私のこのしゃべり方はまぁ、癖みたいなもんなんですけれど…………」
入隊してこれから同僚になる子には、私なんかのために変な気を使わないで欲しかった。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて、よろしくね、エリーちゃん────でいい?」
「こちらこそよろしく」
どうやら彼女は初対面の人と話すのは慣れていても、軍に入隊するということには慣れていないらしく|(そりゃそうか)、私の隣に座ってからもソワソワと体を動かし落ち着きのない様子だった。
見てるこっちまでソワソワしてしまいそうだ。
「もしかして緊張してます?」
「んー、そんなこと無くは、ない────かも?」
「どっちですか」
彼女は頬を
「私今年の春配属されたばかりでまだ慣れないことが多いし、同じ隊の人がどんな人か不安で……」
「あ、それすごく分かります。こういうときっていつも緊張しますよね」
「本当!? よかった、自分だけじゃないのね……」
正直、したっぱ歴が長い私は同じ隊に入隊してくる新人を沢山見てきたのであまり緊張はしていなかったが、共感してあげることで少しは彼女もリラックスできるのではないかと感じた。
実際セルマは少し緊張がほぐれたようで、少しドギマギしながらも私に話しかけてきた。
「エリーちゃん、ちょっと聞いてもいいかしら……」
「はい、なんですか?」
「あなたってもしかして『図書館の妖精』さん?」
「は??????」
「図書館の妖精さん」、なんともフワフワして夢見がちなお名前だ。
つまり、何言ってるんだこの子は。俗に言う不思議ちゃんというやつだろうか。
「あー、いやー、そのー、あはは……」
「はっ、まって! 引かないで! 貴女は何か誤解してる!!」
セルマは必死に弁解しようとしていたけれど、私はそれを深く突っ込まないことにした。
「誤解なんてしてませんよぉ。ただ私ってば一応人間として生きてきたつもりなので、どうやって妖精として振る舞えばいいか分からなくて……」
「やっぱり誤解してるじゃない! そうじゃなくて自分が言いたいのは────」
セルマは何か言いかけたが、その瞬間後ろの扉から大きな音を立てて開いた。
軍服を着た中性的な顔をした若い軍人が入ってきたため、その音で彼女の言葉は遮られてしまう。
褐色の肌と短い金髪。あと身長は普通ぐらいだけど、もし女性用の軍服を着ていなかったら少年とも間違えていたかも知れない顔つきである。
彼女もセルマと同じ、新入隊員だろうか?
その少女はズカズカと音を立ててセルマの隣の机まで来ると、乱暴な動作で椅子に座った。
「あー、そういう……」
いやぁ、面倒だなぁ。たまにいるのだ、こういう態度の悪い子が。
放っておいてもいいけれど、「新人育成の推進」という決まりがある以上、先輩として私が注意しなければ。
あとこの子にずっと気を使ってこれからの生活は、少し面倒くさい。
「あのー、初めまし─────」
「うるせぇ」
私の言葉を遮ると、彼女は頬杖をついて貧乏ゆすりを始めた。
「んー、で、セルマ、さっきの話の続きなんですけど、私ってば何か誤解してました?」
「今のスルーするの!?」
まぁ彼女の私への態度で、なんとなく機嫌が悪い理由も察しがついた。
「ああ言うのはしっかり言わなきゃだめよ!」
「いやー、よくあることですし」
「エリーが言わないなら自分が言ってくるわ! ちょっと貴女!!」
そう言うとセルマは立ち上がり、私の代わりに注意を始めた。
あー、もうめんどくさいな。私は慣れてるからいいって言うのに────
「あん? なんだよ……」
「初対面の相手に向かってあの反応は失礼でしょう! ちゃんとエリーちゃんに謝りなさいよ!」
「うるせぇな。あんたも、気安く話しかけんじゃねぇよ」
なんだか隊が早々に不穏な空気になってきた。
稀に見るこのギスギスした雰囲気は、あまり好きなものではない。
「あのー、言い争いはやめませんか? そろそろ新しい教官も来る頃ですし……」
「そんなこと言ったってこの子が悪いじゃない!」
「いや、うーん、気持ちは分かりますけど……」
私がセルマをなだめていると、三度教室の扉が開いた。
今度入ってきたのは若い男性────
「よぉ、お前さんたち、全員揃ってるな」
「あ、アデクさん」
その男性は5日前店長に店を追い出された後別れた、伝説の戦士アデク・ログフィールドその人だった。
「なんだお前さん達、もう喧嘩始まってんのか。元気なのはいいが、面倒ごとは増やしてくれるなよ」
私がここに来ることは分かっていたのだろうか、あまり私との再会にも気を留めず、彼は2人を諭した。
