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帰りたい(10回目)  帰りたい私と悪魔の囁き(第1部1章完)

 東の空が赤く染まり、新しい朝を告げようとしていた。


「おい、大丈夫か?」

「なんとか……今はきついので少し待っていただけるとありがたいですが……」


 アデクさんは私の無事を確認すると少し離れたところを覗きこんだ。


「いやー、どうなるかと思ったけど、なんとかなって何よりだ」


 そこには、口の中から一本の氷柱つららが深々と刺さったボスウルフェスが倒れていた。


 最後首を噛み千切られそうになったとき、私は自分の魔力のすべてを使い氷柱を作り出してボスウルフェスに刺した。

 鉄壁の獣と言えど、さすがに口の中からの攻撃には耐えられなかったようで、しばらくのたうち回ったあと、もう動くことはなかった。


「やはり妙だな」

「妙って、何がですか?」


 何かと思えば、彼は目を細めボスウルフェスの亡骸を撫でている。


「そのボスウルフェスも食べるんですか?」

「ちがうわい、そうじゃなくてこれちょっと聞いてみろ」


 そう言うと彼はボスウルフェスの毛を2本ほど抜き、それを両手で打ち合わせた。

 金属の響くような高い音が、周りにキンキンと木霊する。


「これは……」

「完全に金属のそれだ、前に見たボスウルフェスはこんな鉄壁じゃなかった」

「じゃあやっぱり────」


 気配もなく襲ってきた千以上の“ウルフェス”、そして圧倒的に非効率な狩り、ボスウルフェスは常識を越えて堅く、バルザム隊は未だ見つからない。

 この森で何かが起きている────


『やっぱり、バルザム隊長が……』

「まぁ、考えても仕方ないな」


 アデクさんは既に息がない狼もどきよりも、それに刺さった氷柱の方が気になる様子だ。

 手でペチペチと叩きながら、ブツブツ何かを呟いている。


「水魔法の応用、高い温度管理と魔力の出力管理を合わせて使う上級魔法────お前さん、したっぱを自称するわりに、結構いい魔法使うじゃないの」

「ありがとうございます、唯一の取り柄です。まぁ、私したっぱ歴長いので、練習する機会がありまして」


 【伝説の戦士】に褒められて、私は少し嬉しくなる。


「あ、でもこれ私の魔力全部使うので、そのあと動けなくなっちゃうんですよね」

「その辺はまぁ、これからの修行だな」


 彼の言葉に頷きつつも、私は他の“ウルフェス”達が気になって崖のふちの方に目を移す。

 もう私達を狙っているウルフェスは、上にも下にもいないようだ。

 ボスが倒され、獲物であるアデクさんもにおいを消して洞窟に隠れて見失ってしまい、獣たちも諦めて自分の巣へ帰っていったのだろう。


 よく見るとアデクさんはほとんどの“ウルフェス”には致命傷を負わせておらず、下に倒れている獣たちはどれもまだ息があるようだった。

 全てスープに調理するか放置するのかと思ったが、無意味な殺生はしないクチらしい。

 まぁ、思いっきり殴られていたあの不憫な“ウルフェス”だけは、ピクリとも動かないが────


 爽やかな風が森から抜けていく。

 静かな朝が森やって来た。



   ※   ※   ※   ※   ※



「なぁ、そう気を落とすなって。軍の本部から捜索隊が組まれることになったんだろ?」

「まぁ、そうなんですけど……」


 メグリ村に到着した私たちは、宿屋の食堂で食事を取りながら会話をしていた。


 結局のところ持ち物やテント以外にバルザム隊への手がかりは見つからなかった。

 村で連絡線を借りて本部への連絡もとってはみたが、彼らは帰還をしておらず、連絡もなかったそうだ。


 通常任務で支障をきたした場合にはその隊の隊長が、軍で支給された通信機でまず本部への連絡をするのが筋。

 もし私達がこちらに探しに来ている間にアデクさんの家に隊のみんなが着いていれば、アデクさんがいないことで軍に連絡が入っているはずだ。

 もちろん隊長に何かあれば副隊長が、副隊長に何かあればその次が。


 私のような隊の中ではしたっぱの足手まといは、通信機は持たされていないが、軍への連絡がないならば結局のところ隊の全員に何かあったと考えるのが濃厚だろう。


「置き去りにされた荷物を見て思ったんだが、あれは“ウルフェス”に襲われたって訳じゃなさそうだ。

 確かに荷物は獣に荒らされてはいたが、血痕や争った跡がなかった。

 “ウルフェス”どもが来たのはバルザム隊が荷物を捨ててからだろうな」

「────そうですか」

「まぁ、どのみちこんな広い森じゃオレたち2人だけで探しきれるわけでもないし、もう既に軍本部からはバルザム隊の捜索隊がでたんだろ?

