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帰りたい(14回目)  バイト先で乱闘騒ぎなんて笑えない。

 路地裏にモクモクと土煙がたち、何事かと通行人が集まってくる。


 これはマズい、バイト先で乱闘騒ぎなんて笑えない。

 私は近くにいた、今日シフトで同じバイト仲間のティナちゃんに駆け寄り、小声で耳打ちする。


「ティナちゃん、ティナちゃんっ」

「…………………………え?」


 あー、この子完全に固まっちゃってるよ────


「ティナちゃん起きて、大変ですって」

「ほぁ!? エリーちゃん! ごめんごめん……これいったい何が起きたの……?」

「私にも分かんないですけど、とりあえず不味い状況だと思うんですよ。

 ティナちゃん店の奥にいってリタさん連れてきてくれませんか?

 あの人ならこの状況、なんとかできるかも知れません」

「わ、分かった……」


 ティナちゃんが店の奥に入る頃、殴られたアデクさんがやっと起き出してきた。


「ってええぇぇーー!! 何しやがる!」

「今さら現れてなんのつもりだ!!」


 アデクさんと店長はお互いに険しい剣幕で睨み合っていた。


「じじいに呼ばれたから帰ってきたんだ! 文句あるか!」

「ノコノコと帰ってきて今さらお前の跨げる店の敷居がここにあると思うな!」

「なんでそんな怒ってんだよ! 久しぶりに会い来てやった・・・んだぞ!」


 店長がその言葉でさらに顔を赤くする。

 まぁ、その理由は私でもなんとなく分かった。


「一人で街の外で悠々自適に暮らして、私の事なんて頭のスミにもなかったくせに、今さら!」

「まてよカレン、お前さんはじじいに軍の脱退を取り消されてただろう!

 お前さんもそれを承諾して、オレと一緒に行くことはできなかった! ちがうか!?」

「それでも────それでも私はお前を待ってたんだ!

 せめて別れぐらい言わせて欲しかった! せめて事情くらい説明させてほしかった!」


 店長はボロボロと涙を流していた。

 その様子にアデクさんが少し怯んだが、そこは流石【伝説の戦士】、すぐに構わず続けた。


「そんなこと知るかよ!」

「っ………………!」


 そもそも女性と口論になっても怯まないのが取り柄の【伝説の戦士】だ。

 言っていることが段々取り返しの付かない溝を作る。


「先に約束を反故にしたのはお前さんだ!

 じじいの取り消しを簡単に呑んで、あの時結局約束を破ったのはお前さんじゃないか!」

「私は────私は!!」


 そこで店長の会話に限界が来た。


「────っ!!」

「な、なんだよ。なんなんだよ!」

「う……うわーーーーーーーああぁぁーーー!!」


 ついに店長はその場で大声で叫びながら泣き始めてしまった。

 騒ぎを聞きつけ店の前に集まった野次馬の冷たい目は、もちろんアデクさんに集まる。


「あの男、カレンちゃんを泣かしてるわよ……」

「ドマンシーの店長を泣かすなんてけしからん! どこの馬の骨だ!」


 残念ながら周りは完全に店長の味方だった、信頼と実績というヤツか。


「なっ! 殴られたオレが悪いのかよ!?」


 まぁそりゃそうか、この店今日の客自体は少ないけど全体的には黒字だ。

 それは料理の美味しさもあるけど、店長の人柄のよさがあってのものだとバイトの私はよく知っていた。


 泣き出す店長、慌てる【伝説の戦士】、どうしようもなくなって事の成り行きを見守るしかない私。

 まさにそこは地獄絵図だった。帰りたい。


『困ったな────』


 しかし、幸いなことにその地獄はあまり長く続かなかった。

 戻ってきたティナちゃんと一緒に店の奥からエプロンをした店長より少し若い女性が現れたのだ。


 彼女こそがカフェ・ドマンシーで厨房を担当しているリタ・シーガーさんである。


「ちょっと、なんの騒ぎっスか! げ、店がめちゃめちゃ! うわっ、てててて店長なんで泣いてるんスか! あれ、アデクさん!!? ウィーっス、お久しぶりです、どーもっス。てか、ほっぺたどうしたんスか? わっ、外に人が沢山集まってきてる! え、本当に何があったんスか!! てか、そんな場合じゃない!! えと、とりあえず店長立って、涙拭いてほしいっス。何があったのか知らないっスけど人の目もあるんで! はい、奥で泣いてください!! で、アデクさん────は大丈夫そうですね! よし、傷は勝手に処置してください!! ねぇ、ていうかエリー、いたならなんで止めてくれなかったんスか! あー、もう店長しっかり! ティナ、店長を店の奥に連れてって! あぁもう、仕方ない今日は店じまいにするっスよ! はい、いいですね! あと、リーエルさん! ねぇ、リーエルさん!」