「あの、アデクさんがここにいるってことは、もしかして……?」
「それも含めて今から説明するから2人とも席に着け、さっさと帰りたい」
それは私も同意見だ。セルマがしぶしぶ席に着いたのを確認して、私もやっと元の席に戻ることができた。
ぼーっとこちらを見上げるきーさんの頭を軽くなでると、アデクさんの方に向き直った。
「まずはオレの自己紹介から始めようか。オレの名前はアデク・ログフィールド。
この軍の幹部に最近なって、今日からお前さん達が所属するアデク隊の隊長兼、教官を務めることになった。
4人だけの隊になると思うがまぁ気楽にやってこうや。何か質問はあるか?」
「はい! アデク隊長ってあの【伝説の戦士】アデクさんですよねっ!?」
真っ先にセルマが手を上げる。そして指されてもないのに発言を始めた。
「そうだよ。二度とその名前で呼ぶな」
「あ、はい」
その異名が気に入ってないのか、アデク教官はピシャリとその話題をシャットアウト。
少し怯んだセルマだったけれど、なおも続ける。
「えっとそれで、アデクさんに自分たちの指導をしてもらえるのはありがたいんですけれど、他の隊のメンバーはどうしていらっしゃらないんですか?」
「あぁ、それは他の連中が集まらなかったから。
それに新人だけで小隊が組めるようにf級は3人以上集めろってことで、このメンバーになったわけだ」
「なるほどぉ……」
まぁ、つまり全隊員の都合や軍の決まり事を照らし合わせた結果、私たち3人とアデクさんだけの隊になったと言うことである。
新設の隊に隊員が少ないのはよくあること。
「くっだらねぇ、こんな人数が少ない隊なんて、ただのおままごとじゃねぇか……」
そう言って口を開いたのは、さっきから不機嫌そうな顔をしていた新入隊員ちゃんである。
「偉く威勢のいいのがいるな」
「アタシはこんなおままごとの隊じゃなく、もっと前線に出るような隊で戦いたいんだ!
アデク教官、アンタだって【伝説の戦士】ならこんなボロい教室で雑魚に教育してるより最前線で剣振りたいだろ!」
不機嫌ちゃんはそう言って、アデク教官を指差す。
「お前さん。その名で呼ぶなと、さっき言ったハズだぜ……?」
「うっ……」
一瞬漏れ出た気迫に、彼女がたじろぐ。
「っと────お前さんも2度目は無いようにしろ。
それと闘いについては、そうだな。オレは好きになれんね、どうも」
「んだよ、この隊はどいつもこいつもふぬけばっかりかよ! 特にお前だ!」
そういって彼女は私を睨む。
あー、最近の私の巻き込まれ体質はなんとかならないものだろうか。
「わ、私が何か……?」
「お前がこの隊でも特に腑抜けだっつってんだよ! 新人の間でも噂になってるぞ!
普通なら1年もあればdランクに上がれるのに2年もf級の『雑魚軍人』ってな!」
やはり彼女が私に当たりがきつかった理由はそれか。
確かに私のしたっぱ歴は、軍が創立されランクシステムができあがってから、
というか、記録更新中かも知れない。
彼女が言うように、d級に上がるのは1年もあれば簡単で、なおさらe級に上がるのならほとんどが半年かからないのではないだろうか。
あくまで教育期間であるe,f級は、ほとんどの軍人が普通に生活して試験を受ければ、まぁ通ることの出来る、壁とも呼べない期間だ。
「そ、そんな言い方酷いじゃない! 人それぞれのペースだってあるのに、エリーちゃんにそんなこと言うなんて!」
セルマは私が落ちこぼれだと知って少しだけ動揺したようだが、味方するのを止めなかった。
私のキャリアを知って、周りから離れていく人は今まで何人もいたので、その反応は正直意外だった。
「腑抜けに腑抜けって言って何が悪いんだ! さっきから何言われても言い返してこないのがいい証拠だろ!
こんな死んだ魚の眼で常にボーッと口を開けてるような奴に、軍人が務まるわけないだろ!」
「まぁ、否定はしませんが……」
初対面で死んだ眼を指摘してきたアデク教官が、気まずくなったのか、そっと目をそらす。
「エリーちゃん納得しないで! なんか言い返してやりなさいよ!」
「いや、まぁよく言われることなんでいいんですけど」
「そこで諦めないで……!!」
私はこういうトラブルに深入りするのが、とてもイヤで仕方なかった。
言いたいように言わせておけば、そのうち相手は階級が上がって別の配属になるので、私のことなんて忘れてしまう。
「お前さんたち、いい加減にしろ。今すぐ止めねぇと、今日中に全員、軍どころかこの街から叩き出してやる」
「あっ、失礼しました!」
セルマが急いで席に戻ったのを横目に、アデク教官はため息をつく。
「だからオレは、軍には戻りたくなかったんだよ……」