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帰りたい(11回目)  金髪のおねーさん


 どこかの世界、どこかの海、そこに浮かぶ大きな島「アイリス」────


 その島を中央で分断するようにそびえる山脈を隔てて南側に、サウスシスという国がある。

 エクレアという首都を南に持つその国は、長年山脈の北に位置するノースコルという国と戦争を繰り返していた。


 お互いに国力は同程度だが、唯一違うのは魔物と精霊から受けられる「恩恵」。



 南の国サウスシスで生まれた者は精霊と契約することで魔力を共有し、戦争や生活において心強いパートナーとなることができる。

 ただし、契約できる精霊は1人に付き1精霊まで。

 契約者が死んでも精霊に影響はないが、お互いの絆が大きければ大きいほど精霊は失意に飲まれるだろう。


 北の国ノースコルで生まれた者は魔物と契約することで魔力を分け与え、代わりに自身へ忠誠を誓わせることができる。

 契約できる魔物の数に上限はないが、魔物が多ければそれだけ契約者にも負担がかかる。

 そして契約者が死ぬと、契約した魔物も同時に死んでしまうと言う半ば一心同体の関係でもある。



 ここから記すのはサウスシスのしたっぱ軍人少女、エリアルの物語。

 “キメラ・キャット”の精霊きーさんと契約した彼女を、これから待つ運命とは────



   ※   ※   ※   ※   ※



 馬車に揺られる中ぐーすか寝ていた私は、先日出会った【伝説の戦士】アデク・ログフィールドに揺さぶられ目を覚ました。


「おい、おい。お前さん、もうすぐ着くぞ」

『うぅ、もう寝られない……』

「おい何いってんだ」

「あ、いえ、なんでも。すみません、つい寝過ごしてしまって……」


 数日前村を出発した私達は、ついに首都エクレアに帰還をした。


 この都市は城を中心とした城下町だ。

 上下水道や電気の整備が行き届いており、魔力を動力源とする魔道具などの流通が普通にされている。


 軍の本部や大きな病院も位置していることから治安も良く、国内でも生活水準は高い。


 都市の外見的特徴として、中央には大きくそびえ立つ、白亜の城が私たちを見下ろしている。

 山に手を加え頂上に作ったあの城は、なんでもこの国の王の威厳を示すためあんな目立つ場所建てられたのだとか。


 また街の周りには高い壁が、城を中心にするように囲われており、都市唯一の門を通らない限り外には行き来できないような作りになっている。

 空を飛んだりよじ登ったりすればまぁ行き来できないこともないが、あんまりする輩もいないだろう。


 街の人々の中には息苦しいとか不便だと声を漏らす人もいるけれど、私自身はこの壁が、自分たちを守ってくれているという安心感があって嫌いでは無かった。


「んー、久しぶりだなぁエクレア。相変わらず空気が汚い」

「恥ずかしいのであんまり大声で言わないでください」

「だがエリーよ、森の空気の方が美味かったぞ。お前さんもそう思うだろ?」

「まぁ否定はしませんが。森と都会を比べること自体どうかと……」


 アデクさんはなんだか少し機嫌が悪そうだった。


 この都市に着いた私達は、まずあの大きな城の下にある軍の本部、そこにいる最高司令官に会いに行かなければならない。

 きっと最高司令官に会うのが嫌で言葉の端々が尖っているのだろう。

 やはりというか何というか、この人は子どもっぽい。


 アデクさんをなだめつつ、借りた馬車を返し目的の場所に向かって街を歩いていると、向こうから金髪で緑眼金目オッドアイで露出高目に改造された軍服を着たおねーさんが私たちを呼び止めた。