 早口でその場を仕切るリタさんのおかげで、周りは瞬く間に地獄絵図が全員帰宅の方向に転がる。いや、私のせいにされたことは納得いかないけれど。


 そしてしばらくすると、リタさんに呼ばれたリーエルさんが顔を出した。


「なんデスか、今グラタンを────うわ!? なんデスかこれ!!?」

「私もわかんないっスけど今日は店終いにするんで、申し訳ないですけれど出てもらえないっスか! ホントすみません! お代は結構なんで! 今度絶対埋め合わせするんで! はい終わりみんなさよなら解散!!」


 うわぁ、嵐のような勢いで喋りまくって場を収めた。すげぇ────

 いや、私が怒られたことはやっぱり納得いかないんだけど。


 野次馬が散るのをみて、私はうなだれるアデクさんを回収しつつリーエルさんと店を後にした。


 ※   ※   ※   ※   ※


「あー、全くなんでこうなるんだよ!!」

「アー、全くなんでこうなるんデスか……」

「あー、全くなんでこうなったんでしょうねぇ」


 店仕舞いの後、ティナちゃんとリタさんは店に併設された寮に住んでいるので店長を落ち着かせるために店の奥に戻った。 


 ドマンシーからは、殴られたうえに大喧嘩して死人みたいな顔をしたアデクさん、昼食のグラタンを失って半べそをかいているリーエルさん、それに挟まれてどうしようもなくなった私の3人が出てきたのだった。

 あー、全くなんでこうなったんでしょうねぇ。私巻き込まれただけなのに。


「オレ、今日はもう宿見つけて休むわ……」

「あ、そうですか。お疲れ様でーす」


 ここ数時間で2回も騒動を起こした男は、ふらふらとよろけながら街へと消えていった。

 考えてみればものすごいトラブルメーカーである。


「全く、アデクとカレンは何をやってるんでしょうネ~……」

「ていうかリーエルさん、前に店長と昔からの知り合いっていってましたよね?

 アデクさんとも同じ隊だったみたいだし。もしかしてこうなることわかってました?」


 なんとなく、この人なら分かってそうな気がする。


「NONO! そんな言いがかりよしてヨ! こんな事件が起きるってわかったら最初からグラタン急いで食べてましたヨ!!」

「そこは騒動を止めるって言っておきましょうよ、嘘でも」


 まぁ、さっきまで涙目だった人がそれはないか。

 さすが、実力という意味でも食い意地と言う意味でも、この国トップクラスのリーエルさんである。


「こんな大事になるなんて、私は逆だと思ったから店を紹介したんデスけどネ……」

「逆?」


 その言葉の真意について聞こうとすると、後から声をかけられた。


「おーい!! 待ってくださーい!」


 振り向くと、先程店で別れたリタさんが追いかけてきた。


「えーっとリタさん、さっきは店であんな騒動起こしてごめんなさい……」

「ああ、そんな! ティナから事情は聞いたっス。さっきは怒鳴ったりしてごめんなさい!! むしろエリーは巻き込まれた方だったんスね」

「私もあそこで止められたらよかったんですけど流石にビックリしてしまって……」


 会話に混ざれないリーエルさんが少しムッとする。


「私も忘れないでくだサーイ!」

「ああ、リーエルさんもごめんなさい。でもこの一件は多分、誰に止められたことでもなかったと思うんス」


 さっきとは打って変わって、リタさんは落ち着いた表情で話し始める。


「実は私もアデクさんと店長は昔からの知り合いなんですけど、店長一人の時たまにアデクさんの写真見てため息吐いてることがあったんスよ。

 てっきりまた会えたら泣いて喜ぶと思ってたんスけど……」


 だからさっきリーエルさんも、逆といっていたのか。

 古くからの友人でも人の心を分かったつもりになるのは危険なことである。

 そういう経験は私も心当たりのあることだった。


「多分、昔のことを思い出して突発的に手が出ちゃったんじゃないっスかね。

 あの人、本来は自分から暴力ふるようなタイプじゃないっスから……」

「マァ? アデクもあの時カレンをなだめていれば場も収まったかも知れまセンし、お互い意地っ張りと言う点では似た者同士なんデスよネ」

「ははは、言えてるっス。今回は2人とも本当にすみませんでした」


 話を終えるとリタさんは店長をティナだけに任せておくわけにはいかないからと、店に帰っていった。


「じゃあ、ワターシたちも帰りましょうカ」

「折角の食事台無しになっちゃいましたね」

「マァ、それもしょうがないデース」


 本日は騒動のあと、食い意地クイーンも流石に諦めたようだ。


「あ、リーエルさん。最後に聞いてもいいですか?」

「なんデスか?」

「店の奥から出てきたときビックリしてましたけど、実は最初から見てましたよね?」

「サー、なんのことでショー」


 謎の多い金髪美人の軍幹部リーエルさん。

 彼女に対して一つだけ言えるとするならば、それはこの人は国一番のちゃっかり者と言うことだ。


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