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帰りたい(8回目)  不憫な狼


 息を切らして空を見れば、満天の星空が瞬いていた。


「私にできることなんてあるんですか……?」

「あるよ、まずは崖の下まで移動するぞ」


 アデクさんが“ウルフェス”を斬りつけ道を開き、私たちはボスウルフェスの見下ろす崖の下まで辿たどり着く。

 その間にも崖の上のボスウルフェスは微動びどうだにしない。


 指示を送るのに集中している様子は、見ていて魔物というより、まさに狩りをする獣だ。


「今から作戦の説明をする、聞き漏らすなよ?」

「はい、分かりましたっ」


 そうしている間にも一匹の“ウルフェス”がアデクさんに襲いかかってきた。

 アデクさんは毎度の流れで華麗きれいに剣で“ウルフェス”を斬りつけ──なかった。


“ガブッ”

「アデクさんっ?」


 アデクさんが噛まれた。

 しかも私の時のような浅い傷ではなく、モロに左腕に深々と牙を突き立てられ、明らかに血もしたたっている。


 きっとこうしている間にも毒は体を回り、そのうちアデクさんは動かなくなるだろう。

 そして次はきっと私──昨晩、“ウルフェス”に全身を噛まれたときのトラウマがよみがえり、私の足が震えだす。


 しかしアデクさんは意外にも冷静で、最初こそ苦しそうな顔をしていたが、逆の腕で“ウルフェス”の首根っこを掴むと、そのまま遠くへ放り投げる。


「大丈夫だ、落ち着け! 今のはわざと噛まれた。

 毒は自分で解毒できるから心配するな」


 そういうアデクさんからは、確かに焦っている雰囲気や動揺している様子が感じられない。

 痩せ我慢や意地を張っていっているという風でもない。


 どちらかというと、注射を終えた後のような「我慢してやった」という顔だ。


「わざと噛まれたって、どうしてですか?」

「これも作戦だ、今のでオレには“ウルフェス”のにおいがお前さんより強烈についたはず。ボスのにおいの標的もお前さんじゃなくオレになった」

「そう、なんですか────」


 確かに、今“ウルフェス”がにおいで相手が標的にするとすれば、血液の中にわずかばかりしかない私のにおいより、今深々と噛まれたアデクさんの方に敵の攻撃は集中するだろう。


「それで私はどうすれば?」

「あそこの崖の下に、いくつか洞窟が見えるだろ?」


 指差す方向を確認すると、確かにボスウルフェスの立つ崖の下には、無数の穴がぽっかりと空いている。


「あ、確認できました」

「あの洞窟の中は迷路のようになっていて、その中には上まで続いてるものもあるんだ。

 きーさんは中の道を記した地図にも変身することができるから、それで道には迷わないはず。

 お前さんはその道を使って上まで行き、群れのボスの後ろまで気配を消したまま近づき倒すんだ」

「そ、そんなうまくいきますかね……?」


 正直、今アデクさんの説明した作戦には不安要素が多い。

 私が作戦のかなめだと言うことは理解できたが、あのごつい狼もどきと戦って勝利できる私とは思えなかった。


「丁度奴の背後は風下だ。

 お前さんが気配遮断をして充分離れた距離から狙撃そげきすれば、相手を仕留められる」

「な、なるほど……」


 一瞬でここまでの作戦を考えてしまうなんて、やはり【伝説の戦士】というのは私には知りようもない経験と実績を積んできたのだろう。

 本来ならこうして作戦を任されるだけでも恐れ多い存在なのだ、気合いを入れなければ。


「で、でも狙撃の必要ってあるんですかね?」

「あんまり近付きすぎると服に付いたにおいとかでもバレかねないからな。まぁ最悪外しても、自力で何とかしろ」

「え、それは────」

「ここはオレが守っておいてやるから、それくらいしてみな。

 とりあえず洞窟から追いかけられる心配はねぇから、集中しろ」

「は、はいっ……」


 私は初めて命をかけた情況での頼もしさというものを、他人に感じた気がする。

 きっと、彼のこういう背中は成り行きとは言え私ごときが見ていいものではないのだろう。


「この作戦、お前さんにかかっている。

 失敗したら、オレたちゃどっちかが全滅するまで、この森で“ウルフェス”狩りだ」

「分かりました、やってみます────あ、でもアデクさんはどうするんですか?

 きーさんを連れていってしまったらアデクさんは戦えないんじゃ……」


 アデクさんはフンッと鼻を鳴らした。


「舐めるなよ、呼ばれ方は不本意だが、紛いなりにもオレは【伝説の戦士】だぞ?」


 そう呟くと拳を構えるアデクさん、そこに例のごとく一匹の獣が飛びついてきた。


「そらよっ!!」


 そう叫ぶと、アデクさんはたった今襲ってきた“ウルフェス”の一匹を思いっきり殴りつける。


“グニャッン!”


 何かが潰れたような音を立てて、“ウルフェス”がものすごい勢いで吹き飛ぶ。

 その威力は凄まじく、地面を削り木々をなぎ倒し、最後堅そうな岩にぶつかるまで、その獣は止まることがなかった。


 通った後はまるで隕石が落ちたような大きな溝を作り、一撃の威力がとんでもなかったことを物語る。


「あっ、あっ……」

「分かったら早く行きな」


 言葉が出なくなる私に、アデクさんはこれぐらい普通だとばかりに手をブラブラさせる。

 とりあえずアデクさんがきーさんがいなくても大丈夫なことは分かったが、吹き飛ばされた“ウルフェス”は森に対しても相当甚大な被害を与えていた。


 そこにたまたまいたバルザム隊とか巻き込んでないだろうか────


「そ、それじゃあいってきまーす……」


 不安になりながらも、状況が変わってしまう前にそそくさと作戦を実行する私。というかあの“ウルフェス”、多分アデクさんを噛んだやつだ。

 先程投げられた後再び起き上がるのを私は確かに見たし、殴られたとき見えた毛の模様がそっくりだった。


 わざと噛まれたわりに容赦ないな、アデクさん────


 犠牲となった個体を不憫に思いながらも、地図に変身したきーさんを連れて私は洞窟へ入った。


 洞窟に潜る直前、背後からアデクさんの声が小さく響く。



「背中は、預けたぞ────」



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