「Oh! エリーじゃないデスか! お久し振りデ~ス!」

「あ、リーエルさん、ただいま帰りました」


 この人はリーエル・ソルビーさん。こう見えてもこの人は王国屈指の戦士であり、軍の幹部の一人でもある。


 たった一人で数千人の敵を全滅させただとか、綺麗な緑色をしたその左眼には魔神の力が宿ってるだとか。

 根も葉もあるようなないような噂をいくつか耳にしたことがあるが、私からすれば頼れる上司であり、少し変わったおねーさんだ。


 こうして私とリーエルさんが顔見知りなのも不思議なことで、何故かこの人は隊も違うしたっぱの私にもよく目をかけてくれる。本当に何故か────


「アラアラ? いまさん付けでよびましタ? ワターシはずっと、エリーがリーエル教官て呼んでくれる日を待ってるんデスよ!?」

「あー、そうなるかもしれませんね。うちの隊、私以外いなくなっちゃいましたし……」

「アァ……」


 答えると、リーエルさんは何か思い当たった様子である。

 どうやら私以外の隊員が消えた今回の件は、もう噂として広まっていたようだ。


「アア、噂は本当だったんデスか。じゃ今回の任務は色々大変だったデスね。

 わマァ、捜索隊に任せれば大丈夫! アナタは隊の危険を知らせただけでも花丸デス! それに────」


 リーエルさんは横目でアデクさんを見る。


「任務は一人で、見事達成したみたいデスね! 偉いデス!!」

「ありがとうございます」


 リーエルさんはいつも私を評価しすぎる節があるが、不思議と彼女の言葉はいつもスッキリと受け止めることができた。


 誉めてくれたのも、私に気を負わせないためや話を逸らすためではなく、本当に評価してくれたのだろう。

 実際、今回の任務は幹部が出動しなければいけないほどの重要な任務だったわけだし、それは一応私の実績に加点されるのかも知れない。


「イヤー、それにしてもアデク! お久しぶりデスね!」


 久しぶりに会った友達に話しかけるように、リーエルさんは気さくにアデクさんに話を移す。


「え、オレか? んー? お前さんなら一度会ったら忘れねぇと思うんだが、あいにく記憶にねぇなぁ……」

「ンモー! 5年もたったからっテ、かつての隊のメンバーを忘れるなんて酷いじゃないデスか!!」

「え、かつての隊のメンバー???」


 その言葉を聞いて、アデクさんは眉間にシワを寄せ、グッと彼女に顔を近づける。


「リーエル────お前もしかして『リーエル・ソルビー』か!?」

「ピンポ~ン!」


 リーエルさんはその場で丸を作りながらくるくると回って見せた。

 それを聞いてアデクさんはギョッとする。


「ウソだろ……」



 なんだこの2人は同じ隊のメンバーだったのか。

 もしそうなら今まで名前を聞いても気付かなかったアデクさんはかなり失礼な忘れっぽい人だ。


 女性とのトラブルも、この街を出るときに始まったことではないのかも知れない。


「オレはまだ20代だそんな忘れっぽくねぇよ!

 そもそもオレの知ってるリーエルはもっとおとなしい感じで、ほとんど喋らないようなやつだったし、珍しくボソボソ喋ってもそんな言葉遣いじゃなかったろ!」「わかるでショ~? 成長期デスよ」

「成長期がそんな悪さするか! 中身も外見も疑いようもなく別人だろ!」


 アデクさんの動揺ぶりからすると、彼がこの街にいた頃とは、かなり別人のようにリーエルさんは変わっているらしい。

 私からしたら、初めて会ったときからリーエルさんはこんな感じなので、むしろアデクさんの言うことの方が信じられないのだが。


「というか、お前さんそんな胸なかっただろ! 魔術を悪用しやがって!」

「天然モノデスよ、だから成長期デス! もぉ~デリカシーがないところは相変わらずデスねー」

「嘘だぁ、嘘だよ────オレのリーエルを返せよ……」


 あぁ、この人のデリカシーがないところは昔からなのか。

 なんか色々と私の中で納得した。女性トラブルの件とか。


「そうだ、アデク! ワターシ、一つ報告しなきゃイケないことガ! 私、私ね、幹部になったんデス……」

「本当か!? まさかお前まで────」


 アデクさんが眼を見開く。

 知り合いが何人も軍の幹部になっているんだ、驚くのも無理はない。


「でも、ね。魔導師は止めちゃったデス……」

「えっ、そうなのか? なんで?」

「ごめん……」


 その瞬間だけ、リーエルさんの雰囲気が少し変わった気がする。

 その言葉は、普段からカタコトのリーエルさんを思わせる言葉遣いが、少し違うものになっていた。


「最強の魔導師になるって約束、私は果たせない」


 2人の間に気まずい沈黙が流れる。

 交わされた約束という物を私は知らないが、それだけ重要なことだったのだろう。


「え、えーっとジャー! ワターシはこの辺で失礼しマスね!!」

「────あぁ、久しぶりに会えてよかった。約束の事は気にすんな。じゃあな」


 気まずい雰囲気を流すためにお互い無理矢理会話を終わらせ立ち去ろうとしたが、歩き出すや否やリーエルさんは急に方向転換をしてアデクさんに迫ってきた。


「おおお、びっくりした。どうしたんだよ?」

「イエイエ、大したことじゃないんですけド、そういえばアデクはパスタがお好きでしたネ!!?」

「パスタ? まぁ人並みには────」


 急な話に、アデクさんもたじたじとなる。

 実際リーエルさんは「食事なんテ食べれればいいデ~ス!」という人だと思っていたので、そう言う話題が口から出たのが意外だった。


「丁度良かっタ、後で食事でもどうデスか!? オススメの店を知ってるデス!」


 さっきの埋め合わせとでも言わんばかりに、リーエルさんはアデクさんに迫ってきた。


「食事? はぁ、まぁオレも最近のこの街の事は分からねぇし、紹介してくれるってんなら────じじいに会ってからになるが」

「構いまセ~ン! じゃあ私も用事が片づいたら先行ってるんデ、終わったらお2人でドマンシーに来てくださーイ!」

「え、私もですか?」


 関係ないと思ってボーッとしてたのに、話を急に振られてあくびが止まってしまった。


「もちろんデ~ス! アデクとそのキュートな猫ちゃんを案内してアゲてくださ~イ!」


 足元のきーさんが機嫌が良さそうにあくびをした。

 よかった、きーさんは慣れない都会で緊張するんじゃないかと思っていたけど、杞憂だったようだ。


「それではまたノチホド~!」

「あぁ……」


 リーエルさんと、今度こそ本当に別れる。

 2度目は変な雰囲気で別れなかったので、私は少し安心した。


「ところでエリー、お前さんはドマンシーとかいう店を知ってるんだろうな?」

「知ってますよ、私のバイト先ですから。リーエルさんもよくいらっしゃるんです。美味しいお店ですよ」

「へぇ」


 他にもオススメは色々ある。グラタンにポテトにシチュー。ポテトフライにサンドイッチにミートパイ。

 なぜカフェなのにここまで軽食が揃っているのか不思議なくらいの品揃えで、バイトを始めた頃はメニューを覚えるのに苦労したものである。


 ちなみに私はよくまかないでいただく、レモンジュースがおすすめだ。


「じゃあ嫌な仕事はさっさと済ませて食事にしようか」


 私達は軍本部のある城に向かって歩き始めた。


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