 もうオレたちはやれることはやったんだし、そいつらに任せるしかないんだろうよ」

「はい、3人目の幹部の行方不明ですから、そこは対応が早かったようです」


 ちなみにバルザム隊最後の連絡は、私の行方不明報告。最高司令官からの指令はそのまま任務続行。

 アデクさんはその事に対しても最高司令官に文句を言っていたが、それは仕方ないと私は思う。


 悲しいかな、方向音痴の使えない隊の中ではしたっぱの私は、最高司令官に切り捨てられたのだった────


「ところでおまえさん、契約している精霊は?」

「え? いいえ、まだいません」


 落ち込む私を見たアデクさんが、唐突に話を振る。


「だったらきーさんと契約して、一緒に連れて帰ってやってくれないか?」

「え、いいんですか!?」


 その魅力的な提案に、私は飛びついた。


「前にきーさんのことは相棒だと紹介したけれど、契約はしてない。オレには別に契約した精霊がいるからな。

 きーさん自体エリアルになついてるみたいだし、お前さんさえよければ────」

「ぜひお願いしますっ」


 精霊との契約は、この国サウスシスで生まれた者のみが出来るとされている、いわば儀式のようなものだ。契約は1人につき1精霊。


 精霊と契約することでお互いの魔力を共有し、戦争や生活において心強いパートナーとなることができる。

 なによりきーさんのように賢くてあらゆる物に変身できる精霊はとても頼もしいので、私にとっては願ってもない申し出だった。


「ところで、代わりといってはなんだが、ひとつお願いを聞いてくれないか?」

「お願い?」


 今さらアデクさんから私にお願いとは、どういう内容なのだろう。

 私に出来ることならば、できるだけその要望には答えたいけれど────


「お願いっつーのは、あれだ。オレを連れ戻すのは諦めて帰ってくれ」

「え、それはちょっと……」

「ちっ」


 え、今この【伝説の戦士】、相棒きーさんをダシに、命をかけて自分に会いに来た客人を帰らせようとしなかったか?

