目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
帰りたい(9回目)  ボスウルフェス

 清々しい風が顔を撫でた────


 今夜の満月はなぜかとても明るく、太陽のようにキラキラと光り輝いていた。

 さっきまで洞窟の中にいたので、とてもまぶしい。

 私はライトの光を消すと、魔導弓まどうきゅうに変身をしたきーさんを握り締め、崖の先端側に進んだ。


 いた──ボスウルフェスだ。

 崖の縁に大きなのっそりとした影が見える。

 こちらに気付く様子もなく、崖の下をじっと集中して見つめている。


 ワイルドな口元に鋭く尖った6つの眼光、貫禄かんろく威厳いげんを持ち合わせたその顔は、他の個体に比べると相当な迫力があり、一見しただけで群れの頭領ボスと分かる物だった。


 この迫力を見せつけられてしまうと倒すのを諦めて逃げた方が良いのではないかとも思えてしまうが、ここまで来た以上、後には引けない。

 後ろからお腹の部分を狙えば、ボスウルフェスを倒すことが出来るだろうか?


 私は相手にバレないように回り込み矢の届く位置まで来ると、魔導弓に魔力を込めた。


 魔導弓────持ち主本人の魔力を弓矢として使うため、通常の矢を必要としないという代物だ。

 使うには魔力が常に必要だというデメリットはあるけれど、戦場では矢がかさばらずに威力も調節できる魔導弓は普通の弓よりも重宝されていた。

 いつどれだけ前に発明されたかも分からないが、今でも最前線で活躍している。

 私は魔道弓の原理を確認しつつ、ボスウルフェスの丁度腹の部分に矢が刺さるように狙いを定める。


 【伝説の戦士】にチャンスをもらっている以上、私がいつまでも周りの人たちに甘えていられる時代は終わったのだと、この実戦のピリピリとした肌に焼き付く空気が私に教える──目にかかる髪をピンで留め、私は相手を見据えた。


 さん、軽く息を吸い──に、眼を見開き──いち、精一杯の魔力を込めて───ゼロ、私は一世一代がかかった矢を発射した。


『いけっ!』


 狙いは確実に、矢は風を斬りボスウルフェス一直線に飛んでいく。

 そして確かに一番柔らかそうな土手っ腹を捉え。

 ガキン、と鈍い音がして──弾かれた。


 腹に当たったはずの矢は、

 ガキン、と鈍い音がして、

 ボスウルフェスから弾かれた?


『はぁぁ??』


 うそっ──何であんなに堅いんだ────

 確かに矢は当たったはずだし、威力が足りなかったと言うことも、あの勢いからしてまずないだろう。

 普通の“ウルフェス”ならあの威力で充分なはずだ。


 と言うことはあのボスウルフェスは通常の“ウルフェス”に比べ、より堅かったと言うことに他ならない。

 その間にもボスウルフェスはこちらに気付き、きびすを返しどこかへ逃げて行き──ん?


 ボスウルフェスがものすごい速さで突進してきた────!?


「うわっ……」


 当たったら明らかにマズそうなその突進を、私は間一髪で避ける。

 突っ込んできたボスウルフェスは私をかすめて背後の木にぶつかった。


 体勢を立て直すと、土煙と大きな音が聞こえる。

 振り返ると、さっきまでいたところの真後ろにあった木が、ボスウルフェスによって押し倒されたのだ。


 あ、これ絶対勝てない。あんなのに当たったら死んでしまう────


 というかそもそもなぜ自分はボスウルフェスに「襲われない」と思ったのだろう。

 アデクさんは「ボスは強者と自らは戦わずに、手下たちに指示を送る役目に徹するのが基本だからな」といっていたのを今になって想い出す。

 つまり、自分は“ウルフェス”たちには強者と認識されていなかったのだ。


 自分の弱さは自分が一番理解しているつもりだったのに、獣相手と言うことで、私はどこか自意識過剰になっていたのか────


 そうこう考えているうちに、再びボスウルフェスが突っ込んできた。

 今度は体勢が悪く避けきるのは難しい。もうダメか────


 反射的に手に持っていた弓を握りしめたが、いつの間にか私の手の中には弓がないことに気付く。その代わり、一本の見事な剣が手の中に収まっていた。


「き、きーさんっ」


 きーさんが弓から剣に変身することで、ボスウルフェスから私が身を守れるようにしてくれたのだ。

 私は剣を使い、押し飛ばされながらもなんとか致命傷を防いだ。


 地面を転がりながら、この衝撃ならボスウルフェスも真っ二つに切れているのではないかと密かに期待したが、敵はやはり堅かった、傷一つ付けられていない。

 ボスウルフェスの毛は、ノーマルのそれに比べ、鉄壁といっていいほどの硬度を持っているのが接触することで分かった。


 私は立ち上がり、剣を構える。こうなったら同じ場所を何度も狙って傷をつけるしかない。

 私は三度突進してきたボスウルフェスをなんとかかわし、両手で構えた剣を、背中に刺そうとした。

 しかしボスウルフェスは剣を軽い身のこなしで避けてしまう。


 しかもその鋭い爪で私にカウンターを仕掛けてきた。


「うわっ?」


 一瞬怯んだ隙に、爪によりはじき飛ばされた。

 それは何とか防ぎきれたものの、その攻撃は致命的な────


「きーさーーんっ」


 きーさんが衝撃で手から離れ、丸腰の状態となってしまった。

 力で押し飛ばされてしまったとはいえ、絶対に離してはいけなかったのに────


 ボスウルフェスはチャンスと見るや倒れた私に馬乗りになり、頭を噛み千切ろうと大きく口を開いた。

 口からの悪臭と生暖かい空気が、私の顔に吹きかかる。


 唯一の望みだったきーさんは遠くの茂みに飛ばされてしまい、手を伸ばすことはできない。


 こうなったら────


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?