 ほーら、きーさんにもジト目で睨まれてるし────


「なんだ、お前さんもきーさんも、そんな目で見るな」

「きーさんはありがとうございます。私と来てくれるそうなので連れて帰らせてもらいます」

「ま、まぁ、それとこれとは話が別だし、な」


 アデクさんもきーさんに睨まれれば流石に止めはしなかった。

 まぁ、その別の話とやらをごっちゃにしようとした張本人こそが貴方ですけれど。


「ところでどうして、アデクさんはそんなに戻るのを嫌がるんですか?」

「あー、それは……」


 アデクさんは言い淀んでいた。

 しかし言いたくない理由があっても話してもらわなければ、会話が進まない。


「これは、私の予想なんですけれど。男女関係ドロドロですか?」

「────っ、なんで分かったんだよ」


 ここへ来た目的を言い当てられたお返しだ。

 実際、真新しい女性物のシャツや普段使われていないベッド、男性一人では必要の無い化粧台や明らかに2人用を意識して作られたログハウスなど。

 それらしいところは沢山あった。


 バラバラのピースでも、その動機を考えれば簡単に当てはまるパズルだ。


「話してくださいよ」

「────仕方ねぇ、か。ただよくある話だ。最後の戦いの後、軍に疲れてオレは引退は考えていた」


 【伝説の戦士】であるアデクさんだからこそ、戦いに疲れたという引退の理由であったことに私はあまり驚かなかった。

 人間関係や戦いの疲れでの引退は、本人もいう通り軍の中ではよくあることだ。


「まぁ、その時当時の仲間────女なんだが、そいつを誘って山奥ここで暮らす段取りはたてていたんだ。

 でもあいつは、最高司令官のじじいは、引退の決まった前日その仲間だけは引退させることができないとギリギリで言いやがったんだ。

 最後あのじじいと殴り合いまでなって、ついにオレだけ飛び出してきちまったって訳だ」


 人間関係や戦いの疲れでの引退はあまり驚かないが、最高司令官と殴り合いをした人は初めて聞いた。

 10歳以上も年下の少女にそれを話さなければいけない情況というのも中々彼のプライドを傷付ける行為であったことは申し訳ないが────問題はそこじゃない。


 状況は把握できても、私がここまで来て「じゃあ帰りますね」と諦めるわけにいかないことが問題だ。

 なんとかならないものか。私は考える。人間関係、軍の命令、置いてきた女性────

 ここに何かアデクさんを連れ戻すヒントのような物がないだろうか。


『あ────』

「は? なに?」

「いえ、なんでも」


 今、悪魔のような案が私の中に浮かんだ。

 これを実行すれば、アデクさんはおそらく軍に戻ってきてくれるだろう。

 しかしそれは、恩人である彼を裏切るということでもある。


 恩人をとるか、自分をとるか────


 でも自分は独りぼっちになって襲われて、そこで私を助けてくれたアデクさんを連れ帰ると心に決めていた。

 彼のような優しい人は、きっと今後の私達の軍を変えてくれる指導者になってくれるに違いない。


 幹部の席が約束されているなら尚更、これからの未来、私みたいなしたっぱがこれ以上、こんな思いをしなくて済むように。


 嫌われてもいい、連れ帰りたい。

 私はもう────タダでは転びたくなかった。


「アデクさん。少しでいいので、私の話を聞いてください」

「嫌だと言ったら?」

「勝手にしゃべります」


 強情なアデクさんをさらに強情な私が押さえ込む、そして話し始める。


「今バルザム隊長も合わせて、軍の幹部3人を失いました。

 私たちの国はかつてないほどの危機にあるわけです。当然敵国は黙っていませんよね」


 アデクさんは腕を組み難しい顔をしていた。


「────続けてみろ」

「恐らく侵略されるのは時間の問題、この国が滅びるのも時間の問題というわけです。

 アデクさんがいればその危機は乗り越えられるかもしれませんが」

「オレは関係ないだろ……」

「その通りです、アデクさんは関係ないです」


 アデクさんは腕を組んで私の話を聞いている。

 酷く不機嫌そうだが、私はそのまま話を続けた。


「でもこのまま帰らなかった場合、置いてきてしまった女性に会うのはもう不可能ですよ。

 貴方の罪悪感はぬぐわれませんし、和解することもできません」

「────どうでもいいよ、そんなこと」


 アデクさんの表情がさらに険しくなる。もう後戻りは出来ない。


「そうですね、それもアデクさん次第です。

 そしてもし、アデクさんを連れてかれなかった場合、私は軍に残ることができないでしょう」

「────は?」


 アデクさんはキョトンとする。

 突然私の話、なぜ? そんな顔だ。


 アデク・ログフィールド、【伝説の戦士】。彼は知らないのだろう。

 もしかしたら知っているけど、忘れてしまっているのかも。

 弱さも時に、武器になることを────


「もう一度続けます、このまま帰ったら私は軍にいれません。

 隊が全滅して、生き残った私は目的の人物との接触にも成功しました。

 でも、ここで帰ったとしたら、珍しい精霊に目が眩んでノコノコと帰ってきた無能なしたっぱというレッテルを周りから張られるわけです。

 良くて軍を追放、悪ければ罪にも問われるでしょうか」

「そんなのオレには────」

「関係ない……?」

「…………………」


 彼から、完全に言葉が失われた。ゆっくり話す私の言葉の間には、沈黙しかない。


「聞かせてください。今度はいったい、何人を泣かせるんですか?」

「…………………………」


 正直ぶん殴られるのは覚悟だ。

 知るか、と言われるかも知れない。

 怒らせて逆効果かも。


 でも、自分のせいで国を救えないこと、自分のせいで仲間を置いて来てしまったこと、自分のせいで私が全てを失うかもしれないこと。

 彼の罪悪感だけを盾にする、王道どころか邪道という道さえ外れた交渉────


 彼との短い時間で学んだこと。あなたはきっと、それを放っておけるような人じゃない。


「ちっ────────はぁ、お前最低だな」

「それだけあなたに帰ってきて欲しい人がいるってことですよ」

「その台詞セリフはズルいだろ」


 そしてアデクさんがついに叫んだ。


「よし分かった、お前の策略、乗ってやるよ」

「ありがとうございますっ」


 勝った────


 こうして私の長かった任務は、幕を閉じたのだった。



   ※   ※   ※   ※   ※



「そういえば、なんでオレが男女関係で罪悪感を感じてると思ったんだ?

 まさか女の勘、てワケじゃないだろ」

「色々ありましたよ、生活感のない部屋、新品で綺麗な女性物の服────

 どれを取ってもアデクさんがその女性を待ち続けているのがよく分かりました」

「そうか、自分じゃ考えたこともなかったな」


 帰りの馬車の中、私達はそんな会話をした。


「そういえば……」


 思い出したように、アデクさんが呟く。


「はい?」

「人を脅して、無理矢理連れ帰る。どんな気持ちだ?」

「えっ」


 アデクさんが皮肉たっぷりに、あるいはからかうように私に聞いた。

 正直自分と10歳程も年の離れた少女にする質問じゃないだろう。全く大人げない。


「そうですね……」


 髭を剃ってスッキリとした彼の横顔をみながら、私は思う。

 私の策略に乗ったといったときのアデクさんの清々しい顔、なにかが吹っ切れたようなそんな顔。


 出会ったときとは明らかに別人のような今の顔に、私は話しかけたくなる。


 ねぇ、アデクさん、本当はあなたもずっと私と同じ気持ちだったんじゃないですか?

 意味は違っても言葉にしたら、私とあなたは似ていたんじゃないですか?

 私の気持ちは最初から変わっていませんよ。私は────



「私は帰りたい気持ちでいっぱいです」


 馬車は揺れて、私たちを運ぶ。

 もうすぐこの国に春が来る、そんな香りがした。




       ~ 第1部1章完 ~



NEXT──第1部2章:合縁奇縁のルーキーズ

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